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【銀桜】7.陰陽師篇

作者:Karen-agsoul
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第2話「風ニモ負ケズ」

 晴天の笑顔で天気予報をお届けする『お天気お姉さん・結野クリステル』
 だがそれは(あさ)の顔にすぎない。
 呪法を遣えて天道を読み抜く『陰陽師・結野クリステル』。
 それが(よる)の顔であり、結野アナの真の姿でもあった。
 結野アナは古来よりありとあらゆる呪法で魔障や災厄を退けて来た陰陽師一族・結野衆の一人だった。
 『結野衆』とは、徳川幕府開闢以来江戸を護り続けてきた幕府おかかえの大家なのだ。
 だが偉大な一族ゆえに周囲から妬まれることも多い。
 天気予報の不調続きは、彼女の天道を読む力を強力な呪法で抑えつけられ邪魔されていたせいだった。
 万事屋を奇襲した鬼の正体は、『式神』と呼ばれる陰陽師が使役する使い魔。万事屋が結野アナに協力するのを阻害する為に誰かが仕向けたのだ。
 そんなことができるのは『陰陽師』しかいない。
 つまり、結野アナを気に食わず失脚させようとしている陰陽師がこの大江戸のどこかにいるということだ。
 敵は化け物を操る陰陽師――あまりに壮大な話で危険な雲行きである。
 しかし、銀時が引き下がる事はなかった。
 受けた依頼は最後まで引き受ける。それが『万事屋銀ちゃん』のモットーだ!……というのは結野アナの前で銀時が言った言葉(セリフ)
 それはさておいて。
 敵がどこにいるのかは実に簡単な話だった。
 由緒正しいエリート一族の結野衆で大した才能を持ちながら、お天気お姉さんになり力を遣う。……それは頭の固い権力者たちにとって力の無駄遣いであり、目障りでしかない。
 察しがついた万事屋は、敵の本拠地―『結野衆』の屋敷に殴りこみをかけた。
 門を蹴破り敷地に侵入した銀時達を出迎えたのは、案の定鬼の形相をした数体の式神。
 巨大な鬼たちを前にして、新八は真っ先に青ざめた。どう考えても敵うはずがない。
「銀さんんんヤバいです!殺されます確実に!!ここは一旦作戦練り直して出直しましょう」
「なに怖気づいてんだ。心配いらねーよ」
 そう言って銀時は、懐から五芒星が描かれた人型の折り紙を得意げに取り出した。
「それはまさか…!!」
「結野アナから護身用に預かった式神だ。この五芒星に血判を押し契約を交わせば、俺にも式神が使える」
「本当ですか!?」
 一転して期待を膨らませる新八。
 銀時は親指の腹を噛み切って、勢いよく血を五芒星に押しつけた。
「いでよォォォ、式神ィィィ!!」
“ピンポーン”
 電子的呼び鈴―つまりインターフォンが折り紙から鳴り響いた。
「………」
 とんでもなく巨大な鬼か、翼が激しく燃える鳥人か、あるいは猫耳生やした美少女が眩い光の中から参上する……かと思ったが何も起こらない。
 ただ変な沈黙が流れるのみ。
「オイ何やってんだ」
「あ、スンマセン。ちょっと…ちょっと待って下さい」
 親切に待ってくれていた鬼の一人に急かされ、銀時はもう一回押す。
 だがインターフォンが鳴るだけでやはり何も起こらない。
 どうしようもないこの状況に額から冷汗が垂れる。困り果てた銀時は新八たちを見渡して助けを求めた。
「え…何コレ…これって留守なの。これどーしたらいいの」
「居留守つかってるんじゃないか」
 そう言って助け船を出したのは、今まで傍観していた双葉。
 彼女はおもむろに銀時の指に自分の指を重ね――
“ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン”
 豪速球で式神のインターフォンを銀時の親指で連打した
【うるゥゥせェェェェェェェェェェェ!!】
 空気を震わすほどの男の怒鳴り声が折り紙から沸き上がる。
「出た!誰か出ましたよ」
 ようやく式神が登場しそうな兆しが見えはしゃぐ新八。同じく銀時にも自然と笑みがこみ上げる。
 ただ、超がつくほど迷惑な呼び出し方をされたので、かなり苛立っている様子。
 とても使いにくい雰囲気だが、今はそれ所ではない。
 銀時は意気込んで叫んた。
「いでよ!式が――」
【うるっせんだよ!テメェ俺ンちに何度ピンポンダッシュしたら気が済むんだ中崎ィィ!】
 物凄い剣幕に銀時の声はかき消えた。
 ヤバいと思って今度は丁寧な口調に切り替える。
「あのスイマセン。私先ほど契約した坂田ですけど、至急式神さんに出てきて欲しいのですが……」
【何ィィィ。てめぇ俺の娘に手ェ出そうとするとはいい度胸してんじゃねェか中崎ィィ!】
「いや中崎じゃなくて坂田です。え?あなたお父さんですか?すみません式神さんと約束してたんですけど……」
【デートの約束だァァァ!?誰がテメェに娘やっかァ!中崎ィもう絶対ェ許さねェぞ!】
「だから坂田です。人の話聞いてください」
【ちょっとお父さんいい加減にしなさいよ】
 中年女性―お母さんらしき声が折り紙から聞こえてきた。
【あの子だっていつまでも子供じゃないのよ】
【るせぇ!アイツはな、『大きくなったらお父さんのお嫁さんになる』って言ってたんだぞ】
【いつの話してんのよ。お父さんがお風呂入った後、あの子お湯全部捨ててんのよ。嫌われてることぐらい気づきなさいよ】
【だからってなァ。中崎だけは絶対に認めん!おい中崎ィそこで待ってろ!!】
【アンタァァ!そんなもん持ってどこいくのォォ!!】
【オメーは黙ってろ。今中崎の野郎と決着(ケリ)つけにいってやらァ】
【やめなァァ警察沙汰になるよ】
【離せ!邪魔すんじゃねェ!】
【ダメだっていってんでしょ。落ちつ――】
“グサッ”
 折り紙の中から生々しい音がもれた。
【……。オ…オイ。…節子…節子ォォォォォォォォ!!】
 それを最後に、銀時たちは再び静寂に包まれた。
「オイぃぃぃ!何があったァァ!!何勝手にドラマチックになってんだァァァ!!」
「刺さったアル。刃物持ってもみ合ううちに、謝ってお母さん刺してしまったアル」
「あーあ、()ってしまったな兄者」
 誰もが慌てふためく中、いつも通り冷めた眼で双葉が呟く。
「オメーがピンポンダッシュすっからだろうがァァ!」
「押したのは兄者だろ」
「テメーが押させたんだろうがァ!俺何も悪くねーぞ」
「オイ何やってんだァァァ!!」
 兄妹の言い合いに割りこんできたのは、血相を変えて声を荒げる鬼だった。
「もたもたしてないで早く呼び出して手当してやれェ!手遅れになるぞ!」
「いやでもあっちで手当てしてるかもしれねーし、そっとしといた方が…」
「いいから急げェェ!」
 敵であるはずなのに、鬼は自分たちのことのように心配した声を上げる。
 すぐさま銀時は式神を呼び出そうとしたが、怒涛の展開にパニクってしまい、思うように指が動かない。
「早くしろ、兄者」
「うううるせぇ!頼む誰か出てくれェ!!」
“ピンポーン”
【ハイ……式神ですけど】
「そっち今ヤベー事になってるだろ!今スグ出てこいお母さん連れて出てこい!!」
【わかりやした】
 次の瞬間、折り紙は火のない爆発を起こし、土煙を立ち上げる。
 やっと式神を呼び出せた、と銀時は胸を撫で下ろした。
 そして煙の中からおかっぱ頭に角を二本生やした、小柄な黒い和服少女が登場した。
「お待たせしましたでござんす。ただいま参上つかまつりやした」
 母親の遺影を両手に掲げて。
((もっ…喪に服してるぅぅぅぅぅ!!))
 銀時達は遺影に言葉を失う。絶句する彼等に少女は丁寧にお辞儀をしてきた。
「クリステル様から話は伺っているでござんす。血の契約により、これよりあっしは銀時様が(しもべ)。お好きに使っておくんなせ」
 少女の姿をかたどった式神は言うが、嫌でも目に入る遺影が使役心を妨げる。
 お葬式の最中に呼び出してしまったのか。というよりあの折り紙の中にどんな事態が起こったのか。いや、そもそもさっきのせいで母親を死なせてしまったのか。
 ありとあらゆる疑問と罪悪感に悩まされていると、少女が何か気づいたように口を開いた。
「おっかさんのことはどうか気に病まず。……あっしは気にしてませんから」
 潤んだ瞳で俯いて少女は言う。
「いやものすごい使いづらいんですけど。心ココにあらずだもの。完全にお母さんのことひきずってるもの……ってちょっと待て!気に病まずって何?え?俺が悪いカンジになってんの!?」
 自身を指差す銀時に、少女は首を振って答えた。
「大丈夫でござんす。たとえ親の仇であろうと、主に従うのが式神の務めでござんすから」
「人聞きの悪いこと言わないで!仇じゃないからね!俺何にもしてないからね!!やらせたのコイツだからね!」
 そう喚く銀時に指差される事件の黒幕は、淡々と事実を告げる。
「押したのは兄者の指だ。土下座して謝れよ、兄者」
「お前だァァァ!お前が謝れ!お前がこの子に土下座して謝れェ!!」
 耳元で怒鳴られても素知らぬ顔で立つ双葉を睨みつける銀時。
 険悪ムード真っただ中の兄妹の間に入るように、式神の少女が口を挟む。
「あの、本当に大丈夫でござんすから。さぁ思う存分こき使っておくんなせ」
 そうして少女は悲しげな笑みを浮かべて、母親の遺影に向かってこう呟く。
「…おっかさん…今スグあっしもいくからね」
「使えるかァァァ!!」
「え?何か気に食わないでござんすか」
 きょとんとした目で聞き返してくる少女に、銀時の胸がギュッと締めつけられる。
 式神は主に従うだけの存在。
 だがこんなに可憐で純情な瞳をした少女を戦わせるなんて無理だ。しかも母親を喪に服した原因は少なからず自分にもあるわけで……。
 非常に使いにくい。
 また遺影を大切に抱く少女に敵の鬼たちも戦い辛いようである。
 しかし彼らにも主から受けた(めい)を果たす義務がある。無論、このまま引き下がるわけにもいかない。
 鬼の一人が申し訳なさそうな表情(かお)をしながら少女に近寄る。
「一旦置いておこうか。戦う時ぐらいは置いてもいいだろ」
「でもおっかさんを地べたに捨て置くなんてできないでござんす」
「じゃあ一旦あずかろう。ちゃんとした所にたてまつっておくから」
「申し訳ないでござんす。おっかさんをよろしくお願いします」
少女は深々と一礼しながら母親の遺影を鬼に差し出して――

「ハラがガラあきじゃああああああああああああああああああッ!!」

 背負っていた巨大な金棒を振り回し、目の前の鬼を真っ二つに引き裂いた。
 刹那の攻撃に仲間を殺られた鬼達は、怒涛に身を染めて少女に襲いかかる。
「貴様ァァァ何をしている!!」
「たばかったかァァ!汚いマネを!!」
 四方からの攻撃が少女に迫る。
 細身の少女と巨人の鬼。図体からすれば到底勝てる見こみも逃げる隙もない。
 だが――
「汚い?誰にものを申しているでござんすか」
 空気を裂く音が走る。
 同時に全ての鬼の動きが止まる。
「あっしは外道を極めし鬼神(おに)
 そして次の瞬間―鬼たちは粉々の塵へと化す。
「『外道丸』でござんす」
 少女が名乗り終わる頃には、敵は全て消え去っていた。
 何が起きたのか分からなかったが、小柄な少女が己の等身に匹敵する巨大な金棒を軽々と一振りして、全ての鬼を一気に粉砕したのだ。
 あまりに鮮やかな殺陣は見る者に拍手を奏でさせ、同時に背筋を凍らせるほど。
 可憐な少女がとんでもなくド汚い手で鬼達を瞬殺した光景に、銀時たちは目を丸くするしかない。
「ほら、モタモタしないでさっさと行くでござんすよ」
 何事もなかったかのように武器をしまい、少女はさっきまで大切に持っていた母親の遺影を踏んづけて先に進む。
「踏んだァァ!大切なお母さんの遺影踏んだァァ!!」
 新八のツッコミに外道丸が白けた顔で振り返った。
「お母さん?そんなもの一千年前にとっくにくたばったでござんす。全部猿芝居でござんす」
「芝居?全部芝居だったの!?」
 頭に大量の疑問符を浮かべる銀時に、外道丸は少し意外そうに目を瞬かせた。
「コイツは驚いた。敵を欺くために芝居に付き合ってくれていると思いやしたが、まさか信じてたんでござんすか。……銀時様、一つ忠告しておくでござんす」
 少女は改めて銀時を見返してから、『主と式神』の関係について語り出した。
 本来式神は術者が作り出す道具。生みの親に従順な式神を使役するのが最も都合がいいが、無から有を生み出すには相当な霊力が必要とされる。その為、悪態をついて暴れる妖魔たちを調伏させて(しもべ)にさせるのがほとんどだ。
 だが力でねじ伏せて築いた主従関係は、所詮(しょせん)表面上でしかない。調伏された彼らは自由を奪われ無理矢理こき使われている奴隷にすぎず、主に抱くのは憎悪のみ。そんな彼らを従える術者は、月のない夜に後ろから刺されてもおかしくないのだ。
 銀時に仕える少女―『外道丸』もまた、平安時代に大江山で暴れまわっていた所を結野衆に調伏された鬼。『式神』の仮面を被っただけの化け物。
「――ですから主に力なしと思えば、いつ何どきまた牙をむくかわかりやせん」
 言葉こそは丁寧に、外道丸は己の瞳を銀時に向ける。
「夢々お忘れめさるな。あっしがあなたを常に見ていることを」
 全てを見透かすかのような、闇に満ちた眼球を。


 再び歩き出す外道丸からかすかに聞こえる不気味な微笑が耳に残る。
 恐怖に口元を歪ませる銀時は、ゆっくりと新八達に振り返った。
「あのォ、誰か…俺と主変わんない?」
 銀時の誘いに新八と神楽は身体ごと目線を反らす。それが彼らの答えだった。
「双葉今すぐチェンジだァ!」
 妹にバトンタッチしようとしたが、彼女もまた銀時に背中を向けて黙りこくっている。
「………」
「ねェちょっと恐いんですけど!あの()なんか恐いんですけど!!」
「……式神は血印と繋がった主に従うんだろ」
 いつもより低い声の、やや乱暴な口調で呟く双葉。
「だったらいいじゃねーか。俺ら兄妹だし血繋がってっから」
「私の兄者はとっくの昔に殉職したそうだ。お主など知らん」
「おいィィィ!なにさっきのネタむしり返してんだ。あんなの冗談に決まってんだろーが。お前ら腹黒同士スゲーピッタリだよ。人生で会えるかわかんねぇベストパートナーに絶対なれるよ」
「兄者が女から受けた依頼だろ。だったら最後まで引き受けろ」
 顔だけぐるりと振り向く双葉。その不機嫌に満ちた眼に、銀時はぎょっと後ずさる。
「おめー何怒ってんの?なんで今にもブチ切れそうな(ツラ)してんだ?」
 双葉は何も言わずそっぽを向いてしまう。
 訳が分からない銀時はただ首を傾げるばかりだった。
【外道丸よ。お主ここに何をしに参った】
 いきなり渋い声が聞こえた。
 驚いて振り向くと、正門の前に何十人の陰陽師たちが鋭い目つきでこちらを威嚇していた。おそらく 結野衆の幹部たちが侵入者を成敗しに来たのだろう。
【結野衆に仕える身でありながら、その式神を破り無断で屋敷に押し入るとは何様か】
 男たちの口は動いていないのに、彼らの声が頭の中に入ってくる。この怪奇現象も陰陽術なんだろうか。
「今のあっしはクリステル様ではなく、この男の僕でござんす。(あるじ)が何をするかはあっしの知る所じゃございやせん」
 結野衆の威嚇に臆せず淡々と言う外道丸だが、その度胸はさらに状況を悪化させるだけであった。
【何者だ、貴様ら。この結野の聖地に土足で踏み入り無事で帰れると思うなァ!】
 こちらの話も聞かず結野衆は呪文を唱え始める。彼らが手にするお札は青白い光をまとい、一斉に銀時たちへと放たれた。
 逃げようとした銀時だが、即座に新八と神楽に盾にされてしまい動けなくなってしまう。慌てて外道丸を探すが見つからない。おまけに双葉の姿もない。
 ふと足元に妙な違和感。
 着物をめくってみると――中には外道丸がしゃがんでいた。隣にはちゃっかり双葉も座っていたりする。
「なんでテメーら股の下に隠れてんだァァァ!?」
“ドッカァァァァァァァァァァァァン!!”
 無数のお札が容赦なく銀時達のもとで爆発した。

=つづく= 
 
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