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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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解放

 
前書き
更新遅れてすみません。執筆時間が取れなくて、ここまで時間がかかってしまいました。
少し長めの回 

 
「絢爛たる混沌よ、悠遠の彼方より来たれ! 燦然たる死よ、永劫の彼方より来たれ!」

奴が詠唱した直後、ロキの両手から黒い光が放たれ、線上に伸びると剣の形を取って固定された。右は混沌を表す西洋剣、左は死を示す曲刀、と武器の細かな種類は異なるが、どちらもヴァンパイアが振るうに相応しい性能と威圧感を伴っていた。

つま先を床に何度か軽く打って靴の位置を整えた次の瞬間、ロキが爆発的な速度で真正面から斬り込んできた。こちらは手に持っていた大剣で機敏に受け止め、耳障りな金属音が部屋中に鳴り響く。

「おまえ……策略家のくせに、剣を自らの手で扱うのか……ッ!?」

「フフフ……イモータルが剣を使うぐらい、何も不思議な事では無いだろう? 人間は様々な武器を無作為に作っては誰かに対して使い、血を流させている。非殺傷設定などという都合の良い魔法(弾丸)が使えるデバイス(兵器)にかこつけて、他者を害する事を厭わない人間が、この次元世界には大勢増えている」

「それで、何が言いたい……?」

「便利な道具に頼り過ぎ、何らかの事情でそれが使えなくなれば……。そして自分の身を守ってくれる法やシステムが役に立たなければ、その時は何が最も自分の身を守れる? ……答えは簡単」

直後、ヴァンパイアの膂力で弾かれ、俺の体は後ろの方に投げ出される。空中で身体を捻り、床に左手を一瞬付けて着地体勢を整え、両の足で上手く床に降り立つ。

「自分の腕っ節だよ、暗黒の戦士!」

断言してきたロキだが、そう言わせるだけの実力は間違いなく備わっていた。こいつは策略家のくせに……いや、だからこそ今回のような危急の事態に陥っても、自力でねじ伏せられる力を備えていたのか。
面倒だな……こういう輩は手札を何枚も隠し持つタイプだ。戦い方は武闘派でもその実、頭の中では状況を覆す方法を考えている。下手に長引かせれば、こちらの状況が悪くなる確率が高い。

「おまえが今言った事を否定はしない。だが……散々権力を利用してきた社長のおまえが言うと、妙な説得力があるな!」

「ククク……管理局は一見すると法や実力で治安を守っているように見せかけ、実際は自ら人類同士を争わせ破滅に向かうように仕組まれた……いや、正確には変化したシステム。私はその循環を手助けしただけに過ぎないのだよ。プロジェクトFATEもSEEDも長期的に見れば人類の遺伝子を劣化、損傷、減少させていく事に、愚かな連中は一切気付かない。メリットばかりに目を向けて、その代償を知ろうともしない。だからこそこういう連中が宇宙や次元空間に進出していく事は、銀河系のみならず全ての世界を滅ぼす事を意味する!」

「ロキ、おまえの言う愚かな人間は、気に入らないが確かに存在している。だがな、全ての人間がそうであるはずが無い! 俺がこちら側で出会った奴らのように、他者を思い、他者を慈しむ者もいる! 銀河意思ダークは並行世界の生命すらも滅ぼすつもりのようだが…………全ての命の終焉は、その世界の終焉でもある! 何も変化しない、誰も生きていない、ただ存在しているだけの世界。そんなものに価値は無い!!」

「否、それでこそ世界は永遠に存続できる。そう、星や銀河の寿命のためにも、全ての生命体は滅ぶべきなのだよ! 存在して良いのは我々、死を超越したアンデッドのみ!!」

「フッ……大層な御託を並べてはいるが、結局は自分達だけがいる世界に変えたいだけか! その独善的な思想は、この俺が断ち切る!!」

宣言した刹那、ゼロシフトでロキが右手で振るってきた剣を回避。俺はふり向きざまに返し斬りを放ち、奴の左腕の付け根に切り傷を入れる。しかしイモータルは、一太刀入れた程度ではひるむような事は無い。すぐさま次の攻撃を入れようとしたが、それは奴の左手に握られている曲刀が防いでしまった。多少の傷などものともせずに、ロキはまるで道化のような、それでいて卓越した達人のような捉えどころの無い剣術で、こちらを追い立ててくる。対する俺は恭也相手に磨いた剣術で対応、武器と武器が交わる度に金属音と火花が飛び散る。

奴が交互に突きを放った所を、俺は懐に潜り込んで大剣を振り上げる。ロキは咄嗟に身を引いたが、左手の曲刀を弾き飛ばす事に成功し、大剣はそのまま反対側の床に転がっていたコードを切断した。どうやら電気の配電線だったようで、それを切ったため部屋の明かりが消失、室内が完全な暗闇に閉ざされた。ロキはその瞬間、右手の西洋剣を横薙ぎに振るい、咄嗟に伏せた俺の頭上を通り過ぎた際、背負っていたPSG1が弾き飛ばされる。だがそれを拾いに行く隙も時間も無く、迅速に体勢を立て直す。

――――ドクン――――ドクン―――。

心臓の鼓動が大きく聞こえる暗黒の世界で一旦呼吸を整えた俺とロキは、互いに武器を正眼で構える。この状況では視界に頼った戦い方では勝てない。殺気と気配、僅かな音、空気の動く感覚、それらの感覚に意識を全て集中させる。

………ヒュゥ!

ロキが動いた事で生じた空気の流れ、それを敏感に感じ取った俺は自分の感覚に全てを委ね、回避行動をとる。そこから慣性を利用してロキのいるであろう場所に向けて大剣を振るうと、剣と剣がぶつかって火花が飛び散った。一瞬にも満たない僅かな時間だが、その光量は自分の感覚が正しい事を証明するのに十分だった。

SEED製造機から生ずる蒸気が部屋を埋める中、俺とロキは並みの人間や魔導師では到底動けない環境で、己の能力をぶつけ合う。肉体も精神も酷使し続けてどれだけ時間が経ったのかはわからないが、俺は次第にロキに攻撃を当てていき、徐々に優勢になっていった。

――――カッ!

だが非常電源が作動して部屋の電気が点いた瞬間、閃光弾のようにその光が一瞬俺の眼をくらましてしまった。その硬直をロキが見逃すはずが無く、今までの戦い以上の爆発的な速度で突きを放ってきた。

「これで終わりだァ!!!」

「ッ!!!」

この近さではゼロシフトも発動が追い付かない。一瞬の間に俺は自分の身に西洋剣が突き刺さる光景を幻視し、それを現実にしようとロキの剣が俺の心臓に迫る。

――――ドクンッ!

一直線に向かって来る西洋剣を前にして心臓の鼓動が一際大きく耳に響いた途端、内側から急に溢れんばかりのエナジーが放出される。身体には幾何学的な赤い刺青のようなものが走り、周囲に禍々しい赤黒いオーラがにじみ出る。そして身体はいつも通り、いやそれ以上に機敏に動けるのに世界の時間がスローに感じる状態となった。

“狂戦士の波動”……発動!

この瞬間、俺の心臓を切り裂こうとしていたロキの動きまでものろく感じるようになり、対するこちらはカウンターとして暗黒剣をロキの右手に振るい、握られていた西洋剣を弾き飛ばす。

「なにッ!!?」

急に素早くなった俺に驚きを禁じ得なかったロキだが、それが奴に終焉が訪れる致命的な隙となった。俺は速度を一切緩めず、スローに見えるロキをひたすら横薙ぎに斬り続ける。剣を両方とも弾かれ、更に連続攻撃を受けて満身創痍となったロキはヴァンパイアクローを振るって抵抗を試みるが、大きく振りかぶった所を俺に狙われ、返し切りで攻撃を弾かれ、更に暗黒剣を胴体に突き立てられる結果となった。

「ガッ……! ア、アァ……まだだ……まだ終わらん! オォォォオ……デュアアアアアアアアッッ!!!」

大剣が刺さったまま、奴は力任せに圧殺せんと両腕を肥大化させて殴りかかる。対する俺の方は身に纏うオーラが腕の形を成し、奴の強力な打撃と正面からぶつけ合う。頭上数センチの所で行われる激しい拳の乱打によって作られたチャンスを逃さず、俺自身は暗黒剣をロキの身体から一気に引き抜き、兜割りの一撃で両断する。縦一直線に斬られたロキはライフが底をつき、攻撃の手を止めて膝をついて蹲った。

「グフッ……! まさか……この私がここまでやられるとは、流石は暗黒の戦士、と言った所か……。見事だ……!」

「…………」

「ククク…………やはり……陰謀を巡らすよりも、こうして力と力をぶつける方が、余程充実していた。だが……どうしても何かが違った」

「何?」

「暗黒少年、おまえは世紀末世界の人間だ。そして私は次元世界のイモータル、私を討つのは、本来ならば次元世界に存在する人間であるべきだった。おまえが討つべきは……私が断片から蘇らせたラタトスク。奴は世紀末世界のイモータルだ、奴ならおまえが討つに相応しいだろう……」

「そうか、貴様がラタトスクを……厄介な真似をしてくれたものだ」

「ククク……! 私達は……“人間”に“種”を植え付けた。後は“人間”が勝手に芽吹かせてくれる……! 我々イモータルが本格的に介入するのは、人類が倫理のボーダーラインを越えようとした時……! 世紀末世界ではかつて、人類が星を10回以上は軽く滅ぼせる兵器を生み出し、それを使う寸前まで世界情勢は悪化していた。故に銀河意思ダークはイモータルを派遣、世界に吸血変異を引き起こしたのだ」

「…………」

「暗黒少年、人間とは争う生き物だ。争わなければ生きられない猛獣だ。滅ぼさなければ、世界は人間同士の争いの巻き添えで破滅する。それを間違いだと言うならば……人間は証明し続けなければならない。星に、世界に、銀河意思ダークに……人間は星と共に生きられる生命体だと示し続けろ……」

そこまで告げると、黒煙を上げてロキは体勢を崩す。どうやらロキは自前の棺桶を持っていたようで、先鋭的でスマートな形状の棺桶に入り、復活のための休息についた。ひとまず次元世界のイモータルに対する最初の戦いは終わった。が、このままではいずれ復活するため、次は浄化しなければならないのだが……これ以上犠牲を生み出す前に、今の内にSEED製造機を破壊しておくとしよう。こんなものがあるから、余計な悲劇が生み出される。俺は全力で巨大なブラックホールを生み出し、その圧力でSEED製造機を圧潰、この世界から跡形も無く消滅させた。すると空気中に漂う威圧感が薄まり、どことなく雰囲気が和らいだ気がした。

それにしてもなんか流れで社長を倒してしまったが……必要だったとはいえ、裁判とか大丈夫なのか?

周波数140.85にCALLする。

「エレン……聞こえるか?」

『聞こえますわ、サバタ。まさかイエガーがイモータルだったとは、こちらも想定外でした』

「ああ、今回の件で浮上した問題は結構重大だ。次元世界……人間社会にイモータルが紛れ込んでいた事だ。奴らは自ら人類に吸血変異を起こすのではなく、人類同士が争う様に内側から操作してきていた」

『管理局の体制は正直な所、ずさんも良い所ですからね。イモータルに限らず、野望を企む者達にとって、これほど利用しやすい組織も無いでしょう。“裏”に気付いた真面目な局員を内密に“処理”したり、体制に異議を唱える者を反逆者として扱ったり、一向に収まる事が無い支配欲に、自分達のやっている事が正義だと信じて疑わない姿勢。こんなので本当に平和が掴めるとは、私もあまり思っていませんわ』

「おいおい、おまえはその管理局の執務官だろう? そんな発言をして大丈夫なのか?」

『もちろん、公になれば問題にはなるでしょうね。しかし私が忠誠を誓ったのは管理局では無く、私を救ってくれた閣下と……サバタ、あなたに対してです。私の持っている執務官や弁護士の資格、大尉の立場も実の所、あなた方の役に立つために手に入れた物なのですわ。今回は立場を利用しなければ、あなたが守ろうとしたテスタロッサ家を救えないため、作戦前にあのような言い方をしてしまいましたが……本当はこの立場に未練は無いんですよ』

「そうか……。しかしな、おまえもいつか自分の幸せを見つけてもいいんだぞ? 過去の罪は既に十分償えていると、俺は思うからな」

『ご心配には及びません、私は私で自分の幸せの事もちゃんと考えていますから。それより結果的にイエガーを倒した件についてですが……それはこちらで処理しておきます』

「それはありがたいな……事情があったとはいえ、暗殺犯として扱われるのはごめんだ」

『そこは私達の腕の見せ所です。ところでそちらはイエガー、いえ、イモータル・ロキをこれから浄化するのでしょう? となると、まずはその施設から脱出する必要があります。局長室で待っているリーゼ姉妹なら次元も越えられる転移魔法が使えますので、彼女達と共にそこから転移して下さい。こういう時、転移魔法は便利だとつくづく実感しますね』

「そうだな……とにかく俺達は安全な場所に転移する。後で合流しよう」

『ええ。作戦はあなたが帰還して、ようやく達成しますからね。では、あなたなら大丈夫だと思いますが、万が一という事もあるので気をつけて下さい』

「ああ……わかっている」

『……本当に大丈夫ですか? 声の調子から酷く疲れているように思えますが……』

「潜入任務はずっと神経を張り詰めなければならないからな……俺だって疲れもするさ……」

『それはそうですけど……危なかったら連絡して下さいね?』

「ああ。もし本当に力尽きた時は、素直におまえに頼るさ……」

通信切断。エレンに気取られない様に普段通りの調子で話していたつもりだったが……やはり“裏”と渡り合ってきた彼女には若干感づかれたようだ。

――――――ズキィッ!!

「ヌグッ! ……やむを得なかったとはいえ、“彼女の力”を借りた影響か。ゲホッ、ゴホッ……!」

暗黒剣を思わず取り落とす程に心臓が強靭な力で圧迫されたように痛み、呼吸ができずに咳き込んでしまう。“狂戦士の波動”はジャンゴのトランスと同様に一時的なパワーアップを行えるようだが、使った後の負担がかなり大きい。これでは多用はあまりお勧めできないな……。

ゆっくり時間をかけて体力と回復し、何とか呼吸を整える。心臓の圧迫感はまだ残っているが、いつまでも蹲ってはいられない。床に転がる暗黒剣を背負うと、俺はロキとの戦いで弾き飛ばされていた預かり物のPSG1を回収する。そして改めて鎖を巻いて棺桶を引っ張り、来た道をたどってリーゼ姉妹とマキナの所へと足を進めた……。

・・・・・・・・・・・・・・・・

~~Side of フェイト~~

「イモータルは人間の性質と次元世界の社会の仕組みを利用して、人の世に大きな争乱を起こそうと企んでいたのね。自分たちが吸血変異を起こすのではなく、人間同士が自ら潰し合って滅びるように……。人間よりはるかに長く生きられるヴァンパイアだからこそ行える、時間をかけた長期的な策ね」

「でも母さん。それなら世界を平和にしていけば、争いは無くなるんじゃないかな? そうすればイモータルがどんな手を打ってきても何とかなると思うし、人が世界を壊そうとしなければ本格的に介入はしてこないって言ってたよね」

「フェイト……君の言う事は正しいが、それは難しいと僕は思う」

「クロノ、それってどういう事なの?」

「フェイトもアリシアも今、人の争いと聞いたら戦争を思い浮かべているだろう? だけど争いは日常的にも行われている。喧嘩や決闘、勝負に順位と様々だ。それに僕達管理局だって、凶悪な犯罪者や暴走したロストロギアと日夜戦っているという意味でも争いをしている。だから人の世から争いが消えるなんて事はあり得ないんだ」

「それじゃあ遠い未来でもいつか、人類は必ずイモータルに滅ぼされる運命だってのかい? 冗談じゃないよ! 毎日を精一杯生きてる人だっているのに、頭ン中が腐ってる連中のせいで滅ぶ事になるなんて、そんなの認められる訳が無いよ!」

「アルフさんの仰る事は私もよく理解できますわ。誰だってこの世界を世紀末世界のようにはしたくありませんもの」

エレンさんやお兄ちゃんはよく世紀末世界を例えに出すけど、やっぱり実際にそこに住んでいたからこそ言えるのだろう。私も世紀末世界について詳しい訳では無いけど、物資が困窮し、土地は荒廃してて、夜になるとアンデッドやイモータルが徘徊している危険な世界らしい。エレンさんの言う通り、私達が生きているこの世界をそんな風にはしたくない。毎日怯えて暮らすのは……もう嫌だから。

「……ところでロキが言っていた“倫理のボーダーライン”について、皆さんはどうお考えですか?」

「僕はそうだな……世界中を巻き込む大きな戦争を起こしてしまう事じゃないか?」

「私は一部の腹黒い人間に利用されて、悲劇を味わってしまった人間が大勢出てしまう事だと思うわ」

「う~ん……私はまだよくわかってないけど、大きな兵器とかを使っていっぱい人を死なせちゃう事じゃないかな」

「えっと……誰が見ても絶対に許されない事をしてしまった時、かな?」

「あたしは……本当に世界を壊しちゃいそうな時だと考えたよ。だってロキがさっき、世界を滅ぼす兵器を使う寸前までがどうのこうのと言ってたじゃん」

「……大体意見が出そろいましたね。皆さんが今考えた事、それは誰でも少し考えればすぐ思い付くぐらいの内容でしょう。ですから今言ったような事が実際に起きないように、私達は常に心掛けておく必要があります。でも皆さんはちゃんと心掛けているようなので、私も安心しましたわ。ただ……残念ながら“裏”に関わる者や力に執着する人、頭が凝り固まった人は、その当たり前の道徳すらも踏み躙る輩ばかりなのです。例えば……」

エレンさんが具体的な説明をしようとした途端、バタンッ! っと突然凄い音を立てて部屋の扉が開き、デバイスで武装した局員達が部屋になだれ込んできた。突然の事態に私達は全く動けず、私もバルディッシュを構える事すら出来なくて、いとも簡単に私達は彼らに包囲されてしまった。

「まぁ、こんな方達みたいにですわ。丁度いい具体例でしょう?」

いやいやエレンさん、こんな状況でもまだ説明を続けちゃうの? 周り一面を武装した局員に囲まれても淑女らしく微笑んでいられる辺り、どんだけ余裕……というより、どれだけの修羅場を潜り抜けたんだろう?

「ガハハハハ! こうなれば流石にラジエルの副官である貴様であろうと、手も足も出んだろう!」

耳障りで野太い笑い声をあげながら部屋に入ってきたのは、彼らのリーダーらしい禿頭の大男だった。彼は勝ち誇ったような表情でこちらを、正確にはエレンさんを見据えているが、エレンさんはどこ吹く風のように平然としていた。

「これはこれはハウスマン少将。部下共々、随分手荒な訪問ですね。いくら何でもここまで強硬な手段を取って来るとは、ガタイに似合わず余程切羽詰まっているのですか?」

「黙れッ! いいか、俺達は貴様らがアレクトロ社にスパイを送り込んだ情報を掴んでいる! これは平和を乱す明確な犯罪行為だ!」

「犯罪? フフフ……」

「何がおかしい!? 貴様らのせいで、俺はコケにされ続けてきた! サルタナのような若造や貴様のような小娘なんかより長く、俺は管理局に尽くしてきた! 敵対するものは叩き潰し、管理局に害を及ぼす輩はねじ伏せてきた! 我々の管理を受け付けない奴らは力づくで従わせる……そうだ、俺の命令を聞かない奴はどいつもこいつも敵だ! 悪だ! 犯罪者だ!! そのための力を生み出そうと言うのに、貴様らは目ざとく邪魔ばかりしてきた! 貴様らは管理局が生み出す平和を壊そうとした! だから今の内にこの俺が摘み取ってやる!!」

「平和を壊す? やれやれ……頭に血が昇ったバカ程、話が成立しない相手はいないというのがよくわかりますわ。……あなたはアレクトロ社が製造していたSEED、それを埋め込まれたクローンソルジャーが欲しくてしょうがなかっただけ。自分の言う事を何でも聞く強力な駒、それを手に入れたくてあなたはアレクトロ社のイエガー社長と癒着、資金を横領して横流ししていたのです。証拠はほら、今あなたのデバイスにも送りましたわ」

「証拠だと……ッ!?」

いきなりデバイスを展開して突入してきた管理局員と、そのリーダーである禿頭の男は、自分たちのデバイスに送られた情報を開いて目を通していた。送られた報告書と何かの動画ファイルを目の当たりにするとリーダーの男は目を見開いて驚き、わなわなと震える手で余裕そうに微笑むエレンさんを指差した。

「こ、これをどこで手に入れた!? こんな記録をいつの間に……ま、まさか! 貴様らはこの情報を掴んでおきながら、あえて表に出さなかったと言うのか!?」

「ええ、手札は最も効果的なタイミングで使うものですから。“裏”に限らず、世界を渡り歩く事に置いて最強にも匹敵する武器、それは“情報”ですわ。あなたは情報の重要さを理解出来なかった、それが致命的な弱点を生むとも知らずに、ただ力ごなしに押さえつければいいと思い込んでいた。しかし今……正確には彼の戦いが終わった瞬間から、あなたは“情報”によって全てを失ったのです」

「ど、どういう事だ……!?」

「ネットをごらんなさい、情報弱者。あなたが資金を横領し、無辜の生命に多大な犠牲を強いてきた研究の手助けをしていた事が、今頃デジタルの世界で白日の下に晒されています」

私もバルディッシュからネットを開いて、母さんや姉さん、アルフと共にニュースや情報サイトを見てみると、エレンさんの言う通りの状況になっていた。今回の潜入任務でお兄ちゃんが撮って送ってくれた写真、無線越しに聞こえたアレクトロ社の会話、クロノが記入してくれた記録、それらを任務の合間にエレンさんが編集していたものが全て電子の世界に流出していた。そしてそれを目の当たりにした市民達は、コメント欄にこう書いていた。

『治安を守る管理局なら世界の平和を乱す裏切り者を断罪しろ!』

『管理局はテロリストに法の鉄槌を与えろ!』

『アレクトロ社、またも不正! 26年前の事故も実は仕組まれていた事だった!?』

『衝撃事実! 今行われている裁判はかつての被害者に更なる罪を擦り付けるための物だった!!』

『管理局とアレクトロ社の癒着! 管理外世界の人間を内密に強制労働! 社会に潜んでいた闇が暴かれる!?』

などなど。エレンさんが流した情報は私達に同情が集まり、横領や実験を行っていたこの男の人やアレクトロ社に敵意が向くように上手く作られていて、しかも嘘は言っていない事から情報の強さと恐ろしさを私達は実感した。
そして思った。今は味方だから心強いけど……情報をここまで巧みに操るエレンさん達が敵になっていたらどれほど恐ろしい事になっていたのか、私の頭では想像も出来なかった……。

「き、きさまらぁ……!!! よくも……よくも……!!!!」

「これで少将という立場は消滅、あなたはアレクトロ社に資金を横領していた悪徳局員、ただの犯罪者へと成り下がりましたわ。そもそもあなたがこうやって突入してくれるだけで、私達がアレクトロ社の査察を公に行うための条件は整っていたのです。フフフ……要するにあなたの愚かな行動は、自分だけでなく癒着相手のアレクトロ社の墓穴を掘っただけなんですよ」

な、なんというか……ここまで条件を整えていたなら、お兄ちゃんがわざわざ潜入任務を行う必要は無かったんじゃないかなぁ、という気がしてきた。けどよく考えたら26年前の事故が仕組まれていたものだったり、マキナを救出したり、イモータルを倒したり、SEED製造機を破壊したりと、お兄ちゃんが潜入しなければ救えなかった人や知り得なかった事実も判明したわけだから、冷静に考えれば意味はちゃんとあった。
それに恐らくこの人は、お兄ちゃんが潜入しているという情報を掴んだから踏み込んできたのであって、もし潜入していなかったらそもそも突入してこなかった可能性が高い。つまり……サバタお兄ちゃんとエレンさんのコンビネーションがあったからこそ、私達はあらゆる意味で起死回生を果たす事が出来たんだろう。SEEDの情報を裁判に利用する事は確かに考えていたんだろうけど、それより上々の結果を掴むためにエレンさん達は動いていたみたい。なるほど……これがクロノと違って、“裏”に精通した執務官の本当の手腕………凄いなぁ、憧れちゃう。

「え、エレン……君は最初からこれを待っていたのか?」

「あらクロノ君、もしかして私達が無策でこの任務に当たっていたと思っていたのですか? 生憎ですが、私達はあらゆる状況でも有利に動ける様に策や保険は常にかけています。今皆さんが見ているのは、その内の一つの策。無鉄砲に突撃して解決しようとするのは、ただの脳筋バカですわ」

「ぐはっ!」

何かが刺さったように胸を抑えてクロノが蹲る。……あ~、そういえばジュエルシード事件の時、彼は無鉄砲に突撃してきていたなぁ……。過去の過ちを顧みてクロノは相当後悔しているのかもしれない。

「さぁて、“元”少将の部下だった方々。あなた方が捕らえるべき犯罪者はそこにいますわよ? 平和を守ると誓った人間なら今何をするべきか……わかるでしょう?」

あえて“元”を強調している辺り、エレンさんは舌戦も出来るらしく、男の部下だった局員達は困惑しながら互いに視線を送っていた。そして私達に向けていたデバイスを、ゆっくりと元少将の男に向けて構えた。一方で男は俯いた状態から肩を震わせて、徐に顔を上げると人を殺しそうな目でエレンさんを睨んできた。

「貴様のせいで……! 貴様のせいで俺の目的は全てぶち壊しだ!! こうなったら貴様だけでも葬って、サルタナの奴に消えない傷を負わせてやる!!」

男は周りにいた元々部下の人達を魔法で吹き飛ばし、こちらにデバイスの先端を向けてきた。エレンさんは呆れる様に頭に手を当てて、何故か苦笑していた。

「ふぅ……お得意の実力行使ですか。ではこちらも少しだけ、手の内をお見せしましょう」

「ぬかしやがって! この俺の最大の一撃を、貴様のような軟弱な女に防げるものか!! うぉおおおおおおお!! クラッシュ・バスタァァアアアアア!!!!」

どうやらこの男は大艦巨砲主義のようで、なのはに匹敵する巨大な砲撃を凄い速度で溜めて放ってきた。部屋の中である以上、避けるスペースは無い。このままでは防御魔法も発動できずに殺傷設定のあの砲撃を浴びて大怪我、最悪死ぬかもしれないと思った。だけどエレンさんは落ち着いて右手の指輪を青く光らせると、一振りのロッドを手元に呼び出した。

「ハッ! 今更足掻いた所で、俺の砲撃の前では何の役にも立たんわ!!」

「フフフ……そう決めつけるのは早いですわよ?」

エレンさんは一瞬腰を下ろすと、男の砲撃に向かってロッドを勢いよく突き出した。たったそれだけの動作で、部屋の空気が全て持っていかれたかのような衝撃と共に、驚いた事に部屋前面を覆う程の砲撃がまるでかき消されたかのように跡形も無く消滅し、瞬く間に部屋に静寂が戻った。

「な……そ、そんな馬鹿な!? 俺の必殺技を、いとも容易く!?」

「魔法とは魔力素を働かせる事で、森羅万象、あらゆる現象を発生させる代物。なので魔力素さえ自在にコントロール出来れば、自分以外の人が使った魔法の制御も奪えるのです。そしてもう一つ……私の力は“魔力素の真空”を作り出せるのですわ。そこは全ての魔法が掻き消されるフィールド……どんな魔力も存在を許さない、いわば“魔法のブラックホール”なのです」

「ば、化け物め!!」

「はぁ……そう言われるのはもう慣れました。それより今の迂闊な行動で、あなたには公務執行妨害、暴行罪、殺傷設定の無許可使用、魔法の不正使用の容疑が加わっています。……と言われても、脳筋のあなたは受け入れがたいでしょうから、手っ取り早く始末を付けましょう」

「何だと貴様! 正面から俺に勝つつも――――――!!?」

……?

言葉の途中でハウスマンは急に喉元を抑え、目を白黒させていた。何が起きているのかわからずに唖然とする私達とは対照的に、エレンさんはいつも……と言う程付き合いは長くないけど、とにかく普段通りの表情でハウスマンを見下ろしていた。ハウスマンは苦しげに片手を喉元に当てながら、もう片方の手をエレンさんに伸ばしてきた。でも拒絶するようにプロテクションを張られ、その手は障壁に阻まれて届かなかった。前のめりに倒れたハウスマンはしばらくもだえ苦しんで、攻撃を受けていないはずなのに意識を失ってしまった。

「真空で呼吸を奪えば、どんな人間でもすぐに意識を失います。ああ、後遺症は残りませんのでご安心ください……と、今言った所で聞こえていませんでしたね。ふふふ……」

淑女のような微笑みを見せるエレンさんは、まるでこれが当然であるように……いやむしろ、掃除で集めたゴミを捨てる時みたいな作業感覚でハウスマンを気絶させたらしい。私達にはよくわからないけど、エレンさんはこれまで“裏”と渡り合って来て、ハウスマンのような人を何人も御してきたんだろう。相手が話を聞く姿勢じゃなかったのはわかるけど、やっぱりこういう光景を実際に目の当たりにすると少し辛く感じる。

「すみません、少々気分を害するような光景をお見せしました。が、あなた方の裁判の勝利はこれでほぼ確定です。閣下も裁判官に賄賂などの手が回らない様にしてくれましたし、もう敗訴するような事はありませんよ」

「そう……ひとまずお礼を言った方が良いわね。ありがとう、おかげで娘達の未来を守る事が出来たわ」

「いえ、その言葉は私達ではなく、彼に伝えてください。私達はあなた方の裁判を利用して、重要案件を片付けたに過ぎません。今回の件で最も危険な任務をやり遂げたサバタこそが、一番の功労者なのですから」

「そうね……彼が戻ってきたらちゃんと言うわ。でもエレンさん、あなたやサルタナさんが手を貸してくれなかったら、私達家族の運命はまたしても歪められていたのだから、お礼はあなた達ラジエルの人達も受け取っておいて欲しいわ」

「そうですか……ではありがたく受け取っておきます。しかし、まだサバタが帰ってきていないので油断は出来ません。ハウスマンや元部下の武装局員達はラジエルクルーに連絡して確保しておきますから、今は彼と連絡を取って合流ポイントを決めましょう」

確かに私達も彼の任務はまだ終わってないと思い、無線機を取ったエレンさんを見守る。また私達家族を助けてくれた、お兄ちゃんが帰って来るのを祈りながら。それにお兄ちゃんが帰ってきたら、今度はイモータル・ロキを浄化しなければならないから、パイルドライブが出来る私やパイルドライバーを召喚出来る姉さんも忙しくなる。でもお兄ちゃんの役に立てるなら、それぐらい全然容易いものだった。

だけど……彼の戦いは本当にまだ終わって無かったみたい。

『ザ~……ザザッ~』

「? どういう訳か外部の者によって、通信が妨害されていますわ」

「え? じゃあ向こうの様子がわからないってこと!?」

「妨害って……お兄ちゃんは大丈夫なの!?」

「サバタの事ですから、きっと自力で何とかするでしょうけど……流石にイモータル戦の直後ですからね、いくら彼でも危険かもしれません」

「危険かもって……あんた、サバタの友達なんだろ!? 心配じゃないのかい!?」

「言われずとも心配に思っています……! 私は彼の友なのですから当たり前でしょう!」

「あ、ごめんよ……」

「いえ……失礼しました、アルフさん。少し取り乱してしまいました。しかし、心配だからと言って何もしない愚行はしません。彼の下に何者かが向かっているのならば、私達はその者を送り込んできたのが誰なのかを特定するのに尽力します」

「僕も同感だ。“裏”の監視の目が無くなった事で、アースラやラジエルを動かしても問題はない。これから連絡するから、フェイト達はその無線機が通じるまで見ておいてくれ」

「わかった! こっちは任せて!」

姉さんはすぐに無線機の前に陣取り、私とアルフ、母さんもすぐ傍で連絡が付くように待機した。クロノやエレンさんはすぐにアースラとラジエルの人達に連絡を取って、事態の対処に全力を注いでいた。

「エイミィ、聞こえるか? すぐミッド北部にサーチャーを送ってくれ! 通信妨害フィールドが形成されているから、それを行ったと思しき人物を特定するんだ!」

「ラジエルブリッジ、こちらエレン大尉。ミッド周囲の次元空間にイコン射出、およびレーダーの逆探知センサー起動。アイコンは変性波状電気信号を発信しているポイントを表示するように。機械兵器の投入が予測されますから、熱センサーも同時に表示しておいてください」

……何というか、この通信を聞くだけでクロノとエレンさんが対処してきた任務の違いがよくわかる気がした。とにかくあちらは任せて、私達は無線機の向こうで何が起きているのか通信が繋がる一瞬を見逃すまいと、目と耳を凝らすのだった。

お兄ちゃん……必ず戻ってきて!

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~~Side of サバタ~~

地下2階の局長室。そこに戻ってきた時に俺が目にしたのは、リーゼ姉妹がマキナを守りながら、奇妙な青いタイツのようなスーツを着た見覚えのない女性2人相手に、苦戦を強いられている光景だった。

「チッ、腐っても本局のエースか。AMF環境下で戦闘機人の私達がここまで苦戦するとは!!」

「愚痴を聞いている暇はないぞ。我々の存在はまだ表に出すわけにはいかないのだから、リスクは最小限に抑えるべきだ」

敵対している紫のショートカットの女性と、銀髪で体格が小柄な女性は互いに視線を合わせて頷き合う。憔悴しているリーゼ姉妹に向かい、一気呵成に彼女たちは襲い掛かる。

「ハァ……ハァ……もう、負けられない……! 私達が今度こそ前を向くためにも、こんな所で倒れてる場合じゃないのよ!!」

「戦闘機人……実際に相手するとこれほど厄介だったとはね。何とかして、彼が戻ってくるまでに片づけるわよ……!」

後衛型のリーゼアリアを背に、前衛はリーゼロッテが担いながら、戦闘機人と呼ばれて特殊な能力を持つ彼女達と激闘を繰り広げるも、やはり魔法の発動が妨害されていて戦況は芳しくなかった。それでもここまで劣勢になりながら、絶体絶命まで追い詰められていないのは、魔法を使えなくなる現象……暗黒物質の性質を先に知っていたため、それに対応できるように自分達も鍛えていたためだ。よってAMF環境下でも、並の魔導師以上に戦えている訳である。

とは言ったものの、リーゼ姉妹がこのまま戦闘機人の2人と戦った所で勝ち目は限りなく薄い。俺も“彼女の力”を借りた影響で体力の衰弱が激しく、加勢しても優勢にはならないだろう。となると撤退を取るべきだが、局長室の入り口は戦闘機人の2人が抑えていて通れない。そしてここの地下5階はSEED製造機があったが、それ以外には何もなかった。であるならば……情報が一切ない地下4階しか脱出ルートはない。危険な賭けだが、ここで全滅するよりははるかにマシだ。

「ガッ!?」

「ロッテ!?」

「よし、まず一人!」

リーゼロッテが紫の髪の戦闘機人に腹部を蹴られて吹っ飛び、背後の壁に叩き付けられる。即座に俺はマキナのPSG1を構え、照準を紫の髪の戦闘機人に向ける。位置情報、地形図、気流、呼吸、心拍数、様々な数値が頭の中で解析され、俺は追撃した彼女のエネルギー刃がリーゼロッテの首筋に迫った瞬間に、右肩を狙い撃つ。

「ッ!!?」

片方を討ち取ったと思って油断した彼女は、俺の放った銃弾によって右肩を貫かれ、身体を構成するコード類の一部が露出してショートし、両方とも警戒をこちらに向けた。その時、リーゼアリアの傍にいたマキナが小さな白い光を生み出し、リーゼロッテの傍に駆け寄って回復魔法を使った。

「あ……」

応急処置とはいえ傷が少し治ったリーゼロッテは、自分に回復魔法を使ってくれたマキナに色々な思いが混ざってすまなそうな表情を向けた。だが悠長にしている場合ではない。

「おまえ達、急いでこっちへ来い!」

「サバタ!? わかった、ロッテはマキナを連れて先に行って!」

「アリア……ごめん、頼んだよ!」

リーゼロッテがマキナを抱えて俺の隣を通り過ぎ、エレベーターの方へ駆けていく。追撃を仕掛けて来なかった戦闘機人の二人はどういう訳か俺に意識を集中しており、リーゼアリアと俺は謎の襲撃者である彼女達を見据える。

「さて……おまえ達はどこの手の者だ?」

「悪いがそれには答えられん。それより貴様が例の暗黒の戦士なら、我々に従ってもらえないか?」

「愚問だな。どこの誰とも知らないどころか、こいつらと敵対している連中に俺が大人しく従う訳が無いだろうが」

「そうか。では力づくでも、おまえをドクターの所へ連れて行かせてもらう!」

会話もそこそこに、紫の方は凄まじい速度で斬りかかって来る。先程右肩を撃ち抜かれて右腕が使えなくなっているため、彼女は左腕のエネルギー刃を振るう事で切り裂いてきた。対する俺はゼロシフトで回避、もう一人のナイフを構えた銀髪の方を視野に入れると、向こうは即座にナイフを複数投擲してきた。僅かに身体を逸らして避けようと思ったら、リーゼアリアがいきなり俺とナイフの間に障壁を展開した。その直後、ナイフが爆発し、障壁にビリビリと振動が走った。

「気を付けて、そっちの銀髪は金属類を爆発物に変える能力を持ってるわ!」

「そいつは中々面倒な能力だな……っと!」

後ろから紫の戦闘機人は回し蹴りを放ち、咄嗟に受け止めた俺は勢いを殺さずにCQCで地面に打ち付ける。が、彼女は飛び起きると銀髪の方の援護もあって、すぐに距離を取って態勢を整えてしまう。

「まさか魔法無しでこの私を投げるとは……! ドクターが睨んだ通り、興味深い男だ」

「戦いを楽しむのは良いが、タイムリミットを忘れてはいないだろうな?」

「わかってるさ。すぐにケリを付ける!」

“今だ、走れ!”

アイコンタクトでリーゼアリアに合図を送り、彼女もすぐに頷いてエレベーターまで走る。こちらの意図に気付いた戦闘機人達は、少々慌てながらも追跡してきた。麻酔銃で牽制の意味も込めて彼女達に射撃しながら、先に乗って待っていたリーゼロッテが俺達がエレベーターに乗り込むのを確認すると、すぐにエレベーターを動かした。

「逃がすかッ!!」

扉が閉まりきる前に銀髪の方がナイフを投擲し、速度から見て中に入り込んでしまうのは確実だった。もしここで爆発なんかされれば、エレベーターが止まるどころか、俺達自身もかなりの致命傷を負う事になる。
麻酔銃で迎撃できるか……? などと思ったその時、隣から放たれた一発の銃弾が飛んでくるナイフに直撃、軌道が逸れてエレベーターに入らないルートを取る。エレベーターの扉が閉まり切った瞬間、扉の向こうから爆発音がして、振動がエレベーター全体に走る。どうやらこのエレベーターは社長専用という事もあってそれなりに頑丈らしく、今の爆発で止まるような事にはならなかった。

「はぁ、何とかなったか…………だがマキナ、助けてもらった身で言う事じゃないが、良かったのか?」

俺がそう言葉を投げかけたのは、ナイフをPSG1で狙い撃ったマキナだった。時間が無くてあの場に置いたままだったその銃はリーゼロッテが回収していたと思ったのだが、どうやらマキナが再び自分の手に握っていたようだ。
マキナは真摯な眼でこちらの眼を見つめると、俺の手に文字を書き出した。

『イマダケ、リユウ、アッタ。ミライ、コレカラ、カンガエル』

「そうか。確かにこれからの事は、これから考えれば良いしな。まずは生き残る事を優先しよう」

『アト……オカエリ』

「……ああ、ただいま」

ロキと戦う前に約束した、『またね』。その約束を守った俺を向かい入れる言葉を、たった今マキナは言った。だから俺も、素直にその返事をしたのだ。

「戦闘機人の事は気になるけど……サバタ、下でイエガー社長と何があったの?」

「その事は後で話す、リーゼロッテ。ただな……おまえ達も知っておくべきだから伝えるが、驚いた事に奴は人類の敵たるイモータルだったんだ」

「イモータル!? それって確か銀河意思ダークに従い、人類を滅ぼそうとする連中の事よね!? まさかイエガー社長がそんな存在だったなんて……」

「私達はお父様を経由してP・T事件の報告書は読んだから、世紀末世界やイモータルについて大まかな知識は持っているわ。でも次元世界にもイモータルが居たって事は要するに、銀河意思ダークは世紀末世界や地球だけの存在じゃなかったのね……」

「そうだ。銀河意思ダークは次元の壁なぞ関係なく、人類を死滅させようとしている。俺達がどうあがいた所で、ダークに勝つ事は出来ない。だが……人が今を、明日を生きようとして命を繋いでいけば、敗北もまたあり得ないのだ」

「結局、私達がどう次の世代に繋いでいくかって事にかかってる訳ね」

「はぁ……ホント、とんでもない相手が出て来ちゃったよね……」

辟易したように嘆くリーゼロッテだが、そもそも俺としてはこちら側の人類は過ちを犯してばかりである事こそが精神的に辛く感じる。それにロキ曰く、人類が大きな過ちを犯さなければイモータルも介入しにくくなる。だから世界を歪みを正していけば、こちら側の世界なら銀河意思ダークの介入を最小限に抑えられるかもしれないのだ。
銀河意思からの解放……それは人類が宇宙の、ひいては次元世界に進出するに足る生命体である資格となる。果たしてそれが実現可能かどうかは不明だが、願い、追い続ける事に意味があると思う。

ドゴォッ!!

上で激しい爆発音がして、エレベーターが激しく揺さぶられる。恐らく銀髪の戦闘機人が扉を打ち破ってきたのだろう。ここに居たら俺達は袋の鼠……いや、彼女の能力的にどちらかと言えば、ファラリスの雄牛に近いか。ともかくエレベーターは地下4階に付いた。彼女達に追い付かれる前に、何とか脱出の光明を見出さねば!

地下4階はやけに細長い通路が続き、全員で棺桶を引っ張りながら駆け抜ける。棺桶がガタガタ激しく揺さぶられるが、別に気を遣う必要は無いだろう。そして……俺達は地下格納庫のような広い場所に出た。そこにはまるでロケット型宇宙船みたいな風貌の巨大な機体が眠っており、鋼鉄の意思が宿るそいつは静かに目覚めの時を待っていた。

『“ラプラス”』

「“ラプラス”? それがコイツの名前か、マキナ?」

『イマ、ナヅケタ』

「フッ、ならその名前を拝命しよう。そのままコイツも奪って脱出するか!」

景気付けに力強く言うと、マキナも笑って乗ってくれた。一方でリーゼ姉妹は、やや気乗りしないながらも、転移魔法が封じられている今はこれに頼らないと脱出できないと強引に納得して、コクピットに乗り込む俺達に付いて来た。

「……む?」

ブリッジに入ると俺は奇妙な懐かしさを感じた。計器類や操縦桿は次元世界に勝るとも劣らない最新の技術で構築されているのにも関わらず、どこか世紀末世界に存在する技術の雰囲気が漂っていた。……考えてみれば、イモータルが世紀末世界と次元世界を行き来できるのならば、向こうの技術でラプラスが作られていても何らおかしくは無いか……。

「燃料、エンジン、電気系統、魔力機関、全て問題なし。“ラプラス”、発進する!」

全員座席のシートベルトを装着しているのを確認すると、俺はラプラスのエンジンを動かし始めた。するとどこかの浪漫が走り過ぎたのか、もしくはロキの密かな趣味なのか、外に続く滑走路が海を割って空に伸びていった。
その時、俺達が通ってきた通路から先の戦闘機人の二人が突入してきた。だが彼女達はラプラスのエンジンから発する風圧でこちらに近づけず、発進を邪魔する事は出来そうになかった。

「さあ、マキナ。外の世界を今からおまえに見せよう。おまえがこれから生きる……太陽の世界だ!」

そして……暗黒の世界で眠っていたラプラスは俺達の手で目覚め、闇の中から飛び立った。









「申し訳ありません、ドクター。ターゲットを逃がしてしまいました」

『構わないよ、トーレ。今回初任務のチンクも無事のようだし、君達に良い実戦経験が積めたと思えば儲けものだよ』

「ですが……」

『それにね、これ以上彼の相手をすると少々マズい事態になりそうなんだよ。具体的にはラジエルの連中がこちらに気付いてしまう可能性さ。彼らは管理局の中でもあまりに特殊な部隊だからね、計画を成就するまで下手に目を付けられる訳にはいかないんだ』

「……わかりました。ではこれより帰還します」

 
 

 
後書き
狂戦士の波動:ゼノサーガ3 オメガイドの技。コレを使うと攻撃が全てパワーアップする脅威の技だが、この小説ではサバタが強引に力を引き出す設定です。イメージはMGRのリッパーモード。

マジック・ブラックホール:”真空波の魔女”エレンが編み出した技。視界では分かり辛いが、その空間では魔力素が周りに全て拡散するため、魔法専用だが一種の透明な盾として使える。

空いた時間にコツコツ進めていたら、戦いが案外アッサリ風味になったり、話が長くなってしまったりしました。これからしばらくこんなペースになってしまうかもしれませんが、それでも地道に進めていきますので、よろしくお願いします。 
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