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山本太郎左衛門の話

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3部分:第三章


第三章

「それで兄上はどう為されたのですか」
「わしか」
 勝弥の言葉に顔を向けた。
「はい、ご無事だったところを見ると大事には至らなかったようですが」
「うむ」
 彼はそれについて一呼吸置いて二人に説明した。
「槍を出してな。何とか難を逃れた」
「それはようございましたな」
「それでだ」
 平太郎はここで勝弥に顔を向けた。
「そなたは暫くこの家を離れるがよい」
「そうしてですか!?」
「その化け物じゃが」
 彼は話しはじめた。
「あの大入道だけではないかも知れぬ。また出てきたらお主にまで迷惑をかけてしまうからな」
「しかし」
「よいな」
 彼は弟に対し強い声で言った。
「・・・・・・わかりました」
 兄の意志の強さはわかっていた。ここはそれに従うことにした。
 こうして勝弥は叔父の家に行くことになった。家には平太郎一人が残ることになった。
「よいのか」
 夕暮れ平太郎と権八はまた二人で飲んでいた。その席で権八が問うた。
「何がじゃ」
 夕食と一緒に飲んでいる。平太郎は飯を胃の中にかき込んでいた。
「勝弥殿を行かせてじゃ。弟殿もかなりの武芸者ではないか」
「ふむ」
 平太郎は飯を食べ終えた。そして椀に酒を入れた。いささか無作法であるが茶がないのでそうした。
「確かにのう。あいつがいれば百人力じゃ。あいつは槍ではわしよりも上じゃろう」
「では何故じゃ」
 権八は不思議な顔をして問うた。
「これはわしの問題じゃ」
 彼は椀の中の酒を飲んで言った。
「お主とわしが百物語をして出て来たと思う。あの時のことは覚えていよう」
「うむ」
 何よりも言いだしっぺは彼である。忘れる筈もなかった。
「原因はおそらくわしじゃ。そうでなくては化け物が来るものか」
「それはそうじゃが」
「なぁに、心配するな」
 平太郎はここで笑ってみせた。
「わしとてむざむざやられるつもりはないわ。それに前から一度化け物を退治してみたかったのじゃ」
「そうか」
 権八はそれを聞いていささか呆れたものを感じた。平太郎の豪胆さは知っていたがここまでくると無謀にすら思えたのである。
 だが言うのは避けた。言ってもおそらく引かないからだ。
「よいな、ここはわしに任せてくれ」
「わかった」
 頼まれれば助太刀するつもりであった。共に余興として百物語をしたからだ。だが平太郎のこの言葉でそれは止めた。彼自身がそれを全く望んでいないからだ。
「ではな」
「うむ」
 酒を飲み終えると権八は帰っていった。そして家には平太郎一人が残った。
「さて」
 空が次第に暗くなっていく。紅の空が次第に紫になっていく。
「今夜も出るかな」
 彼はそう言うと部屋に戻った。そして化け物を待ちながら書を読んだ。武士は学問もなくてはならぬ、常々そう言われていたからだ。
「まあ一応は読んでおくか」
 彼は学問はあまり好きではなかった。そんなものは学者にでも任せておけばよいと考えていた。
 だが最早戦国の世ではなかった。とうの昔にそれは終わり今は学問の時代であった。
 とりあえずは論語を読んだ。一章を読み終えるとそれを閉じた。
「さて」
 すっかり暗くなっていた。彼は事に備えた。
 やがて行灯の火が急に強くなった。
「む」
 見れば火は次第に強くなっていく。そして火はまるで蛇の様に長くなりあともう少しで天井に着く程になった。
「あやかしか」
 そうとしか考えられなかった。平太郎は咄嗟に身構えた。腰の刀に手をかける。その時であった。
 今度は何やら匂いがしてきた。
「何じゃこの匂いは」
 まるで腐った魚の様な匂いであった。生臭く鼻につく。
「何処からじゃ」
 それは居間の方からする。彼は刀を手にしたまま居間に向かった。そこではまた妙なことが起こっていた。
 何と居間に水が流れているのだ。波をうち流れている。
「また妙なことが」
 水の源を探す。だが見つからない。
 とりあえず寝室にまでは及ばないのでその時はそのまま捨て置いて寝室に帰った。そして刀を手にし壁にもたれかかったまま休んだ。
 
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