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運命の悪戯

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2部分:第二章


第二章

「では。やってみよう」
「頼んだよ」
「ではな」
 こうして彼を演説に行かせたのだった。演説の場はそもそも泡沫政党に対して誰も期待していないのか群衆もまばらだった。彼はそこに立ったのである。
「まあこの程度の数ならな」
「失敗しても挽回がきくな」
「そうだな」
 群衆の少なさにかえって安堵する程であった。党員達は場を建物の陰から覗き込んでいた。彼は既に演説の壇の上に立ってはいた。
「何があってもな」
「まずはよしとしよう」
 とりあえず演説が成功するとは思っていなかった。群衆達にしろそれは同じである。欠伸をする者もいればなけなしのパンをかじりだしている者もいる。その中で彼は壇に立っていたのだ。
 そしてその彼が口を開いた。その言葉は。
「諸君!」
 いきなり力強い動作と身振り手振りであった。
「私が政治家になろうと決意した時!」
「むっ!?」
「おやっ!?」
 まずは群衆のうちの何人かが声をあげた。
「この国はドン底にあった!」 
 こう言うのである。
「これは先の敗戦によってだ!」
 誰でも知っていることが述べられた。
「だが我々は敗れたのか!」
 群衆に対して問うていた。党員達はそれを見て怪訝な顔になる。
「何かおかしな雰囲気だな」
「そうだな」
 その建物の陰で顔を見合わせて言い合うのだった。
「どうにもこうにもな」
「何か変わったか?」
「我々は敗れたのか。否!」
 それを否定するのだった。
「我々は敗れたのではない!敗れた原因は他にある!」
 いきなり糾弾すべき対象を指し示すのだった。
「それはあの者達だ。あの忌まわしい星を紋章に持つ者達だ」
「星の紋章というと」
「あの連中のことだな」
「ああ。間違いないな」
「そうだな」
 党員達も群衆達も彼の言葉を聞いて顔を見合わせて言い合い確かめ合う。考えられる存在は彼等しかなかったのであった。
「あの者達が我々を後ろから撃ったのだ」
「我々を」
「後ろから」
「そうだ」
 既に何人かは彼の言葉を復唱しだしていた。
「あの者達に後ろから撃たれ我々は敗れた。だが!」
 ここでまた叫ぶのであった。
「我々はこの裏切りを忘れない。そして恥もだ!」
「恥も!?」
「それは」
「何を塞ぎ込む理由がある!」
 また激しい身振り手振りと共の言葉になっていた。
「我々は誇り高き存在だ」
「誇り高き!?」
「我々が」
「思い出してみればいい」
 ここで彼は己の胸に手を当てて考える動作をしてみせた。まるで他の者達にもそうすることを強いるかのように。
「我々は。周りに敵を抱え敗れはしなかったのだ」
「敗れはしなかった」
「戦場では敗れてはいなかった」
 こう言うのである。
「あの裏切り者達に後ろから撃たれただけでだ」
「そうだな。そうだ」
「我々は勝っていた」
 また何人かが言い出した。それは党員達も同じだった。
「そういえばそうだったな」
「ああ。俺達は負けてはいなかった」
 実際に彼等のうちのかなりの割合が戦争に参加していた。だからこそ戦場がどういった状況だったのかよくわかっていた。肌で感じられる言葉だったのだ。
「私もまた同じだ」
 自分も彼等と同じだと宣言した。
「戦場で常に勇敢に戦い敵を倒してきた」
「戦場で!?」
「しかも勇敢にか」
 群衆達はそこに注目した。
「戦ってきた。ドイツの為に」
「んっ!?待てよ」
「おかしいぞ」
 だがここで党員達は気付いたことがあった。それは。
 
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