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藤崎京之介怪異譚

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case.1 「廃病院の陰影」
  Ⅲ 同日 pm.8:45



 俺は一日の仕事を終え、シャワーを浴びてからソファー珈琲を片手にで寛いでいた。
 だが、今朝体験した出来事が頭をかすめ、一日中そのことについて考えていたんだが、どう対処して良いかを結論付ける方法は見つからないままだった。
 そこで、俺は昼に天宮氏に連絡を着け、いくつかの頼みごとをしたのだ。
 しかし、未だその答えは返ってきてはいない。
「急がないと…。」
 気が急くばかりで、俺は一先ず気を落ち着けることに専念することにした。ここで下手に動いても、きっと空回りして失敗するのは目に見えていたからだ…。

 ピピピピピ…。

 そんな風に頭を休ませていた中、テーブルに置いていた携帯が鳴り出した。
 俺は天宮氏だと思い、直ぐに携帯を取った。
「もしも…。」
 俺は言葉を飲み込んだ。
 それは天宮氏からのものではなかったのだ。
 向こうから聞こえてくるのは、得体の知れないノイズだったからだ。
 俺は悪戯だと思い、携帯を切った。
 しかし暫くすると、また携帯が鳴ったので、俺は番号を確認したが…。
「何だ…この番号…。」

“204”

 掛かってくるはずの無い番号だ。どういう理屈なのかは分からないが、俺は出てみることにした。
 やはりノイズしか聞こえてこなかったが、その中に何やら人の声が聞こえている。
 俺は何とか聞き取ろうと、その微かな声に集中した。

―…たす…くれ……えたい…ない……が………くるな……やめ………なんな…こは…だれ…たすけ……………ギャ…ァ!―

 ツー、ツー、ツー…。
 通話はそこで切れた。
 途切れ途切れに聞こえた声に、俺は聞き覚えがあった。絶対とは言い切れないが、英さんの声に似ていたのだ。
「どういうことだ…。」
 もう気になるとかという次元の問題じゃない。英さんではないにしろ、最後には叫び声を上げていた。
 遊びでやっているとは、とても考えられない。偶然に悪戯電話が掛かってくるか?それも今朝、あんな体験をした俺のところへ…?
 もしそうだとしたら、天文学的な確率になると思う。そうでないとしたら…。
「最悪なケース…か…。」
 俺がそう呟いた時。

 ピピピピピ…。

 目の前の携帯が、再び鳴り始めた。
 先程のこともあるし、俺は少し躊躇った。だが、鳴り止まない携帯を見つめ、俺は覚悟を決めて手を伸ばした。
「もしもし…。」
「夜分に申し訳ないないねぇ。もうお休みになってたかな?」
 俺が出ると、電話越しに聞きなれた声が返ってきたので、何だか肩透かしを食らったように感じた。
 相手は天宮氏だったのだ。
「まだ大丈夫でしたよ。今ちょっと席を外していたもので。今朝の件ですね?」
 俺はさっきのことは話さず、直ぐ様用件へと移した。
「ああ、そうだ。一つ目の破綻理由だが、表向きは医療ミスによる患者の減少が原因となってるんだがね…、内部記録は違うんだ。」
 天宮氏は、ここで一旦言葉を切った。
 医療ミスだったら、病院としてはかなりの痛手だったはずだ。だが、それ以上のことがあったようだな。
「これは君だから話すんだ。なにせ極秘扱いだからね。実は、医師の一人が何やら怪しげな実験をしていたようなんだよ…。」
 俺は直感的に何かを感じとり、その直感を天宮氏に問いかけた。
「もしや…人体による実験ですか…?」
 電話越しに、天宮氏の溜め息が聞こえてきた。どうやら当たっていたらしい…。
「その通りだ…。地下に実験施設があり、そこで日常的に行われていたらしい。父の代でこんなことがあったとは、正直私も驚いてるよ…。」
 そうだろうな…。天宮氏の父は恐らく、全権力を持って揉み消しただろうが、上層部内部資料は残っていたってわけか。
 俺はそこで、一つの名前を思い出した。
“吉野トメ”だ。
 何らかの関わりはあったと考えて、俺は天宮氏に聞いてみることにした。
「天宮さん、資料のどこかに吉野トメという人物の名はありませんでしたか?」
 俺が聞いて暫く、天宮氏は無言のままだった。
 何やら口にしてはならないことを、俺は聞いてしまったようだ。
「君がその名をどうして知ったかは、大体想像出来るが…。これは我が会社の最高機密だ。君を信頼し、話すとしよう…。」
 天宮氏の声がいつもとは違い、切迫した状況を犇々と伝えているようにも感じられた。
 それだけ追い詰められているのかも知れない…。
「信用して下さい。誰にも口外は致しません。」
 俺がそう言うと、天宮氏は少し笑って「分かってるよ。」と言った。
 天宮氏の話しを要約しよう。

 先ず、吉野トメという人物は、研究医師の母親なのだという。これでも驚きなのだが、この母親も試験体にされていたというのだ。
 医師の名は吉野陽一郎。病院には1976年から勤めていたが、新薬の開発に携わっていたようであった。
 主に神経に関わる薬の開発をしていたようだが、ある時期から別の薬の開発・実験を行っていたという。
 詳細は抹消されているが、どうやら精神異常の患者を治す薬を開発していたらしいとのことだ。
 そこで実験体の登場となるわけだが、吉野医師の母親の他、二十名以上が投与された記録が残されているという。
 投薬実験は1979年から82年の間に行われ、死亡者は計十四人。皆一様に“心不全”と明記されたそうだが…。
 しかし、一人だけ別の死因による記載があるのだ。
 あの吉野トメは、「火傷によるショック死」となっていたのだ。
「どういうことなんだろうか…?」
 俺は何とはなしに口にした。天宮氏はそれを質問と捉えたようで、その答えを話してくれたのだった。
「自殺…。この古ぼけた報告書には、そう記入されているがね。真実は闇の中だよ、藤崎君…。」
 電話の向こうで、天宮氏が嘆息しているのが窺い知れる。
 こんなことさえ起こらなかったら、この機密資料を発掘することもなかったのだ。
 いや、それを発掘させるために、わざと英さんを…?
「ああ、もう一つあったんだったな。」
 再び天宮氏が話し始めた。
「君の推察通り、あの廃病院の周辺で行方不明者が出ている。殆んどが浮浪者だが…。なぜ分かったんだ?」
 俺の予想は的中していた。これだけ知ることが出来れば、もう申し分無いと言えるだろう。
「ただの推測ですよ。天宮さん、本当にありがとうございました。これで解決出来そうです。」
 後はこちらで準備を進めるだけだ。ことは急を要するだけに、手配をスムーズに行わないとならない。
 電話口で天宮氏が、未だ心配そうな口振りで行ってきた。
「いつ行うのだね?」
「明後日の21日です。」
 俺は天宮氏に即答した。
 天宮氏は暫く考えて、僕にこう言ってきた、
「私も出向くことにする。だが、同日の朝になるがね。」
 歯車が回り始めた。
 悪夢の連鎖を断ち切るため、俺達は出来ることをするだけだ。
 俺は天宮氏との通話を終えるとすぐ、合唱指揮者の田邊へと連絡をとったのだった。
「もしも…」
「先生、こんな時間に電話なんて…。また巻き込まれたんですか?」
 第一声がこれだった。
 田邊とは長い付き合いで、俺の副業も知っている。序でに、団員も全員知ってるんだが、その話をすると俺の機嫌が悪くなるため、誰も話はしない。暗黙の了解というやつだな。
「で、今回は何を?」
 こちらが未だ何も話していないのに、田邊は直ぐ様内容に入った。かなりご機嫌斜めなご様子だ…。
 俺は気を取り直し、田邊に言った。
「モテット全曲だ。」
 そう言うと、田邊は「はぃ?」と間の抜けた返事をしてきた。
「先生、新年用や追悼式用まであるんですよ?いくらなんでも全曲なんて…」
 彼はそう言ってきたが、俺はその言葉を切って言った。
「それは分かってるさ。それと、今回は君が指揮してくれ。」
 少しの間、沈黙が続いた。そして…。
「先生、僕はいわば副指揮者なんですが…?」
「悪いが、今回俺はことの中心へ出向かないとならないんだ。外で指揮をしてもらわにゃ困るんだよ。」
 田邊は仕方ないと言った風に嘆息し、「分かりました。」と言ったのだった。そして立て続けに、俺に聞いてきた。
「それで、今回もうちのを呼び寄せますか?それと、理由はどうするんです?場所によりけりですけどね…。」
 あぁ、何か投げやりっぽくなってるな…。ま、いざというときは役に立ってくれるやつだ。
「勿論、今回も手伝ってもらいたい。場所は、あの有名な廃病院だ。理由は…慰霊祭とでもしとけ。」
「はいはい…、分かりました。では、明日の朝イチにでも手配しときます。本番は明後日ですね?」
「ご明察だ。」
 田邊は話しが早くて助かる。その後はトントン拍子で話は纏まり、田邊との通話を終了した。
 さっき田邊が言っていた“うちの”とは、彼が立ち上げた「聖ヨハネ教会聖歌隊」のことだ。
 かなりレベルの高い合唱団で、その上信仰心も厚い。教会付きで宗教曲はお手のもの…と、俺の音楽にとっても欠かせない合唱団の一つだ。
 まぁ、それはいいとして、明日からはもっと忙しくなる。俺はそう思い、その日はそのまま眠りについたのだった。



 
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