| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っていた。

作者:デュースL
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第五話

 アイズ・ヴァレンシュタイン。またの名を【剣姫】
 これらの名を聞いて知らないという人は、オラリオ全土を探しても0に等しい。
 今では探索系ファミリアの中で頂点に君臨する【ロキ・ファミリア】のエースにして、女神にも勝るとも劣らない美貌、その容姿から想像も出来ないほど恐ろしい剣の冴え。八歳という異例な年から冒険者になり、僅か一年足らずでLv.2に到達しえた天才。

 誰もが認める、女性最強の冒険者。それがアイズという少女の正体だ。誰もが彼女の容姿や腕を羨むなか、アイズは一つも驕れることなく腕を研鑽していき、あまりにも行き過ぎた戦闘の多寡に中には戦闘狂をもじって【戦姫】と呼ばれるまでに至る。

 しかし、アイズは全く納得していない。なぜなら、圧倒的に足りないからだ。自分が超える壁と決めている、史上最強の女性冒険者の足元にも及んでいない。
 驕れていないが、自分に才があるのは自覚している。さすがに周りからその年でその実力はおかしいと八歳のころから言われ続ければ、嫌でも悟る。
 しかし、アイズは見てしまったのだ。自分よりも遥か高みに辿りついた伝説の冒険者を。

 オラリオに腰を下ろす全ファミリアの情報を統括しているギルドが大々的に、生ける伝説クレア・パールスの冒険者としての軌跡と、この世を去る直前の彼女のステイタスを公開していた。クレアが生きている間にも似たようなことは何度かあり、本人は知られても大して問題ない─探られても手の施しようが無い─から特に気に留めずに己の情報を提示した。
 
 その中身は、冒険者ならば全員が目を疑うようなものばかり。当然のように基礎アビリティはカンストしており、前代未聞の十二個の発展アビリティの内容に加えそれら全てS、隔絶的な攻撃魔法と絶対魔防魔法パーフェクトアンチマジックと神の恵みとまで言われた最高峰の治癒魔法、極め付けにはレアスキルと思しきスキルを一つ所有しているという有様だ。

 それを見た誰かが『神様みてぇじゃねぇかよ……』と言った。それは言いえて妙だった。なぜなら神の恩恵とは即ち、神様のみ持つ神の力を何十倍にも希釈したものなのだから、それを緻密に積み上げていけばオリジナルの神に迫っているも等しい。よって、一つのレベルが上がるたびに神格化しているとも言えるのだから、上記の呻きは全く以って正しい感想だった。
 
 そして何よりの事実が、自他共に認める無能の少女が無窮の努力によって成した結果であったということ。これが、全冒険者の何かを強烈に焚きつけた。
 だから幾重に時が流れようがクレア・パールスの名が薄れることはないし、遂には彼女が死去した十年後には迷宮神聖譚ダンジョン・オラトリアに登録されたのだ。

 彼女の偉業を目にしたとき、アイズは悟った。誰もが口を揃えて凡才と呼んでいた少女がここまで成長したのならば、人並みより上の自分も彼女と同等の努力を積めば更に越すことだって可能なのだと。

 かつて実在していた伝説の冒険者と同じ、それか更に上回る力を手に入れるため。
 ゆえに、今日も彼女は剣を執る。

 
 そんなアイズは、思わぬアクシデントに直面して困惑していた。

 【ロキ・ファミリア】が某クエストを請け負ったため、彼女は仲間たちとともにダンジョンに潜り、目的の物資を回収した。
 イレギュラーの乱入によりてこずったものの探索系ファミリアの最高峰と謳われるファミリアだけあって切り抜け、達成感とともにホームに帰投している最中だった。

 下級冒険者が見れば卒倒してしまうほどの頭数のミノタウロスと遭遇したのだ。まだそこまでは問題なかった。上級冒険者たる彼らからしてみれば中層出身のモンスターに後れを取ることは断じてありえない。
 なのであっさり半数を屠ったときに、それが起きた。

 なんと残りのミノタウロス全頭が一斉に背を向けて、集団逃走を図ったのだ。

 確かに圧倒的な戦力さを目の当たりにしたモンスターがその冒険者に下り飼われる(テイム)ことはありえるが、ついぞ敵前逃亡を図るのは聞いたことは無い。それも全頭が一斉に。
 重ねて最悪なことにミノタウロスたちは次々と上部階層に昇っていったのだ。

 その先に待ち構えているのは、実力に心もとない下級冒険者たち。そして、可能なだけの一方的な惨殺祭り。
 モンスターを取り逃しただけでも恥の極みなのに、そのせいで犠牲者でも出してみればギルドや他派閥から糾弾の声が上がるのは間違いなく、何よりそれ以前の問題として寝覚めが悪い。

 よって早急なる駆除のため慌しく全員総出で追いかけ、一頭また一頭と潰していったのだが、最も早く逃げ出したミノタウロス二頭が遂に五階層─本人たちは知らないが、片方は一階層まで逃げていた─へ到達してしまい、危うく危機一髪のところで犠牲者を出さずに済んだのだ。

 で、だ。ルームの四隅の角に追い詰められていた駆け出し冒険者は、アイズの手によって救い出されたものの、ミノタウロスの返り血によって上半身全て物理的に真っ赤に染まった少年と、アイズの到着をいち早く察したらしく壁に張り付いて返り血のシャワーを回避した美少女からの視線が、アイズにとって少し痛いものだった。

 自分の失態で駆け出しの彼らに怖い目に遭わせてしまったので、彼女なりの誠意と謝辞を込めて声を掛けたのだが、全く反応が返ってこないのだ。
 血まみれの少年は身じろぎ一つせず言葉を失ったように静かに見上げ、難を逃れた少女はアイズと少年に視線を往復させている。

 途轍もない申し訳なさに襲われるアイズは、座り込む少年に手を差し伸べて重ねて言った。

「立てますか?」

 ファミリアの者がこの場に居合わせたらさぞ驚いたことだろう。表情変化に乏しいがゆえに人形のようだと言われるアイズが困惑しきった色を浮かべているのだ。それも、見知らぬ駆け出し冒険者に。
 そのことに自覚がないアイズなのだが、涙の引いた双眸を再び潤わせ熱っぽく見える少年が差し伸べる手に反応せず、ますます心配になった彼女は直接引き起こそうとした、その時だ。

「だっ──」
「だ?」

 アイズに首を傾げる隙を与えず、少年は一級冒険者も括目する速度で跳ね起きると同時に、

「だああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 脱兎の如く、アイズから全速力で逃げ去った。ぽかんと目を見開いて立ち尽くすアイズは、背後の通路奥から逃げ去った少年の奇声が木霊するのを呆然と聞き、次いで副次的に置いていかれた少年の仲間と思しき少女に顔を向けた。
 奇遇なことに、その少女もアイズに顔を向けたところだった。さすがにその少女は体勢を直しており、自然な佇まいで苦笑いを浮かべた。

「忙しい子だなぁ……」

 ぱっと見で十五歳にも満たない容姿をした少女の口調は、どこか熟練された大人が醸し出す包容力を持っていたが、未だ呆然から抜け出せていないアイズはそのことに気づかなかった。

「……っ、……っっ、……くくっ!」

 後ろを振り返れば、震えながら腹を抱える同じファミリアの団員ベートが、必死に笑いを堪えていた。狼人(ウェアウルフ)の象徴の狼の荒々しい耳をへらへらさせて、呼吸を乱しながらなお笑う。
 さしものアイズも顔に熱が帯びるのを感じ、そのことから目を背けるように、駆け出しの少女に声を掛けた。

「迷惑掛けました」
「いやいや、助けてもらえて良かったよ。危うく死ぬところだった」

 足元に転がっている肉片は駆け出し冒険者たちにとって中々ショッキングなものなのだが、不思議なことに目の前の少女はまるで気にした風もなく、死に直面した直後にも関わらず朗らかに笑って返した。
 どことなく不思議な雰囲気を纏う少女に僅かな関心が芽生えたアイズだったが、口を動かす前に笑い転げていたベートが声を挟んだ。

「さっきも言ったろうが、アイズ。雑魚に構うんじゃねぇ」

 第一級冒険者で典型的な、いや、過度な実力主義者であるベートは格下の下級冒険者のことを雑魚と言うのを憚らない。それは彼なりの考えがあっての発言なのだが、元の気性が荒いせいか言葉遣いも荒く、結果罵倒に等しいものになってしまっている。某ハイエルフ副団長曰く「誤解されずにはいられない男」なのだ。

 だから彼の言葉を聴いたほとんどの下級冒険者は身の程を忘れて怒りを露に食って掛かろうとする素振りを見せるのだが、その少女はまたもどこ吹く風という体でベートの発言に対して反応を示さなかった。でも無視とも言えないものでもあった。

「そういうことらしいので、私はこのへんで」

 助けてくれてありがとう、と改めて謝辞を述べて歩き去ろうとする少女に、思わずアイズは声を掛けた。

「あの」
「ん?」
「その、今回の原因は、私たちのファミリアにあるから、少し待ってくれれば送り届けられる、けど……」

 普段から口数が少ない弊害で、口調が語尾に向けてたどたどしくなっていく。言いたいことをスマートに伝えられないことにアイズはもどかしさを覚えた。
 ミノタウロスの一件に巻き込んでしまった少女に純粋な謝意として、代わりに護送を申し出たのは、この第五階層という場所は駆け出し冒険者がソロで切り抜けるには厳しい環境だ。さっきの少年に置いてけぼりを食らった彼女は余計辛いかもしれない。そういった思いで提案した。 

 対してベートは、つい五秒前に自分が言ったことを右から左に流しているアイズに煩わしさを覚えるが、少なくない想いを寄せている相手でもあるので表に出すのを努めて押さえ、「あのな」と言おうとしたが、駆け出しの少女の即答に遮られた。

「大丈夫だよ。気遣いありがとう」

 少女は呆気なくアイズの提案を断った。ミノタウロスに追い詰められた直後とは思えないほど飄々と返答した少女は改めて翻そうとしたが、その襟をベートが荒々しく掴んだ。

「おい、雑魚」

 下級冒険者にかかずらうなと注意をしたにも関わらず聞き入れてもらえず、更には最高峰の探索系ファミリアたる自分たちで雑魚の護衛をしなければならないと思ったときは、さすがに舌打ちを零した。が、それは極々小さなもので、ステイタスによって強化された五感を持つアイズですら聞き漏らしたほどのものだった。それが、ベートが感じた苛立ちの多寡であった。

 しかし、その直後の少女の返答が、多少荒立ったベートの神経を逆撫でした。もちろん少女にそういう意図は全くなく、単純にそこまでしてもらうのは悪いと思って断っただけなのだが、ベートの捉え方は違った。

 何だ? その馴れ馴れしい態度は。格下の雑魚が俺たち上級冒険者と同等だとでも思っていやがんのか?

 つまり、実力至上主義の矜持に泥を塗られた気分なのだ。確かにヘマを出したこっち側にも非があるのは認めるが、そもそもお前が強ければミノタウロス程度簡単に処理できたし、そもそも助けてもらった分際でさっきから態度が軽薄、加えてこっちがわざわざ雑魚のお前のために提案したのをそんな軽々しく却下するとは、一体全体お前は何様なんだ?
 あまりにも身勝手な言い分ではあるが、確かに冒険者の業界の中では下級冒険者は上級冒険者に敬意と畏怖を寄せるのは暗黙のルールで、それに従わずに洗礼を受けたのならばそれはそいつが悪いという共通認識がある。
 その認識をこの上なく最もな姿勢だと考えているベートにとって、目の前の少女は洗礼を受けるべき対象だったのだ。

 圧倒的強者であるベートのステイタスは冒険者の中でもトップクラスだ。彼の腕には、その細い見た目とは裏腹に大岩ほどなら一発で軽々と粉砕できる力が秘められている。
 歩き出そうとしたところを後ろから襟を掴まれ、がくんと急ブレーキした少女から「ぐえ」と喉が絞まった声が漏れたが、ベートの知る由ではない。

「さっきから黙って聞いてりゃ、ずいぶん嘗めた態度しやがって」

 アイズの手前だから、殴りかかる一歩手前で踏み止まっている。彼女さえいなければ遠慮なく袋叩きにしているところだ。

 ─アイズに感謝するんだな、雑魚が─

 心の中でそう吐き捨てたベートの耳に、ありえない返答が突き刺さった。

「え? ごめん、どういうこと?」

 その時ベートは頭の血管が千切れる音を聞いた。

 ─ああ、コイツ、どうしようもねぇゴミだな─

 憧憬の人の手前だからという最後のブレーキを忘れたベートは、少女の返答を捉えたと同時に襟を掴むもう片方の手を振り下ろした。それはもはや脊髄反射の域の行為であり、実際に拳を振るうまで彼自身自覚していなかった。

 だから、それを言い訳にしたかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
 
「よく解らないけど、それじゃ」

 ベートの手から逃れた少女はそれだけ言うと再び翻り、緊張を感じさせない自然の歩調で少年が逃げ去っていった方向に歩き去っていった。
 空気を掴み、拳を空中で彷徨わせた姿勢で固まってるベートは目線で少女を追いかけていたが、しかし少女が角に姿を消すまで動くことすら出来なかった。

「……ぁ?」

 刹那に起きた現象が信じられなかった。ベートは少女を殴ることに後ろ髪を引かれるどころか躊躇すら感じていなかった。そもそも人としても見てなかったから当然だ。
 だから、余計に自分の拳が空振ったことに説明が付かなかった。

 まるで、水を掴んだようだった。
 確かに掌に少女の体重が伝わっており、指先もしっかり襟に噛み付いていた。しかし、本当に水を掴んでいたかのようにそれらの感覚が掌から滑らかに抜け落ちたのだ。そして、極々僅かに少女が傾けたことによってベートの拳が紙一重でかわされたのだ。

 まぐれではない。しかし、格下の少女に意図的に避けられたというのもありえない。レベルが1違うだけで格別な力の差が生まれるからだ。ランクアップのとき、前レベルで培ったステイタスをある程度換算してから隠しパラメータに適応されるのは周知のことだが、そこにさらに底上げが施される。例えば力が500の状態でランクアップすれば250を隠しパラメータの適応させて、前レベルの500分の力を0として表記してスタートさせる。だから999でランクアップすれば、500でランクアップした人より断然強いステイタスを得ることになり、その分下のレベルの人と差が付く。
 つまりところ、Lv.5のベートはLv.1の駆け出しの少女と雲泥の差がある。だからベートが何気なく振るった拳でも目の前の少女にとっては必殺の鉄槌に等しい威力を持つことになる。

 ゆえに、掴んでいた手を振りほどかれることはありえないし、ましてや本気で殴った拳の速度に反応して避けるのは輪を掛けて不可能だ。

「……ベートさん」

 短く自分の名前を呼ばれたベートは、狼らしからぬ、むしろ臆病な猫のように肩を竦ませ、ゆっくり体勢を戻して視線を向けた。
 いつも自分に向ける無表情だが、そこに僅かな非難の色が混ざっていた。

「あー悪かったよ俺が悪かった」

 全く釈然としないままベートは声を荒げてアイズの動きかけた口を先制し、下の階層で待つ仲間たちの下へ向かった。背中に刺さる視線をひしひし感じながらもベートは、さっきの少女の顔を脳に焼き付けた。

 アイズはベートがいじけて去る背中を見つめ、いつもの彼らしいと言えば彼らしいか、と小さきため息を付き、ベートに対する好感度を少し下方修正しつつ今度は少女が歩き去っていった通路を凝視した。

 アイズも見た。さっきの少女がベートの拳を避けたのを、この目で見た。
 ベートと同じLv.5であるアイズですら、今しがた少女がした所作を理解できなかった。
 確かに動いていた。しかし、どう考えてもその動作だけでベートの手を振りほどけるはずがなかった。

「……」

 風化しかけていた遠い記憶にある幼心の自分と重なった少年と、不思議な雰囲気を纏った少女。
 心の中に芽生えた感情の正体に気づくことなく、アイズの遠征は幕を閉じた。



 うおお……危なかった……。ついさっき頬を掠め通った摩擦熱が今でも残ってる……。
 私は助けてくれた金髪の女の子に礼を言って去ろうとしたら、彼女の仲間らしい狼人(ウェアウルフ)の男に絡まれて殴られかけた……。自分でも何を言ってるのかよく解らないけど、ひとまずそんな一着を切り抜けた私は未だにひり付く右頬を摩りながら階層を繋ぐ階段を上っていた。

 にしてもさっきの人、相当レベル高いんじゃなかろうか……。効力が薄いとはいえ【自然治癒】が働いてるのに未だに頬がひり付くと思ったらコレ、火傷してんじゃん。拳風だけで摩擦熱引き起こすとか、どんだけ力と俊敏の数値高いのよ……。

 脊髄反射で彼の拘束を解いて回避しておいて良かった。からくりは【水連】の応用バージョンというか、基本というか、まあそんなところだ。体内に衝撃という力の奔流を循環させる、なんて体術を覚えて以来から力の大きさと向きに関して結構敏感になってるからなぁ。
 拳を避けれたのはほとんど偶然です。前世の私が磨き上げていた反射神経がレイナの体にも適応されているのか解らないけど、なんとなくで首を動かしたら避けれてた。
 
 でもすっかり忘れてたな……冒険者の間に上下関係があるの。いや、正しくは覚えてたんだけど、またもや前世と同じように対応してたってとこだね。
 クレアの駆け出し時代は師事を仰げる人もいなかったからひたすらソロで挑み続けてきたし、レベルが上がる途上でもソロだったし、Lv.10になってもソロだったから、ずっとボッチを貫いていた。別に他の冒険者と絡む必要も無かったから意識が薄れてた。
 もちろんダンジョンの行き来とか装備を揃えるときとかランクアップの報告が貼り出されたときは声を掛けられたりするけど、そのほとんどが私と同じくらいの人たちだったからね……。あとは交友のあった冒険者たちくらいだ。ランクアップの頻度も平均以下だから妬まれることもないし、全冒険者で一番高いレベルになってもいつも通りの態度だったからとことん上下関係の対象外の立ち位置にいたのよ……さっきの人には悪いことしちゃったな。いつかまた会えた時にちゃんと謝罪入れよう。

 ん、そうそう、上下関係の意識が蘇ったところで、私の口調をどうするかを考えてる最中。
 私が駆け出しから生きる伝説なんて大仰に言われ始めた頃までずっとこの口調で接してきたから─ただしセレーネ様とは最後までですます調が離れなかった─口調変更にかなり苦労しそう……。

 前世の場合だったら完全な初期ステイタスだから、逆に隠し事をする意味がなかったゆえに堂々としていられたけど、今の私は存在するだけで危ない状態だ。正体がバレた暁に『あのクレアが蘇った!』とか騒がれたら、今後の私の動きに支障が生じる。
 なぜなら、セレーネ様を陥れた神様に知られてしまえば、レイナの私でも警戒を最高レベルに整えて、私が摘発するチャンスは悉く失うはめになる。
 バレたけど信用されたというならまだ望みはあるだろうけど、正直そんな賭博をする勇気はない。今の私のステイタスに【転生】の代わりに【愛情の証】が入っているため、私が転生してきたという証拠は存在しない。信頼を得るのは絶望的だ。証拠は無きにしもあらず、だけど、ばれないことが最適解のはずだ。

 そんなわけでなるべく目立たないように気を配りつつ、かつランクアップもしていって……という流れが一番理想的かな。時間かかっても【不朽の心】で私の絶頂は常に保たれるから然したる問題にはならない。

 うーん、他の冒険者たちみたいに同じ様に親しい仲ではナチュラルに、上級や中級冒険者たちにはしっかりとした尊敬語を使った方が良いのかな? でも意外と尊敬語とか使ってた冒険者いなかったからなー。大抵道を譲るか歩く姿を指をくわえて眺めるだけだから、そもそも会話をするチャンスが少なかったのもあるか。それに私、そんな器用じゃないからさっきみたいに素がポロリと出そう。……私のことだから絶対しくじるな、うん。

 仕方ない。ここは心機一転と考えて常にですます調で喋っていくとしよう。丁度レイナの年齢が十三歳なのも幸いして違和感なさそうだし、公私の使い分けもしないで済む。ただ問題がそれが定着するまでにどれくらい時間が掛かるかなんだよね……。まさか口調を変える努力をすることになるとは。まあセレーネ様と出会い始めた当初も似たような悩みを持ったし、当時を振り返ってみれば良いかもね。

 よし! 初めてこの体でダンジョンに入ったら、立て続けにとんでもないハプニングが続いたけど、これって何かを暗示してるわけじゃないよね! レイナ・シュワルツ、今日から精一杯頑張ります!

「……あ」

 しまった、魔石回収するの、忘れてた……。

 意気揚々とダンジョンから出ようと思った矢先にUターンして、今日を凌ぐための宿代と食事代を稼ぐべく第一階層をしばらく奔走したのであった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧