| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

大晦日のスノードロップ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

4部分:第四章


第四章

「スノードロップを」
「はい」
 マーシャ達から刺繍やアクセサリーのスノードロップを受けた役人から大臣の一人に話は及んでいた。大臣は恭しく一礼してから女帝に述べた。
「御覧になられますか」
「まさか本当に届くとは思っていませんでした」
 彼女はその面長ながら整った顔に思案の色を巡らせた。
「あれから私も考えまして」
「左様ですか」
「スノードロップなぞ今このペテルブルグにある筈もないと。それで取り消そうと思っていたのです」
「ですがそれが届きました」
 大臣は何か思わせぶりな笑みを浮かべた。エカテリーナの方もそれに気付いた。
(何かあるのかしら)
 心の中で呟いた。だがそれは顔には出さない。
「それでは」
 彼女は表面上は何もない様子で言った。
「そのスノードロップをこちらへ」
「はい」
 大臣はそれに頷き一礼して部屋を後にした。エカテリーナは彼の退出する姿を見ながら考えていた。
「何が出て来ても驚かないではいようかしら」
 それはロシアの主としての誇りであった。大きく構えるつもりであったのだ。
 程なくして大臣が戻ってきた。その手には籠がある。
「その籠の中にあるのですね」
「はい」
 彼は笑みを含めて答えた。
「左様でございます」
「わかりました。では」
 エカテリーナはそれを受けて言った。
「その籠をこちらへ」
「はい」
 大臣は進み出てその籠を差し出した。見れば木で編まれた質素な籠であり覆いが為されていた。エカテリーナはそれを受け取るとすぐにその覆いを取った。そして中を見た。
「これは」
「これがスノードロップでございます」
 大臣はあえて芝居がかった口調で述べた。
「如何でしょうか」
「何と」
 威厳を保ち続けていた女帝がこの時は少女の顔に戻っていた。そして刺繍を手に取っていた。
「スノードロップを布に」
「アクセサリーもございます」
「これね」
「はい」
 そこには刺繍だけでなくアクセサリーもあった。それもエカテリーナの目に入った。
「成程、確かにスノードロップです」
 エカテリーナはそれを見て満足そうに頷いた。
「見事な。確かに受け取りました」
「左様ですか」
「はい。こうした花があるのは忘れていました」
 そしてこうも述べた。
「花は咲いているだけが花ではないと」
「実は私はこれを受け取った時迷いました」
 大臣はここで正直に自分のことを述べた。
「陛下にお渡ししてよいものかと。ですが」
「何かあったのですね」
「はい、殿下が。是非お渡ししてくれと」
「殿下というと」
「アレクサンドル様です」
「そう、あの子が」
 エカテリーナはアレクサンドルという名を聞いて頬と目元を緩ませた。彼はエカテリーナの孫であり彼女が手塩にかけて手元で育てている秘蔵っ子なのである。彼女にとっては目の中に入れても痛くない程の可愛い孫なのだ。
「それでお渡ししました。気に入って頂けたようで」
「私はどんな花でも好きなのですよ」
 エカテリーナは笑みを浮かべ続けたまま言った。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧