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銀河英雄伝説~美しい夢~

作者:azuraiiru
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第十五話 蠢動

帝国暦486年10月28日  オーディン 新無憂宮 黒真珠の間 エーリッヒ・フォン・ブラウンシュバイク



「出撃は来月の五日ですか、間もなくですな。公の御武運を祈っておりますぞ」
「有難うございます」
誰だっけ、こいつ。やたらと愛想の良い髪の毛の薄い親父だが名前が思い出せん。どうやらブラウンシュバイク公爵家の一門らしい。顔は見覚えが有る、多分養子になった時にブラウンシュバイク公爵邸で行われた顔合わせで見たんだろう。えーと、そうだ、ハルツ、ハルツ子爵? だったかな。

「私もハルツ男爵同様、公の御武運を祈っております」
「それは有難いことです」
「公がお勝ちなされれば我らもブラウンシュバイク公爵家の一門として鼻が高い」
そうそうハルツ男爵だ。危ない危ない、もう少しでハルツ子爵と呼ぶところだった。しかし、こいつこんなに愛想良かったっけ? 仏頂面しか覚えが無いんだが……。

ところで今度話しかけてきた奴は誰だ? やたらとのっぽでひょろひょろしているがこいつには見覚えが無い。会話の内容からするとやはり公爵家の一門らしいがさっぱり分からん。顔合わせの時には居なかった? あるいは俺が覚えていないだけか……。

「エーリッヒ、責任重大だな」
「お父様、エーリッヒ様が困っていらっしゃるわ」
「おお、それはすまん」
大公とエリザベートが楽しそうに話しているが俺は引き攣った笑いを浮かべる事しか出来ない。皆、俺にプレッシャーをかけるのがそんなに楽しいか?

訓練から戻ったのが昨日なのだが大公から“明日は新無憂宮で舞踏会だ”と言われた。なんでもフリードリヒ四世が久しぶりに舞踏会でもやるかと言ったらしい。勘弁して欲しいよ、訓練で疲れたわけじゃないが遠征の事を考えるととてもじゃないが舞踏会という気分じゃない。

大体俺はそういうのは苦手なんだ。ダンスなんかするくらいなら一人で本でも読んでいた方が良い。でもね、困った事に俺以外は皆ノリノリなんだな。大公夫妻もエリザベートも本当に嬉しそうだ。こういうのを目の当たりに見ると彼らは根っからの宮廷人なんだなと思う。やっぱり平民出身の俺とは何処か感覚が違うらしい。

まだ、定刻には間が有る、それに皇帝フリードリヒ四世も来ていないので舞踏会は始まっていないが、周囲を見ると結構人は居る。盛会と言って良いんだろう。もっとも皇帝主催の舞踏会だ、詰らない理由では欠席出来ない。おかげで俺もこうして参加している。

ハルツ男爵ともう一人がようやく離れた。さっきから妙に話しかけてくる奴が多い。ヒルデスハイム伯も来たしラートブルフ男爵も来た。皆楽しそうだったからこういう宮中行事が好きなんだろう。俺には理解しがたい精神だ。

「義父上、先程の背の高い方ですが、どなたです? どうも記憶にないのですが……」
ちょっと恥ずかしかったので小声で問いかけると大公も声を潜めた。もしかして大公も恥ずかしいのか?

「ヴォルフスブルク子爵だ。お前が知らぬのも無理は無い、顔合わせの席には居なかった。当日体調不良と言ってきてな、欠席した」
「そうでしたか」
俺が頷くと大公も頷く。目が悪戯っぽく笑っている。

「ハルツ男爵もヴォルフスブルク子爵もお前がブラウンシュバイク公になるのを喜んではいなかった。内心では認めていなかっただろうな。しかし先日お前がコルプト子爵達を抑えつけるのを見て怖くなったのだろう。一生懸命機嫌を取ろうとしている。もっともそれは彼らだけではないが……」
「……」

なるほど、道理でさっきから妙に御機嫌な奴が多いと思った。
「しかしまだ最終試験が残っていますが……」
「遠征が終わってからでは遅いと思ったのだろう。それだけ皆、お前を怖れている。ブラウンシュバイク公爵家の当主として認めたという事でもある」
「なるほど」

どうやら俺は流血帝アウグスト並みに怖れられているらしい。結構な事だ。つまり遠征で失敗は出来ない、そういう事だな。プレッシャーで胃が痛いよ。それにしてもさすがだと思ったのは大公夫人とエリザベートが沈黙を守っている事だ。普通なら会話に加わってくるところだが、何も言わずにニコニコしている。偉いもんだ。

フリードリヒ四世が現れたのは御機嫌な貴族達の相手を四人ほどしてからだった。お願いだからもっと早く来てくれ……、俺の忍耐にも限度というものが有る。下心アリアリの脂ぎった親父どもと化粧の濃いおばさんの相手はうんざりだ。

舞踏会が始まると先ずは皇帝陛下への挨拶だ。こういう場合、偉い順に挨拶する事になっている。これまではブラウンシュバイク公爵家とリッテンハイム侯爵家で交互に先陣を争っていたらしい。馬鹿馬鹿しい話だが両家にしてみれば面子の問題だ。

今回は両家一編に挨拶することになった。俺達は仲良しなんだぞ~という事を皆に見せつけるためらしい。というわけでブラウンシュバイク公爵家から四人、リッテンハイム侯爵家から三人が最初に皇帝に近づいた。皆がこちらを注目している。視線が痛いぜ。

「陛下におかれましては御機嫌うるわしく」
「うむ、そち達も仲が良さそうで何よりじゃ」
「はっ、恐れ入りまする」
大公とフリードリヒ四世が話している。みんな御機嫌だ。変に張り合う事も無くて気が楽なんだろう。先に年長者四人が挨拶する、俺を含めて若い三人はその後だ。

皇帝の半歩後ろにはグリューネワルト伯爵夫人が居る。髪を高く結い上げているけどやっぱり美人だわ。これじゃラインハルトがシスコンになるわけだよ。今二十四歳か、俺より三つ年上……、ちょっとでいいから話してみたいもんだ。声を聞いてみたい。

「ブラウンシュバイク公、そちは何時出征するのじゃな?」
お、いつの間にか俺の番か。
「何事も無ければ来月の五日には……」
「そうか、武勲を期待しておるぞ」
「はっ」

これで終わりかな、そう思った時だった。
「そうそう、アンネローゼがそちに礼を言いたいそうじゃ」
「……と言いますと」
「ラインハルトがそちに世話になっておるそうじゃの」
「いえ、そんな事は」

そんなことは無い、こっちにも思惑が有っての事だ。と思ったが伯爵夫人がヒタっと視線を俺に向けてきた。いや、そんな目で見られると困るんです、ドギマギするんですけど……。
「公、いつも弟の事を御配慮頂き有難うございます。これからもよろしくお願いします」

伯爵夫人が頭を下げた。軽くじゃない、かなり深くだ。おかげで胸の谷間が……。いや、そんな事はどうでもいい。皇帝の寵姫が頭を下げるとかちょっと勘弁して欲しいよ。 周りの視線がさらに痛い……。おまけにエリザベートがこっちを睨んでる。俺にやましい事は無いぞ、エリザベート。そんな目で俺を見るな。
「いえ、ミューゼル提督にはこちらこそ助けてもらわねばなりません。宜しくと頼むのはこちらの方です」

賢い人だわ。皇帝の前で俺から言質をとったか……。ラインハルトをブラウンシュバイク、リッテンハイム連合に結び付けようって事だな。他の貴族に比べればラインハルトの基盤は弱い、それを案じての事だろうが……、やるもんだ、女には惜しいな。

今日の舞踏会の話題はこれだな。まあラインハルトとの友好はこちらも望むところではある、問題は無い……。有るとすれば、エリザベート、俺を睨むな、公爵令嬢の品位に欠ける振る舞いだぞ。後でアップルパイを作ってやるからな、それとも頭を撫でた方が良いか。……クリスマスのプレゼントはちょっと奮発した方が良さそうだな……。今度は頭が痛くなってきた……。


帝国暦486年12月15日  イゼルローン要塞  エルネスト・メックリンガー



オーディンを十一月五日に出立しイゼルローン要塞に十二月十五日に到着。その間約四十日、まずまずの航海と言える。このイゼルローン要塞で補給及び修理、反乱軍の情報収集を行った後、彼らの勢力圏に対して出撃となる。将兵に対しての休息も含むからイゼルローン要塞に居るのは五日間と決めている。出撃は二十日だ。

ブラウンシュバイク公と司令部要員、そして分艦隊司令官が要塞に降りると二人の士官が出迎えに来ていた。それぞれに名乗ったがどうやら要塞司令部、艦隊司令部から迎えに行けと命じられたらしい。相変わらず張り合っているようだ。

二人の士官に案内されながら歩く。先頭をブラウンシュバイク公とフィッツシモンズ少佐、その後に私とシュトライト准将、そして分艦隊司令官が続く。暫く歩くとブラウンシュバイク公が話し始めた。

「イゼルローン要塞には良い思い出が有りません。ここに来ると憂欝になる」
冗談を言っている口調では無い、心底憂欝そうな口調だ。はて、隣を歩くシュトライト准将に視線を向けた。准将も心当たりが無さそうな顔をしている。

「体調が悪いのに無理をされるからです。あの身体で停戦交渉など……、どれだけ心配したか」
「心配? 私の事を叱り飛ばしていたじゃありませんか、この人は病人を労わるという事を知らないのだと思いましたよ、つくづく自分の運の無さを恨んだものです」
「心配したから注意したのです!」

憤然として抗議する少佐に公が笑い出した。なるほど、前回の戦いで公が停戦交渉に赴いたという事は聞いた事が有る。体調が悪かったという事もだ。どうやらその時の事らしい。公がこちらを振り返った。

「あの時はビッテンフェルト少将の乗艦で停戦交渉に行きましたが少将に呆れた様な顔をされた事を覚えています」
「あ、いや、そんな事は有りません。病身を押して行かれるので大変だと思ったのです」
慌てたように答えるビッテンフェルト少将にまた公が笑い声を上げた。意地の悪い声では無い、何処か楽しそうな明るい声だ。

「ビッテンフェルト少将、悪い事は出来んな」
「悪い事とは何だ、俺は何も悪いことなどしておらんぞ、ワーレン少将」
「その割には慌てているようだが」
ルッツ少将の突っ込みに皆が笑い声を上げた。アイゼナッハ少将も声を出さずに笑っている。ビッテンフェルト少将も諦めたように苦笑した。

案内された部屋にはゼークト駐留艦隊司令官、シュトックハウゼン要塞司令官の二人がいた。二人が敬礼し公もそれに応える。互いに礼を交換するとゼークト駐留艦隊司令官が口を開いた。

「公爵閣下におかれましては……」
「あ、いや」
「?」
「その、公爵というのは止めてください。私は軍人としてここに居るのですから」

ゼークト、シュトックハウゼン両大将が困惑した様な表情を見せた。我々も同じ事を言われている。公は自分がブラウンシュバイク公と呼ばれる事を好んでいない。というより公爵という事で敬意を払われる事を好んでいない。爵位よりも能力で評価して欲しいと思っているようだ。無能な貴族に対しての反感がそうさせているのかもしれない。

以前一緒に宮中の警備に就いた事が有るから分かっている。この人は無能で有りながら尊大な貴族に対して非常に厳しい。爵位で呼ぶなというのは連中と一緒にされてたまるか、そんな思いがあるのではないかと私は思っている。

面白い。帝国最大の貴族であるブラウンシュバイク公爵家の当主が実力主義の信奉者なのだ。実際に遠征軍の人事は公の意向によるものと言われているが集められたのは下級貴族と平民だ。門閥貴族など一人も居ない。

改めて挨拶が済むと補給及び修理の要請を公から二人に告げた。問題無く受け入れられた、既に連絡済みの事を改めて最高責任者から伝えただけだから当然ではある。その他に反乱軍の動静を確認したがイゼルローン回廊内では特に動きは無いらしい。動いているのか、動いていないのか……。後は索敵行動を行いつつ会戦の機を窺う事になるだろう……。



夜、私の部屋でクレメンツ、シュトライト准将とワインを飲んだ。出撃すればアルコールは控えなければならない。楽しめるのは今日を含めてあと五日だ。その後はどうなるか……。場合によっては二度と飲めないという事もあるだろう。そう思えば飲める機会を無駄にすべきではない。

「反乱軍の動きは分からんか……、ちょっと気になるな。こちらの動きに気付いていないとも思えんが……」
「イゼルローンだけではありません、オーディンも反乱軍の動きを掴めずにいます」

クレメンツ、シュトライト准将がワインを口に運びながら話している。表情は決して明るくない。オーディンからイゼルローン要塞への航海の間、何度か反乱軍の動向をオーディンに問い合わせたが、反乱軍の動向は不明という回答しか帰ってこなかった。

「閣下は反乱軍が迎撃に出てくる、あるいは既に出ていると考えているよ」
「ほう」
「その兵力は五万隻前後と見ているようだな」
「五万隻か、こちらの倍以上だな……。しかしそれだけの兵力が動けば何らかの情報が有っても良い筈だが……、本当に動いているのか? こちらの動きを知らないとも思えんが」
クレメンツが首を傾げた。

「フェザーンが故意に情報を遮断している、閣下はそう考えているようです」
「故意にか」
シュトライト准将の言葉にクレメンツが驚いている。確認するかのようにこちらを見るので黙って頷いた。クレメンツも納得したように頷く。

「ここ最近帝国が優勢に戦いを進めている。フェザーンとしては帝国、反乱軍の均衡を図りたい。この辺で帝国に負けて貰いたいと考えているのだ」
私の言葉にクレメンツが“有り得る話だな”と吐くとグラスを一息に呷った。そして空になったグラスにワインを注ぐ。トクトクという音が部屋に響いた。

「全てはフェザーンの掌の上か、面白くない」
クレメンツが呟くとシュトライト准将が頷いた。
「こちらとしても面白くありません。閣下の政治的立場を強化するには勝利が必要なのですから」

その言葉に皆が頷いた。内乱を防ぐためにブラウンシュバイク公爵家、リッテンハイム侯爵家、軍、政府が協力体制を結んだ。今のところ協力体制は上手く機能している。しかし完全ではない、完全にするためにはこの戦いで誰もが認める勝利が必要だ。

「閣下はどうお考えなのかな? このままでは勝算はかなり低いが」
クレメンツが窺う様な口調で私とシュトライト准将を見た。
「無理はしないそうだ。出撃はするが勝てないと見れば撤退すると……」
「ほう、しかし良いのか?」

「無様に敗北するよりは良いだろう」
「それはそうだが……」
思わず溜息が出た。クレメンツも溜息をついている。思うようにいかない事に、勝てないという現実に苛立ちが募る。紛らわすかのようにワインを一口飲んだ、口中が苦い……。

溜息を吐いている私達にシュトライト准将が話しかけてきた。
「いずれ、フェザーンは今回の事を後悔しますよ」
「?」
「外見からは想像できませんが閣下は内に相当激しいものを持っています。その閣下を敵に回したのです、必ず後悔する。それに……」

「それに?」
問いかけたクレメンツにシュトライト准将が笑いかけた。
「閣下はここ最近頻繁に反乱軍の星系図をフイッツシモンズ少佐と確認しています。なにやら思うところが有りそうですな」

クレメンツが意表を突かれた様な顔をした。なるほど、まだ負けたと決まったわけではないか……。
「どうやら諦めるのはまだ早いようだな、クレメンツ」
「そのようだな、楽しませて貰えそうだ」
ワインを一口飲んだ、苦味は消えていた……。




 
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