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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第七十六話

 
前書き
ALO編、完結 

 
「ふぃー……」

 我ながら何とも気の抜けた息を発しながら、俺は頭に取り付けていた《アミュスフィア》を取り外していた。学校の教室のような場所がまず目に飛び込んで来た後、隣でも似たような動作をしているキリト――和人を見ると、ニヤリと笑いかけた。

「今回は俺の勝ちだな」

「納得いかねぇ……」
 
 俺とキリトが《アミュスフィア》でインしていたのは、《フルダイブ・スポーツ・シュミレーター》――要するに、仮想世界におけるスポーツ体験だった。もちろん、仮想世界でいくら運動しようが何の鍛錬にもならないが、勘を取り戻すためのリハビリやチームワークの訓練など、出来ることは幾らでもある。

 ……アインクラッドから帰ってきて腐っていたが、俺はこうして剣道・剣術を再び振るう為に、こうしてリハビリを続けていた。最終的にはこうなるあたり、やはり俺は幼い時からやってきた剣が好きなのだろう。まだ身体は充分に動くことは出来ないものの、こうして和人に付き合ってもらって仮想世界で勘を取り戻すことも出来るし、現実でも少しずつ直葉の鍛錬が出来るようになってきた。

 結局は気の持ちようであり。アインクラッドを言い訳にして、俺は剣からも逃げていたのだろう。
 
 ちなみに結果は、キリトの竹刀が俺の頭頂部を強打し、とてつもなく綺麗に面が入り――俺の勝利となった。和人はおかしいと思っているようだが、これが審判がくだした最終的な判断である。

「どこまでなら良いんだよ……」
 
 和人が今回の結果に頭を唸らせる。アインクラッドで戦っていたように剣道で戦えば、当然審判の権限で注意喚起後に退場だ。今回はリハビリという目的もあり、審判は試合が終了するまで止めることはないが、現実ならば一発退場な動きをしているのが、和人が勝利しつつ敗北している理由だった。

「いい加減、直葉の鍛錬を真面目に受けるんだな」

 《アミュスフィア》の利用申請のための手続きを完了させていると、そう言われたキリトは苦虫を噛み潰したような顔で、肯定も否定もしなかった。もやしっ子には辛かろう。

「よし……今日も付き合ってくれてありがとうな」

「お礼はいつか精神的に、な」

 そうは言っても、付き合ってくれる桐ヶ谷兄妹には頭が上がらない。よく分からないことをうそぶきながら、和人は《アミュスフィア》が置いてある部屋から足早に出て行った。時計を見るともう昼飯時であり、俺も早々とその部屋から出て食堂に向かう。

 SAO事件の興奮覚めやらぬ状況で発生したALO事件は、世間を震撼させるには充分すぎた。それに関わった曲がりなりにも当事者としては、ニュース番組などで自称フルダイブ専門家、などと紹介された著名人には少し苦笑いが起こる。

 茅場昌彦と須郷伸之。二人の天才によって引き起こされた二つの事件は、とりあえずの解決を迎え、問題になっていたSAO未帰還者の意識も回復していた。幸いにも須郷が行っていた実験の影響はないらしく、アインクラッドをクリアした後からの記憶はないそうだ。このSAO対策支援学校にも、少ないながら未帰還者だった者たちの人数は増えてきている。

 須郷はあの決戦の後に和人を現実世界で襲い、逮捕。その非道な実験も白日の下晒され、今はどうしているのか分からない。その消息に興味もないが、あの決戦で俺に洗脳が効かなかったのはどうしてか、ということだけは気になり、その件についてだけは菊岡さんへと連絡を取った。

 なんでも。須郷が実験体にしていたのは、SAO未帰還者に対してのみなので、ナーヴギアでのデータしかなく。《アミュスフィア》でログインしていた俺に対しては、少しばかり時間がかかり、その間に俺が殴り飛ばしたということらしい。……今度こそ安全、などという売り文句も、なかなか間違ったものではないらしい。

 結局彼は、キリトやアミュスフィア、レクトなど――彼が見下していたものに負けたのだろう。

「遅ーい」

 耳に聞こえてきた不満げな彼女の声が、俺を現実に引き戻す。どうやら、考え事をしている間に食堂へと到着したらしく、気が付くと俺は人が溢れそうな食堂にいた。そんな俺を外が見える一等地を確保しつつ、二人の少女が待っていた。

 ……俺たちは二つの事件を乗り越えて、こうして支援学校に通っていた。

「そうですよ翔希さん。私、もうお腹ペコペコです!」

「悪い悪い」

 席を取って貰っていた里香と珪子にお礼を言いつつ、里香に頼んでおいたランチが置いてある席へと座る。ひとまずコーヒーを飲んで一息つき、食堂から丸見えの中庭を望むと、桐ヶ谷夫妻がイチャついてるのが見えた。

「…………」

「翔希は和人の奴誘ってリハビリでしょ。最近ずっと頑張ってるわよねー」

 それを、微笑ましいような恨めしげなような羨ましそうな表情で見つめている珪子を、俺と里香はあえて無視することにすると、食事を食べながらの世間話に移行していく。珪子は俺たちが食事を食べ始めたところで、ようやく我に返ったらしく、忙しなくサンドイッチを食べ始める。

「そうでもないさ。里香こそリハビリはもういいのか?」

 確かに先述の通り、須郷の洗脳の実験体になっていたSAO未帰還者は何の問題もなかったが、直接その被害を受けた里香はそうはいかなかった。本人は大丈夫だと言っていたし、反射的に俺を殴りつけるような行動はなかったが、大事を取ってしばらく入院生活となっていた。経緯が経緯なので、俺が見舞いに行くことは出来なかったものの、随分と病室では退屈していたようだ。

「んー? 大丈夫大丈夫。最初っから悪影響なんてなかったんだし、ね」

「それならいいけどな……」

 どんな検査をしようが体力の低下以外には何もないような、そのまま退院したような健康優良児を心配する必要はなかったらしい。安心しながら再び食事に戻ると、俺の顔の前にパック式のフルーツジュースが向けられた。まるで銃のように。

「そんな景気の悪い話より、今日の集合時間忘れちゃいないわよね?」

「……行儀悪いですよ、里香さん」

 さっきまでサンドイッチを忙しなく食べていた様子はどこへやら、とても上品っぽく見せかけた珪子が里香に注意する。紅茶のカップの持ち方が違っていたりと、かなりの付け焼き刃なのは素人目にもよく分かるが。まあ、それでも里香よりはいいか。

「ドレスコードとかあるような場所じゃあるまいし……そんな細かいこと言う奴は、こうよ!」

 里香がどこからともなくポッキーの袋を取り出すと、その中から一本を取り出して珪子の口に運ぶ。すると、珪子がリスのようにカリカリとポッキーを食べ始めていき、いつしか一本まるごと珪子の栄養になった。

「珪子は栄養つけなきゃいけないしねー」「それは栄養は……どこ見て言ってるんですか!?」

 そんな様子を微笑ましく見物しながら、ポッキーを一本拝借しながらコーヒーのお供とする。甘さと苦さが口の中でせめぎ合いながら、ランチを食べ終わり礼をする。

「……で、翔希?」

「あー……それは忘れてない。里香こそ診察の時間と被ってたりしてないか?」

 一瞬里香に何を聞かれているのか忘れてしまったが、そういえば今日の予定が大丈夫かどうか聞かれていたのだった。もちろん俺は大丈夫だと里香に聞き返すが、里香は「大丈夫大丈夫」という風に手を振ると、珪子の口にさらにポッキーを投入していく。里香が面白がって遊んでいる間に、ランチのお盆を食堂に返していくと、次の授業は何だったかと予定を確認する。

「次の授業、里香と同じだっけか?」

「んー……そうね。倫理でしょ?」

 いい加減珪子に怒られたらしい里香がポッキーをしまいつつ、お詫びのように珪子のゴミと自分の分を合わせ、しっかりと近くのゴミ箱へと入れる。こう見えて里香はなかなかの優等生だったらしく、授業ではかなりの高成績を収めていた。

「あの授業眠くなるのよねぇ……」

「寝ててあれだけ取れれば上出来だろ、今度ノート見せてくれ」

 それでもたまに、昼食後に昼寝へと移行することがあったが。昼寝してても自分より成績がいいと、家での予習復習が出来ている証なのだろうが、なんとも不公平だと感じさせる。

 ……などと、そんなことを考えている間に、授業の予鈴が学校中に鳴り響く。俺と里香は既に食事を終えて立ち上がっていたが、里香にさんざんポッキーを食べさせられ珪子のみ、未だ目の前に食材が残っていた。

「あっ、ちょ、ちょっと……」

「じゃあ桂子、頑張りなさいねー」

 ――里香さんのバカー! なる悲鳴が聞こえたような気がしたものの、俺と里香はそんなことに構わず、早々と食堂を出て行った。次の授業の教室は桂子と違って少し遠い……

 ……そして学校も終わり、エギルの店こと《ダイシー・カフェ》。『本日貸切』の看板がドアに掲げられたここでは今、その貸し切った人物達によるパーティーへの飾り付けが、せっせと始まっていた。

「あ、クライン。そこの星形の奴取ってくれ」

「おー。ほらよ」

 店内は全体的にクリスマスをモチーフとした飾り付けとなっており、主に男性陣――ここにいるのはほとんど男性だが――が、一部のセンスある者の指揮に従って飾り付けを行っていた。俺が木の上に星形のアクセサリーを付けると、ようやく全ての行程は終了する。

「お疲れー」

「お疲れさん……ってもう時間ギリギリだな、オイ」

 そうスーツ姿のクラインが言ってのけたので確認してみると、確かにそろそろ『集合時間』だった。俺と同じく学生服のままだった桂子から、パーティーグッズの方のクラッカーを受け取ると、全員で所定の位置につく。

 男一人に女二人の、会話をする声と階段を歩いてくる音。半開きのドアからそれを確認すると、後はドアが全て開き終わる瞬間を待つ。

「お邪魔しま――おわっ!」

 先陣を切って店内に入ってきた《黒の剣士》――もとい和人に対し、用意されていたクラッカーの絨毯爆撃が撃ち込まれる。和人は反射的に背後にいる二人を守ろうとしながら、片手を背中に回すものの――もちろんそこに剣はもうない。

「なーに惚けたポーズしてんのよ」

 クラッカーから発射された紙に包まれた和人に、マイクを持った里香が近づいていく。後ろにいた明日奈と直葉は大体の事情が飲み込めたようで、和人のその妙なポーズにクスクスと笑っていたが、和人はまだ何がなんだか分からない、という顔を崩さないでいた。

「えっ、いや、その……なんだ。……俺たちは遅刻してないぞ?」

「最初にそれ? ま、主役は遅れて到着するものってことよん? さ、入った入った!」

 まだ飾り付けられた《ダイシー・カフェ》をキョロキョロと見回す和人の背中を押して、里香は三人を目立つ場所に施設されたステージへと誘導する。和人たちに小さなドッキリとして、遅れた集合時間を伝えてみんなでお祝いをしよう――とは、この企画《SAOオフ会》に俄然として乗り気だった里香の発案だった。もちろんただの悪戯心ではなく、和人や明日奈のことを、しっかりとお祝いしてあげるために。

「オメェも行くんだ、よ!」

「……っ!?」

 そんな和人のことをニヤリと眺めていると、いつの間にか背後に現れていたクラインに背中を押され、俺はバランスを崩してそのままステージへと上ってしまう。背後を睨んでみると、ガッツポーズをするクラインの姿――どうやらドッキリを仕掛けられたのは、和人たちだけではないらしい。

「おい翔希、どうなってるんだ」

 いきなりステージに上げられた俺に、困り顔の和人が問いかけてきた。困り顔になりたいのはこっちだと、ついつい髪に手を置いてしまう。

「もう。和人くんに翔希くん、こういう時は堂々としてなきゃダメだよ? もちろん直葉ちゃんも」

 すっかりこういうことには手慣れているらしい明日奈に窘められ、俺と和人は顔を見合わせて苦笑いする。仕方なしに背筋を伸ばして堂々と立つと、先程和人を襲ったクラッカーの絨毯爆撃が再び襲来してきていた。

『SAOクリア、おめでとう!』

 ……二発目のクラッカーのことは聞いていない。甘んじて俺と和人はその爆撃を受け止め、発射された紙まみれになっていた。

「酷い目にあった……」

 それから一人一人インタビューという名の吊し上げが始まったり、和人が多少修羅場になったりと
あったが、少し落ち着き。まだ他のプレイヤーに取り囲まれている和人に明日奈はともかくとして、俺はそこそこにステージから目立たぬように降りていった。適当な飲み物を一つ拝借すると、視界の端に一人の少女の姿が写った。

「よ、直葉。どうしたんだ?」

「あ……翔希、くん」

 俺と同じように直葉もステージから降りていたらしく、店の隅で所在なげに1人で佇んでいた。適当に持ってきた飲み物をもう一つ渡してやると、近くにあった椅子に直葉を連れ添って座る。

「里香め……俺まで巻き込んで……直葉も巻き込まれて悪いな」

「ううん、ちゃんと驚いたけど楽しかったよ。でも、さ……」

 直葉はかつてのSAOプレイヤーたちに囲まれる和人の方を見ながら、少し寂しげに小さく笑う。俺が渡した飲み物にも口を付けようとせずに、そのまま独り言のように小さく呟いた。

「何だかお兄ちゃんが、みんなが遠いよ。私、ここにいていいのかな……」

「…………」

 答えなど求めていないにもかかわらず、誰かに問いかけるような直葉の感情の吐露。自分だけあのアインクラッドのことを知らない、今の和人を作り上げているのはアインクラッドの日々。ならば自分がいる資格はないのではないか、という直葉の心からの言葉。

「あっ……ゴ、ゴメンね、こんなこと言っちゃって! せっかくのオフ会、なのに……」

 そんなことはない、一緒にいた方が楽しい――などと言うのは簡単だが。あまり見せることはない弱音を見せてくれた直葉には悪いが、それを言う資格があるのは俺じゃない。

「……それ、和人には言ってみたか?」

 俺からそんな返答がくることは予想外だったのか、直葉は少しの間だけキョトンとした表情になる。もちろん和人にそんなことを言っている訳もなく、直葉は「言ってないけど……」と弱々しく返してきた。

「今日の二次会。そこで和人に言ってみてくれ。きっと、答えが出てくるからさ」

 この後に控えている『新生ALO』での二次会。もちろん俺や桐ヶ谷兄妹も参加をしている筈だが、どうやら直葉は二次会で何があるか知らないらしい。そう言われた直葉は、言葉の意味をゆっくりと理解するように数回反芻し、しばし後に小さく吹き出した。

「翔希くん。それ、お兄ちゃんに丸投げしてるだけじゃない」

 何かかっこいいこと言っといて――と直葉は笑いだす。そこでようやく持ってきた飲み物を飲むと、エギル特製のジンジャーエールの辛さに顔をしかめた。……俺は一緒に持ってきた烏龍茶でお茶を濁しつつ。

「……うん。でもありがとね、翔希くん。ちょっと気が楽になったよ!」

『コラー! そこの二人、隅っこでイチャついてない!』

 直葉に「どういたしまして」とでも返そうとした瞬間、スピーカーから俺たちに声がかけられる。声を聞くまでもなく、マイクを持っているのは里香しかいない、というか何でマイク持ってるんだ。呆れながら里香の方を見ると、明日奈に桂子と話し込んでいたらしく、直葉に向けて手招きをしている。

「……ふふ。じゃ翔希くん。何か呼ばれてるみたいだから!」

「ああ、それじゃ」

 小走りで直葉が女子会――とでも言うのだろうか――に混じっていくのを眺めた後、野次馬に囲まれる前に素早くその場を離脱する。マイクで名指しされたせいで少なくない数の人の目が集まっていたが、俺は何もしていないし何の関係もないんだ――と、人目が少ない場所に移動する。

「よぉ、いらっしゃい」

「モテる男は辛いってか? くたばれ」

 行き着いた先は店のカウンター。他の面子は歩き回りながら積もる話をしているようで、今カウンターにいるのは店主であるエギルと、明らかにアルコール由来の飲み物を飲んでいるクラインだった。

「……誤解だから、そっちがくたばってくれクライン」

 ついでに持っていた烏龍茶を一気に飲み干すと、エギルにおかわりを頼みつつカウンターに座る。やはりクラインが飲んでいたのは酒だったらしく、ほのかに鼻につく匂いが漂ってきた。

「まあオメェはリズ一筋だもんなぁ。お、エギル。俺にも頼むわ」

 俺と同じようにグラスをエギルに渡しながら、クラインはいきなりそんな発言をぶち込んでくる。ついつい椅子から落ちそうになってしまった俺に、さらに店主から追撃が叩き込まれた。

「ああ、いつ告白するのか気になっててな」

「何の話だ……」

 エギルに聞き返すものの薄く笑うだけで何も言わず、不思議と愛嬌のある笑顔で「分かってる分かってる」と言いたげに微笑むのみだった。……アインクラッドの時から、この店主はとにかくお節介な。

「そうそう、オメェ言ってたろ? 事件が終わったら告白する、ってよぉ」

 もう一度、何の話だ――と惚けようとしたものの、クラインが言っていたことを俺ははっきりと覚えていた。あのアインクラッド最後の層となった75層で、今と同じようにクラインとエギルに問い詰められた時のことだ。

『明日も分からない状況でそんなことは出来ない』

 ……確か、俺の返答はこんなニュアンスのものだったと記憶している。その時は『真面目な奴だ』などとからかわれただけで終わったが、SAOに続いてALO事件も終わった今は、その『明日も分からない状況』だろうか。

「いいじゃねぇかヤっちまえよー。さっきなんて、オメェが直葉ちゃんとイチャついてたから、わざわざ割り込んだんだぜ? 可愛いもんじゃねぇか」

 そう言いながら肩を組んでくるクラインに、俺は何も言い返すことは出来なかった。酒臭いだとか酔ってるなだとか、言い返す言葉はいくらでもあるはずなのだが。

「その辺でやめてやれ、クライン。ま、何事も後悔しないようにな」

「……勘弁してくれ……」

 エギルの助け舟のおかげでクラインが離れていき、俺が何とかそれだけの台詞を絞り出した。そしてエギルから差し出されたおかわりのグラスを、ヤケクソのように一気飲みしようとし――

「バッオメェそれは違っ――」

 ――クラインのいつになく慌てた声と味、そして慣れない何かが身体中に駆け回っていく感覚で、俺は自分で何をしたのか悟る。まるで身体に回したこともないアルコールを、心構えもなく一気飲みする……という自殺行為。

 ……薄れいく意識の中で最後に思ったことは、なんていうことも起きず。俺はそのまま意識を失っていき、一緒に差し出されていた烏龍茶をこぼしながらカウンターに突っ伏した。

 ――《新生アルヴヘイム・オンライン》。新生といっても、この風を切って飛翔する感覚までは変わらない。立ちこめていた雲を貫くと、俺はようやく彼女が待つ目的地に着いた。

「ショウキ! ……大丈夫?」

 こちらを見た瞬間、少し寂しげだった横顔がパァァッと明るい笑顔になったが、すぐにその顔に影が差してしまう。

「リズの看病のおかげで平気。本日二回目の遅刻、悪いな」

 ……《ダイシー・カフェ》で誤ってクラインの酒を飲んで気絶した後、エギルとクラインに秘密裏に店の裏まで連れて行かれ、みんなには知らせずにそこで休ませていたらしい。ただし、二人の大人のお節介からリズには伝えられ、その看病のかいもあって二次会までに回復できていた。……その看病のことをまるで覚えていないのが、怖いというべきか、不覚というべきか。

「ま、大丈夫ならいいけどね。それに、今回は遅刻のことも許す!」

「なんだ、今日は――」

 今日は太っ腹だな――などと軽口を叩こうてした時、俺はリズとその背後にあった景色に心を奪われ、その言おうとした言葉を途中で失った。色とりどりの美しい妖精たちの飛翔する舞と、その中央に出現している――浮遊城《アインクラッド》。二度と見ることはないと思っていた浮遊城は、これからは妖精たちの遊び場と化すのだろう。

 ……デスゲームなど関係のない、本当にただの遊び場として。

「綺麗だ……」

「ね。これが見れたから、今回の遅刻は不問よ」

 こぞって浮遊城に行こうと飛翔する、誰もが一番乗りを目指している各陣営の妖精たち。その舞の一番頂点にいるのは、緑色を基調とする女の風妖精――二番手に黒色の男妖精がいるが、それすら比べるまでもなくぶっちぎりだった。

「……ところであんた。ぶっ倒れてた時のこと、何も覚えてないの?」

 リーファも吹っ切れたらしいことを確認すると、隣に浮かんでいたリズがそう聞いてきた。それが不思議なくらいに何も覚えていないのだが、もしかして何かやってしまったのだろうか……?

「ううん、覚えてないならいいの! そ、それよりさ、あんた、本当にそうなってよかったの?」

 俺の不安そうな顔を見て何か悟ったのか、リズの不自然なほどに怪しい話題転換。自分が何をしたか問い詰めたいところではあるが……リズが答えてくれそうもないので、あえて話題転換に乗ってやることにする。

「これじゃなきゃ、リズベット武具店の助手は務まらないからな」

 ……俺は旧SAOのデータをコンバートするにあたって、世界樹攻略戦をともに戦ったシルフ族ではなく、リズと同じくレプラコーン族を選択していた。レプラコーンはシルフほど服装や外見に影響がなく、少しいつものコートが赤みを帯びている程度だった。

「それに、あの金髪はもうコリゴリだ」

「あのお坊ちゃん面もお似合いだったわよ?」

 金髪オールバックの俺のアバターと、子供用の服がピッタリなリズのアバターを思いだし、ついつい2人で苦笑してしまう。二年間のアインクラッドの生活のせいで、こっちの身体の方でないと落ち着かなくなってしまっていた。

 それと同時に、アインクラッドでのことも思いだす……今も隣にいる彼女がいなければ、とても生き残れなかったあのデスゲームでのことを。

「それじゃ、あたし達もそろそろ行きましょうか!」

「……リズ、待ってくれ」

「なに――!?」

 妖精たちの舞に加わろうと飛翔しようとしたリズを、呼び止めながら後ろから抱き止めた。リズは驚いて抜けだそうと抵抗しようとするが、筋力値を総動員して逃がさないようにする。

「ちょ、ちょっと……いきなり何すんのよ!」

「……返事だよ」

 アインクラッドでヒースクリフを倒した後、俺は崩れゆく浮遊城を眼下にその言葉を聞いていた。色々なことがあったあのデスゲームにおける、俺の最後の思い出として。

『絶対また会おうね、ショウキ――愛してる!』

「アレは、そのっ、まだはやっ」

 返事と聞いてリズも思いだしたのか、後ろから見えるリズの耳までが真っ赤になる。……背後からで良かった、多分自分も同じような顔色をしてるだろうから。

「リズ、俺も――」

 『後悔しないようにな』というエギルの忠告も、『可愛いもんじゃねぇか』というクラインの言葉も。そんなことは今更だ。自分が一番よく分かっていることを、今更……そのお節介に今は感謝しながら、リズにそう言葉を告げた。

「――愛してる」 
 

 
後書き
一回間違って消してしまい、もう一度書き直したものとなっております。先のバージョンを覚えているかたがいればくらべれみては(いない) 
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