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豹頭王異伝

作者:fw187
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暗雲
  謎の病状

(ナリス様、上級魔道師アイラスの報告が届きました。
 スカールとベック公はサラミスに到着、古代機械の《説得》が必要です)
 ヴァレリウスは無粋な割り込み、心話の送信を咎められると予測。
 戦々恐々で首を竦めたが、非難の思考を浴びる事は無かった。

(わかった、想定の範囲内だね。
 古代機械には《ファイナル・マスター》、グインから《命令》して貰う。
 ギールに遠隔心話を飛ばし、事情を説明させる様に。
 グル族は、どうしている?)
 命旦夕に迫る草原の黒太子を救う為、心話に応え確認の思考が閃く。

(ベック公の誓約に草原の民は信を置き、騎馬で移動を開始中です)
 アルド・ナリスも流石に、状況は弁えている。
 お気に入りの盟友、イシュトヴァーンに向けた笑顔には微塵の変化も無い。
 パロ魔道師軍団の暫定指揮官、第一発言者は胸を撫でおろした。

(サラミスに私、ファーン、スカール、古代機械が揃う訳だね。
 レムスを操る竜王、魔王子アモンが何か仕掛けて来るかもしれない。
 魔道師は全員サラミスに移動、結界を張って貰う。
 ゴーラ軍を放置するのは気が進まないが、古代機械は頭が固い。
 公開可能範囲を超過、と言い張り我々を追い出すだろう。
 サラミスに留まり、結界を張る時間は数タルザン程度の筈だ。

 古代機械は、グインと話をしたがっている様に感じられるのだが。
 自分から進んで連絡を取る事を、禁じられているらしい。
 私に《ファイナル・マスター》と連絡を取れ、と言わせようとしているふしがある。
 擬人化し過ぎているのかもしれないけれども、ヨナがどう判断するか聞いてみよう。
 君に手抜かりは無いと思うが、グインに連絡の際は敵方の盗聴を警戒する様に。

 イシュトと楽しく話をしている時に限って、連絡が届くのは気のせいかな?
 一度じっくりと説明して貰うよ、覚悟しておきたまえ)
 ナリスが楽し気な思考を閃かせ、ヴァレリウスを閉口させた数タル後。
 パロ随一の策謀家は爽やかな笑顔を盟友、ゴーラ王に見せ言葉を継いだ。

「万一レムスが奇怪な黒魔道を仕掛けて来ても、私が眼を光らせている。
 何かあれば直ぐに起こすから、イシュトも充分な睡眠を取った方が良い。
 鍛えられた貴方が2晩や3晩、徹夜した処で何とも無い事は良くわかっているが。
 相手は思考を掻き乱し意志を奪う精神寄生体、催眠術を操る黒魔道師の類だ。

 頭脳を最高に冴えた状態に保っておかないと、惑わされてしまうよ。
 私も、人の事は言えないがね。
 混乱させて実力を発揮できぬ様に仕組むのが、黒魔道の常套手段だ。
 帝王たる者、信頼する部下の助言は素直に聞くものだよ。

 己の進言が採用されるのを見れば、人は感激して自分から進んで献身的に働いてくれる。
 小人物は何でも自分でやりたがり、俺は何でも出来るのだぞと自分の能力を誇示する。
 そんな事をすれば有能な人間は皆、離れて行ってしまうよ。
 当然だね、自分の有能さを発揮する機会を悉く奪われてしまうのだから。

 無駄話はこれくらいにしておかないと、気が付いたら朝まで喋り続けてしまいそうだ。
 私の悪い癖だね、これはと見込んだ人物が傍にいてくれると止める事が出来ない。
 面白い玩具に夢中となり、幾ら叱りつけても眠りたくないと駄々を捏ねる幼児と一緒だね。
 良くリギアが私を叱る時に用いた比喩だが、全く其の通りだよ。
 全然喋り足りないが貴方の忠実な友、マルコに寝所へ連行して貰わないといけないね。
 明朝またお喋り出来るのを楽しみにしているよ、親愛なるイシュト」

 ヴァレリウスの指示を受け、部下の魔道師が黒蓮の粉を準備。
 ゴーラ王の愛飲する火酒に混ぜ、熟睡させる。
 ナリスと魔道師全員が闇の中に姿を消し、閉じた空間を経て急行。
 昏々と眠る黒太子スカール、ベック公ファーンの前に現れるが。
 土気色の顔を覗き込み、アルド・ナリスは息を呑んだ。

「ここまで衰弱している、とは思わなかった。
 予想を遥かに超える、一刻も早く治療を施す必要がある。
 ノスフェラスで得た病は完治した、と思っていたのに」
 知らぬ間に魔の胞子を植え付けられ、ゾンビーと化す所であった魔道師。
 ヴァレリウスの額に冷たい汗が流れ、悪寒と戦慄が背筋を駆け抜ける。

「何と言っても闇の司祭、グラチウスのやる事ですからね。
 イェライシャ老師が魔の胞子を除去してくれたから、助かりましたけどね。
 ベック公と同様、私も餌食になる処でした。
 黒魔道師のやる事には皆、必ず裏がありますからね。
 相手の利益にもなるのだから、協力者である自分に害が及ぶ事は無い。
 そう考えるのは、大間違いです。
 人を騙して楽して甘い汁を吸っておきながら、利用した人間を不幸のどん底に突き落とす。
 それが黒魔道師の本性、得意技ですよ」

 ヴァレリウスの呟き、拭い切れぬ恐怖の籠った述懐に反応。
 アルド・ナリスが振り向き、灰色の瞳を覗き込む。
 豹頭の追放者にも劣らぬ鉄面皮の美貌が微笑も、冷酷《クール》な声を発する。
「どういたしまして、我が敬愛する導師《シャダイ》様。
 有難い御教訓を頂戴したが、私に対する誹謗中傷かね?
 胸に響きますよ、痛い程に」

 ヴァレリウスの顔から音を立てて、大量の血が引いた。
 蒼白となった顔色が急変、動転して泳ぐ瞳と同じ灰色に染まる。
「そんな事、言ってません!
 どうしてそう、ひねくれた受け止め方をするんですか!?」
「痛切に胸を貫く鋭い指摘、私の悪い癖を的確に表現する素晴らしい詞だと思うが。
 スカールの身体と同様、私の頭脳も古代機械に診察して貰う方が良いのかな?」

 ナリスは鉄仮面、いや、鉄面皮の表情を崩さぬ。
 ヴァレリウスの裡から迸った声にならぬ悲鳴、心話を完璧に無視。
 眉一筋も動かす事無く涼しい顔で聞き流し、パロ最強の魔道師を凝視。
 役者が違う。
 ヴァレリウスは灰色の瞳を瞑り、魂の底から搾り出す様な深い溜息を吐く。
 ヨナも思わず苦笑するが、ファーンが口を開いた。

「何の事か良く解らないが、スカール殿が心配だ。
 出来れば一刻も早く治療を施し、苦痛を取り除いて差し上げたいのだが」
「失礼しました、全く同感ですね。
 即刻、古代機械を呼び出しましょう」

 一瞬で深刻な表情に切り換え、真摯な瞳と真剣な口調で応える闇と炎の王子。
 灰色の瞳に仄見える恨めし気な視線は、完全に無視。
 ヨナが笑いを噛み殺し、ヴァレリウスを慰める。
 ナリスは無表情に腹心を眺め、キイワードを念じた。

 ベック公ファーンが驚愕の声を上げ、パロ聖王家の秘蹟を凝視。
 古代機械の指名した正統後継者の声が優しく語り掛け、従兄弟の耳に染み込む。
「驚かせてしまって申し訳も無いですが、何分にも非常事態ですから勘弁して下さいね。
 一刻も早く苦痛状態から解放する為に、スカール殿を奥へ運びましょう。
 私と一緒に入れば、全く問題はありませんよ。
 手を貸していただけませんか、ファーン」

「怖いよ、ナリス。
 申し訳無いが、私は入りたくない。
 貴方を訪れた後に聖王宮へ赴き、レムスの変貌を見た時とは正反対だが。
 何だか此の世の物とは思えない、神々し過ぎて焼き尽くされてしまいそうな気がする」
 パロ聖王家に属するとは言え魔道の造詣は皆無、極めて正常な感覚を保つ誠実な武人。
 勇敢なベック公も流石に、足を踏み出しかねた。
 武人に似合わぬ躊躇を見せ、僅かに後退する聖騎士団の大元帥。
 従兄弟の心情を慮り、ナリスは虫も殺さぬ優しい笑顔を見せる。

「謝らなければなりませんね、ファーン。
 全く当然の反応です、私が迂闊でした。
 レムスに憑依した竜王を見た際、心理的な傷を負った筈ですからね。
 古代機械を見るのも初めてですし、拒絶反応が生じるのも無理はありません。
 少しだけ待っていてくださいね、ファーン。
 数タル後には追い返され、戻って来ますよ」

 ヴァレリウス以外の魔道師は散り、周囲に結界を展開。
 ベック公は不安を顔に湛え、扉の前に残った。
 ナリスが先導を務め共同研究者ヨナ、パロ最強の魔道師が同行。
 古代機械の探究者ナリス、ヨナは慣れた様子で歩を進めるが。
 ヴァレリウスは表情が固く、内心の緊張が透けて見える。

 水晶の様に透き通り、多彩な光が縦横に疾走する透明な壁の奥。
 中枢部の制御室《コントロール・ルーム》、操作席(コンソール)の前に到達。
 ナリスが着席すると同時に、白い銀河系の映像が瞬いた。
 待機状態を示す象徴(シンボル)が消え去り、文字が表示される。 
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