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豹頭王異伝

作者:fw187
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暗雲
  黒幕の暗躍

 ベック公ファーンが閉じた空間で護送され、スカールの許を訪れていた頃。
 中原に嵐を呼ぶ男、ゴーラ王イシュトヴァーンは不貞腐っていた。
 意外と迷信深い船乗り、ヴァラキア出身の風雲児は動物的な直感を信頼。
 予知能力者の勘は危険を避けろ、と告げており素直に従う賢明さも持ち合わせている。
 グインの爽やかな弁舌に踊らされ、功名心を煽られた態を装い自軍の天幕に帰営。
 当直を交代した魔道師が数名、災いを運ぶ男の質問攻めに遭遇する事となった。

 ゴーラ王は不運な魔道師達を解放すると、直ちに指揮官達を招集。
 急遽仕入れた魔道の知識を噛み砕き、天性の勘で操り見事な法螺話が披露された。
 イシュトヴァーンの話術は冴え渡り、生半可な魔道の知識を得意の弁舌で補強。
 若き隊長達は素直に感心、転んでも只では起きぬ総帥の見識を褒め称える。
 魔戦士は周囲を煙に巻き意気揚々と引き揚げ、得意満面で運命共同体の天幕を訪れた。

「身体の調子は徐々に良くなっているが、長年の不摂生が祟っている様だ。
 頭脳の回転は元通りだけれど持久力が無い、底無しの体力が羨ましいよ。
 そなたの気力と回復力を分けて欲しいものだが、黒魔道に類する術は禁忌だからね。
 白魔道は生憎な事に制約が多くてね、そんな便利な術は使うと魔道十二条に触れてしまう。
 黒魔道は夜と闇に親しい反面、白昼と陽光の下では威力が減衰するから昼間は宜しく頼む。
 不寝番を務める為には充分な昼寝が必要だ、申し訳無いが熟睡させて欲しいな」

 アルド・ナリスは優雅に微笑み、『数ザンの間は面会を謝絶する』と言外に表明。
 ヴァレリウス、当直を務める上級魔道師ロルカ、下級魔道師5名が念波を統合。
 閉じた空間を経由して姿を消したが、ゴーラ軍の中に察知した者は無かった。

 グインは魔道師の助言に従い警戒を徹底させ、各部隊の鎮静化を図るが。
 日没前に進軍を再開する事は出来ず、湖畔の森で野営を余儀無くされた。
 黒魔道の威力が倍増する夜間の奇襲を警戒、盛大に篝火を焚き歩哨の数も増やす。
 上級魔道師ギールを通じ、ケイロニア軍の陣中で遠隔心話を受信。
 人払いを命じた天幕の内部に闇が揺らめき、閉じた空間から複数の影が現れた。

「スカールは闇の司祭グラチウスが施した黒魔道、未知の病に冒され命旦夕に迫っていますが。
 ファーンの説得が功を奏し、古代機械の治療を受け容れる事となった模様です」
 曲がりくねった世辞の遣取り、韜晦は省略し単刀直入に要件を切り出す稀代の策謀家。
 ヴァレリウスが頭を振り『何時も、こうすれば良いのに!』と無言で雄弁に表明。
 【笑】の感情記号を映した猫族の瞳が煌き、パロ解放軍の最高指導者も眸を綻ばせる。

「アルゴスの黒太子スカール殿か、俺も彼とは何れ対面したいものと思っている。
 トーラスでカメロン殿と対面し彼に関する話を聞いて以来、一層その思いは強まった。
 ヴァレリウスが大導師アグリッパを探し当てた際、聞いたそうだが。
 ナリス殿と俺と太子が揃った時、果たして如何なる力の場が生じるのか大いに興味があるな。

 世捨て人のルカは何れ、俺は世界三大魔道師全てと会うだろうと言ってくれた。
 3千年生きたと云う大導師アグリッパには俺も直接、対面して色々と聞いてみたい事がある。
 キタイ解放の為には、ヤンダル・ゾックに対抗出来ぬ力の場を欠く訳には行かぬ。
 スカール殿は御救いせねばならんが、どうしたものかな。
 古代機械に命じてみたが、治療方法の決定には《マスター》の立会が必要であるらしい。
 俺は部下共の傍らを離れられぬ故、ナリス殿に御頼みしたい。

 おや?
 如何されたのかな。
 何故か何処となく心気が優れぬ様にお見受けするが、身体の調子が思わしくないのかな。
 古代機械から治療は順調と連絡を受けているが、何事か不具合が生じたのであろうか?」

 円形に近い瞳孔が大部分を占める猫族の丸い瞳、トパーズ色の虹彩に不審気な光が宿る。
 ナリスは先日の不愉快な記憶を蘇らせ、忌々し気に肩を竦めた。
「どうぞ、お気に為さらずに。
 お気に入りの玩具を独り占め出来なくて、拗ねているだけですから」

 ヴァレリウスは表情を変えぬが、一瞬キラリと輝いた炯眼が内心を物語る。
 長い睫毛に縁取られた瞼が瞬き、豹の眼に閃いた同質の光と煌きを糊塗。
 騎士団長の役を押し付けられたトールが見たら、蹴とばしたくなるかもしれぬ独特な豹の面。
 悪戯っ子の貌が透けて見える鉄面皮の男、芸達者な花形役者が重々しく口を開いた。

「それは困った、如何したものかな。
 ナリス殿を究極の主人、《ファイナル・マスター》に認定させる事は出来るかな。
 ケイロニア王グインは入室の最低条件、パロの民に非ず降格し権限を剥奪する。
 今後は俺の命令を聞いてはならぬ、と命令すれば良かろうか?」
 トパーズ色の瞳に笑みを湛え、大真面目に応える豹頭の戦士。
 憮然とした面持ちの貴公子、ナリスも流石に堪え切れず輝く様な笑みを浮かべた。

「貴方が大真面目な貌で冗談を言うと、笑いの発作で息が詰まりそうですよ!
 其の御髭を、抜いてしまいたくなりますね!!」
 咽返る程に心の底からの笑いを披露しつつ、冗句を捻り出し反撃を繰り出す闇と炎の王子。
 世界の命運を握る者雄の道化芝居に、苦労人の魔道師も思わず眼を細めた。

「未だ試した事は無いが、簡単に抜けるのかな。
 ナリス殿に髭を抜かれたら、痛くて泣いてしまうかもしれんな」
 悪戯好きな猫族の笑顔を見せ、余裕で応えてみせる豹頭の超戦士。
 グイン独特の捻くれた面白がり方、ユーモアに溢れる切返しが緊張を解き空気が和む。
 闇色の瞳を一瞬、綻ばせ感謝の意を示すナリス。
 何時に無く真剣な表情で豹頭の追放者を見詰め、言葉を紡ぎ出す。

「気を遣って戴き感謝に堪えませんが、古代機械はパロ聖王家の所有物ではありません。
 自らが判断を下す事を禁じられている故に代行者として、パロ聖王家を選んだに過ぎない。
 代行者の命令に条件付きで従うのは、本来の所有者が現れるまでの間のみと定められていた。
 本来の主人《マスター》が現れた今、パロ聖王家は其の役目を終えたのだと私には思えます。
 次席管理者《セカンド・マスター》の認定を取り消されても、仕方が無いと申せましょう。
 3千年に渡り操作を許されていたパロ聖王家が、どれだけ理解していたかを考えますとね」

 先刻と一転し笑みが消され、黄玉《トパーズ》色の瞳が考え深げに瞬く。
 暫し沈黙の後、鋭い牙を覗かせる猫族の唇が動いた。
「いや、其の様な事はあるまい。
 古代機械が今も尚健在であるのは間違い無く、パロ聖王家が代々保護して来た結果だろう。
 パロには超人アレクサンドロスの創った魔道師の塔、対黒魔道の組織が残り竜王に抗している。
 キタイ王家と異なり聖王家は中原随一の魔道師ギルド、白魔道師を重用した為に滅亡を免れた。
 フェラーラの守護神と聞く大蛇アーナーダが間接的に、アウラ=シャーの神殿を護った様にな。
 ホータンを護る四面神像と四巨塔もまた、王宮の地下に潜む星船の警護者だったのかも知れぬ。

 それに古代機械は、俺に『失望』したのだ。
 精神接触を行ったナリス殿には、お分かりいただけると思うが。
 頭の中を引っくり返され、記憶を突き回されて走査された様に感じた。
 失望した筈の古代機械が何故、俺を《ファイナル・マスター》と言い張るのか。
 正直、全く理解出来ぬ。
 今後も色々とパロ聖王家の知見、ナリス殿の御知恵を拝借せねばならぬと思っている」

「これはまた大層、吟遊詩人の如き私の妄想を買い被っていただいた様ですね。
 あの生意気な古代機械と話が出来るだけでも幸運、と思って想像を膨らませてみますよ。
 古代機械も尽きせぬ興味を掻き立てますが、大導師アグリッパの言葉も興味深いですね。
 竜王にも到底対抗出来ぬ力の場となれば当面の敵、謎の王太子アモンにも通用するでしょうし。
 それに私の要請に応えて参戦してくれた草原の鷹、スカールは何としても救わねばならない。
 どうせまた治療には貴方の許可が必要だ、と古代機械は言い張るのでしょうけどね!」

 黄金に黒玉の戦士は困惑の態を装い、豹頭の超戦士に似合わぬ困った貌を見せた。
 猫類の丸い瞳を泳がせて見せるが、笑いを堪えた内心を細かく震える長い髭が暴露。
「アルド・ナリスの判断に異を立てる事は許さぬ、と難癖を付けてみるかな?」
 グインの冗句(ジョーク)を受け、アルド・ナリスは満面の笑顔を見せた。 
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