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絵の馬

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1部分:第一章


第一章

                     絵の馬
 ペルシアの話だ。ここにクシャルーンという貧しい騎士がいた。家が没落して壁をなおすこともできないでいた。
 若くして家族もなく自分と年老いた従者だけで住んでいる。だから特に困ることもなく塀もそのままにしていた。
 ただ毎朝そこの塀から馬が外にある草葉で食事をしているのが見えるのが気になっていた。黒地で白い斑の入った見事な馬で尻尾のところが火で焼切れたようになって赤くなっているのが目についた。
「見事な馬なんだがな」
 クシャルーンはその馬を見ながらいつも思うのだった。
「あの尻尾がな。妙な感じだ」
「全くでございます」
 従者はいつもそう彼に応えた。大柄で逞しい主をいつも見上げていた。
「あれであの尻尾がなければ」
「だが。それでもいい馬だ」
 クシャルーンは端整で光の強い目を持つ顔を捻って述べる。
「実にな」
「確かに」
「それでだ」
 ここで従者に言った。
「あの馬で都まで行こうと思う」
「都までですか」
「そうだ、大臣殿に御願いにな」
 実は彼の家は貧しくともそれなりの家柄にあった。彼の祖父は大臣の親友でもあった。そのつてを頼って今の生活から抜け出ようというのだ。
「行きたいのだが」
「わかりました。それでだ」
「ただな、あの馬が誰かの持ち物であったならば」
 それが問題であった。誇り高い彼は馬泥棒になるのは御免被りたかったのだ。何としても。
「それが問題だな」
「では若し馬を尋ねてこられる方がいるようでしたら私が申し上げておきます」
「頼めるか?」
「はい」
 従者は穏やかな笑みでクシャルーンに応えた。
「是非共」
「わかった。それではな」
 こうしてクシャルーンは馬に鞍とあぶみをかけてすぐに都に向けて出発した。そうすれば馬の速いことはこの上なく普通の馬の倍の速さで進むのであった。
「何という速さだ」
 クシャルーンはまずそれに驚いた。だが驚いたのはそれだけではなかった。
 何とこの馬は何も食べないのだ。豆も草も何も食べない。
「どうしたのだ?たんと食べるがいい」
 目の前に山のように草を積んでも見向きもしない。クシャルーンはそんな馬に対して首を傾げたが餌がいらないのならそれでよかった。そうしてそのまま風の様な速さで都に行き大臣に会った。話自体は彼の思うように進み早速軍の士官に取り立てられることになった。
「しかしだ」
 ここで大臣は不思議に思うことがあった。自宅でクシャルーンに対してそれを問うのであった。
「随分と早かったな」
 それであった。手紙を出してすぐである。それが不思議でならなかったのだ。
「どうしたのじゃ。こんなに早く」
「いい馬を手に入れまして」
 早速立派な士官の服に着たクシャルーンはそう大臣に答えた。
「それで」
「馬か」
「左様です」
「それでも速いのう」
 大臣はクシャルーンの話を聞いても首を傾げさせるのであった。
「御主の家はここから随分とあるのに」
「とにかく速い馬でして。まるで風のようでした」
「それでもじゃ」
 話を聞いても納得しない。というよりはできなかった。
「また随分」
「何なら御覧になられますか?」
 中々信じようとしない大臣に対して述べた。
「宜しければ」
「うむ、是非見てみたい」
 そう答えてクシャルーンと共にその馬を見た。大臣の目から見ても見事な馬だった。身体つきも実によく体格も見事なものに見えた。それでも納得できないのだった。
「確かによい馬じゃが」
「では乗られてみますか?」
「また機会があればな」
「左様ですか」
「それだけ見事な馬なら御主が持っているがいい」
 そのうえでこう述べた。
「よいな」
「わかりました。それでは」
「暫しの間わしの家におれ」
 そうして彼に部屋を貸すことにした。
「私にですか」
「都に居を移すのじゃろう?」
 これはもう決まったことであった。軍の士官になりその勤務地は都に定まっていたのだ。もう故郷の従者には残った僅かな家具を持って都に上がるように伝えてある。後は彼が来て居を移すだけなのだ。
「それならばな。暫しの間」
「宜しいのですね、それで」
「水臭いことはなしじゃ」
 クシャルーンが遠慮を見せたのでこう返してきた。
「御主の祖父には何かと助けてもらったしのう。だから」
「かたじけのうございます。それでは」
「うむ、軍務を頑張れよ」
「はっ」
 こうして彼は都に住むことになった。相変わらずその黒地に白斑の馬に乗って都を回っていた。都の者は皆その馬を見て振り向くのであった。
 彼はそれを自慢にも思わず軍務を務めた。そしてある時同僚の馬が急に身体を悪くしたのを見た。
「風邪か?」
「どうも。そうらしい」
 同僚は咳き込む馬を見て心配そうな顔を見せていた。
「大丈夫かな、これは」
「そうだな。少し休ませた方がいい」
 クシャルーンも彼の馬を見た。見れば確かに咳き込んで辛そうである。とても無理はさせられない状態であった。
 
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