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Shangri-La...

作者:ドラケン
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第一部 学園都市篇
第4章 “妹達”
  八月二日:『女と猫』



 とある公園の一角に、『彼』は寛いでいた。ベンチに腰を下ろし、目の前の噴水を眺めながら紅茶とスコーン、まるで英国の昼下がりだ。
 それが絵になるくらいに、『彼』は見目麗しく。()()()()()に張り付いた笑顔は、そうと思わねば気付きもしまい。


 実際に、通りすがる女学生達は一様に『彼』を眺めている。あくまで遠巻きに、眺めているだけだが。


「よお、捜したぜ────」


 その隣に、無造作に腰を下ろした少女が居た。この麗らかな昼下がりにはまるで似つかわしくない濃密な闇色の、陰惨な気配を纏った娘だ。
 革製の衣服に小柄な身を包み、白いコートのフードを頭から被った────()()()()()()()()()()を傍らに携えた娘だ。


「仕事の依頼だ、テメェの『技術』を買いてぇ」
「ふぅ……金額如何(いかん)、かな。こちらも商売なものでね」
「だろうな、そりゃそうだ」


 黒い娘に、そう答えた『彼』。あくまでも優雅に()()()()()()()で。
 嘲笑うような黒の娘にも、それを崩す事はなく。あくまでも、あくまでも。


「テメェのその()()を治せる……と言ったら?」
「────────」


 『あくまでも』が、崩れる。一瞬『彼』は、娘を殺意の籠った視線で睨み付ける。周りで彼を眺めていた女学生達が、一斉に悲鳴を上げて逃げ出した程に。
 その身に纏う、濃密な闇色。陰惨な気配は、つまり────この男も、また。


「ひっはは、良いねぇ。そうじゃなきゃ、だ────」


 娘は、それすらも微風の如く受け流して。取り出したのは────『焼けた肉』。『彼』が不快感に、眉目を潜めるほどに炭化した肉だ。
 それを掌に置いたまま、携えた本を開くと、某かを呟いて。瞬間、その肉が────『瑞々しい生肉』に還った。


「……成る程、大した能力です。だが、残念ながら必要ありません。あと三年早ければ、這い蹲ってでも頼んでいたんでしょうけどね」
「そぉかい? これは、『見た目だけ』の治癒じゃねぇ。所謂、『逆再生』だ。この意味、分かるよなぁ?」
「……………………」


 『彼』は、もう一口紅茶を啜る。沈思の為に、味わいながら。それを黙認と取り、娘は更に──舌舐めずりしながら、新たな『媚毒(ことば)』を。


「それに、今回の『獲物』は……テメェも知らねぇ『駆動鎧(パワードスーツ)』を持ってるらしいぜ? 何でも、『人のサイズで戦闘機並みの空間制圧戦闘能力を持つ』らしい」
「……ほう、それはそれは」


 『彼』の笑顔の性質が変わる。合点がいった、とばかりに。狂暴な、底冷えがするほどに。


()()()()()だ……」


 醜悪なまでに整った笑顔で、『彼』は彼方を眺める────


………………
…………
……


 西の空が茜色に染まる頃、第七学区の風紀委員(ジャッジメント)第一七七支部を後にした人影がある。
 長身で筋肉質な、亜麻色の髪のその男。背伸びをして背骨を鳴らしながら、歩く影だ。背後にて嘲笑う燃え盛る三つの瞳と、足下で血涙を流す無数の瞳が沸き上がる影を連れた男だ。報告書と始末書の二つを同時に書かされ、三度ほどあらゆる文字がゲシュタルト崩壊した男だ。


 因みに、黒子は昼前に飾利が寮に送っていった。明日は大事を取って休むらしい、と言うかドクターストップが掛かった。本人も不承不承了解した……と思いきや、『ハッ……傷付き帰還したわたくし、それを見たお姉さまは真に守るべき大事なものに気づいて(以下略)』とか元気を取り戻してくねくねしていたが。
 嚆矢の方も、誤魔化そうとした左肘の負傷をアッサリ見抜かれて、暫くは通院して診療となっている。『相も変わらず抜け目の無い人だ』と、大いに舌を巻かされた。


「ん~~……終わった終わった。さて、明日も早いし帰るか」
《ふむ、今晩の飯はそうさのう……うむ、この『牛ふぃれすてーき』とやらじゃな》
『てけり・り。てけり・り』
「巫山戯んな、んな無駄金が有るかよ。貯金もしたいし、今月は三万で乗り切るんだからな」
《節制など知らぬわ、金柑の手先め! (わらわ)は牛ふぃれすてーきに決めたのじゃ!》
『てけり・り。てけり・り!』
「むっしー」


 等と、端から見れば一人ごちる危険人物じみた具合で。包帯と簡単な固定だけが成された左腕を煩わしげに、尖らせた唇で掠れた下手くそな口笛など吹きながら。


「……なぁ、ロリコン先輩は一人で何を口喋(くっちゃべ)ってんだろうな」
「あれじゃね、遂にロリコンの毒が脳ミソまで回ったんだろ」
「惜しい人を無くした……と思ったが、ロリコンだから別にどうでもよかったと気付いた」
「聞こえてんぞ、後輩どもが……暇なら付き合えよ、ハンバーガーくらいなら奢ってやるから」


 バッチリそれを巨漢とスキンヘッドと学生帽の、後輩の男子風紀委員三人組に見られていたりして。


「ゴチんなりやーす。何すか先輩、今日は太っ腹じゃねーっすか」
「お前ほどじゃねぇよ、おむすび君。実は少し、良い事があってよ」
「どうせ白井に抱きつかれた、とかだろう」
「何だと黒眼鏡君、俺がそんな安上がりな男だと……なぁハゲ丸、アイツの能力(スキル)読心能力(サイコメトリー)』だったか?」
「能力使わなくても分かるってぇの、締まりのねぇ顔しやがって……ってか、ハゲ丸ってもう一回言ったら殺すかんな」


 そんな、在り来たりな夕暮れを当たり前のように。噛み締めるように、一歩一歩と────取り戻すかのように。


「うむうむ、菜譜の端から端まで喰ろうてやろうて! この『特製すかいたわーばーがー』とやらはとみに楽しみじゃ」
「うげふ!? テメ、いきなりは止めろ!」
「うおっ、何だ織田か……あれ、お前何時から居たっけ?」


 実体化し、背中に負ぶさった“悪心影(あくしんかげ)”……勧進帳(食いたいものリスト)を手にした織田市媛に、危うく頸動脈を絞め落とされそうになりながら。
 視界の端に見える、端整な嘲笑。一房に纏められた灰燼の如き黒髪と、夕焼けよりも尚濃い鮮血色の瞳。


呵呵(かっか)────何を言うておるか、下郎ども。初めから(わらわ)は居ったであろうに」
「そう言われると……」
「そうだったような気が……」
「しないでもないような気もするような……」


 揃って首を傾げた彼等の視線が外れた一瞬、燃え盛る三つの瞳が嘲笑を向ける。無論それは“這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)”としての顔だ、直視すれば正気を奪われかねない無貌にして無尽の悪意だ。
 それを後輩連中に見せない辺り、まだ良心的な部類の蕃神なのだろう。まぁ、食事前の無粋は好まないと言う程度の事だろうが。


「────どうした、嚆矢よ。行かぬのかのう?」
「……………………」


 嘲る物言いに、不愉快の意思のみを返して。いつも通り、もう最近は慣れてきた嫌いがある、背中の重みを背負ったまま。
 歩き出す世界を心に刻む。大嫌いな、その赤色の夕焼けを望みながら────それでも。()()の己には与えられなかった、大事な『日常』を噛み締めて……。


………………
…………
……


 時刻、十九時ジャスト。完全下校時刻までもう僅か、故に急ぐ自室までのその道程を、バイク形態を取るショゴスで走り抜ける。
 あの後、後輩と市媛にハンバーガーを約束通りに奢って。頼みすぎると裏に連れて行かれてマスコットのお兄さんに『お話』をされると言う都市伝説(フォークロア)のある百円のモノだけだったのでブーブー文句を言われたりして、随分と時間までもを食ってしまった。


 故に走らせる、刃金の二輪車。神代の甲鉄で()たれた大鎧、南蛮胴。『七つの芸を持つ』とされる『螻蛄(ケラ)』の似姿を持つそれは、重厚な排気音(エグゾーストノイズ)を奏でながら。


「……ふぅ、間に合ったか」


 無事に帰りついた、自室のあるメゾン。その庭には飼いも野良も区別無く、数匹の猫が屯している。
 まあ、いつもの事なので、いつも通り気にせずに。触ろうとすると逃げたり怒ったりするだけなので、興味無さげにその脇をすり抜けて……そう言う時に限って、この『猫』という生き物は甘えた声で鳴き、刷り寄ってくるのである。


「はいはい、また明日な────ッイテ」


 だからと言って、騙されてはいけない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
 猫達をあしらい、少し欲を出して撫でようとした掌。返ってきたのは猫パンチと唸り声、間を置かずに散り散り去り行く尻尾。


 自分から刷り寄ってきたくせに、こちらがその気になれば掌返し。まるで、『気易く触るな、この痴漢!』とばかりに。


「これだから、全く────女も猫も可愛いんだよなァ。(いや)、従順な狗もそりゃあ好きだけど」


 フラれ男は苦笑いしながら、一応は誰にも見えないようにバイクを物陰でショゴスに還して影の平面に潜ませて。自室の鍵を取りだそうとして────漸く、違和感に気付く。普段はない、どうも代車らしき軽自動車が停まっている事に。


「これって……ハンディある人用のか」


 物珍しさから、覗き込んだ車内の様子で理解する。普段見慣れない車の内部だが、それくらいは気付いた。
 同時に思い出した管理人の言葉。『近々、新しい入居者が来る』という、撫子の言葉も。


「あ、お隣さんですか~?」
「え、あーはい……」


 と、背後から少女めいた声。随分と低いところから。いきなり邂逅かと多少緊張しつつ『いつもの通りにすれば良いだけか』と思い直して、握り締めた“兎脚の護符(ラビッツフット)”から『話術(アンサズ)』のルーンを頭痛と共に励起させて振り返る。


「始めまして、対馬で……って」


 その瞳に、その姿は映る。ピンク色の髪に小学生と見紛うばかりの小駆には似つかわしくない岡持(おかもち)を抱えていた。


「こんばんはです、隣に越してきた月詠で……って」


 同じく、それは対面の幼女……否、()()も。目の前の男の顔を見て──はたと、思い出したように。


「あなたは確か……対馬ちゃん? 上条ちゃんを助けてくれた」
「『ちゃん』って……あ、はい。その節はどうもです、月詠さん」


 一週間程前に、火織にノされた当麻を送り届けた先の家主だ。そう──インデックスの『首輪』とやらを破壊する際に()()()()()になった部屋の。
 それを思い出して、得心する。確かに、あんな状態の部屋に住める訳がない。


「えっと……上条くんとインデックスちゃんは元気ですか? あれから会ってないんで心配で」
「ええ、元気ですよ~。私の部屋を台無しにするくらいには」
「そ、そっすか……」


 気まずさから何とか会話のネタを絞り出した嚆矢に、ニコニコと……既に一、二杯引っ掛けたかのように据わった目で笑い掛けた、月詠 小萌(つくよみ こもえ)教諭。
 どう見ても目が笑ってはいない。その瞳には疲れと諦め、そして……酷く冷酷な気配があった。何か、悪いもの(クリッター)でも取り憑きでもしているんだろうか?


「あ、これ、引っ越し蕎麦です。蕎麦アレルギーとか無いですよね?」
「大丈夫です、好物です。特に冷やしたぬきとか最高ですよね」


 と、差し出された岡持。その中には、進言通りに引っ越し蕎麦が。ラップが掛けられているが、まだ温かいのが分かる。


「あはは、面白い冗談を言いますね、対馬ちゃんは? この世に『()()()()()()』なんて言う、非人道的で冒涜悪逆の極みのようなものが存在するわけ無いじゃないですかー」
「……えっ?」


──何か今、凄い事を言われたような。凄い笑顔で。凄い真顔で。


 しかし、その一瞬の思考の合間にも時は流れ去る。気付いたのは、弛まず続けた修練の賜物か。嚆矢の背後に忍び寄ったその気配に、彼は──瞬時に身を屈めて、後方からの裸締めを回避した。


「ひゅう、さっすがじゃん、対馬。伊達に『先輩』の愛弟子じゃないね」
「勘弁してくださいよ、黄泉川さん……あと、破門された身としては嫌味にしか聞こえませんって」


 それを成した女……緑色のジャージに身を包む、艶やかな肢体の女。警備員(アンチスキル)であり、即ち教師である彼女は黄泉川愛穂(よみかわ あいほ)。そんな彼女に、苦笑いを向けて。


「もう、黄泉川先生……他校の生徒にまでちょっかいかけちゃダメですよ? そうでなくても黄泉川先生は肉体言語(ボディランゲージ)過多で誤解されやすいんですから。ね~、対馬ちゃん?」
「ギクッ、べ、別に『躱さなきゃあの凶器を堪能できたんじゃ?』とか思ってないですから……!」
「あっはっは、小萌センセには敵わないじゃん。と、これ引っ越し祝い」


 同じ高校の教師、知己である二人に挟まれてしまい微妙に居心地が悪くなる。見た目的には親子レベルの違いがあるが……どうやら気は合っているようだ。


「あ、『梅安 久兵衛(うめやす きゅうべえ)』じゃないですか! 一口飲めば、星間飛行しているような夢心地だとか。でも、限定生産で滅多に出回らないって話なのに……良く手に入りましたね!」
「日頃の行いの賜物じゃん、今日もたっっぷり働いたからね……対馬?」
「あ~……はい、そうですね……御迷惑をお掛けしました」


 その愛穂が小萌に差し出した袋。高価そうな化粧箱には、『大吟醸 梅安 久兵衛』と記されている。
 にやりと流し目で見遣られては、照れたらいいのか反省したらいいのか。兎に角言える事は、この女性は自分が色女だと言う事を自覚するべきである。非常に勿体ない話である。


「そーだ、対馬も小萌センセの引っ越し祝いに付き合うじゃん? 寿司も特上の奴が三人前あるし」
「えっ、特上寿司? マジですか、三年は食って無いっす」
「マジマジ。本当は後輩を連れてくる気だったんだけど、急用で来れなくなったじゃんよ」


 その誘いは、十分すぎる魅力。大小の違いはあれどもどちらも紛う事なき美形の女教師二人と夜会とは。健全な男子であれば妄想した事くらいはあると思う。
 加えて、特上寿司。この学園都市では、嗜好品の類いは高い。寿司もまた、回転しているものですらも結構値が張るのだ。この期を逃せば、次は何時になるやら皆目見当もつかない。


 ……以上の点から鑑みて。この男子垂涎の誘いに対して対馬嚆矢が取るべき選択肢は、たったの一つ。()()()()である。


「いやぁ、返す返す惜しいんですけど……明日も早いですし、もう完全下校時刻過ぎてますから」


 『断る』選択を取り、告げる。一応、学生の身だ。こんなところで目をつけられては敵わない。


「はい、花丸ですよ~、対馬ちゃん。学生の本分は勉学ですものね。うちの『三馬鹿(デルタフォース)』ちゃん達にも見習って欲しいです」
「ハイなんて言おうもんなら、みっちり座学コースだったってのに。あ~あ、可愛いげ無いじゃん」
「アハハ……やっぱり」


 それに二人の女教師は、そんな言葉を重ねる。一人は満面の笑み、一人は慚愧のしたり顔で。
 端からそうだろうと読んでいた彼は、額に浮き上がった冷や汗を拭って。


「それじゃあ、またです。対馬ちゃん」
「また今度、じゃんよ。対馬」
「はい、じゃあ、また……月詠さん、黄泉川さん」


 そして、連れ立って帰っていく。その後ろ姿が、隣の部屋に入るのを見届けてから。


「……ほらな、だから女と猫は信用ならねェンだよ」


 そんな言葉を……真理を呟きながら、自らの部屋の鍵を開けて。開き、閉じる。
 そして履き物を脱いで、上がろうとして────刹那、()()()()()()()()()()()()()()()


「……お帰り、義兄(にい)さん。()()()()()()()()()()()()
「──────────────待て、弓弦(ユミ)。違うぞ、義兄(にい)さんは全力で誘惑を断ち切って────!」


 目の前に立つ、()()()()()()()()()()()()()()の……金髪に群青菫(アイオライト)の娘の姿を視界に収めて。
 鼻血が零れる事すら無視し、嚆矢はただ弁解のみを試みて。


「────『贋作魔剣(グラムフェイク)』」
弓弦(ユミ)────待て、待ってくれ!」


 その放つ祝詞に、己の命運の終局を読み取って……


「────『■■■■■(■■■■■■)』」
「─────────────!」


 渦を巻く螺旋状の虹色の直撃により、その意識を無限の暗闇に向けて散らしたのだった…………。 
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