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藤崎京之介怪異譚

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case.1 「廃病院の陰影」
   epilogue~同日 pm3:36



 呪われた廃病院は、跡形もなく崩れ去った。
 いくら旧いからといって、この廃病院がここまで完全に崩壊するとは…誰も予想だにしなかったと思う。
 天宮氏はこの一件を、彼の会社の重役達に連絡し、この崩壊した建物の撤去と遺体の回収を命じていた。
 天下の天宮グループの所有地だ。警察なんかも迂濶に手は出せないだろうが、そこは巧くやってくれることだろう。
 田邊の方は団員を全員バスに押し込め、直ぐ様ホテルへと退却させてから、この簡易ステージの撤去に取り掛かっていた。
 俺は今回の件について、一人車の中で考えていた。
 今までの経験の中でも、こんな大それたものはなかった。多分、これからもないと思う。
「それだけ…想いが強かったのかもな…。」
 人の想い…。それはどんなものよりも強いと、俺は考えている。
 ただ、それが強ければ強いほど、負の力に染まった時に莫大な力をもたらすことも事実だ。
 そんなことをただ、ぼんやりと考え込んでいると、車の窓硝子を叩く音がした。
「天宮さん、どうかしましたか?」
 窓硝子を叩いたのは、天宮氏だった。俺は直ぐに車から降りて天宮氏に向かった。
「お疲れのとこ済まないが、これから直ぐに戻らなくちゃならなくなってね。それで、聞いておきたいことがあったもんでな。」
 天宮氏が聞きたいことというのは、大体予想出来ていた。
「大丈夫ですよ。この土地に、もう悪いものはありません。何を建てても問題はないですよ。」
 そう、何も起こらない。全ての想いはもう、この廃病院と共に消え去ってしまったのだから…。
 未だ土埃が舞い上がり、強い西陽を浮き立たせているが、それがどうということはない。
 俺はそんな風景を見つめながら、今井と吉野トメのことを考えていた。
 恐らく、トメの息子というのは今井の子であったのだと思う。無論、記録は紛失して定かではないが…。
 その息子が父の後を継いだところから、歯車が噛み合わなくなっていったんだ。きっと、研究事態がうまくいってなかったんだろう…。
 そんな彼の心の隙に悪霊が付け入って、一連の騒動を行わせたに違いない。
「なぁ、藤崎君。以前から聞きたかったんだが、なぜ君は音楽で霊と対そうと思ったんだね?」
 唐突に天宮氏に聞かれ、俺は天宮氏を見てから何となく視線を空へ向けて話した。
「昔から日本にも“言霊”ってありますよね?言葉には力があり、時に人間そのものにも影響を及ぼします。音楽も同様、何かしらの力があると思いますし、声楽だったら尚更です。言葉を音で伝えてるんですから、それにどれだけの力があるのかって僕は考えたんです。ただ、それだけですよ。」
「何だかよく分からんねぇ。まぁ、今に始まったことじゃないがね。」
 天宮氏が苦笑いしながら言った。
「天宮さん、どういう意味ですか…?」
 僕はムッとして言ったが、二人とも少しして吹き出してしまった。
「さて、もう行くよ。今度はこんな騒動じゃなく、ゆっくりしたところで話したいものだね。」
 天宮氏はそう言うと、早々に立ち去ってしまった。
 さて田邊君だが、急ピッチで作業を指示しているが、もう大半は片付き、一部は運び出されるに至っていた。
 組み立てるより、解体する方が簡単なようだ。
「先生、後は専務が来てくれるそうなので、僕達は戻りましょう。」
 そう言って田邊が俺のところへやってきた。
「そうか。じゃ、後は任せて帰るとするか。」
 田邊を助手席へ乗せると、俺はそのまま車を走らせた。
「ねぇ、先生。人の想いは、いつまでも残るものなんですかね…。」
 暫くしてから田邊が聞いてきた。
 俺は少し考え、静かに答えた。
「そうだな…、きっと永久に残って行くものじゃないかな…。全ての人が忘れ去ったとしても、純粋なものであればあるほど、それはこの自然や宇宙のどこかで、静かに輝き続けてるような気がするよ…。」
 それきり俺達は、何も話さなかった。

 夕陽が紅く染め上げた空に、夜の藍が重なって行く。
 見れば、あちこちに星々の光が点々と見え始めていた。
 理由の掴めなかった事象もあったが、何となく、それはそれで良い気がした。

 俺は星の瞬きに想いを馳せる。
 きっとあの星のように、あの二人の想いは輝いていたに違いない。

 今も…きっと…。



     case.1 end



 
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