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山本太郎左衛門の話

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13部分:第十三章


第十三章

「これからどうなさるおつもりですか」
 平太郎は彼に問うた。
「それは」
 彼は疲れきった声で答えた。
「今日で失礼させて頂きます。拙者には限界でござる」
「左様ですか」
 こうして上田はすぐに立ち去った。一睡もできず憔悴しきった足取りで平太郎の家をあとにした。
「やはり無理じゃったか」
 彼はそれを見送りながら呟いた。
「まあそれも当然か」
 そかしそれは予想されたことであった。
「どうやらわしはこのままここで暮らしていくしかなさそうじゃな」
 そして家の方を振り返った。
「何時まで出るかわからんが暫く化け物と一緒に暮らしていくことにするか」
 次第にそんな気持ちになってきた。
 そう思えるようになるとかなり楽になった。彼は今夜からは布団でゆうるりと寝ることに決めた。
「もう蚊に食われるのも嫌じゃしな」
 今までは蚊帳の外で寝らざるを得なかった。蚊帳の中からはよく見えないからだ。
 とりあえず閉まっていた蚊帳を再び取り出した。そして夜に備えるのであった。
 夕方になると蚊帳を張った。そして夜に備えた。
「さてと」
 蚊帳を張り終えた平太郎は夕食を採りながら考えた。
「今夜は何が出て来るのかのう」
 何かわくわくとするものがあった。彼はそれが待ち遠しくて仕方がなくなっていた。
 夕食を食べ終えると何やら台所から臼をつく音が聞こえてきた。
「今宵は臼か」
 台所に行ってみると臼がひとりでにつかれている。これまた面白い光景だ。
「これだけじゃと勿体ないのう」
 そう思った平太郎はそこに米を入れた。そしてそれで米を白くしようと思ったのだ。
「何もしないよりいいじゃろう。無駄ではなかろう」
 使えるものは使おうと思った。怪異も使いようである。
 そして寝室に戻った。もう寝るつもりであった。
 蚊帳の中に入る。そして刀を枕元に置き掛け布団をかけうとうとと眠りに入った。
 意識が遠のいていく。だがそこで彼は起こされることになった。
 何かが顔を這っている。ヌルヌルして気味が悪いものだ。
「ん!?」
 不審に思い目を開けた。するとそこにまたもや化け物がいた。
「今宵は臼だけではないのか」
 見れば赤く細長いものが平太郎の顔を撫で回しているのだ。
 それは上から生えていた。面妖なことにそれは蚊帳を通り抜けて天井に続いている。
 天井にはさらに奇怪なものがいた。それは巨大な醜い老婆の顔であった。
 老婆は平太郎を見てにやにやと笑っている。その大きさは天井を覆い尽くしていた。
 口からはその赤いものが出ている。平太郎の顔を撫で回す、いや嘗め回していたのはこの老婆の舌であった。
「また気色悪いことをするのう」
 平太郎はこれには気分を悪くさせた。だが不快に思っただけでそれ以上は何も思わなかった。
 蚊帳を通り抜けているのが奇妙であったがそれは化け物の所業なのでそれはそれで不思議なことに納得がいった。納得するとどうでもよくなりまた眠りについた。
 暫く舌が嘗めていたがそれも止まった。そして彼は朝までゆっくりと眠った。
 起きるとまず台所へ向かった。そして昨夜の臼を覗き込んだ。
「白くなっているかな」
 だが米は白くはなっていなかった。それを見た平太郎はいささか落胆した。
「まあ化け物に期待しても無駄じゃな」
 結局人間ではない。これも致し方ないことであった。
 
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