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乱世の確率事象改変

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彼女は天を望まず

 
前書き
後書きにて若干の補足説明あり、です。 

 
 並べられる料理の数々は宴会用に店長が拵えた最上のモノ。
 彩り一つにしても拘る彼の本気には、それこそ生唾を呑み込まないモノは居ないであろう。
 そんな見ているだけで腹の虫が鳴くような料理達を前にして、よくぞここまで……と秋斗は唸った。彼にだけしか分からないことで、彼だけが感じる感動があったのだ。

 から揚げ、フライドポテト、枝豆、ミートボール、トマトスライスにきゅうりの醤漬け、大根サラダにタマゴサラダ……他にも多数。
 焼き魚は開いてあるモノを用いて、さらには……役満姉妹が冷凍して持ってきたらしく刺身まである始末。
 現代で飲み会を開けばよく見かけるモノが、此処には揃っていたのだ。
 彼は目を閉じ、つーっと涙を零した。フルフルと震える姿にぎょっと目を丸め、雛里と月と詠の三人はそれぞれ意味の籠った眼差しを向ける。
 雛里は彼が何に感動しているのか読み取ろうとして、月は彼のことを心配して、詠は呆れからだった。

「ど、どうしたんですか?」
「いや……宴会用だって教えた料理を此処まで見事に出してくれて胸が熱くなったのさ」
「はぁ……そんなことだろうと思った」

 やれやれと首を振る詠と、ほっと息を付いてまた料理を見た月。その隣、雛里はじーっと彼の横顔を見つめている。
 彼は料理に目が行って気付いていない。緩く笑った口元が微かに動いたのを雛里は見逃さず、意識を集中していた為に彼の微かな声を聞き洩らさなかった。

(日本に帰ってきたみたいだ……)

 聞きなれない単語。聞いたことのない言葉。
 帰ってきた、ということはそれが彼の故郷ということではなかろうか。
 彼の故郷にはこんな料理があって、こんな宴会が開かれていたということそれを知っている彼は、否、其処を故郷とする人は皆、異質な知識を持っているのかもしれない……雛里はそう思う。

――にっぽん……? そんな地名……聞いたことない。

 当然の疑問だった。
 外の国かもしれない。家の名前かもしれない。組織の名前かもしれない。ただし、外の国の名前ならば彼がこの大陸で名乗っている姓と名は有り得ないことになる。

――家を、家族を失ったから……?

 例えば旅をする一族だったのかもしれない。不幸があって彼は家族を失い、この大陸の何処かで拾われ育った。それならまだ分かるが……彼の異端知識はこの大陸にとって“進み過ぎていて適用範囲が広すぎる”と雛里は感じていた。
 旅人であれば分野を極めることはありえない。物理学や数学、生物学の理系分野だけならず、経済学や心理学、治水工事や建物の防火措置など細かいところは並べればキリがなく、はたまた料理に遊びに音楽にからくりにと趣味の分野も広すぎる。曖昧でおぼろげなモノが多いとしても、有り余る砂金の山のような知識を宿している彼は間違いなく異端過ぎたのだ。

――今は、そっちはいい。

 そちらの思考を切って捨てた。他に回すのは、彼の故郷のこと。
 雛里は自分が孤児となった経験から、彼が家族を失ったことが一番しっくりくると考える。もう帰れない家を思うと、確かに寂しい。自分もそれが欲しかったのだから。安息と安心できる居場所を、嘗ては師と親友に求めていたのだから。

――だって白蓮さんの所でも、劉備軍に居た時も、華琳様の所で暮らしている今この時も、秋斗さんは帰る場所を欲しがってる。

 空で迷う鳥のようにか、はたまた、迷子になった子供のようにか。彼の心が休まるのは誰かと共に平穏に暮らしているその時が大きく、失ったからこそその大切さを知り、癒されていたのではなかろうか。
 ただ、雛里から見るに、いつでも彼はこの世界に一人ぼっちのような気がしていた。繋ぐ絆は数あれど、何処にも居場所が……いや、帰る場所が無いようなそんな感覚。

――違う。一つだけある。彼が居場所を確立出来るモノが……誰彼等しく、その命を証明出来る居場所が。

 道化師は舞台上にしか存在しない。ふって湧いて出たように存在しているに等しく思える秋斗の事を道化師とは言い得て妙か、この乱世の為に生まれ育った性質としか、雛里には感じられなかった。
 ふらふらと根無し草の旅人で居ればそうはならなかったのかもしれない。しかれども、彼の場合は否。
 目の前で死に行く人を放っておけるわけが無く、理不尽に巻き込まれないはずも無い。雛里が引き込んだから劉備軍に居ただけ。臆病ながらも人を助けたいと願っていたのだから、いつかは乱世に立つことになっただろう。
 長く彼を見てきたから雛里は……彼が乱世で戦わないという確率はゼロに等しいと、そう確信している。

――“もしも”、困窮の果てに賊徒に堕ちたモノ達と彼が出会ったなら、彼はそれを利用して世を変えようとする。

 自分を賊に落としてでも、“知識と力があるから”救いたくなる。善悪の別なく今と先を見て、人の変化を是とする彼は、目の前で起こった願いと可能性を放置出来ない。
 楽しそうな声で、渇きに満ちた瞳を浮かべて、『もっと悪いことしようぜ』と言う彼の姿が思い浮かんだ。
 憎しみは向けられて当然だと言い放って抗い足掻くのは、そんなもしもでも変わらない。

 深く深く、思考は潜り行く。内に飼う智のケモノの性か……否、此れは育つ恋心ゆえの欲。

――もっと……もっと彼のことを知らないと。

 彼のことを知らなさ過ぎると今更気付く。
 ただ、話さないのだから踏み込むことはしたくない。そも、彼は自分のことを話そうせず、いつもその知識と過去ははぐらかし誤魔化してきた。
 教えないことを信頼がないと誰かが言う。それは傲慢な、知りたいと願う者の押しつけであることにすら気付かずに。彼のように、多くを救える結果を求めて話さないモノだけは、教えないことにこそ意味がある。

――彼は……私達と同じでは無い。その差異を問い詰める事は、したらダメ。

 個人の嫌悪如何に関わらず、彼が自分のことを話さない理由はもう一つあると予測を立てても居る。
 不和を齎さないように救う結果を求めているのだ。近しいモノに格差を与えない為に、そして自己矛盾の弾劾を封殺して否定させない為に口を噤むことが、彼の選んだ正解のカタチ。

 “人が人として作る平穏な世界を”……それは秋斗が願って止まないモノ。

 “ナニカ”が優先順位を付けた“誰か”がエコヒイキで幸せになる世界など、彼は求めていないのだ。皆等しく命を賭けて生き抜いているから、その誇りを侮辱することを彼は許さない。
 血筋のみで上がって行った人間や、権力のみで甘い蜜を吸っていた才無き輩が理不尽を敷き、自己の欲望と保身を優先し、そうして世は腐って行った。それを変えたいと望む秋斗は、自分がそれらと同じであることを、否、同じでありながら実力主義を謳う矛盾した大嘘つきであることを唾棄している。

 雛里はここに来て、彼の根幹にある悩みを看破した。
 自分を憎むのはそのせいだ。自分の命を使い捨てるのはそのせいだ。自分をガラクタのように扱い、『乱世に振るわれる剣でいい』と望むのは、そのせいなのだ、と。

――“天の御使い”……耳に聞こえはいいけど、それはどれだけ……下らない存在なんだろう。

 才を求めるこの場所で、才ある者達の身を削るような努力を知っているから、雛里は思う。届かなくとも必ず高みを目指す、と彼に導かれて決めたから余計に。
 “天の御使い”は、誰もが自分の描く平穏をこの大陸に敷きたいのに、与えられたナニカで“自分が信じるモノ以外”の意味を無に帰す存在ではなかろうか。

――結果だけを求める不毛な弁舌をするのなら、ただ平和を齎したいのなら、劉備さんのように手を繋げと喚けばいい。あの人はそれが出来たはず。でも人の矜持と想いを大切にするから……

 自分勝手な、人では届かぬ天の理由で誰かの未来を奪うなど、傲慢に感じるモノもいるのだ。彼が憎み、華琳が嫌う存在はソレに他ならない。
 息を呑んだ。廻りの状況を置き去りにして思考に潜る中、泣きそうになった。

――だから、彼は壊れた。その自己矛盾に、大嘘つきの罪過に潰されて。

 逃げることも出来なかった。自分が決めた天命を信じて、劉備さんを王にしようと決めたから。

 気付かなければ良かったのに彼は気付いてしまったのだ。華琳と同じく人が生きたいと願うこの世界が好きだから、この大陸で異端な自分を許せなかった。
 雛里は彼の異端知識は特別なモノだと理解している。武力よりも彼女はそちらを異常だとしている。彼の存在が有り得ない、いや……彼の知識が育まれた世界こそ、この世界にとって有り得ない。まるで……

――まるで彼がこの世界とは違う世界で生きていたような……

 其処まで至った瞬間、寒気と悪寒に震え上がった。
 強制的に思考停止したのは心の底に湧き立つ恐怖から。確信を持ってしまいそうで、其処まででやめるしかなかった。
 天才と謳われるこの少女は、彼を知ろうとするあまり真実にたどり着きそうになった……彼を殺そうと考え抜いていた大敵、郭図のように。
 恋心故に、彼女は頭から追いやった。

――違う。ほら、彼はこの世界のことを知っている。有り得ないことだけど、もし私達が暮らすこの世界以外から来たなら、この世界のことなんか知らないはず。そんな可能性は、ない。今は別のことを考えないと。

 せめて伝説か言い伝えのような与えられた力であってくれと願った。それなら、まだいい。自分達の世界の人間ならばいいのだ。異民族を受け入れられない人が多くて、差別的な意識が同じ民族だというだけで緩和されるのだから、彼の受け皿は守られる。
 異世界の人間の方が人々の心は恐怖を覚えるだろう。異民族如きを受け入れられないこの大陸が、そんなバカげたモノを受け入れられると考える方が愚かしい。誰かしらその異端を侵略者として認識し、排除するのに躍起になるに違いない。
 人の歴史では差別はありふれている。素晴らしい人だからというだけで受け入れられるなら、その世界は甘くて優しい理想郷。乱世など、きっと起こり得ない。

 ぎゅうと目を瞑って追い遣った。
 そちらでなくとも結論は出た。彼が壊れた理由と、何故劉備の元で戦っていたか、その結論だけでも。
 才持ちし者達が評価され、より大きな平穏の為に尽力する世界を目指しているのに……自分だけは特別な力と異端知識を持っている。
 結果として平穏を齎せたとしても、出来上がったモノは人の努力を唾したマガイモノ。天の介入を許した機械仕掛けの箱庭。
 暮らす人からはよくても、多くの人は望もうとも、彼はそれが嫌なのだ。そうして誰にも話さず、一人ひた隠しにして嘘を付く。

 矛盾があるということは付け入る隙があるということ。人は足掻き抗うイキモノで、救国の英雄を嘘つきの化け物として殺すのも人間である。
 遥か遠くヨーロッパの聖処女が魔女狩りで殺されたことも、ブリテンの救いに尽力した騎士王が臣下の裏切りで殺されたことも……知らぬ彼では無い。
 雛里には分からずとも、英雄の行き着く先にある可能性の一つとして、殺される未来は考えられる。
 ずっとずっと彼が注意喚起して、抗う力を与えて来たから、雛里は間違わない。
 彼が人々に与えたいのは……天に作られる平和を守る為の力ではなく、人々が自分達で望む平穏を己自身で奪い取らんとする力なのだから。

 つまり彼が関わった者達に、生きる人に与えたいのは……世に謳われる黒麒麟や黒き大徳、覇王ではなく……天命を以って人の世を捻じ曲げようとする、“天の御使い”を殺す力。
 天を殺し人を生かすと言えば大仰だが、自分で運命を切り拓くと言えば分かり易かろう……そんな普通でありきたりな事を彼は人々に与えたいのだ。

――これほど“人”を愛している存在を……“天の御使い”なんて……呼べるわけない。

 嗚呼、と吐息を漏らした。
 愚かしく舞台で踊る乱世の道化は、皆に笑って欲しくて道化師を演じる。
 自分がソレではないから、自分がそれになりたかったから、自分はそれが羨ましくて仕方ないから、せめて笑顔を見せてくれ。きっとそんな気持ちもあった。

――どうか人の世を。どうか、人が生きている世界を。誰の別なく、自分達で幸せを探せる世界を。

 彼の願いの本当の姿に気付けたことで、胸の内から愛おしさが溢れ出す。
 やはり、華琳と同じ。この世に生きている人の全てに想いを向ける。だから王で、だから華琳という覇王に近しかった。
 そして効率をも選ぶ彼は華琳の元でしか生きられないのに、華琳の元に居てはならない。

「ひなりん?」
「あわっ」

 唐突に掛けられた声に思考が中断された。
 見れば月と詠は机の側によって料理を見ている。それほど長くは思考に潜っていなかったようだが、秋斗が不思議に思って話し掛けたのだ。

「どうした?」
「す、少しぼーっとしてしまいました」
「む……今日は疲れたか?」
「いえ、大丈夫です」

 微笑みを一つ。気付いた真実を頭に仕舞って。

「……無理はすんなよ」
「あわわ、酔ってしまわないように気をつけましゅ」

 優しく頭を撫でられて照れた雛里に、秋斗は苦笑を零して机に寄って行く。
 大きな背中を見ていれば抱きつきたくなる。彼にそうして抱きつくのは今じゃないから、誰にも聞こえないよう心の内で雛里は零した。

――話してくれなくていいです。聞くこともしません。誰にも話しません。でも……

 きっと自分から話すことは無いだろう。彼女が真実を突かなければ秋斗は何も教えないに違いない。
 矛盾を背負うと、嘗て雛里は約束した。前と変わらない。本当にこれがそうなのなら、彼を支えるには誰かが気付いて、それでも信じてやらなければならない。
 皆で仲良く支えるなど到底出来ない。自分で気付いたモノ以外がそれを口にすれば、きっと彼は壊れるだろう。彼との想いが繋がった彼女だけが、彼の心の領域の奥まで踏み込んでもいい。他に教えることは、彼の心を土足で踏み荒らすに等しいのだから。

 願った。祈った。想った。紡いだ。雛里は目を瞑り、続きを胸に留めた。

――この世の全てが敵になっても、私はあなたの味方です。

 記憶が戻った時に黒麒麟を支える為に必要なピースは揃った。長く長く彼を見てきて、徐晃隊と想いを共有してきた雛里だけにしか気付けない事柄。
 初めて出会った時から変わらない彼に、今度は彼女が温もりを。
 一人ぼっちの彼の側に、せめて少しでも近くにと。

――あなたの優しい嘘を、私は肯定しますから。あなたが“天の御使い”であることを否定させてください。

 彼女は否定する。彼が“天の御使い”であることを否定する。
 人々がいくら望もうと、彼女だけは彼の心を掬う為に天を望まなかった。

 それが彼の望みで一番の願いであることに、雛里だけは気付いてしまった。



 
 

 
後書き
読んで頂きありがとうございます。
短いですが分けた方がよくなったのでお許しを。


長年考えていた疑問の話でもあります。
異民族は嫌っても御使いは嫌わない、というのは何故なのか。
その人が『いい人』なら問題ない、とは一概には言えないかなと。

簡単に言えば自分の国のトップが他の国の人になった場合に受け入れられるか受け入れられないか、そんな感じです。反発する人も出るのではないかなと思いまして。

主人公が正しいかどうかは私にも分かりません。
ただ、人が辿ってきた差別の歴史を鑑みるに、彼には言わせないという選択を取らせています。
少し深く考えすぎかもしれませんがお許しを。

サイト主様によるとパソコンページ専用らしいですが、このサイト『暁』様のみでアンケートを実施しています。暁のホーム画面にアンケート一覧が追加されているようなのでそちらから。
キャラの投票数如何によって何かしらアクションを起こそうと思います。
あと、読んでみたい確率事象などの投票にもご協力頂けたら嬉しいです。

次は今週中に。

ではまた 
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