| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

あわわの辻

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

2部分:第二章


第二章

 しかも道長の話通り一つや二つではない。尚且つその一つ一つがあまりにも強い。清明でさえもそれを感じて身構えずにはいられない程であった。
 だがそれでも。彼は冷静さを保っていた。そのうえで従者達に言うのであった。
「動くことのないように」
「動いてはですか」
「大きな声も出してはいけない。そうすれば気付かれる」
 こう彼等に告げる。
「よいな。それは気をつけるように」
「わかりました」
 以後彼等は口をつぐんだ。清明も。その間にも妖気は迫り最早それは冷や汗をかかずにはいられない程であった。幾多の異形の者達を相手にしてきた清明もそれは同じで固唾を飲んで彼等が来るのを見据えていた。そうして辻に現われたのは。
 まずは異常なまでに大きな男であった。弥生の頃の礼服に身を包み鎌髭を持っている。赤く爛々とした目をしていて白い顔をしている。
「あれは」
「御存知なのですか?」
 小声をあげた清明に対して従者の一人がこれまた小声で問う。
「蘇我入鹿だ」
「蘇我入鹿といいますと」
「あの大化の改新で」
「そうだ、あの蘇我入鹿だ」
 大化の改新の政変により殺された男だ。その首は飛び中臣鎌足を追ったと言われている。この時代においては逆臣の最たるものとして言われている。
 その彼が出て来たのだ。しかもその両手にシャクを恭しく掲げている。しかもそこには『怨藤原』と血で赤く書かれていた。
 その次に来たのは太った恰幅のいい男であった。入鹿に比べて小柄だがその顔は似ている。清明は彼のことも知っていた。
「蘇我蝦夷だな」
「蘇我入鹿の父ですね」
「そうだ。他にもいるぞ」
 見れば彼等の後ろにもまだ続いている。誰も彼もが清明の知る者達であった。そしてそれは。清明にとってではなく他の血筋の者にとって甚だ不吉な者達であった。
「蘇我石川麻呂だ」
「あの髭のない老人ですか」
「そうだ、彼がだ」
 見れば蘇我蝦夷の後ろに髭のない黒い礼服の老人がいる。やはり顔は蒼白であり目は血の色をしている。そうして怨みに満ちた顔をしていた。
「他にいるのは」
「誰ですか?」
「山背大兄皇子だな」
 若い口から血の糸を引いている男を見て言う。やはり動きはしない。
「他には大津皇子、山辺皇女。皆これは」
「怨みを飲んで死んだ者達ばかりですね」
「だがそれだけではない」
 清明はこう従者達に述べるのだった。彼もまた険しい顔になっていた。
「これは。このままにしておくと」
 他にも多くの者がいた。列は延々と続き白い法衣を纏った不気味な僧侶もいれば裸形の群衆も飛び跳ねている。彼等はそのまま不気味なまでに静かに道を進み辻に集まった。それから御所を見て一斉に叫び声をあげるのであった。
「怨!!」
 一言であった。だがそれで充分な程怨みに満ちた地の底から響くような声であった。
 それは清明も今まで聞いたことのないような叫び声であった。その声が御所に対して向けられている。清明はそれに対して危惧を感じずにはいられなかった。
「これは一体」
「何故御所を」
「彼等は怨みを飲んで死んでいる」
 清明は今しがた従者の一人が言った言葉をその従者に返した。
「これまでの歴史では。皇室においても様々なことがあった」
「そうですね」
「それは」
 これについては従者達も知っている。歴史にあるからだ。
「それで御所を怨んでいるのだ。だがそれは」
「それは?他にもあるのですか」
「ある。見よ」
 怨霊達を見るように言う。見れば彼等は今度は道長の邸宅がある方を見ていた。そうしてそこに対しても怨みに満ちた声を放っているのだった。
「怨!」
 またこう叫ぶ。その声もやはり恐れを抱かずにはいられないものであった。清明もその言葉には内心震えずにはいられなかった。それ程までのものであった。
 しかし彼等を放っておくことはできない。彼はここで従者達に対して言うのだった。
「これより道を使う」
「陰陽道をですか」
「そうだ、放ってはおけぬ」
 険しい顔になって怨霊達を見据えながら答えるのだった。
「このままでは帝にも道長殿にも災いが及ぶ。それだけはならん」
「確かに」
「それだけは」
「わかったな。では」
 懐から札を取り出した。言うまでもなく式神のそれである。それで怨霊達を退治するつもりであった。しかもその数はいつもより多い。
 それを使おうとすると不意に怨霊達がこちらに顔を向けてきた。気付かれたのだ。
「お師匠様」
「どうやら我々に気付いたようです」
「恐れることはない」
 清明はその真っ赤に燃える無数の目を前にして従者達に言葉を返す。
「恐れるならば死ぬぞ」
「死ですか」
「そうだ。そなた達は動くな」
 彼等に対しては迂闊な動きを止めた。
「彼等の相手は私しか出来ぬ。ならば」
 怨霊達が動いてきた。ぞっとするような顔と咆哮をあげながら清明に迫る。清明はその彼等に向かって札を投げた。その札達がすぐに鬼となった。尋常でない数の鬼達が怨霊達に向かう。そうしてその手にある爪や牙で次々に襲い掛かるのであった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧