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鏡の美女

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1部分:第一章


第一章

                        鏡の美女
 ベルサイユ宮殿の鏡の間。近頃ここで奇妙な噂が生じていた。
「また出て来たのですか」
「はい、出て来ました」
「またです」
 こうした話になっていた。
「また出て来たそうです」
「鏡の中にです」
「出て来たのです」
 こう話していく。誰もが怪訝な、怪しむ顔になっている。
「あの美女がいたそうです」
「そうなのですか、また」
「出て来たとは」
「また面妖な」
「全くです」
 そしてだ。このことは宮中での第一の噂になっていた。このことは当然国王であるルイ十五世の耳にも入った。王もそれを聞いていぶかしむのだった。
 玉座においてその流麗な顔をいぶかしめさせて。そのうえでの言葉だった。
「鏡の間のそこにか」
「はい、そうです」 
 緑のみらびやかなドレスに髪を白くさせた細面の美女が応える。彼女は王の傍に控えている。これが王の愛人にして第一の側近であるポンバドゥール夫人である。かなりの辣腕家として知られている。
「噂になっています」
 その美貌の顔での言葉だ。白い髪を結い上げさせその細い顔をさらに細く見せている。
「実際に見た者も多いそうだな」
「私の侍女も見ました」
 夫人はここでこうも話した。
「鏡の中にです。この世の者とは思えない美女が微笑んできているのが見えたと」
「美女であることはよい」
 王はまずはそれはいいとした。彼は無類の女好きでもあるのだ。それで歴史にも名前が残っている。
「しかしだ」
「しかしですか」
「あまりにも面妖な話だ」
 彼が言うのはこのことだった。
「鏡の向こうの世界は当然我等の世界ではない」
「はい」
「そしてその世界にいる女となるとだ」
「よからぬ存在だと思われるのですね」
 問う夫人の顔も真剣なものである。
「その美女は」
「そうだ。間違いなく魔界の存在だ」
 それだというのである。王もまた険しい顔になっている。
「それをそのまま放っておくことはできはしない」
「ではどうされますか?」
「かといっても公にできるものでもない」
 このことも言うのだった。王にしてもそれはわかった。こうした話が公になれば宮中で今以上の騒動になるだけではない。外国にも知られ騒動が続く。それがわかってのことだ。
 そうしてだ。彼はここでまた一つの決断を下したのだ。
「よし」
「どうされますか?」
「サン=ジェルマン伯爵を呼ぼう」
 その人物を呼ぶというのである。
「彼なら何とかしてくれる」
「サン=ジェルマン伯爵をですね」
「彼はありとあらゆる事柄を知っている」
 これが王へのそのサン=ジェルマン伯爵という人物への評価である。それを聞いてであった。そのうえで夫人に対してその名前を出してみせたのである。
「だからこそだ」
「わかりました。ではサン=ジェルマン伯爵を呼ぶのですね」
「早急にだ。対処しなければならない」
 まさにそうだというのである。
「よいな、それではだ」
「わかりました」
 夫人は玉座の王に対して一礼した。そのうえでそのサン=ジェルマン伯爵を呼ぶのだった。すぐに小柄で金髪、猫の様な緑の目をした男が来た。
 赤地に白いフリルのある上着とズボンには銀の刺繍や宝石が編み込まれている。それはフランス宮廷の服である。その彼が王の前に来て恭しく一礼してきた。そのうえで彼に対して言ってきた。
 
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