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ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。

作者:デュースL
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第十話

「……」

 ヘスティアは今、猛烈に頭を抱えたくなる衝動に駆られている。自分の眼下にある細い背中に刻まれているステイタスが、常識というものを嘲笑うかのように伸び続けているのだ。

 ベル・クラネル
 Lv.1
 力:H120→F341 耐久:I42→H159 器用:H139→F339 敏捷:G225→F392 魔力:I0
 《魔法》【】
 《スキル》【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

 お解り頂けるだろうか。ベルの基本アビリティの伸びしろが常軌を逸し始めたのだ。もちろん彼が発現したレアスキル【憧憬一途】で最近から常人ではありえない成長スピードを見せていたのだが、今回はそれに輪を掛けて酷くなっている。もはや早熟という言葉ですら生ぬるいレベルまで昇華している。

 熟練度が10もあがるのなんて最初のうちだけ、すぐに壁を迎えて頭打ちに陥ると親交のある神から頻繁に愚痴を聞かされているヘスティアとしては、この異常事態に危機感を感じざるを得ない。
 
 こんな反則級のレアスキルを所有しているのが他の神にばれたら一体何をされるのか検討も付かない、というのもある。
 それよりも殊更問題なのが、このスキルが名前の通りベルが抱く憧憬の多寡が高いほど早熟するという内容であること。つまり、この異常な伸びしろを見せた理由は、ベルの心の中にヴァレン何某以外の誰かに憧憬を抱いたからと考えるのが普通だ。
 そして、このステイタスの更新を行う前に何かベルに変化を齎すような出来事があるかと言われれば、非常に残念なことに思い当たる節が一つある。

 レイナ・シュワルツ。無茶苦茶な挑戦に臨んでボロボロになったベルを、このホームに連れてきてくれた無所属の少女。ほぼ間違いなく彼女が原因である
 彼女が帰った後ベルに聞いたところ、何でも彼女とは以前にも一度出会ったことがあるらしく、共に死線を首皮一枚で切り抜けたことがあったらしい。

 さて、ここで新たな疑問が生まれた。ベルのスキル名に入っている通り、このスキルは一途な想いを異性に寄せ続けることで発動し続ける、という解釈だったのだが、今回の一件でまさかの一途な想いでなくとも懸想さえ抱いていれば─もちろん本気の想いだろうが─スキルは問題なく発動する可能性が浮上した。
 そう仮説を立てると、今ベルの心の中にはアイズ・ヴァレンシュタインとレイナ・シュワルツの二人が巣食っていて、ベルはその二人に恋をしている状況だ。抱いている懸想が二つ、ゆえに効果も倍増した。それならまだ納得できる。

 ところが、もし仮にベルがレイナに抱いている感情が懸想ではなく、ただの憧憬であった場合とんでもないことが起こる。ベルは今、明確な力を欲している。逆説的にベルの目に映る実力者は全員憧憬の対象になりえてしまい、その人数分だけ倍々に増えていくことになる。
 さすがにこの仮説は間違っているのは解るのだが、そうなるとヘスティアにとってますますレイナの存在が厄介なものとなる。主に、ベルの視線を横取りする嫉妬の対象として。

 スキル名に一途と書いてあるくせに、まさかの二股を掛けてもスキルがストップするどころかアクセルを踏み込んだ事態にヘスティアは軽く頬を引き攣らせる。もともとベルがレイナに対して懸想の類を抱いていなければ問題は無かったのだが、今までの伸びしろと比べて更に二倍近くまで成長スピードが高まったとなれば警戒するに越したことは無い。

 ヘスティアはその幼い容姿に相応しい─神様として全く相応しくない─嫉妬の感情に苛まれながらも、ベルに今回のステイタス更新の結果を告げるのだった。



「へっくしっ!」

 風邪は引いてないはずなんだけどなぁ……。さっきから二回くらいくしゃみが出てくる。誰かに噂されているのかもしれない。フレイヤ様じゃないように……。
 
 宛の無い妄想を頭に過ぎらせながら、私は疲れが抜けきっていない体を伸ばす。眠気が脳の中で跋扈するせいでもう一度寝ちゃおうかとも思ったけど、昨日の猛練習のお陰でステイタスの伸びがかなり芳しい。この調子で続けていれば一週間かそこらで基本アビリティのいくつかをHの後半まで持って行けそうだ。

 普通の駆け出し冒険者は初めて対峙するモンスターに萎縮して思ったように動けないせいで、一日で得られる経験値の絶対値が少ない。それに初めて武器を握るだろうし、死ぬかもしれないという緊張が高い時期でもある。だから大概の駆け出しは半年くらいの時間を掛けてゆっくり冒険者の雰囲気に慣れていく。

 でもアイズには驚かされたね。彼女、なんと八歳のときに冒険者になって、その一年後にLv.2に昇格したそうだ。それをロキ様から聞いたときさすがに凹みました。十三歳というアイズより年上の状態でスタートした私は三年後に昇格ですからね。天才というのは彼女のことを言うのだと畏敬の念を寄せました。
 もちろんそれが才能だけによるものじゃなく、アイズが幼いながらもほぼ毎日ダンジョンに通いつめてはヘトヘトになって帰ってくる毎日を続けていたからだと思ってる。彼女の努力の賜物と言ってもいい。最年少で最速記録を叩き出した少女は一味違ったのである。

 そんな訳で私はレベルが上がる見込みは無いなら基本アビリティの多寡で勝負! って張り切っているものの、正直言って辛い! 辛すぎですよ! だって今日潜ったとき偶々再会したベル君がめっちゃ強くなってますもん! 一体どういうことだって話ですよ!

 あれは人が変わったと言えるね。レベルが上がったという話はしてこなかったから、多分純粋に基本アビリティの上昇で得た成長だったんだろうけど、それにしても限度ってものがですねぇ……。えぇ、私が見た感じだと一昨日の二〜三倍強くなってる気がします。
 さすがに直接ステイタスどんぐらい? とは聞けなかったけど、彼自身も思わぬ成長スピードのようで昨日のどんよりした雰囲気は嘘のように短刀を振るっていた。

 ちぇー、どうせ私は平凡ですよーだ。いじけながらその日はベル君と一緒に七階層で留まって隣で槍を振るってました。【撥水】はする気になりませんでした。ちくしょん見てろよすぐに……無理ですね。カンストするだけでも異常な時間が掛かるのにランクアップ無しとか辛すぎぃ……。
 さすがに同僚(ベル)とこんなに突き放されるとは思ってなかった私はよよよと涙を零しながら一日中ダンジョンに篭って十四階層まで潜った。

 その次の日である。

「あー、怪物祭(モンスターフィリア)ね……そんなの近々やるとか聞いたっけ」

 自分のステイタスの割に合ってない戦闘をほぼ一日中行ったせいかレイナの体に【自然治癒】の回復が付いても追いつかないほど疲労が蓄積していたらしく、宿から目を覚ましたら朝九時前だった。

 半開きした窓からわいわいと今にも踊りだしそうな声々が大通りから溢れていた。東のメインストリート付近にある宿を使う私は鉛のように重い頭を引きずるようにベッドから這い出て、もっさりした動作で身支度を整えていく。

 今日はダンジョン潜るのやめようかなー、とまだ眠気が跋扈する瞼を擦りながら思う。前世ではこんなお祭り無かったからね。一年に一度らしいし、少し覗くぐらいはしてみようかなぁと考えてたりする。
 何でもダンジョンから引っ張り出してきたモンスターを闘技場で調教(テイム)するらしい。観衆たる一般人にとってこの上なく凶悪なモンスターを華麗に捌いてみせる冒険者に興奮して我先にと足を運ぶ催しなんだそうな。
 私としてはダンジョンから出てくるモンスターを留めるのがバベルの役目なのに、冒険者自ら引っ張り出してきて大丈夫なのかが気になるんだけどね。まあ調教するくらいなんだし、余程の腕前を持つ冒険者が担当するはずだから事故は起らないように細心の注意を払ってるでしょ。

 そんな建前は置いといて、本音はやさぐれた心を鎮めるためです。私はこういうときだからこそその気持ちを糧に頑張るべきだと思うけど、セレーネ様にこういうときだからこそいったん落ち着いて休憩してみるべきだと教えてもらったからそうするつもりだ。事実それを教えてもらった年から成果が如実に上がり始めたからさすがセレーネ様といわざるを得ない。

 幸いここ数日で資金は結構温かいことだし、このお祭り雰囲気に酔いながら服とか買おうかな。セレーネ様と一緒に出かけた日々を思い出す。
 顔に冷水をばちゃばちゃ掛けて眠気を払った私は早速宿を出て闘技場がある東端に続くメインストリートに出た。
 数え切れない老舗が通りのど真ん中や隅に並び、香ばしい匂いやじゅうじゅうと何かを焼く音が盛んに振りまかれている。通りそのものはリボンや美しい花を始めとする様々な装飾がされていて、常日頃より一層華やかさが増している。頭上には【ガネーシャ・ファミリア】のエンブレムが施された旗が沢山紐に通されて風に揺れている。
 数歩先に進むだけでも苦労しそうな大通りはがやがやと喧騒に包まれて、言葉の端々に怪物祭という単語が飛び交う。民衆たちにとって今回の祭りというのは楽しみの行事の一つのようだ。

 人々の熱気にやられながらも私はゆっくりとメインストリートを歩いていった。



 やはり来たわね。少し目を離した隙に私の物ベルに近づいて、あろうことか彼の官能的な色までも穢そうと……。到底許されることじゃないわ。
 そうね、丁度ベルに試練を与えるところだったし、ついでにあの女の今の実力を検証してみるのも良さそうね。本当にクレア・パールス本人ならば前世のステイタスを引き継いでLv.10のままでしょうし、否であるなら過去の偉人に似てしまった己の運命を呪えばいいわ。

 すでに私はあの女の現状を調べてある。レイナ・シュワルツ。オラリオから少し離れた辺境の土地の地主の家庭から生まれた子供とされている。十三歳になってオラリオに来て、担当のアドバイザーを言い負かして冒険者に就職、以後アドバイザーの前に現れていない。ファミリアは無所属。

 まあ、このレイナという子がクレアならば、このオラリオに来た理由は間違いなくセレーネと再会を果たすためでしょう。ところが現在では行方不明のため再会叶わず、何を思ったのかダンジョンにほぼ一日潜り続けている。

 はぁ、あの女の考えることはよく解らないわ。一見したら全く合理的じゃないのに、いつもきちんとした結果は出している。もし私に観察されているのに気付いて私を撹乱させるためにしているのなら大したものね。あの女に限って十中八九無いでしょうけど。

 それによりにもよって今日だけダンジョンに行かないで闘技場に向かおうとしているし、全く嫌になっちゃうわ。いつもの通りダンジョンに引き篭もってマゾい修行でもしていれば良いんだわ。

 ならその修行の成果、見させてもらおうかしら。確かガネーシャの所にはトロールのようなLv.2以上のモンスターがいたわね。それを使いましょう。

「よぉー、待たせたか?」

 手を挙げ気楽に声を掛けてきた神物に浅く笑いながら思考を回し続けた。



「ごめんなさいね」

 ロキに呼び出された後フレイヤはベルの姿を見つけ、レイナと合流される前に試練を発動すべく、闘技場で待機させられているモンスターが閉じ込められている西ゲート奥に来ていた。
 フレイヤは崩れ落ちた女性警備員をその場に置いて進む。西ゲートを監視するギルド職員と、猛者と知られている【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者、その両組織の構成員を己の美で骨抜きにして無力化して侵入した。

 理性では制御しきれない彼女の美はヒューマンや亜人(デミ・ヒューマン)はもちろん、神々にさえ及ぶ。その支配力は圧倒的だ。探険系ファミリア最強と言われる【ロキ・ファミリア】に対し、全ファミリア中最強を謳う【フレイヤ・ファミリア】の真髄こそ彼女の美である。彼女がその気になれば何人たりとも忘我の深淵に叩き落すことができる。

 ただ一人のヒューマンの女を除いて。

 フレイヤは大部屋の中心で足を止める。周囲にはモンスターを閉じ込めた大小のおりが幾つも並んでいた。捕らえられたせいで興奮しているのか四方八方から吠え声を浴びせられるフレイヤだが、被っていたフードを脱ぎ去っただけでけたましい声はぴたりと止んだ。凶暴なモンスターでさえ彼女の美の虜となりえるのだ。

「まずは貴方ね」

 吟味するようになぞっていた視線がある一点で止まる。真っ白な剛毛を全身に生やしており、ごつい体付きの中で両肩と両腕の筋肉が特に隆起しており、フレイヤと同じ銀色の頭髪が背を流れて尻尾のように伸びている。《シルバーバック》と命名されている十一階層を住処としているモンスターだ。
 
 これはベルの試練のために解き放つモンスターだ。次はあの女(レイナ)の検証体になってもらうモンスターを吟味する。

 シルバーバックを見定めたその五秒後、フレイヤに新たに指名されたのは予め予定していたトロールだった。トロールと同じく二十階層以降に出現する《ソードスタッグ》も捨てがたかったが、トロールの方が総合的な戦闘力は高いと判断した。

 無所属と銘打つ少女に対して、あまりに度が過ぎた判定(オーバーキル)を設定したフレイヤだが、その瞳と顔には冗談の欠片もない。慈悲もなければ躊躇も無い。己の絶対の美を容易く拒絶する存在にくれてやる気など、無い。

 シルバーバックには小さな女神を追いかけてと囁き、トロールには黒髪が特徴的な小さな女の子を抹殺しろと厳命する。
 鉄格子から解き放たれた猛獣はフレイヤに従うように一歩歩みでて、繋がれっぱなしの鎖が床をごりごりと削る。

「行きなさい」

 自由奔放な女神の傍迷惑極まる気まぐれに命ぜられるまま、猛獣は咆哮を轟かせた。



 ようやく着いたぁ……。結局かれこれ寄り道していたら三十分以上掛かっちゃったよ。老舗が出している『じゃが丸くん』なる食べ物が意外と美味しかったから、ついね。クレア時代でこの食べ物が出回っていたらヒット商品間違いなかったね! あ、今度は小豆クリーム味なんてのがある。貰っちゃお。
 
 こんな体たらくなので到着したときにはすでに祭りのテイムショーは始まっていて、もうほとんどの人が闘技場に入場したのか大通りの人影は来るまでと違って随分まばらだ。
 この様子だと闘技場もまんぱんで人っ子一人入れる余地すらないんじゃないかな……。ひとまず入ってみようかな。

 そう思って入場門に一歩近づいたときだ。

「モ、モンスターだあああああああああああ!?!?」

 凍りついたかのように、平和な喧騒に包まれていた大通りは一瞬言葉を失う。自然とその悲鳴の見れば、闘技場方面から伸びる通りの奥から、石畳を激しく蹴る音を従わせながら、純白の毛並みを持つ一匹のモンスターと、筋肉が膨れ上がってでっぷりと突き出たお腹を揺らし片手に人三人分の大きさを持つ棍棒を握り締める緑のモンスターが、荒々しく突き進んでくるのが見えた。

「……嘘、でしょ……」

 何でだ。モンスターを地上から引っ張り出せるほどの腕を持つ冒険者たちの監視を潜り抜けて、更には拘束具すらも自力で外して飛び出してきたとでも言うのか。いや、それはないだろう。極最近から開催されるようになったと聞く怪物祭だからこそ念には念を入れて監視をするはずだ。そんな凡ミスをするはずがない。

 でも、じゃあ、一体何がどうなっているんだ? 前世では地上にモンスターが出現して暴れまわる、という事件が私が知っている限り二件起っている。
 一件目は元々古代より地上に進出していたモンスターが偶々帰ってきたというもの。もう一件はダンジョンを食い破って地上まで到達した《地中の帝王(ミドガルズオルム)》の暴動だ。
 前者はまだ私はLv.3になったばかりだったのでその冒険者依頼クエストには参加できなかったが、後者は私がLv.10になった数日後に出現したため私が先陣を切って討伐した。

 しかし今回はそのどちらでもない。人間が自ら地上に引き上げたモンスターが解き放たれて暴れたのだ。こんな未曾有な事態、長い歴史を紐解いても見つからないはずだ。
 そして何より解放されたモンスターの内容が酷い。片方はシルバーバック、十一階層にて出現するモンスターでつい先日倒したことがある。しかしもう片方のトロールは別だ。奴は二十階層〜三十階層の間に出現するモンスターで、Lv.1の冒険者はもちろんのこと下手なLv.2のパーティでも返り討ちにできるほどの力を持つ、正真正銘の怪物だ。あの棍棒に直撃すればミンチになればまだ良い方だ、踏み潰されて踏み躙られればこの世に肉片すら残すことは出来ないだろう。

 よくもまああんなモンスターを調教しようと思ったもんだ。どうやって地上に引き上げたのか聞きたいくらいだ。

『ルギュギギギ……!!』

 シルバーバックが進行を止め、ある一点を睨みつけていた。そこには、つい先日会ったばかりの白髪の少年と、彼の主神の姿。

 冗談じゃないぞ……いくらベル君が目覚しい成長を遂げているからといって、それで実力が付いたとは言えないんだぞ……。彼の到達階層は七階層、それより上の階層にシルバーバックのような大型のモンスターは出現しない。だから、彼の経験則に全くそぐわない敵だ。初見のモンスターほど凶悪な存在はいない。何をしてくるのか解らないということは、自分の身に何が起るのかも解らないということだ。今のベル君にその判断を下せるかどうかと言われたら、私は首を横に振る。
 
 幸い私は今の体で三度ほど奴と交戦して勝利を収めている。手元に得意の得物が無いのが苦しいが、ベル君が戦うよりか私が相手したほうがまだ望みはある。

「ベル君───」

 私が叫びだした、そのとき。ギロリと、トロールが私の姿を一瞥した。言い表せない途轍もない悪寒に喉が絞まった直後、トロールはその巨体を風船のように空へと舞わせて、ベル君たちを飛び越して私の目の前に着地した。
 ばらばらと石畳がトロールの体重に絶叫を上げながら撒き散らされる。その一つの破片が私の靴先まで転がってきたとき、ようやく私は呪縛から解き放たれたように動いた。

「こんなの、他人の心配なんかしてる余裕なんてないじゃないか!!」

 トロールの目は血走っていた。ダンジョンの中で遭遇するトロールがするような目じゃなかった。何かを強烈に求め、何かに熱狂的に夢中になっている。それの正体は解らないけど、唯一つ、それが尋常ではないものであるのは確かだった。
 そして、その矛先が私に向けられているのも確かだった。

 ばっと翻って元来た街路に猛然と足を動かした。

『ガアアアアアアアアアッッ!!』

 迸った咆哮に、メインストリートを歩いていた住民たちは悲鳴を上げて見境なく逃げ去っていく。蜘蛛の子を散らすように、我先にと一目散に大通りから人々は姿を消していく。

 その方が好都合だ。戦いに巻き込まれたら即死するし、何より逃げてもらわないと私は誰かを庇いながら戦わなくてはならない。そんな余力、今の私にあるはずが無かった。確かにステイタスは冒険者になって一週間も満たないとは思えないくらい高いものだが、それがトロールと対等以上に渡り合えるものではないのも事実。

 とにかく、今の私に抵抗手段は無い。どこかで武器を調達しなくてはならない。ここで【アルテマ】を発動できたらどれだけ気楽なことか。でもあの魔法は一度地中の帝王(ミドガルズオルム)との戦いで民衆の目に晒している。少なくとも語り継がれているであろうあの魔法を発動したとなれば、後々レイナとして活動するのにかなり苦しくなる。

 これが生きる伝説とは笑わせる! やってやる、前世でどんだけ血反吐を吐いたか思い知らせてやる! だが少し待ってな! 得物を持ってないと思い知らせてやるどころか思い知らされちゃうからな!

 こうして、未曾有の事件が幕を開けた。 
 

 
後書き
ベルは【憧憬一途】のお陰で副次的に『魅了』を受け付けないだけでしっかりフレイヤの美に見とれてしまいますが、クレアの場合そもそも美しいと感じないというものなのでフレイヤの怒りを買ってます。
まあ言わずもがな、クレアにとって至上なのはセレーネ様なので。
過去にクレアが無神経にも本人の前で言い放ったセリフが「確かにフレイヤ様は美しいけれど、セレーネ様には劣るよね」である。それはぶちぎれますわ。

あと、本作のベルのスキルが意味解らなくなっていると意見を貰ったので説明すると、あくまでも【憧憬一途】というのはスキル()です。その実態は懸想の多寡が云々だけですから、一途か否かはぶっちゃけ問題無いと私は捉えています。
もちろんアイズを想う気持ちによって発現したスキルですけど、スキルはスキル、スキル名はスキル名と分別してもらえればと想います。

今更感がありますが、新しく出たオリジナル要素を後書きにて簡単な説明しようと思います。『閑話 第一話』後書きにてクレアのステイタス詳細を追記したので参照のほどを。
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解説 【名】 /発現条件 ・内容

【愛情の証】/スキル【転生】の発動
・神聖文字の完全解析
・ステイタス更新
・錠の設定

モンスター
地中の帝王(ミドガルズオルム)
かつて、前兆も無く迷宮都市オラリオの地下より出現した全長100mを優に超す超大型毒蛇。地中の帝王が食い破った地下を探索した結果何階層か不明だが、少なくともダンジョンより飛び出してきたことが解明されている。多くの犠牲者を払ってこれをクレア・パールスが討伐した。
陸の王者(ベヒーモス)》、《海の覇王(リヴァイアサン)》、《隻眼の竜》に次ぐ凶悪無比のモンスターとして記録されている。地中の帝王はクレア・パールスの魔法【アルテマ】によって鱗の一つすら残さず破壊されたため、地中の帝王の武具は存在しない。
ハーメルンのときは《ヨルムンガンド》だったが、ソード・オラトリア4にてティオネの二つ名が【怒蛇(ヨルムガンド)】だと判明したため、急遽改名したという裏話。とはいえ《ミドガルズオルム》というのは《ヨルムンガンド》と同一と見られているらしく、時には別称として扱われているんだとか。

まあちょっと考えれば解ったことなんですがね。正史ではロキの子供にフェンリル、ヨルムンガンド、ヘルをもうけてるのですから、そっから取るのは目に見えてましたし。ベートがフェンリル改めヴァナルガンド、ティオネがヨルムンガンドとなると、なぜティオナがアマゾンと命名されたのが謎ですよね。ちょうどヘルの席だけ空いちゃってるということは、まさかこれは伏線なのか!? 
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