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モンスターハンター 風の弾弓少女

作者:流水郎
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前編











「ミナガルデ産の葡萄酒! 百ゼニーから千五百ゼニーまで揃ってるよ!」
「アイルー用の枕、毛布、マタタビ、何でも取り扱ってますニャー!」

 交易の盛んなノスリ自治領では、ハンターギルド集会場にも多くの行商人が訪れている。ハンターが使う薬品類の他、食べ物や酒類も多く販売されており、狩りから帰ってきて一杯やっている者も数多い。たまに酔って狩猟笛を吹き鳴らす迷惑な奴もいて、ウェイトレスにはり倒されている。
 しかし時折重傷を負ったハンターが担架で担ぎ込まれてくる光景を見れば、ここが死と隣り合わせの狩人のたまり場であると分かる。それでもここのハンターたちは大抵陽気な笑顔を浮かべていた。特にベテランのハンターほど、不安に囚われることがどれだけ危険が知っているのだ。

「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」
「医者を呼ぶか? それとも葬儀屋か?」

 担架に乗せられたネブラU装備のハンターに、知り合いらしい二人組が問いかけていた。

「どっちもいらねぇ……アルコールをくれ」
「消毒用のかい?」
「ウォトカに決まってらぁ」

 傷を負った脇腹を押さえ、そのハンターは余裕の笑みを見せる。ベテランならではの凄みのある笑いで、近くにいた新米のハンターが唖然としてそれに魅入っていた。彼らにとってはこれが日常なのだ。
 一方別のテーブルでは、数人のハンターたちが誰かの名を呼んでジョッキを掲げていた。死んだ猟友の弔いなのだろう。こうして浴びるほど酒を飲んで、酔っ払って歌う鎮魂歌が亡き狩人への手向けだった。

 それらを尻目に、ルーヴェンはカウンターで受付嬢と話をしていた。背には愛刀の鉄刀【神楽】、身にまとうのはヴァイクシリーズと呼ばれる防具だ。ヨロイイシダイなど硬い鱗の魚を使って作られた防具で、ヒレをモチーフにした装飾が美しく涼しげだった。性能に関しても扱いやすい防具で、剣の切れ味を保つ力がある。集会所にいる若いハンターたちは美しく輝く真新しい防具を身につけていたが、それに対し彼のヴァイクシリーズは煤けや細い傷が多く、艶はない。それだけ多くの狩りを経ているのだ。

「おそらく、あちらの方ですね」

 職員が指し示したのは、隅のテーブルで飲み物を飲んでいる少女だった。身にまとっているのは布製の服だが、見る者が見ればそれがとある村のギルト受付嬢の制服だと分かる。そしてそれが戦闘を考慮した設計になっている、歴とした防具であることもルーヴェンは知っていた。桔梗シリーズと呼ばれる代物だ。

 若きハンターは受付嬢に礼を言うと、そのテーブルへ向かった。ジュースらしき物を飲み干した少女はルーヴェンに気づいたらしく目を向ける。黒曜石のような光沢のある瞳だった。後頭部で結わえられた髪も同じ色で、肌は雪のように白い。小柄で一件華奢な体つきだが、無駄なく鍛えられていることがルーヴェンには分かった。コップを置いたときに掌にあるタコが見え、その位置から弓使いであることも察する。

「あんたがピリカレラさん?」
「ええ」

 頷いた彼女に、ルーヴェンは割符を差し出す。少女の方がポケットから同じ形の割符を取り出し、ルーヴェンのそれと合わせた。書かれた絵がぴったりと合い、アカデミーの紋章である飛竜の姿となった。

「俺はルーヴェン・セロ。あんたの狩りを助けるよう、アカデミーから言われてきた」
「ありがとう。私一人では倒せない相手なの」

 滑らかな声で礼を言い、ピリカレラは微笑んだ。妖精のような笑顔、と陳腐な表現ではあるがルーヴェンは思った。給仕のアイルーを呼び止め、ボコスカッシュという炭酸飲料を注文すると、テーブルを挟んで向かい側に座る。

「早速だけど、相手のモンスターは何だ?」

 すぐさま本題を切り出す。『独り立ちの試練』に逸る心を抑えきれていなかった。そんなルーヴェンを見つめ、ピリカレラは声のトーンを少し落として告げた。

「迅竜」
「……ナルガクルガか」

 ルーヴェンの表情が僅かに強張った。密林の暗殺者などとも呼ばれる飛竜ナルガクルガ。ベテランのハンターでさえ迂闊には挑めない存在だ。翼に切れ味の鋭い刃を有し、強靭かつ軽量な体で俊敏に動き回る。だがそれ以上に恐ろしいのは、狡猾さと凶暴さを併せ持った知能の高い飛竜であることだ。
 ルーヴェンは戦ったことはないが、手強さは師であるナライからもよく聞かされている。師はナルガクルガの刃翼から作った太刀を愛用しており、その切れ味に惚れ込んでいた。あの刃の原料となった刃翼の持ち主と戦うのである。

「迅竜と戦ったことはある?」
「いや。リオレウスは倒したけど。あんたは?」
「一度だけ。仲間と一緒だった。でも今追っている迅竜は手強いの」

 丁度アイルーが飲み物を持ってきた。すっきりとした炭酸を味わいながら、ルーヴェンはピリカレラの話に耳を傾ける。

「奴は私の兄を殺して、他の狩人も大勢退けてきた。他の奴よりずっと賢くて強いわ」

 経験を積んだモンスターは手強い。そのことをルーヴェンもよく知っていた。ことに知能の高い種類は学習能力があり、人間という生物のことを理解し始める。元々狡猾なナルガクルガなら尚更強敵となるだろう。
 だが今更恐れはしない。多くのハンターが撃退されてきたのなら、そいつらの無念をまとめて晴らしてやろうとルーヴェンは思った。ましてや目の前にいるこの少女も自分同様、モンスターによって家族を失ったのである。親近感と同時に、彼女のためにも討伐を成功させたいという思いが湧いてきた。

「なるほど。ところで、あんたの弓はどうしたんだ?」

 先ほどから気になっていることの一つだった。ピリカレラが弓使いであることは察していたが、背中に武器らしい物を背負っていなかったのだ。
 ピリカレラは腰に手を回し、小振りな道具……否、武器を卓上へ出した。剣の柄のような握り手と、台座から突き出す湾曲した角。その間に張られた弾性の帯。一件玩具のようにも見えるが、立派な狩猟用の武器だ。

「鹿角ノ弾弓か。本物は初めて見た」

 矢ではなく弾丸を発射する特殊な弓だ。イロモノや珍品として扱われることが多いが、普通の弓より遥かに小さく、取り回しやすいことから好むハンターもいる。どうやら彼女はなかなかの腕前のようだ。

「よく私が弓使いだって分かったわね」
「手を見ればタコの位置とかで分かるさ」
「なるほど……」

 感心したようにピリカレラは呟いた。剣術のみならずこのような観察能力においても、ルーヴェンは同期の中で抜きん出ていた。だから尚更、なかなか卒業を認められないことに苛立ちを覚えていた。

「貴方の方は太刀使いなのね」
「ああ。大剣も使えるけどな」

 笑みを浮かべ、ボコスカッシュの残りを飲み干す。その間にピリカレラは羊皮紙の書類を卓上へ出した。ギルドの依頼書である。場所はノスリ自治領からほど近い森林地帯で、ルーヴェンも行ったことのある場所だった。依頼料や報酬金額の他、討伐対象がナルガクルガであることが書かれている。またピリカレラの言ったように、そのナルガクルガが危険な個体であり、他の地へ遁走する前に討伐せよとのギルドの意向も書かれていた。

「貴方さえよければすぐに準備して、今日中には現地へ行きたいんだけど……」
「望むところだ」

 そう答え、ルーヴェンは左手首に結ばれた、青い麻紐をちらりと見た。アカデミー訓練生の印だ。これを外すときが独り立ちの時である。ナルガクルガを狩ることができれば、皆自分の実力を認めるだろう。だがそれも出発点でしかない。
 幼い頃、自分から家族を奪った竜を探し出して討つ。復讐こそが、彼の最終目標だった。

「それじゃ、買い物に行きましょう」

 ピリカレラに続き、ルーヴェンは席を立った。






 狩り場へ向かう前の準備は怠ってはならない。武器の手入れはもちろんのこと、回復薬や砥石なども買い揃え、自分で採取したハチミツを回復薬に調合して効果を高める。ピリカレラの品物を選ぶ目や調合の手際は見事なもので、やはりそれなりに練度の高いハンターなのだろう。アカデミーでは調合技術なども学ぶが、ルーヴェンは戦闘に比べるとやや不得手だ。しかしそれが卒業を遅れさせていた理由ではないことを、彼は分かっていた。他に何か、自分に足りないものがあるのだ。校長が言ったように、この試練を通じて学ぶしかない。

 アプトノスの曵く竜車に荷物を積み込み、二人は出発した。御者はギルドのアイルーだ。しばらくはナルガクルガの特性などを語り合っていたが、丁度昼時になったので、二人とも用意していた携帯食料を竜車の中で広げた。ルーヴェンの物は干し肉とパンだったが、ピリカレラは肉団子のような物を金属の容器に入れていた。

「それ、手作りか?」
「うん。私の村……チュプコタンではよく食べるの」

 魚を骨ごと叩いて刻み、丸めて作るのだとピリカレラは説明した。魚の小骨やその隙間の肉なども余さず調理できる方法で、手間はかかるが獲物を無駄なく食べるための知恵だ。

「一つ食べる?」

 彼女は親しげな笑顔で容器を差し出してきた。これから兄の仇を討ちに行くというのに、こんな笑顔を浮かべる余裕があるのかとルーヴェンは不思議に思った。

「ああ、くれ」

 共に戦うからには親睦を深める必要がある。互いを全く理解しないでチームプレイをするくらいなら一人の方がまだ良い。ルーヴェンはアカデミーでそれを習ったし、ピリカレラもハンターとしての経験から知っていた。
 魚の団子を一つ摘んで食べると、味わいは素朴ながらも豊かだった。細かく刻まれた骨の食感も良い。

「結構イケるな」

 感想を述べつつ水筒の茶を飲むと、ピリカレラは丸い目を彼の左手首に向けた。

「それ、奇麗ね」
「ん? ああ」

 一瞬何を言っているのか分からなかったが、その目線から手首の紐だと察した。砕いたマカライト鉱石をまぶして作られるこの紐は強靭で、独特の輝きを発する。

「アカデミーの訓練生の印さ。この狩りを終えたら外してもらえるかもしれない」
「つまり卒業っていうこと?」

 ルーヴェンは頷いた。

「何としてもアカデミーを卒業したいんだ。卒業生はアカデミーにある書籍を自由に読めるから」

 ハンター養成施設であるハンターアカデミーには膨大な数の資料がある。生態、出現記録、未確認モンスターの目撃情報、先人たちの足跡……訓練生が閲覧できる書類だけでも数多いが、卒業生になればより多くの資料を見ることができる。さらに教官になれば機密情報クラスの資料も閲覧可能だ。ルーヴェンの目的を達成するのに必要なことだった。

「本が好きなの?」
「好きか嫌いかで言えば好きだけど、それよりも欲しい情報があってな」

 ルーヴェンは幼少期の記憶を思い出す。おぞましい記憶だった。
 ルーヴェンの父は近隣では名の知れたハンターだったが、突如襲撃してきた謎の竜には敵わなかった。それまで住んでいた村も、平和な日々も一瞬で失われた。人は死に、建物は崩れ去った。全てを失ったルーヴェンは屍肉を狙うジャギィへの恐怖に震えつつ、瓦礫の下で死線を彷徨っていた。やがて調査にきたハンターアカデミーの訓練生に発見されて一命を取り留めた。その訓練生が若き日のナライで、その後自身もアカデミーで訓練を受けることになったのだ。復讐のために。

 ルーヴェンが覚えているのはその竜が獣竜種らしき、翼を持たない種族だったことと、背中に長大な槍のような器官があり、父がそれに刺貫かれたことくらいである。ナライたち教官や校長に尋ねても、そのようなモンスターを知っている者はいなかった。
 だが保管されている膨大な資料の中になら、もしかしたら何らかの手がかりが眠っているかもしれない。あのモンスターの足跡を辿り、葬り去るために必要な情報が。

「……ピリカレラ、あんたは誰から狩りを教わったんだ?」
「父さんから。目に怪我をして引退してるけど、チュプコタンで一番の弓使いだったの」
「そうか。親父さんから……」

 父があのとき死なずなければ、自分も父の指導を受けてハンターとなったのだろうか。そうだったら人生はどう変わっていたことだろう。
 考えても仕方ないことだと思い、ルーヴェンは思考を中断した。過去は変えられないのだ。

 例え復讐を成し遂げても……










 竜車はゴトゴトと揺れながら順調に進み、やがて目的地の鬱蒼とした森に行き着いた。木々の合間からケルビが顔を覗かせるも、ルーヴェンと目が合うと慌てて引っ込む。植物も豊かに生い茂っており、並び立つ大木の上からは鳥の鳴き声も聞こえた。多くの生き物がここで生まれ、行き、そして死んでいく。
 それが自然界の営みだが、以前来たときにはなかった重圧をルーヴェンは感じていた。

「……ここにいるな」
「ええ。森の中を動き回っている」

 ピリカレラも頷いた。彼女の装備している防具・桔梗シリーズには『千里眼』と呼ばれる力が備わっている。着用した者の感覚を強化し、モンスターの足取りを察知できるというものだ。具体的な原理はギルドが軍事利用を恐れて秘匿しているが、この力があれば討伐対象を探すのは用意だ。

 竜車は森近くの空き地に停まり、ルーヴェンたちは荷物を降ろした。薬品類などはポーチや背嚢に入れ、野営用のテントを設営し始める。安全と思われる地帯を狩りの一時拠点とするのだ。

「ご多幸お祈りいたしますニャ」

 御者のアイルーをそう告げて、竜車を走らせ去って行った。

 テントの設営は二人とも手慣れたものだった。素早く完成させ、道具類を整理する。持って行くのは糧食や薬品類、罠類、そして何よりも大事な武器と、剥ぎ取り用のナイフだ。ピリカレラの方は矢につける薬品の入った瓶も一通り備える。鹿角ノ弾弓は弾丸を発射する弓だが、弾に棘がついているため瓶を使うことができるのだ。剣士であるルーヴェンはガンナーより荷物は少ないが、愛刀の切れ味を保つための砥石は常に持ち歩かねばならない。

「ナルガクルガは罠を見破るんだったよな?」
「落とし穴はね。でも怒っているときには引っかかりやすいみたい」

 話し合いつつ準備を整え、二人は出発することにした。千里眼の力があるピリカレラが先頭に立ち、斥候を務める。

「改めて、よろしくね!」

 笑顔でそう言う彼女に、ルーヴェンは若干の不自然さを感じながら頷いた。

 森へ入ると、そこがもう狩人の領域、弱肉強食の理が支配する場所であることが肌で分かった。気を引き締めるルーヴェンの前を、少女は鉈を片手に軽い足取りで歩いて行く。鹿角ノ弾弓に付属している物で、近接戦闘に用いるための鉈だがピリカレラは邪魔なツタを切り払うのに使っていた。足場が良いとは言えない森の中を苦もなく歩く後ろ姿を見れば、相当に山歩きに慣れていることが伺える。歳は自分より少し下だろうが、実戦経験では劣らないだろうとルーヴェンは思った。

「ナルガクルガは今どの辺りだ?」
「まだ遠い……でも」

 ピリカレラはふいに身を屈めた。一瞬敵かとルーヴェンは思ったが、彼女は地面に落ちた木の枝を拾うだけだった。

「少し前にここを通ったわ」

 その枝を見せられ、彼女の言っていることを理解した。木の枝には葉が多数ついており、まだ瑞々しい。そして断面はささくれ立っておらず、鋭利な刃物で切り落としたかのように滑らかだった。それも木の色合いからして、つい最近切られたもののようである。
 ナルガクルガが木から木へと飛び移る際、刃翼で切り落とされたのだ。

 上を見上げてみると、周囲の大木に数カ所、傷跡が見受けられた。単なる爪や牙の跡ではなく、鋭利な刃翼によるものだ。縄張りの印でもあるのかもしれない。

「まだそう遠くまでは行っていないんじゃないか?」
「うん、今は……あっ」

 ピリカレラが左側に目を向けたかと思うと、突如そちらへ駆け出した。ルーヴェンも即座に鉄刀の柄に手をかけ、身を低くして追う。ナルガクルガの気配を察知したのだと確信した。周囲に気を配りつつ彼女を追う。

 ……が。
 ピリカレラは樹液の滴る大木の根元に屈み込むと、そこの地面をまさぐった。

「特産キノコ見っけ」

 思わず脱力して転倒しそうになるルーヴェン。先ほども感じた違和感が疑念に変わってくる。この少女は本当にナルガクルガを討つ気があるのか、と。特に今回相手にするのが特に危険な個体であることをピリカレラ自身が語っていたし、ましてや彼女の兄の仇でもあるのだ。それなのに無邪気に笑顔を見せ、キノコの採取までしている。自分なら脇目も振らず、仇目がけて一直線に進むだろうに。

「……あのさあ、ピリカレラ」
「あ、モンスターが来たと思ったの?」

 採取した親指大のキノコをポーチに収めながら、彼女はルーヴェンの心中を察したかのように言った。

「ルーヴェンは隙が無さ過ぎるわ。もっと楽に構えないと」

 そう言って、ピリカレラは再び歩き始めた。握った鉈でツタを切り払いながら歩みを進める。ルーヴェンは黙ってその後に続いた。彼女の言う通り、もう少し緊張を解した方が良いと思ったからだ。卒業がかかっていること、そして人間の命を奪った竜への怒りで気が逸っていた。
 師に言われたように、ハンターは誠実で謙虚でなくてはならないとルーヴェンも分かっている。そう言うとハンターは人格者ばかりなのかという話になるだろうが、そのような意味ではない。少なくとも一瞬の油断が命取りとなる狩り場では奢りや名誉欲を廃し、感覚を研ぎすませねば生き残れないのだ。逆に気を張り続けていては目に見えない不安に駆られてしまう。

 あくまでもこの試練は、仇を討つための第一歩でしかないのだ。ルーヴェンは自分にそう言い聞かせた。

「……ここは奇麗な森ね」

 周囲を警戒しつつも、気楽な口調でピリカレラは言う。鳥がさえずりながら頭上を通り過ぎて行き、色鮮やかな蝶が舞っていた。時折ケルビが木々の合間を駆けて行くのも見えた。ここが自然の恵みに溢れた、しかし危険な森であることはルーヴェンもよく知っている。

「奇麗だけど、平和とは言えない。ナルガクルガがいる」
「うん。あいつは私たちが倒さなくちゃいけない」
「あんたのお兄さんの仇だもんな」

 ルーヴェンの言葉に、ピリカレラはきょとんとした顔で振り向いた。何の話だ、とでも言いたげな表情だ。

「仇?」
「お兄さんをナルガクルガに殺されて、仇を討ちたいんだろう」

 当然そうだと思っていたことを、ルーヴェンは口にした。だがそれに対する答えは、彼にとって予想外の言葉だった。

「竜相手に仇討ちなんて、意味ないでしょ」

 あっさりとした口調のその言葉は、ルーヴェンの心に深く突き刺さった。謎の竜によって全てを失い、その復讐のみを目標に過酷な訓練を耐え抜いてきた。村を壊滅させたあの竜を、自分の手で倒すことだけを願って。
 そんなルーヴェンにとって、ピリカレラの言葉は自分の人生そのものへの否定と同じだった。モンスターへの復讐など空しいだけだ……師からもそう諭されたことがある。それでもルーヴェンはあのモンスターが許せなかったのだ。自分と同じく、モンスターに肉親を奪われた少女がそんなことを言うのはどうにも納得がいかなかった。

「それじゃ、あんたは何故その迅竜を……!」

 やや高ぶった感情で問いかけたときだった。

 周囲で茂みのざわつく音と共に、犬の吠えるような声が聞こえてくる。この大陸のハンターなら聞き慣れた鳴き声だ。ルーヴェンは背中の愛刀に手をかけ、ピリカレラも鉈を鞘に納め、鹿角ノ弾弓を手にする。棘のついた球形の弾丸をポーチから出し、弦に番えた。いつでも撃てる体勢だ。

 ――ウォン! ウォン!――

 雄叫びと共に、小さな影が多数飛び出してくる。オレンジ色の鱗を持つ鳥竜種が次々に飛び出しては吠え、鋭い牙を剥き出しにした。ジャギィと呼ばれる小型の鳥竜手で、体は小さくとも俊敏な捕食者として知られている。

 突如の襲撃に、ルーヴェンは即座に動いた。正面に吶喊しつつ、抜刀の体勢を取る。真正面で吠えている一頭のジャギィに狙いを定めた。鯉口が切られ、白刃が木漏れ日に煌めく。

「ハァッ!」

 疾走から急停止しての、抜き様の一撃。素人は腕のみで武器を振り回すが、大事なのは丹田を中心として力を込めることだ。急停止からの振り下ろしにより、慣性のついた上半身によって繰り出された刃は鋭く空気を切り裂いた。
 狙いは寸分違わず、ジャギィの頭蓋へと白刃が食い込む。

 ルーヴェンは動きを止めない。横にいるもう一頭へ即座に横薙ぎの一撃を浴びせて飛びずさる。今度は切先がジャギィの白い腹を裂いた。仰け反って苦しむジャギィへ、さらに刺突。ナライの訓練によって身につけた技に、自然と体が乗っている。
 横合いから迫ってきたジャギィに、ピリカレラの弾弓の一撃が命中した。弾丸の棘が喉に刺さり、倒れそうになった所を鉈の一撃が襲う。

 鉈を逆手持ちに左右へ切り払い、素早く弾弓を放ち、ピリカレラはルーヴェンを援護した。太刀使いは独特の気迫を持っていることが多い。だがルーヴェンの気迫には負の感情が渦巻いていた。

 そのことをピリカレラは敏感に感じ取っていたが、それよりもジャギィの動きが気になった。縄張りに侵入してきた外敵を倒そうとしているのなら、もっと木々に隠れながら狡猾に包囲してくるだろう。だが今のジャギィたちは無闇に雄叫びを上げ、突撃してきては太刀にかかって倒れていく。何かに怯え、追い立てられているかのように。

「まさか……!」

 ピリカレラは千里眼の力に意識を集中した。その瞬間、感じた。

 大きな生き物が迫っていることを。

「ルーヴェン! 上!」

 彼女の警告は間一髪で間に合った。ルーヴェンが頭上を見ると、黒い巨体が風を切り裂いて急降下してくるところだった。
 生物の物とは思えない、鋭い白刃を振り降ろしながら。

「くぅぅっ!」

 紙一重の差で側方へ転がり、刃翼による必殺の斬撃を回避する。それでも僅かに掠めた刃が、篭手の表面に傷をつけた。
 素早く起き上がり、相手を見て……ルーヴェンはぞくりと背筋が寒くなった。

 黒毛に覆われた頭部と、鋭い嘴。鞭のように長く、しなる尾。漆黒の鱗と太い爪、丁字乱れのような刃文を持つ前足の翼と刃。そして全身に走る傷跡と、自分を凝視する黄色い瞳。
 ルーヴェンもピリカレラも、その目を見ただけで察した。狩る者の目だ。この竜はジャギィの群れを追い立てて二人のハンターにけしかけ、その隙に奇襲をしかけてきたのだ。

 獰猛かつ、狡猾。
 迅竜は狩人たちを狩りに来た。 
 

 
後書き
お読み頂きありがとうございます
ハーメルンにも掲載している作品ですが、こちらでも書くことにしました。
よろしければ今後もお付き合いいただければと思います。 
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