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耳なし芳一異伝

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2部分:第二章


第二章

「実は」
「左様か」
「それにですね。芳一さんに対しても身分を仰らないそうですし」
「それはまた面妖な」
 和尚はそれを聞いて袖の中で腕を組んでいぶかしむ顔になった。
「毎夜語ってもらっているのじゃろう、芳一に」
「はい、そうです」
「それで何故身分を明かさぬのじゃ?」
「やんごとない方なのでは」
「いや、それはないじゃろ」
 しかし和尚はその可能性は否定するのだった。
「それはないじゃろ」
「ないというのですか」
「周防におられる高貴な方は多いが」
 和尚はこの話をするのだった。
「それでもじゃ。わしの知る限り芳一に対して身分を隠す様な方はいないぞ」
「そうですよね。それは」
「それはない」
 あらためて言う彼だった。
「それはな」
「そうですか。では一体」
「まさかとは思うが」
 難しい顔になった和尚だった。そうして言うのであった。
「よからぬ筋の者かも知れん」
「よからぬのですか」
「少し調べておこう」
 こう言ってであった。小僧に対して告げた。
「今夜じゃが」
「今夜ですか」
「芳一はまた行くじゃろう」
「はい、間違いなく」
「その時に後ろをつけて見てくれるか」
 こう彼に言うのだった。
「それで調べてくれ」
「わかりました。それでは」
「頼んだぞ。よいな」
 こうして小僧はその夜芳一についていくことになった。彼は芳一の近くに隠れて様子を見ていた。するとやがて。
「おるか」
 声がした。低く厳しい男の声だった。
「芳一殿、おるか」
「はい」
 廊下の縁のところに琵琶を持って座っている芳一はその声に応えた。声の方に顔を向ける。
 しかしそこには誰もいない。小僧は障子の向こうからそれを覗き見ながら怪訝な顔になった。最初はそれはただ暗がりのせいだと思った。
 しかしそれでもだった。やはり姿は見えない。そのことに首を傾げているとだった。
 また声がした。声は次第に芳一の方に近付いてきていた。
「おられるか。それではじゃ」
「また案内して下さるのですね」
「左様。それでは参ろう」
 声がさらに近付いてだった。小僧は恐ろしいものを見てしまった。
「あれは・・・・・・」
 そこにいたのは人ではなかった。何と火の玉だった。青白いそれが宙に浮かんでいた。その火の玉が芳一の前に来ていたのだ。
「まさかあれは」
 小僧は驚愕しながら悟った。それが何であるかをだ。
「では芳一殿が行かれているのは」
「ではまた」
「参りましょう」
 二人はそのまま向かうのだった。果たして二人と言っていいかどうかはわからないが。それでも芳一は立ちそのうえで火の玉に案内されたうえで何処かに向かった。
 小僧は最初腰が抜けていたがすぐに我に戻ってだった。和尚に言われたまま後をつけていった。その彼が辿り着いた場所はさらに驚くべき場所であった。
「まさかここで」
 墓地であった。しかもである。その墓地は。
 平家の者達の墓地であった。芳一は火の玉にそこに案内されていた。そして彼が辿り着いたその場所には無数の火の玉が集まっていた。
「あの火の玉こそは」
 それぞれ平家の者達の墓地の上に燃えている。ということはだった。
 
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