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問題児たちが異世界から来るそうですよ?  ~無形物を統べるもの~

作者:biwanosin
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兄妹喧嘩 ③

「あー、これは・・・ちょっとマズいかも」
「結構呑気だね、兄さん!」

蚩尤の力を完全にひょうすべのものに書き換えられた一輝は呆然とするが、湖札はそんなことは気にもせずに攻撃を仕掛ける。
怪力をもつかみ、天逆毎の力で攻撃を受ければまず間違いなく無事では済まないが・・・一輝は手を翼のように羽ばたかせ、空を飛ぶ。
先ほど湖札も語っていたように、ひょうすべとは河童が秋になると山に登る姿とされている。彼らはその際、毛の色が変わってから群れで集まり・・・飛んで、山に向かう。それゆえに一輝は飛ぶことができているのだ。

「いやまあ、実はそこまで呑気なわけでもないんだけどな。実は結構焦ってる」
「そうは見えないんだけど?」
「そう装わないと、まず負けるからなぁ」

そうつぶやいた一輝は空間倉庫を開き、そこから二つの巨大な密閉容器を取り出し、それから火炎放射器を取り出した。
湖札はそのわけのわからない組み合わせに首をかしげたが・・・その入れ物の大きさが大きい方が小さい方の二倍であることから、一つの仮説を立てる。自分で思いついたことにいやまさか・・・と考えるが、すぐに考えを変えた。この兄ならやりかねない、と。

「・・・ねえ兄さん、それはさすがにないんじゃないかな?」
「いやいや、このレベルの戦いなら十分にありだって」
「いやでもそれ、体積結構あるよね?圧力が標準値だったとしても、小さい方四モルはない?」
「うんうん、大丈夫。圧力二十倍くらいの、メイドイン箱庭だから」

すっごくいい笑顔でそう言った瞬間に、湖札は走り出す。さすがに無茶苦茶だと思うが、それが妹に対してやることかと思うが、しかしあの兄であり、これは殺し合いなのだ。やるといっている以上、本当にやるだろう。なら、止まった瞬間に終わる。
そうして走り回る湖札に対して、一輝は密閉容器の中身を混ぜ合わせながら追わせる。彼の持つギフト、“無形物を総べるもの”によって、大量の空気を・・・存在比一対二の酸素と水素で、湖札を覆おうとする。
その追いかけっこは、勿論ながら一輝がかった。どれだけ頑張っても速さには限界がある湖札に対して、一輝の操る空気には速度の限界がない。どこまで無茶苦茶なのかという話なのだが、速さにも形はないのだから。

「あ、あははー・・・マジ?」
「うん、マジ」

完全におおわれた湖札はかなりひきつった笑みで兄に尋ねるも、その兄はさっきよりもさらにいい笑顔で火炎放射器から炎を放つ。勿論ながらそれにも形はないので、勢いよく湖札を覆う酸素と水素(超特大の爆弾)に着火され・・・水素爆発。
当事者二人以外の全員が耳をふさぎ座り込む中、一輝はその爆発によって作られた水を槍状にして湖札がいた場所を襲わせ、

「うーん、この感じだと・・・仕留めれてない、かな」
「まあ、うん。かなり本気で防いだしね・・・」

一輝の問いかけに湖札が答えると、爆心地から風が吹いて視界がクリアになる。その場にいる観客の全員がそこを見ると・・・巫女服こそボロボロになったものの、体には傷一つない湖札がたっている。

「ったく、どうやって今のを防いだんだ?倒せなくても傷くらいつけれたかなー、くらいのつもりでいたってのに」
「超小規模の嵐の結界の中にいました。天逆毎はスサノオの娘なんだよ?」
「なるほど、納得した」

一輝はそう言いながら入れ物と火炎放射器を倉庫の中にしまい、あごに手を当てて考える。

「それにしても、やっぱりただの水や爆発じゃ、負けなくても勝つのは難しいか・・・」
「そう思うんなら、神霊化しないの?」
「あっちについては、この喧嘩に使えそうもないしな。相手も鬼道だし」

一族の力をそのままに相手に使うわけにはいかない、と考えたのだろうか。一輝はそう言ってから改めて考え・・・

「あ、別にまだあるじゃん。神になる手段」
「ちょっと待ってそれは防がせて」

一輝の言葉から何をしようとしているのかは察したのだろう。湖札が思いっきり踏み込んで一輝の元まで跳ぶが、一輝がひょうすべの力を使って真上に飛んだため、空振りに終わる。湖札は一輝のその姿を見て上に跳ぶが、

「さあ、百鬼夜行の始まりだ!」
「ムグッ!?」

大盤振る舞いなことに、一輝が檻の中の妖怪や魔物をすべて召喚したため、降ってきたそれに押し戻される。そしてそのまま、妖怪の山の中に埋まる。力技もいいところだ。
そして、作り出した時間で一輝は・・・さらなる力を、召喚する。

「“我は悪である”。汝はそう、世界に宣言した」

厳かに唱えられた瞬間、一輝の掌に一匹の蜥蜴が現れる。その蜥蜴もまた、ただの蜥蜴ではなく・・・三つの首を持つ、蜥蜴。“ノーネーム”の雑用係として定着してきたその姿は、しかし比べ物にならない霊格を宿している。

「その身の全ては悪を尽くし、倒れし今もその意志に変化はなき絶対悪」

さらに霊格をあらわにすると、蜥蜴は一輝の手を飛び下り、主より放たれる霧を吸い込む。そうして示すのは、かつて箱庭の全土を恐怖に陥れた魔王のそれ。
“絶対悪”として箱庭に顕現し、人類最終試練(ラストエンブリオ)として悪の限りを尽くした、最悪の魔王。

「あぁ、あぁ!今こその名を、その悪行の全てを、我らが外道と共にせよ!」
「父なる暴風の神よ、我にその加護を!」

一輝の召喚の言霊が完成しようとした時、湖札もまた練り上げた呪力を用いてさらなる力を使う。天逆毎が持つ数少ないつながり、父スサノオの神力をこの一時だけ使用したのだ。
さすがはスサノオというべきか、たった一度吹き荒れた暴風によってすべての異形は吹き飛ばされ、解放された湖札は一輝めがけて跳ぶ。が、

「今ここに降臨せよ、アジ=ダカーハ!」
「間に合わなかった、か」

その一撃は、ギリギリ解放の間に合った三頭龍の手によって防がれる。
一輝という英傑に撃たれたのち、初めて完全な姿を現した、元人類最終試練。アジ=ダカーハ。湖札は召喚を防げなかったそれをみて、作戦を変更する。それは、兄に使われる前にこの龍を討つ、という無謀にも思える作戦。そのために距離を置いて言霊の弓を構えるが、

「力、よこせ」
『了解した、我が主』

そんな暇もないほどに一瞬で、神成りが完了する。

「うそぉ・・・それはさすがに、ずるくない?」
「残念だったな、召喚以外では言霊がいらないくらいに相性がいいんだよ、外道と絶対悪の霊格は」

弓を構えきることができず中途半端な体制で固まった湖札はそういうが、一輝はそんなこと気にも留めずに初めて使う力を確かめる。
身体的な変化として両の肩から蛇が生えて腕に巻き付き、手の甲に頭が来ているが、動きを阻害することはないので問題なしと判断。他の変化は、急所を守るようにして生えている鱗。これもまた動きを阻害することはなく、防御力を上げているのでよしとする。
つまり、一輝が戦うにおいて問題点は、ない。

「よし・・・んじゃ、やるとするか、湖札」
「アハハー、それはさすがに想定外かなー・・・」

どちらかといえばザッハークに近い姿になって一輝は言うが、湖札はもう苦笑いを漏らすことしかできない。そのまま言霊の弓を消し、距離を置いたのちに刀を構えるのみ。
言霊の弓を使ってアジ=ダカーハを討つとすれば、そこで語るのは伝承の存在としてのものではなく、今目の前にいる兄が従えるもの。箱庭におけるアジ=ダカーハを語らなければならない。しかし、その結果が今の現状なのだ。それを語ろうものなら、より一層強固なつながりが生まれ、兄の力はさらに強いものとなるだろう。ただでさえ低くなった勝率を下げようなどとは、湖札は考えない。
そして・・・そのまま振り返り、二匹の蛇の元まで走る。

「って、ちょ!?ここでスルー!?」
「勝つためにはこれしかないんだから、仕方ない!というか、勝負の最中にこれ以上のリアクションは無理!」

ベー、と少し舌を出して見せた湖札はそのまま走り、一輝は。

「ああ畜生、かわいいじゃねえか!」
「ふっふっふ~。いろんな国をまわって、いろんな仕草を覚えたからね!ウインクとか超得意だよ!」
「それはいいな!」

なんかもう、どうしようもないくらいシスコンだった。本当にどうしようもないな、こいつ。だがまあ、それでもちゃんと湖札を追ってる辺りまだ救いようがあるかもしれない。
とはいっても、二人にはスタートに差がある。一輝との間に大きく距離をあけた湖札はいまだに取っ組み合っている二匹の蛇、その片割れであるヤマタノオロチの尾に触れ、

「神秘錬成、アメノムラクモ!」

その姿を一振りの太刀へと変え、一息に八面王を切り刻む。
ごくごく短い言霊によって発動した奥義、神秘錬成。一輝と戦うための力として湖札が編み出した奥義であり、その効果はいたって単純。名前の通りに、神秘を生み出すのだ。
ただし、これは誰もが使える奥義ではない。例えば今回であれば、ヤマタノオロチの尾からアメノムラクモの剣が出てきたという伝承があるから『尾に触れ、太刀へと変えた』。このような伝承があって初めて発動することのできる、少々面倒な奥義である。

だがしかし、それに見合うだけの代物ではあるようだ。ヤマタノオロチの原初の姿である八面王は完全に死亡し、一輝の中へと帰る。

「うっわー・・・存在の書き換えに、伝承からの武器生成とか。どこまで成長するんだよ、お前は」
「目標が兄さんに勝つ、だからね。どこまでやっても大丈夫な気がしないんだよ」
「だからって、まさか三種の神器を作り出せるほどの奥義を編み出すとはなぁ・・・っと!」

話している最中に湖札が襲い掛かってきたので一輝は残っていた剣を構えたが、触れた瞬間に砕け散った。やはり、武器としての性能に差がありすぎるのだろう。
だがそれでも湖札は止まらないため、一輝は自分自身も動いてよけながら蚩尤並びに兵主神の力で造りまくった武器を拾っては使い、どうにか凌ぐ。普段と違って特に意味もなく量産した武器だから実行することのできる戦法。とはいえ、それも限界があるためわざと一太刀を受けて、血を流した。
今の一輝は、アジ=ダカーハ(一輝)とでも表記するべき存在だ。なので、流れた血はそのまま双頭龍となり湖札に襲い掛かる。

「あー、とりあえず時間稼ぎ!」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

少しばかりテキトーな一輝の命令にも双頭龍は従い、雄叫びをあげて湖札を食い止める。

「・・・鬱陶しいなぁ、もう!」
「オマエ、仮にも神霊級をその扱いかよ」
「大した敵じゃないし!」
「それには同意するけどな」

何だか双頭龍がかわいそうになってきた。ここまで言われてもまだちゃんと戦ってるんだよ、彼は。いやもしかすると彼女なのかもしれないけど、そこは気にせずに。

「まあ、でも・・・そんなに邪魔なら、消してやるぞ?」
「・・・・・・?」

これ以上増えられても面倒だと双頭龍を血を流さずに殺そうとしていた湖札は、一輝の言葉に内心首を傾げ、そちらを見る。そこには、握った拳を自分に向けている兄がいて・・・その手の甲では、蛇が口を開けている。

「存在の書き換えに神器の錬成と驚かせてくれた礼だ、こっちも別の形で驚かせてやる。・・・覇者の光輪(タワルナフ)!」
「ちょ、ウソォ!?」

勿論ウソなはずもなく、蛇の口から放たれる。
伝承において世界の三分の一を滅ぼすと伝えられてきた閃熱系最強の一撃。終末論の引き金を引く力を召還し、炎熱として扱う恩恵を、一輝は何のためらいもなく使用する。かつてあれほどまでに参加者を苦しめた一撃をなんでもないように放たれているのだが、これはいいのだろうか?

《別にいいんじゃね?》
《私からしたら全然よくない!》

こんな時でも平常運転なんだな、お前たちは・・・もういいけどな、別に。
さて、おふざけは手短に済ませて現状に戻ろう。湖札は自分に向かってきている閃熱を確認すると、すぐさま目の前にいる双頭龍の首をつかみ、その中に投げ込む。これを放った張本人であれば防げたのかもしれないが、分身体程度にそこまで期待するのは酷というものだろう。いともあっさりと蒸発し、新たな分身体は生まれない。
だが、それで攻撃が止まったというわけではない。一切速度も威力も緩めることなく進む一撃。湖札はそれを見据えると、右手で剣を握りしめ、体を限界まで捩じり、刀の腹に左手を添えた。そんな体勢で自分にあたる直前まで動かずにじっと構え、

「燃ゆる全てを薙ぎ払え、草薙の剣!」

覇者の光輪そのものを、切りつける。
草薙の剣は、水神ヤマタノオロチの尾より生まれ、燃えている草を薙ぎ払ったという伝承を持つ刀だ。元々、火に対する影響力は強い。それを全力でぶつけたのだから・・・覇者の光輪が完全に消えている現状も、当然といえるだろう。
ひとまずの成功にホッと息をつく暇もなくこんな無茶苦茶を行った張本人を警戒する湖札だが、一輝がいたはずの場所には、もう彼はいなかった。

「どこに、」
「残念、覇者の光輪はただの(おとり)だ!」

あわてて周囲を探そうとするも、その時にはすでに真横まで迫っていた。湖札はガードをかませることもできず、その蹴りをもろに受けた。思い切り勢いを付け、さらに全力で放たれた回し蹴り。それによって湖札はぶっ飛ばされ、大木にきれいな穴をあけたと思ったら塀を壊してその中に埋まった。

「ふぅ・・・よし、一撃入れた」
「普通、たった一撃入れるために使うものじゃないよね、それ・・・!」

清々しい笑みで汗を拭いながらそう言う一輝と、対照的にこめかみに青筋を浮かべて瓦礫を吹き飛ばす湖札。湖札が押していたと思えば、その構図は一気に書き換えられた。

「全く、まさかそんな手で来るとはなぁ・・・それはさすがに想定してなかった」
「だからこそ、俺はこの手段をとったんだよ。普通の攻撃でできそうなのはこれしかなかった、とも言うけどな」
「まあ、確かにね。こっちとしても、これ以上普通の攻撃で行けるとは思えないし・・・千日手じゃ、いずれ観客にも飽きられちゃうし」

湖札はそういうと同時に言霊の弓を完全に解除し、札や刀といった武器、ギフトカードを全て空間倉庫の中に放り込む。
一輝もまたそれを見て、無形物を総べるもので行っていた簡単な制御を捨て、湖札同様すべての武器とギフトカードを空間倉庫の中に放り込んだ。
二人そろって邪魔なものをすべて取り去り、最後には外に出していた異形だけでなく自分と同化させていた神までも、檻の中に戻した。即ち、完全に身一つ。本人たちが一番動きやすいという理由から服装だけは神主衣装と巫女服だったが、それだってギフトを発動しているわけではない。まあさすがに、裸になるのはまずいかなーとか、その程度のものだ。

「・・・それじゃ、ラストバトル開始かな?」
「ま、ここまでやって互角だったんだ。・・・こうするしか、ない」

二人は同時に構え、消える。
完全に観客の視界から消えた二人の存在は、二人がぶつかり合った衝撃でのみ確認される。技術も何もない力づくでの移動に、体術でもなんでもない暴力のぶつけ合い。どちらかというと才能とでも呼ぶようなもので力を得ている二人には、型の存在しないやり方のほうが強かったりするのだ。
そんな応酬の中、蒼い光が空間に線を描き始めた。つまり、

疑似創星図(アナザーコスモロジー)、起動!」

切り札を、発動した。
湖札の言葉と共に蒼の光は、怪しく光る蒼い光はより強くなり、湖札の右手を覆う。
それでは終わらずに、右手を覆い尽くした蒼い光は形を変えてゆく。貪欲に全てを喰らおうとするものであり、そして賢い頭脳も持つ狼に近いであろう、顎の形へと。

「知へ変え喰らいつくせ、◆◆◆◆◆◆・・・!」

一輝に暴力をふるい、ふるわれている間に構築したそれ。完全に発動した、およそ人体には発音できない名の疑似創星図を次にぶつかる瞬間にたたきつけようとするが、

疑似創星図(アナザーコスモロジー)、起動」

今まさに喰らいつこうとした顎を、一輝の双掌が・・・より正確に言うのなら、そこにある力の渦を凝縮した灼熱の球体が防ぐ。

「相克して廻れ、“アヴェスター”!」

二つの疑似創星図がぶつかり合い、湖札がどれだけ力を込めてもその分アヴェスターが強化されていくので、二人そろって吹き飛ばされる。軽く最終戦争クラスの被害が周りに及ぼされ、張本人二人もゲーム盤の端と端に飛ばされたのだが、

「疑似創星図、起動!」

そんなことは何でもないといわんばかりの勢いで、一輝がさらに疑似創星図を起動する。
まだ彼の手には球体が残っているにもかかわらず、上書きするように現れたのは・・・翠色の光。複数の疑似創星図を持っているからこそ挑戦できる、無茶。
禍々しい翠に輝く光は横に伸ばした手に集まり、大鎌を形成する。

「魂を刈りとれ、■■■■■■!」

およそ人体には発音できない、すべての生物に発音できないはずのその名を唱えると、一輝は両手で構えて跳ぶ。それに対して湖札は右手を突き出し、左手で二の腕強く握って呪力を注ぎ込み・・・

「疑似創星図、再起動!」

無理矢理に消えかけていた疑似創星図を起動しなおし、その顎で大鎌の刃に喰らいつく。
改めて完全に拮抗した状態になると、二人は全く同時に左手をはなし、指を揃えて後ろに引き・・・鈍色の光に、包まれる。

「「疑似創星図、起動!」」

全く同じフレーズを全く同じタイミングで唱え、その鈍色の光はより一層輝きを持つ。

「百鬼よ駆けよ」
(めぐ)りて駆けよ」
「「百鬼矢光!」」

これまたまったく同じように解放され、しかし内包するものに大きな差がある二つの攻撃は、その差故に一輝の勝利に終わる。しかしそれは、ただ威力を比べるだけであればの話。驚くことに、湖札はその一撃をギリギリまで絞り、細くすることで、兄のそれと相打ちにまでもっていく。
たった一人が十五年とちょっとの時間で作り上げたそれ。兄が持つ六十三代をかさねたそれに比べればはるかに格下のそれだが、しかしだからこそ、自分一人で作り上げてきたものだからこそ、多少の自由がきいた。

再びの爆音。二つの百鬼矢光だけでなく、彼らが歪みから手に入れた疑似創星図もそこでため込んだエネルギーを吐き出し、そろって吹き飛ばされた。
技術をぶつけあっても千日手。呪術を比べあっても千日手。権能を比べあっても千日手。ギフトによる応酬でも千日手。疑似創星図をぶつけあってすら、千日手。
もはや次元が三つ四つ違う戦いを繰り広げている二人に対して、もはや誰一人として言葉を発することもできない。客席にいるものも。審判として空中にいる黒ウサギも。そしてゲーム盤の外、映像としてこの光景を見ている三人も、口を開け、身を乗り出し、食い入るようにその光景を目に焼き付ける。何のルールもなく、箱庭らしさのかけらもない・・・だからこそ、これぞ箱庭であると訴えかけるような、そんな二人のゲーム。箱庭にて上に昇らんと野望を抱く者たちにとって、その光景はどこまでも心憧れるものであった。
そして、そんな感情を抱かれているとはつゆほども考えていない二人は、目を見開き、歯を剥いて、どこまでも凶暴に笑う。
目に映るのは、相手一人だけ。
耳に入るのは、兄妹の呼吸の音のみ。
肌で感じるのは、最愛の家族から向けられる殺気ただ一つ。

「大好きだぞ、湖札」
「うん、大好きだよ、兄さん」

そして、一言だけ言葉を交わした二人は拳を構え、同時に踏み込んで、再び消える。どうなったとゲーム盤を見る観客たちは、しかし今度はすぐに見つけることができた。
消えるその瞬間まで、二人がいた場所。そのちょうど真ん中で、お互いに一撃を入れた体勢で固まっている。
湖札の拳は、一輝の頬に。一輝の拳は、湖札の腹部に。それぞれ全力で打ち込み、ねじ込んだ二人のうち、先に動いたのは・・・湖札。
頬に入れた拳は力を失ったように滑り落ち、一輝の横に向けて倒れていく。その体が地に落ちる前に、一輝が抱き留める。

「・・・どうにも、打たれ強さでは俺の方が上だったみたいだな」
「そう、だね・・・。あーあ、負けちゃった、なぁ・・・」

今にも飛びそうになる意識を無理矢理にとどめている湖札は、切れ切れに言葉を漏らす。
そして・・・

「・・・お兄ちゃんの、バカ。大好き」
「ああ、悪いなこんな兄貴で。・・・大好きだぞ、湖札」

戦いの最中にも交わされた言葉を交わし、完全にその意識を落とした。



  ========



「・・・ねえ、僕たちは本当にあれを相手にするの?」
「まあ、そうなるわね」
「本当にどうやって戦うんだろうね。湖札さんも取られちゃったし」

場所は戻って、一輝の部屋。その場所で画面に映る映像を見ていた三人が漏らしたのは、そんな感想であった。

「というか、そう思うんならあの子に今回の件を許可しなければよかったじゃない。あれだけの戦力をかけられるほど勝算があったわけじゃないでしょ?」
「まあ、それはそうなんだけどね・・・勝てるとしたら湖札さんくらいなのもあって、あのまま任せるしかなかったんだ」

首をかしげている二人の様子を見ると、リンは湖札から聞いた事柄を二人にも話す。

「一輝さんや湖札さん・・・要するに『鬼道』の一族は世界からある加護を受けてるんだよね」
「加護?それって、彼らが持ってるギフト『外道・陰陽術』のこと?」
「そっちじゃなくて。あのギフトについては一人の人間と一柱の大妖怪が協力して生み出したものだから。・・・それに、一方的に世界が(おこな)ってるだけだからギフトとしては発現してないし」
「なら、その加護は何なのよ?」
「う~ん・・・冗談でも誇張でもないから、ちゃんと聞いてね?」

自分自身でも信じ切れていないその事実を、前置きをしてから二人に伝える。

「彼らが本気で相手を殺そうと思って戦った時、その相手の勝率を下げる・・・そんな加護」
「・・・それって、どういう?」
「私も伝聞だから、あんまり細かいところは聞かないでね」
「それはあなたの説明次第よ、リン」

ペストの言葉に対してうへぇとなるが、それでもちゃんと説明を始める。

「とはいっても、本当にそのままの意味だよ?どれだけ相手の勝率が高かろうが低かろうが、例外なくその格を落とす。運の要素しかないような接戦なら、彼らに幸運を訪れさせる。相手のギフトによって殺せないならそのギフトを使えないようにする。相手が不死だから殺せないならその不死の属性は消える。相手の剣とかそういうたぐいの技術によって殺せないならその技術が弱くなる。そうやって無理やりにでも下げるんだって。最低でも五分五分までは」
「「何それ笑えない」」

ごもっともである。

「じゃあ、あの特殊な主催者権限も?」
「その辺りが具現化されてるんだろうね。そんな感じの特徴を用いて、他の主催者権限を強制解除して自分のゲームを開催できるんだと思う」

とはいえ、この加護も鬼道であれば誰にでも与えられるものではない。ある程度の力を持つ者にのみ与えられるものなのだが、さすがに情報のかけらもなくこれにたどり着くのは不可能だ。

「まあそういうわけで、その要素の食い合いができる湖札さんくらいしか一輝さんに勝てる可能性はなかったわけですよ」
「その湖札も負けてとられてるけど、どうする気なの?」
「そうだね・・・とりあえずジン君にたくさんの魔王を従えてもらって、いずれは彼自身の主催者権限を使えるようになってもらいたいかな」
「そんなことは可能なの?」
「可能だよ。隷属させて従える、っていうのは立派な功績だし」

そして、挑発とも取れる一言を伝える。

「それで、どうする?もし無理だと思うんならやめるのもありだと思うけど」
「「やるよ/やるわよ」」

が、二人は間をおかずに返した。

「そっち側につくって決めた時点であの人の相手をする覚悟はできてる。むしろどこまで無茶苦茶なのか分かってよかったくらいだ」
「そもそも、ジンは私との契約があるもの。今更変えようとするなら殺してそっち側につくだけよ」
「・・・そっか。それなら、一緒に頑張ろう。そっちの方に向けて一歩進めばちょっとした隠れ家につくから、そこで待っててね」

若干青ざめた様子のジンに笑いそうになるのをこらえながら、リンは自らのギフトを使い二人を移動させる。一仕事終えたといわんばかりに一つ伸びをした彼女は、とても幸せそうな顔で意識を失う湖札と、それを抱きしめこちらも幸せそうな一輝。その二人が映されてテレビを見て、若干の思考に走る。

「・・・湖札さんは最後まで教えてくれなかったけど、世界がそこまで干渉するなんて、ただの人間ではありえない」

勿論、厳密に言えば二代目以降の当主の全員が生まれながらに神霊である、という時点で普通の人間ではないのだが、彼女が言っているのはそういう話ではない。むしろ、相手が神霊であるのならより一層世界が干渉する理由がない。
だがしかし、そんな中で一つだけ世界が過剰に干渉するだろうものが存在する。

《世界がそこまでして勝たせようとする理由が・・・彼らを守ろうとする理由が“自己防衛”であると仮定すれば、全ての辻褄が合う》

即ち、世界もまたただ加護を与えているわけではない。彼らが勝つことに意味があり、彼らが生き残らなければ引き起こされる問題がある。それ故に、彼らの一族が死なないよう加護を与える。

《それに、その仮定が事実であるなら他にも納得できることがある。あの二人が同じ名称の疑似創星図を発動した点》

今回、起動の言葉こそ違ったものの同じ名称の疑似創星図をあの二人は使用した。その特性上同じものの担い手が複数存在するはずがない。であれば、あの光景は何だったのか・・・

《彼らが、世界の求める存在・・・英雄の一族(・・・・・)であるのなら、そこで生きる強者がそれぞれ固有の宇宙観を作り出したとしても、可能性がないわけじゃない。自分自身を守りたい世界が、その程度のことを受け入れないわけがない》

であれば彼らが英雄なのかと考える。確かにそれなら、あの契約書類にも納得することができる。民に知られることがなく、力を持つがゆえに迫害されてきた英雄の一族。ではそうなのかと考え、そこでリンは新たな疑問にぶつかる。

《でもそれなら、なんで彼らは『外道』だと名乗るの?自分自身の霊格を開放する主催者権限(ホストマスター)の発動。その際に名乗るのは本来のものであるはずなのに、彼らは自らのことを『悪』であり、『外道』であると名乗った。それなら、それもまた真の立場であるはず》

一つ解決したと思えばまた新たに矛盾が生まれる。あまりにも複雑な事情があるからといって難しく考えすぎてしまっているリンは終わりのない思考にはまりそうになるが、画面の中の一輝がゲーム盤を解除しようとしているのを見て、思考を一時停止する。
彼を相手にする以上彼の主催者権限を打ち破るすべを考えるのは必須事項だが、今最も重要なのはジンとペストをさらったということに気付かれる前に全員で立ち去ること。何人か協力してくれそうなものがいるとはいえ、敵側の人間を頼るわけにもいかないだろう。
頬を軽くたたいて意識を切り替えると、ちょうどゲーム盤の中にいた人たちが外に出てくる。

「ん?オマエは・・・」
「ウチのメンバーだ。ちょっと仕事があったから間に合わなかったんだが・・・うまくいったのか?」
「うん。首尾よく行けたよ」
「そうか」

言葉を濁してジンとペストの勧誘が終わったという報告を終えると、リンはそのまま一輝の方を見る。

「あー、そうなっちゃいましたか」
「見ての通りだ。・・・ゲームのルール通り、湖札はこっちでもらうぞ」
「互いに了承してのギフトゲームで決まっちゃった以上、変えるのは無理ですよ。・・・どうするの殿下、戦力大幅にダウンしちゃったよ?」
「これまで通りに伸ばしていくしかないだろ。予定通りに魔王ぶちのめして引き込む。これだけだ」

何とも物騒なことを言っている二人に周りの人間は黙ってしまうが、そんなこと気にもしないで全員が窓際に集まる。

「それでは皆様方、我々ウロボロスはここで失礼させていただきます」
「次に会うときは本当の魔王連盟を作り出してると思うから、お楽しみに」
「おう、まあよくやってくれよ。こっちの人間総出で潰してやる。それと・・・これまで湖札のこと、ありがとな」
「こっちも色々と助けられたんだ、気にするな」

その言葉を最後に、ウロボロスのメンバーは全員消える。なんだかもうやりたい放題やってまたボロボロになった一輝なのだが、周りの心配する目を気にもしないで自室を出た。
そのまま少しだけ歩いて、すぐ隣の部屋を開く。本来そこには何もないはずなのだが、しっかりと家具が揃えられていた。
かつて一輝が神社の中にあるものすべてを倉庫にしまった際、一緒にしまわれた湖札の部屋にある家具一式。もう一部一部本人からすれば小さいものもありそうなのだが、その辺りについての判断は湖札がするだろう。
一輝はそんな、かつての湖札の部屋を再現した一室の中に入り、布団に湖札を寝かせると、頭をなでて一言。

「お帰り、湖札」
 
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