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小僧の豆腐

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3部分:第三章


第三章

 そしてそのまま飲んでいるとだ。不意に客の一人が驚いた声で彼に言ってきた。
「お、おいあんた」
「何や?」
「その顔どないしたんや!?」
 彼の顔を指差しての言葉だった。
「何でそんなの付けてるんや」
「そんなのって?」
「うわ、増えたで」
「ほんまや、何やそれ」
「顔だけやないし」
「あちこちに出てるやないか!」
 他の客達も次々に言う。佐川もその言葉にいぶかしんだ。
 そしてである。ふとその手を見るとであった。 
 何とカビが生えていた。アオカビである。しかも見るそばから増えてきている。
 それを見てだ。彼も驚きを隠せなかった。
「な、何やこれ!」
「何やこれちゃうわ!」
「どないしたんや一体!」
「どういう病気や!」
「こっちが聞きたいわ!」 
 佐川の方もこう言う。
「どういうことやねん!」
「そんなこと知るか!」
「それよりもそのカビ何とかせい!」
「とりあえず店出るんや!店の中までカビだらけになるやろ!」
「って言ってるそばから繁殖しとるやないか!」
 こうしてであった。彼はカビだらけになりその日は店どころではなかった。その後風呂でカビを取ることに必死になる破目になったのである。
 そして後日。彼はこのことを安倍川に話した。またあの店においてだ。
 今日は二人で同じものを食べていた。カレーをである。御飯とルーを一緒にまぶしその上に卵を入れている。そこにソースを注いで食べながらだった。
 安倍川がだ。こう言ってきたのだった。
「それ妖怪やな」
「妖怪かいな」
「ああ、その話聞いて思い出したわ」
 そのカレーを食べながら自分の向かい側の席に座る佐川に対して言うのであった。
「それ豆腐小僧っていうんや」
「豆腐小僧!?」
「そういう妖怪もおってな」
 こう佐川に話していく。
「雨の日に出て来て姿は子供でな」
「わしが見たまんまやな」
「それで豆腐を差し出してくるんや」
 ここまで一緒だった。
「それで食べるように勧めてくるんや」
「何かそれも一緒やな」
「そやろな。話聞いてもまんまや」
「ほなその豆腐食うたらかいな」
「カビだらけになったやろ」
 全て一緒であった。何もかもがだ。
「そこまで聞いて完全に思い出したんや」
「そうやったんか。あれ妖怪やったんか」
「カビだらけになって大変やったみたいやな」
「まだ身体中むず痒い気がするわ」
 苦笑いでの言葉だ。
「インキンとかタムシとかになった気分や」
「それと水虫かいな」
「海軍さんみたいにな」
 インキンと水虫は海軍には付き物である。このことに関しては陸軍よりも苦労しているかも知れない。とにかく海軍といえばインキンと水虫である。
「それになるかと思うたわ」
「けれどそれはならんかったんや」
「すぐに身体洗ったからな」
 それで大丈夫だったというのである。
「ことなきを得たわ」
「それが不幸中の幸いやったな」
「ほんまや。まあとにかくや」
 ここでほっとした顔になった佐川だった。
「もうあの小僧に会っても豆腐は食わんで」
「絶対にやな」
「ああ、もうあの豆腐は食わん」
 また言う彼だった。
「懲りたわ、ほんま」
「タチの悪い悪戯やな」
 安倍川は少し楽しげに笑いながらこんなことを述べた。
「そんな豆腐出して来るなんてな」
「そやな。妖怪ってそうやねんな」
「ああ、まあ人を食うような妖怪やなくてそれは何よりやないか」
「それもそうか。命があってこう話せるだけでもええことやな」 
 そのことは素直に喜ぶ佐川だった。彼は笑いながらカレーを食べていた。外の雨は次第に止んできて晴れようとしていた。梅雨の大阪の少し度が過ぎた悪戯であった。


小僧の豆腐   完


                  2010・4・30
 
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