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鏡に映るもの

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1部分:第一章


第一章

                      鏡に映るもの
 最初は何気なく普通の鏡を買った。
 家の壁にかけた大きな鏡はだ。見事なものだった。ベルゲンの街中にあるこの家にも似合っていた。
「高かったがな」
「そうね。それだけの価値はあったわね」
 オスカルとリヴはにこやかに笑いながら話をしていた。初老のもうすぐ定年という夫婦で家にあらためてこの鏡を買い入れたのである。二人の姓はフラグスタートという。どちらも北欧のバイキングの末裔を思わせる金髪碧眼で長身である。特にオスカルの身体は年老いてもまだ逞しい。
「そうだよね。確かこの鏡は」
「どうかしたの?」
「あれなんだよ。かなり古い鏡でね」
 こう話すのだった。
「デンマークからの鏡だったな」
「デンマークからなの」
「何でもこの鏡を持っていたら幸せになれるそうだよ」
「幸せに?」
「何でもそうらしいんだ」
 その鏡を見ながら妻に話すのだった。その鏡には二人のありのままの姿が映っている。
「幸せにね」
「そうなの。おまじないでもかかっているのかしら」
「それはわからないけれどね」
 彼もそう言われるのが何故かは知らなかった。
「それでも。そうした風に言われてるから」
「いい鏡なのね」
「そうらしいね。じゃあ飾る場所はここでいいね」
「ええ、そこでね」
 家の階段の下のそこに置かれるのだった。そこで二人の全身を映している。
「いいわ」
「よし、じゃあ今日から鏡はここに置いて」
「私達の新しい家族としてね」
「歓迎しよう」
 こうしてその鏡を家に置くのであった。二人はそれから毎日鏡で自分の姿を見ることになった。
 そしてある時。リヴはあることに気付いたのだった。
「ねえあなた」
「どうしたんだい?」
 そのうえで夫を呼ぶ。その手には家で飼っている猫がいる。灰色の毛の猫で名前をカールという。二人がこよなく愛している家の猫である。
「カールだけれど」
「何かあったのかい?カールが」
「ほら、鏡だと」
 その鏡に映っているカールを見せる。それは。
 今の年齢よりも若く小さく見えるのだ。子猫という程ではないがまだ成猫になったばかりのそんな彼がリヴの腕の中にいて持ち上げられた時のきょとんとした顔になっているのだ。
「若く見えない?」
「ああ、そういえばそうだね」
 オスカルもそのことを認める。
「何でかな。わし等といえば」
「同じに見えるのにね」
「全くだ。どうしてなんだろうな」
「わからないけれどカールは若く見えるわ」
 そのことは間違いなかった。確かに鏡の中の彼はそう見える。
「何でかしらね」
「こいつが鏡映えがいいんじゃないのか?」
 オスカルはそのカールを見て言った。確かに彼は中々の男前である。その金色の目も実にいい。美形猫と言っていい顔立ちと毛並みである。
「普段から顔はいいからな」
「性格は子供のままだけれどね」
 リヴはくすりと笑ってそのカールを見てまた述べた。
「それでも何か悪い気はしないわね」
「そうだね。カールの鏡映えがいいのはね」
「それはね」
 この時はそう思っているだけであった。それで終わりだった。しかし彼等の古い友人が家に遊びに来たその時だ。その鏡に映った彼は。
「おや?」
「どうしたんだい?」
「いや、何かな」
 オスカルが最初に気付いたのだった。
「鏡に映る君はな」
「僕はかい?」
「随分と疲れて見えるな」
 このことに気付いたのである。
「どうしたんだろうな、これは」
「ああ、まあそうかもね」
 彼は鏡に映る自分自身を見ながらオスカルに応えた。そして言うのだった。
 
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