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豹頭王異伝

作者:fw187
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暗雲
  心の鍵

(グインの《洗礼》を浴びた際、中継装置となった全員の魔力が飛躍的に強化されました。
 他の魔道師達も豹頭王直属の班と順次、交代させ《特訓》の準備を整えます)
(アムネリスとは婚礼の最中に暴漢が乱入して、意識を喪った後は会っていないが。
 イシュトにもう一人の子供が居るとなれば、私にも他人事ではないよ。
 横目で私の様子を窺ったりせずに、ゴーラ王の治療に専念し給え。
 傷の深さはどうかね、生命に別状は無いのだろうね?)

(…全く、問題ありません。
 ナリス様が決闘の茶番で、アウレリアス子爵に刺させた傷みたいなもんです。
 この悪党が此の程度の傷で、大人しく永眠する訳ありませんよ。
 いっその事このままくたばってくれれば、中原は随分と平和になるんですがね)
(了解した、イシュトは古代機械に預ける。
 ティオペの秘薬と間違い、毒殺の可能性も否定出来ないからね)

(冗談ですってば!
 放っといたって死にゃしませんが、ちゃんと面倒みますよ!!
 わかってるくせに一々、茶々を入れんでください!
 このまま眠らせといた方が楽だと思いますが、この旦那は生命力が有り余っていると見える。
 覚醒すれば傷が痛むと癇癪を起こして騒ぎ出し、面倒な難癖を付けるに決まっているんだが。
 厄介な事に自力で意識を取り戻し、喚き始めそうな塩梅ですね)

(君の言い分は良くわかった、イシュトと言葉を交わしてみたい)
 仏頂面の魔道師が接触心話の送信を停止した瞬間、血の気の失せた白い顔に動きが生じる。
 ゴーラ王の長い睫が動き、ナリスに良く似た漆黒の瞳が現れた。


「あ…。
 ナリス様?
 俺…痛っ!
 ぐぁっ、何だ!?
 腹が、くそ、スカールがまた出やがったかっ!
 あ痛っ!」

「イシュト、心配は要らない。
 そなたは黒魔道の術に惑わされ、自分で自分の腹を刺してしまったのだよ。
 暫くの間、動かない方が良い。
 結界を張ったから、これ以上の攻撃は無いと思うよ。
 私の言う事が、聞こえているかね?」

「催眠術、だって?
 なんてこった!
 今のは、みぃんな、夢だったってのか?
 くそ、とんでもなく厭な夢を見たもんだぜ。
 あれが、黒魔道の術だと?
 あぅっ!」

「体に力を入れてはいけない、傷口が開いてしまう。
 応急処置はしたが、そなたが気を失うと面倒な事になる。
 私とそなたの関係を承知しているのは、忠実なマルコ1人だからね。
 今そなたに気絶されると、面倒な事になる。

 君の忠実な部下達が激高して、私に斬りかかって来るかもしれない。
 彼等は黒魔道も催眠術も知らぬ、説明しても無駄だ。
 深傷を負った君の傍に侍る私が、下手人に違い無い。
 弁明など何の意味も持たぬ、としか考えぬだろうからね」

「てめぇで、てめぇの腹を刺しちまったのかよ!
 くそったれめ、これから面白くなるってのに。
 わかった、奴等を言い包めるから痛み止めをしてくれ。
 このままじゃ、何も出来やしねぇ」

「これを飲むと良い、動く事は出来ないが多少は痛みを抑えられる。
 効いている時間は1ザン弱だ、其の間に手を打たなくては」
 魔の胞子を植え付けられた犠牲者、ベック公程ではないが。
 ゴーラ王の忠実な副官は表情が虚ろな儘で、妙に反応が鈍い。

 ナリスの思考を読み取り、ヴァレリウスが強力な暗示波を投射。
 元オルニウス号の掌帆長、マルコ本来の声が響いた。
「イシュト、私から皆に説明して良いですね?
 他に怪我をした者は皆無ですが、納得させて見せます!」

「うるせぇ、でかい声を出すな。
 傷に、響くんだよ。
 心配すんな、俺は死なねぇ。
 痛み止めの薬が切れちまう前に、頭立った者を集めろ」

 ヴァレリウスの念波が飛び、上級魔道師に中継され野営地の全域に伝播。
 下級魔道師達は揺り起こした者の思考を読み、ゴーラ軍の隊長を識別。
 ナリスの指示に従い、最高指揮官の天幕に集めるが。
 不良少年上がりの暴れん坊達も、マルコ同様に精気を欠いていた。

 イシュトヴァーンの負傷は非常な動揺、混乱を捲き起こす筈であったが。
 新生ゴーラの若き将軍達は覇気が無く、見境無く吼え捲る者もおらぬ。
 ヨナも眉を顰めるが、ゴーラ王の一喝を浴び彼等は条件反射で首を竦めた。
 魔戦士は傷の痛みに気を取られ、部下の異変に気付かず一気に喋った。

「敵の魔道師が寝込みを襲いやがって、不覚を取っちまった。
 俺が負傷したと嗅ぎ付けられちまうと面倒だ、うろたえるんじゃねぇぞ!
 今夜はもう何も起こらねぇ、朝まで寝てろ。
 マルコの指示は俺の命令だ、黙って従ってりゃ間違いねぇ。
 部下共を騒がせるなよ、解散!」

 隊長達は一言も発せず、うなだれた儘で顔を上げようともしないが。
 イシュトヴァーンは彼等の沈黙に満足して、天幕から追い出した。
 ヴァレリウスの念波が再び中継され、野営地の全域に波及。
 ゴーラ王の言葉は全軍に行き渡り、静寂が満ちた。


「助かったよ、イシュト。
 大変失礼だが、催眠術で見せられた悪夢の内容を教えて貰えないか?
 言いたくなければ、無理には聞かない。
 だが今回の攻撃が有効と敵が判断すれば、今後も同様の攻撃が繰り返される。
 ゴーラ王も負傷した有効な手口を、敵が繰り返さない保証は無い。
 常に最悪の状況を想定して、対策を講じなければ危険だ。
 親愛なるイシュト、そなたならば理解して貰えると思うのだがね」

「…条件がある。
 他の奴には、黙っててくれるか?
 絶対、他言無用だぜ。
 マルコや部下共だけじゃねぇ、グインやカメロンもだ。
 魔道師の連中にも読み取られちゃ駄目だ、吟遊詩人みてぇに喋り捲るからな。
 ナリスの他には誰にも言わねぇ、と約束してくれるか?」

「大丈夫だよ、我が魂の分身イシュト。
 アルド・ナリスの名に懸け決して口外せぬ、と固く約束するよ」
 イシュトヴァーンも弁舌の魔術師には敵し得ず、心の裡を曝け出した。
 ヴァレリウスも驚く程、素直に事細かく悪夢の内容を捲くし立てる。
 本当は脅かされた子供の様に、誰かに話を聞いて貰いたかった。
 『お前が悪いんじゃない』と、心を支えて欲しかったのだ。

「…何だか、変な感じなんだ。
 死ぬほど痛いのに、とっても嬉しいんだ。
 生まれて初めて、心の底から安心出来た様な気がする。
 この傷のおかげで生まれ変われたみたいな
 此の世界に居ていいんだ、って神様に保障してして貰った、みたいな。
 そんな感じがするんだよ。

 …母親に、会った様な気がする。
 今まで一度も、母親の事なんて思い出した事無かったんだけどな。
 赤ん坊に帰って、母さんの胸に抱き締められてさ。
 お前は一人ぼっちじゃないんだ、母さんが守ってあげる。
 お前は此処に居ていいんだよ、ってさ。
 暖かい声が聞こえて来た様な、そんな気がするんだよ」

 気の済むまで喋らせ、口を挟まず黙って聞き続ける闇と炎の王子。
 一区切り着いた所で、ナリスは暖かい微笑を披露した。

「良く、わかるよ。
 私も常日頃、同じ思いを感じていたからね。
 外傷の痛みがあった方が、生きている実感が得られる。
 普段の自分は誰かの操り人形でしかない。
 本当は私と云う存在は、実在していないんじゃないかと思える。
 自分の人生を生きているのではなく、錯覚させられているからなのだろうね。

 皆、自分を偽って生きている。
 誰かの夢と期待を背負わされ、自分の人生だと思い込まされているのだよ。
 本当に自分の人生を生きている人間は、殆どいないと思うよ。
 誰かに騙され、誰かの夢を自分の夢だと思い込まされている人間が如何に多い事か。
 誰かに駆り立てられて燃え尽きていく、真面目で責任感の強い正直者がね。
 イシュト、君は生まれ変わったのだよ。

 偽りの自分を刺し貫く事で、誤って身に着けた殻を脱ぎ捨てる事が出来たのだよ。
 古代機械のおかげで生まれ変わった私と、同様にね。
 悪夢と自傷の代償として、真実の自分自身となる事に成功したのだ。
 何も、心配は要らない。

 次に目覚めた時、君は《災いを呼ぶ男》ではなくなっている自分を発見するだろう。
 アルシス王家の亡霊から解放された私と、同じ様にね。
 今は膿を出し切った心の傷と同様に肉体の傷を癒す為、安心して眠れ。
 我が親愛なる魂の兄弟イシュトヴァーン、充分な休息を取りたまえ」


 魔道師軍団は総力を挙げ野営地の全員を目覚めさせ、結界を展開するが。
 下級魔道師の中にも妙に虚ろな表情を見せ、反応の鈍い者が多い。
 数万の将兵達は夢の回廊に引き込まれ、重大な精神的衝撃を受けた。
 現状では翌朝に進撃を再開、クリスタル奪還の目論見は潰えたに等しい。
 イーラ湖の東方に拡がる森林、野営地は闇の中に沈み込んでいる。

 魔王子アモンの操る夢の回廊は遥か北方、サイロンも射程範囲。
 白魔道の結界では夢の回廊、精神内部への直接攻撃を防ぐ事は出来ぬ。
 ナリス自身が竜王に襲われ、心理決闘を行った際に証明されている。
「マリウス。
 お前の力が、必要だ」
 グインの唇から、痛切な呟きが洩れた。 
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