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僕を許す君がいけない

作者:相生
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僕を許す君がいけない


「総悟……」
 暗闇の中、土方さんが俺の名前を呼ぶ。でもその瞳は俺だけを映してはくれなくて、悲しみの色を浮かべている。
 分かってる。土方さんも、俺も、真選組を捨てられない。
 でも俺はどうしても土方さんを独り占めしたくて、とうとうおかしくなっちまった。こんな馬鹿げた真似、しちまった。
 土方さんが動こうともがく度に、手足を拘束する鎖がガシャンと音を立てる。
 そう、俺は土方さんを監禁した。前回みたいな飯事じゃなく。
「……総悟。これ外せ」
 土方さんは悲しみの色を浮かべたまま、睨むように見上げてくる。
「嫌でさァ。外せと言われて外す馬鹿がどこにいるんでィ」
「チッ」
 意外だった。
 土方さんならもっと怒って暴れると思ってた。
 何考えてんだとか、またどうせふざけてんだろとか、真選組はどうする気だとか。
 この人はそういう人だ。何を措いても真選組が一番、それを乱す者は許さないし頭は真選組の事で一杯。
 真選組が一番なのは、俺も一緒な筈だった。
 おかしくなってそんな大事な事すら変わってしまったんだろうか。自分でも分からねェ。もう何もかも。
 ただこの人の全てを独り占めしたい。そんなもん無理だと頭じゃ分かってるのに心が追いつかない。
「外せ、総悟」
 土方さんはまた同じ事を繰り返す。その強い眼差しは確かにまっすぐ俺に向けられているのに、いつだって独り占めさせちゃくれない。
「……外したらアンタ全部なかった事にしちまうでしょう」
「当たり前だ。一番隊隊長が副長を監禁したなんて事実、公表できる訳がねェ。真選組にはお前が必要なんだよ」
 ほら。俺を必要とするのも真選組のため。土方さんに俺が絶対的に必要って訳じゃなくて。
 勿論、土方さんが俺を幼なじみ兼恋人として大事にしてくれてるのは分かってる、けど。
 それでも足りないなんて、俺はやっぱり狂ってる。そんな事を改めて自覚して思わず自虐的な笑みが零れる。
「……総悟。頼むからせめて手だけでも外せ」
「嫌でさァ」
「総悟ッ!!」
 眉間に皺を寄せて、悲しみの色を濃くする土方さんに胸が締め付けられる。
 守りたかった筈のアンタを、俺は今傷付けている。アンタの気を引くために、こんな事しかできない。
「絶対逃げねーから。総悟……」
 静かな暗闇の中、土方さんの僅かに掠れた声だけが鼓膜を揺らす。
 クソ……アンタにそんな風に呼ばれたらどうしようもねーじゃねーか。
 表情を歪めてそれを隠すために俯きながら黙って土方さんの手の鎖を外す。さっきもがいたためか手首にはくっきりと赤い痕が残っていた。
 土方さんは感覚を確かめるように手首を振っている。そんな土方さんの前に俺は土方さんの愛刀を置いた。
「……おい総悟。何のつもりだ」

「斬って下せェ」

「……ッ?!!」
 土方さんが思いっきり目を見開く。
              
 そりゃそうだ。正常な俺ならこんな事絶対に言わねェ。でももう正常な俺なんてきっとどこにもいない。

「……俺ァ、おかしくなっちまったんでさァ」

 ぽつぽつと、言うつもりのなかった本音が口から出て行く。
「俺だって近藤さんと真選組が一番大事な筈なのに、段々アンタを独り占めする事だけに頭ん中支配されて……アンタが俺だけを見てくれりゃいいなんて馬鹿な事考えるようになって。恋人ってだけじゃ満足しきれなくなった」
「総、悟……」
「これ以上の関係なんてあり得ねェ事くらい分かってんのに、我慢できなくなって、俺ァ……狂っちまった」
 段々苦しくなって視界が滲む。
「……俺が完全に狂っちまったらきっとアンタや真選組の邪魔になる、それだけは絶対駄目だ。だからアンタに最後のチャンスを、」
 ――ガシャァァ!
 そこまで言いかけたところで土方さんが目の前にあった刀を投げた。
 あまりの出来事に目を丸くして言葉を失っていると、不意に温もりに包まれる。
 混乱した頭では抱き締められたのだと理解するのに数秒かかった。


「……すまねェ」


 絞り出すように告げられた言葉に頭は更に混乱する。
 何でアンタが謝るんだよ。悪いのは全部俺なのに。
「様子がおかしい事には気付いてたのに、こんなになるまで苦しんでる事に気付いてやれなかくてすまねェ……俺は、お前の恋人なのに」
 髪を優しく梳かれていよいよ泣いてしまいそうになって、恐る恐る土方さんの背中に腕を回して肩に顔を埋める。こんな情けねェ顔見られたくなかった。

「総悟……確かに大事なもんの優先事項は変えてやれねェけど、俺はずっと傍にいるから、だからそんな悲しい事言うな」

「もしまた同じようにおかしくなっちまったら俺が全部受け止めてやる。お前が馬鹿な事したらその度に止めてやる。だからもう我慢すんな」

 土方さんの言葉一つ一つが心に染みていく。氷のように冷たかった何かが溶け出していく。
 馬鹿だなァ、アンタ。本当に馬鹿だ……アンタは優し過ぎるって何回言えば分かるんでィ。
 いつまた狂うか分からねェ俺を傍に置いておくなんて、真選組のリスクにしかならねェのに。

 ――嗚呼、やっぱり俺ァこの人が好きだ。

 こうも簡単に俺の心を溶かしちまう。気に喰わねェけど愛しくて堪らない。

 溢れ出た涙を土方さんの肩口で拭ってから足の鎖も外してやる。それでも暫くはお互いを離せなくて抱き締め合ったままだった。







「……帰ろう。きっと近藤さん心配してんぞ」
「でも……」
「お前の悪ふざけに付き合っただけ。それで良いだろ。怒られるだろうがな」
「……へい」

 
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