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ブラッシュマン

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2部分:第二章


第二章

 娘が気付いた時いたのは。何と洞窟の中だった。とてつもなく大きな洞窟の中に。彼女は見たこともない背が高く逞しい身体の若者と一緒にいたのであった。
「ここは一体」
「僕の家だよ」
 若者は微笑んで娘に答えてきた。
「僕の家なんだよ」
「貴方の家って」
「だから。僕の家なんだよ」
 微笑んで娘に答えたのだった。
「ここは。僕の家なんだよ」
「あんたの家って」
 娘は彼に何度も同じことを言われたので少し苛立ちを覚えていた。
「ここがなの?」
「何かおかしいかな」
「洞窟に棲んでるって」
 彼女の部族ではテントを張ってその中で暮らしている。だから洞窟で暮らしているということはまず考えられない。それ以上に洞窟というところからあることを感じていた。
「ひょっとしてあんた」
「僕はブラッシュマン」
 自分から名乗ってきた。
「ブラッシュマンだよ」
「あのブラッシュマンだったの、あんたが」
 娘は今それをはっきりと聞いて顔を顰めさせた。
「あのお節介焼きの」
「お節介?」
 ブラッシュマンはお節介と言われてもそれを理解することはない。常に善意で動いているつもりだからこれは当然のことである。
「お節介って何かな」
「わからないの?自分が何したのか」
「君が困っていた」
 顔を顰めさせて言ってきた娘に対しても的外れな調子で言葉を返す。
「だから助けてあげたんだけれど」
「じゃああの大嵐はあんたが」
「うん」
 こくりと頷いてみせた。
「そうだよ」
「そうだよって。全く」
 今度は憮然とした顔になる娘であった。
「そんなことして。何考えてるのよ」
「考えるも何も僕はいいことをした」
「いいことをしたって何処がよ」
「君を助けた」
 あくまでそのつもりなのだ。彼は。
「だから。僕はいいことをした」
「いいことをした!?どういう思考回路をしていればそうなるのよ」
 ここまで来ると理解不能であった。そもそも彼は人間ではないのだからこれも当然なのだがそれでも娘は色々と言いたいのであった。
「全く。さて、と」
「さて、と?」
「早く帰らないとね」
 起き上がってブラッシュマンに対して言う。
「皆が心配しているから」
「皆って誰だ?」
 ブラッシュマンは何が何なのかわからないといった顔で娘に尋ねた。
「誰なんだ?皆って」
「だから。お父さんとか」
 本当に馬鹿なのではないかと思いながら彼に言い返す娘だった。
「村の皆よ。他に誰がいるのよ」
「君に意地悪をしている人達のところに戻るのかい?」
 ブラッシュマンは顔にどうしてと書いてまた娘に尋ねる。
「あんな人達のところに。どうして」
「意地悪なんかされていないわよ」
 その憮然とした顔で彼にまた言い返す。
「そんなことはないの」
「ないの?」
「お父さんよ」
「お父さん」
 精霊であるブラッシュマンには家族というものはいない。彼だけがいるのだ。
「何かな、それは」
「私の家族だけれど」
「家族?」
「大切な人よ」
 ブラッシュマンが全く何もわからないのを見てまた彼に言う。
「大切な人。私を産んで育ててくれたね」
「大切な人なんだ」
「そして村の人達も同じよ」
 今度は村の人達のことも言うのだった。
「私の大切な人達よ」
「けれどその大切な人達が」
 ブラッシュマンはまだ彼女に告げる。
「君に悪いことをした。意地悪をしていたじゃないか」
「意地悪って」
「君が針箱を落とした時」
 その時のことを話すのであった。
「あの時早くしろとか言っていたじゃないか。あれは」
「あれは私が悪いの」
「君が悪い?」
「そうよ」
 娘の今の顔は口が尖っていた。まるで鳥のように。
「私が悪いのよ。針箱を落とした」
「そうなのか」
「そうよ。私が悪いの」
 あらためてこのことをブラッシュマンに話すのであった。むくれた顔で。
「箱を落としたね。わかったわね」
「そうだったのか」
「そうよ。あとね」
 娘はさらにブラッシュマンに対して問う。
「皆は何処に行ったの?」
「村の皆が?」
「そうよ。何処に行ったのよ」
「まだ野原にいるよ」
 ブラッシュマンは静かにこう答えた。
「嵐も終わったから。今はほっとしていると思うよ」
「だったらいいけれど」
「別に誰も困らせるつもりはないから」
 少なくとも悪気はないのだ。だからこそ問題であるとも言えるのだが。
 
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