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鏡に映るもの

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4部分:第四章


第四章

 部屋はやはり薄暗い。窓から見える景色も急激に夜の帳に覆われていく。その中でハインリヒはフリッツに対して言うのであった。
「運がよかったね」
「運がですか」
「だってそうじゃないか。今日は野宿を覚悟していたんだよ」
 このことを明るく話すハインリヒだった。
「運がいいじゃないか。違うのかい?」
「だといいですけれどね」
 しかしそんな主に対して彼の返事は今一つ明るいものではなかった。むしろ暗いものだった。
「本当に」
「何か用心しているのかい?」
「旦那様」
 ここで真剣な顔で主に問うてきた。
「この城は森の中に一つです」
「うん」
 それはもう言うまでもないことだった。見ればわかる。
「それはね」
「それにです」
 フリッツはさらに言葉を続ける。
「家にも私のような者がいると聞いていますが」
「使用人達が?」
「猟師を含めてです」
 このことも主に話した。
「少なくとも鴨を捕まえられるような」
「そんなの普通にいるんじゃないのかい?」
「だとすればですよ」
 語るその顔が怪訝なものになっていた。
「何か静かじゃないですか?」
「静か!?」
「この城がですよ」
 その顔でまた主に語る。
「今だって何の物音もしませんよね」
「聞こえないだけじゃないのかい?」
「それにあの奥方様にここまで案内される時」
「さっきまでだよね」
「お城の誰かを見ましたか?」
 今度言うのはこのことだった。
「誰かを。どうですか?」
「そういえば」
 言われてみればそうだった。彼もフリッツも奥方の他は誰も見ていなかった。これだけは間違いがなかった。
「いないね、どうにも」
「それですよ。何かおかしいですよ」
「おかしいっていうと」
「まだ確かなものはありませんけれどね」
 話しながら周囲を見回す。薄暗い部屋の中で何もないがそれでも何かを感じて見回している顔であった。
「どうにも」
「気にし過ぎじゃないかな」
「そうだったらいいですけれどね」
「まだ疑っているのかい」
「ええ、まあ」
 今度のフリッツの言葉ははっきりとした肯定であった。その怪訝な様子も今は隠そうともしなかった。
「そう思って下さって」
「まあいいさ。ところで」
「はい」
「多分もう少ししたら夕食だけれど」
 彼はこのことに話を移してきた。
「どうするんだい?フリッツは」
「どうするっていいますと」
「多分僕はフラウに招待される」
 こう言うのである。
「けれど君は」
「ええ、いいですよ」
 別にそんなことは構わないといった調子のフリッツだった。
「それはね。私はここで」
「部屋で食べるのかい」
「御主人様と従者が同じ部屋で食べていいなんて法律はありませんから」
 身分社会では身分の違う者達が同じ部屋で同じものを食べるなぞ想像もできないことだった。特にそれがかなり強固だった欧州の社会においては。平清盛が冬の外で仕事をしている下人達に部屋の中に入るように言うといったことすら考えられない程の社会だったのだから。
「ですから私はここで」
「そうか。じゃあ僕だけか」
「ええ。ただしです」
「ただし?」
「あくまで私の気苦労ならいいですよ」
 念を押すフリッツだった。
「若旦那様」
「うん」
「鏡をよく御覧になって下さい」
「鏡を?」
「そう、鏡をです」
 こう言うのである。
「それもよく」
「鏡に何かあるのかい」
「御覧になられればわかります」
 また同じ意味の言葉を繰り返す。
 
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