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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第143話 異民族対策

 正宗と、その幹部、桂花、渚は正宗の部屋に集っていた。この面々は正宗の指示を受けた泉により召集をかけられていた。皆、正宗が口を開くのを待っているようだった。

「皆、よく集ってくれた。麗羽と美羽の今後のことに関わるため、両名の参謀である桂花と渚も呼んだ」

 正宗は一拍置いて場に言わせる者達の顔を見渡した。渚と桂花は正宗の家臣達に目礼をした。

「桂花は麗羽を渚は美羽をそれぞれ支えてくれありがたいと思っている」

 正宗は桂花と渚を順に見た。

「正宗様のお心遣い痛み入ります。私は麗羽様をお支えでき充実した日々を送ることができ感謝しています」
「美羽様をお支えできること名誉と心得ています。美羽様は英君としてご成長あそばられ、これからもお側にて仕えることができることは私の何よりの褒美にございます」

 桂花と渚は口を揃えて正宗に答えた。正宗は二人の言葉に満足したのか優しい笑みを浮かべた。

「私は華南の異民族と融和を図る。その手初めに揚州の山越の民を取り込むつもりだ。皆、異論はあるか?」

 桂花は正宗の意図を察したのか真剣な表情だった。対して渚は難しい表情を浮かべた。渚は美羽と共に荊州南陽郡に赴任し、その間に隣の州・揚州についてある程度事情を知っているのだろう。当時の山越の民は在地豪族から重い賦役と収奪を度々受けていた。孫堅、孫策もまた他の豪族と同じく、軍閥維持のために山越の民を活用していた。
 正宗の山越の民との融和は既得権を有する揚州豪族達との衝突を招く可能性を孕んでいた。渚は美羽の立場を悪くするのでないかと考えているのだろう。また、渚が美羽に対して、山越の民の置かれている立場を報告していないことを意味していた。美羽の性格であれば他州のことであれ、山越の民の救済のために動く可能性が高いからだ。

「畏れながら申しあげます。山越の民は化外の民。私達の預かり知らず者達でございます」

 渚は拱手して正宗に意見を述べた。正宗は渚の態度に表情を変えなかった。彼女の意見は折込済みだったのだろう。

「渚、山越の民を取り込むことはいずれ民ひいては漢人社会のためになる。豪族の思惑のために民の将来に禍根を残すことがあってはならない。私の叔父が揚州会稽郡にておいて治世がそれを証明している。私は過去の良き先例を復活しようというだけだ」

 正宗は自分の叔父・劉祖栄のことを持ち出した。

「仰ることはわかります。ですが、揚州は豪族の力が強い地にございます。不用意に在地勢力と争うような真似をしなくても良いのではないでしょうか?」

 渚は正宗に更に意見した。桂花は二人の様子を眺めていた。正宗の家臣達も同様だった。

「美羽は山越の民の身の上を知っているのか?」

 正宗の言葉に渚は言葉に窮している様子だった。

「美羽ならば私の話に共感してくれるであろう。麗羽も同様であろう」
「美羽様のことは存じませんが、麗羽様は山越の民に同情なされ、彼らの立場の向上に尽力することは惜しまないと思います」

 先ほどまで静観していた桂花が正宗に言った。彼女は正宗の方針に賛成なのだろう。麗羽は現在確固たる地盤がない。このまま彼女が揚州に赴任すれば、在地勢力にいいようにされるのは目に見えていた。正宗の縁者と少なからずの縁がある山越の民は現在迫害され苦しい立場にある。正宗の威名を借り、山越の民への介入を測れば彼らの支持は得やすい。また、彼らは揚州の官吏であり正宗の妻である麗羽のために働くことは容易に推測できた。

「正宗様、太守たる者は他州はもとより他郡への干渉は差し控えねばなりません。美羽様に禁を犯せと仰るのですか?」

 渚は美羽を関わらせたくないと思っているか、正宗に道理を説いてきた。

「私は美羽に禁を犯せとは一言も言っていない。揚州刺史となる麗羽の支援要請に応えて欲しいと言っているだけだ。在地豪族は不満を持とうと文句は言えまい。美羽と麗羽は同じ門閥。汝南袁氏同士が助けあうことに文句を言うということの意味を理解できない程に揚州豪族は馬鹿ではあるまい。それに」

 正宗は一呼吸置き口を開く。

「私は麗羽と美羽の背後に私が居ることを露骨に揚州豪族に示すつもりでいる」

 渚は正宗の言葉に表情を固まらせた。

「麗羽には揚州刺史だけなく異民族討伐を名目に『征東将軍』、美羽にも同様の理由で『征南将軍』に上奏する。勿論、この私が直接上奏はしない。上奏は司徒殿に頼む」

 渚と桂花は沈黙した。正宗は異民族討伐を名分として在地豪族による異民族への介入を排除しろと言っているのだ。前線司令官である征東将軍、征南将軍の異民族への対応方針に異を唱えれば在地豪族と言えど首が飛ぶ。最悪、一族にまで累が及びかねない。朝廷は異民族を討伐しようと融和策で異民族を取り込もうと手段は気にしないだろう。所詮、中央とって辺境のことなどどうでもいいからだ。だが、在地豪族には強いプレッシャーとなる。上奏が三公で名士で名高き王允であれば尚更だ。これは正宗が王允へ貸しを創ることになるが、王允の望みは董卓を抑えること。朝廷への過度の干渉は危険だが、董卓に圧力を加え賈詡を暴走させる程度の干渉は正宗の利に叶う。董卓の件は王允から話を持ちかけてきた以上、彼女は正宗の要求をある程度聞かざる負えない。異民族討伐のための官職要求であれば潔癖症の王允の性格からも是認しやすいと正宗は考えたのだろう。

「わかりました」

 渚は正宗の言葉に肯定の返事をした。麗羽に『征東将軍』の官職を与えるということは、揚州への積極的な干渉はしなくてもいいと思ったのだろう。しかし、美羽に『征南将軍』の官職を与えることに幾ばくかの懸念を抱いている様子に見えた。

「正宗様、美羽様にも荊州の異民族を取り込むように動けということでしょうか?」

 正宗は渚に肯定するように頷いた。

「五渓蛮と武陵蛮を取り込め」
「孫文台への備へでしょうか?」
「背後で暴れられまわられては流石の孫文台もおちおち戦もできまい。それに劉景升への備えともなろう」

 正宗は渚に意地の悪い笑みを浮かべた。渚は疲れた表情を浮かべた。

「直ぐに彼らの力を使うことはないだろう。あくまで将来のための備へだ。乱世になってから関係を築くより、今良好な関係を築く方が強い絆を築けるとは思わないか?」
「確かに。いずれ折を見て使者を送ります」
「いや、私が単身で交渉しにいく。山越の民の交渉を終えた後でな」

 正宗の言葉に驚愕する渚と桂花。冥琳は予想していたのか驚きはしていなかったが頭が痛そうな表情をしていた。

「正宗様ご自身が直々に出向かれるのですか?」
「そうだ。取り込めるか直に会ってみたいと思ってな」
「山越の民の交渉の場には麗羽様と私も同行させていただいてもよろしいでしょうか?」

 桂花が言った。

「断る理由などない。元々から誘うつもりだった。よろしく頼む」
「正宗様、私も同行します」

 次は冥琳。そして、朱里、泉、榮奈と同行を希望してきた。

「兵達はどうするのだ?」

 正宗は素っ頓狂な表情を浮かべていた。

「連れて行くに決まっています。正宗様が武に自信があろうと、いつ窮地に陥るかわかりません」

 冥琳は少し怒っていた。

「そうか。冥琳良きに計らってくれ」

 正宗は冥琳の剣幕にたじろぎながら返事した。



「正宗様、美羽様の前ではあまり申しませんでしたが、孫仲謀の対処はどうなさるおつもりでしょうか?」

 各々の陣営の今後の方針が大分固まった頃、徐に渚が口を開いた。渚は正宗が孫仲謀のことが気になっている様子だった。 

「そうだな」

 正宗は腕を組み熟考した。それを周囲の者達は黙って見ていた。

「孫仲謀に私の客将にならないかと話を持ち込むつもりでいる」
「本気ですか!?」
「本気だ。孫文台が死ねば孫仲謀を使い易くなる。孫文台の兵は奴個人の私兵と変わらん。奴が死ねば軍閥は瓦解するだろう。勢力が縮小すればどうとでもなる」
「孫家を乗っ取る時の駒として懐に孫仲謀を飼われるということでしょうか?」

 朱里が正宗に言った。正宗は顔を左右に振り否定した。

「孫文台を失った孫家など乗っ取るまでもない。美羽の傘下に加える。孫文台が死ねば孫伯符は後ろ盾として誰かを頼るしかあるまい。孫仲謀を私が手駒として持っていれば、私を頼るであろうから美羽の傘下に付くように命じるだけだ。可能であれば孫文台の三女・孫尚香も私の手元に置いておきたいな」

 正宗は淡々と言った。

「正宗様の計略は孫文台が死ぬ前提の話で話されています。孫文台が病を患っている話など聞いたことがございません。将来、孫文台が死ぬ確証がお有りなどのですか?」

 渚は剣呑な表情で正宗を見ていた。正宗が孫堅を暗殺するつもりでいると考えていると思っているのかもしれない。

「孫文台を暗殺しようなどと考えていない。そんなことをすれば美羽の身が危険になる。血の気が多い孫伯符など単身で美羽を殺しに来かねないであろう。私は孫文台の戦い方では長生きはできそうにないなと思っただけだ」

 正宗は嘘をついた。冥琳と朱里だけは事情を知っているのか複雑な表情をしていた。正宗の知る歴史が現実のものとなるかわからない。しかし、史実においても原作においても孫堅は死んでいた。正宗の歴史改変により影響によって、孫堅の死が回避される可能性もあるが、現在孫堅は劉表と対立しているのは事実だ。孫堅が劉表との戦いで死ぬ可能性は十分にありえる。

「確証無き話で孫仲謀を客将にするのは軽率でございます。今一度お考え直しください」

 渚は正宗の根拠無き理由で孫権を客将にしようという考えに否定的なようだった。

「あながち確証無い話という訳でもない。孫文台と劉景升は対立している。劉景升は面子があり、孫文台と和解するなどありえない。孫文台も自分を蔑む劉景升に膝を折るなど挟持が許さんであろう」

 正宗は一呼吸置いて少し思案した表情を浮かべた後、渚の顔を見た。

「これは私の推測だが、孫文台が順調に軍閥の拡大化を進めれば、いずれ劉景升を攻めるだけの軍事力になる。その時、劉景升は面子のために孫文台を積極的に攻めるだろう。だが、文弱の劉景升に孫文台を抑え込むのは無理だ。美羽が静観を決めれば、劉景升は間違いなく追い込まれる。追い込まれた者は何をするかわからないものであろう?」

 正宗は意味深な表情で渚のことを見つめた。渚は緊張な表情に変わり唾を飲み込んだ。

「劉荊州牧が孫文台を暗殺すると?」

 渚は憚りるように声を小さくしてゆっくりと言った。

「劉景升がそんなことを指示する訳があるまい。あの女は家臣から献策されようと迷うであろう」

 正宗は洛陽で知り得た劉景升の情報を記憶から引き出すように虚空を見つめた。

「それでは何故に孫文台が死ぬと仰るのです?」
「劉景升の側にはいるであろう。汚れ仕事を厭わない奴がな」

 正宗は渚に言った。渚は心当たりがあったのか厳しい表情に変わった。美羽を襲撃した黒幕である。

「蔡徳珪、にございますか?」

 渚は迷わず答えた。正宗は頷いた。

「蔡徳珪なら間違いなくやる。蔡徳珪では孫文台の率いる兵を真正面から打ち破るなど不可能。必ず搦め手でくるだろう。搦め手は搦め手でも卑劣極まりない手であろうな」
「劉荊州牧は名士。その彼女が蔡徳珪の卑劣な行為を看過するでしょうか?」
「荊州掌握の過程で都合よく豪族が変死しているだろう。それを劉景升は調査したのか? 美羽の件は見てみぬ振りをしている。あの女は己の手を汚すことは嫌うが、周囲の者が己のために手を汚すことは気にはしないであろう」
「蔡徳珪の所業を知らないだけでは?」
「渚、劉景升を侮るな。あの女は有能な政治家だ。荊州の大郡である南陽郡太守襲撃の件は既に劉景升の耳に入っていることだろう。あの女は美羽に孫文台を討伐するため共闘を求める文を送ってきている。もし、あの女が美羽襲撃犯の黒幕が蔡徳珪と思っていないのであれば、美羽の元に見舞いの使者でも送ってくるだろう。友誼を深める機会をみすみす逃すなどするものか。劉景升は共闘の文を送ってきても見舞いの使者は送ってきないのだろう?」

 渚は正宗の指摘に頷き得心した表情になった。

「劉荊州牧は美羽様の襲撃犯の黒幕が蔡徳珪と承知しているということですね。であればなおのこと見舞いの使者を送るべきでは」
「そこが劉景升ということだ。あの女は知恵は回るが用心深く即断即決できるほど肝は座っていない。事実を知っていれば余計に判断に迷うはず。見舞いの使者を送らぬということは、あの女の預かり知らぬところで蔡徳珪が動いたということだ。そうでなければ何らからの接触をしてくる。それがない以上、美羽の件は蔡徳珪の独断だ」
「わかりました。ですが、孫文台が死ななかった場合はどうなさるのです?」
「何もせん。その時は客将として飼い殺せばいい。不満であれば、孫仲謀から私の元を去るだろう。客将なのだからな」

 渚は正宗の言葉に安堵している様子だった。

「渚、お前は私が孫仲謀を客将とし、その縁で子飼いの部将を孫家に貸す気でないかと憂慮していたのではないか?」
「正宗様、その通りです。私はわざわざ火中の栗を拾う必要はないと思っておりました。劉荊州牧と対立することになれば、美羽様のご意思にも反すると」
「客将にしたからといって孫家に人材を貸してやる理由にはなるまい。違うか?」

 渚は正宗の意図が読めないという表情をしていた。

「孫仲謀には人材の支援は私の紐付きかつ条件付きで行うと伝えるつもりだ」
「条件付き?」
「条件は私の元で客将として実績を積み、信頼を得ることだ。この条件を飲まないなら孫家と関わることはないだろう。条件を飲まねば孫仲謀を体よく追い払える」
「孫文台は喜んで孫仲謀を正宗様の元に差し出しましょう」

 渚は間髪入れずに答えた。

「そう思う理由は?」

 正宗は渚の言葉に嬉しくない表情を浮かべた。正宗は内心孫仲謀が彼の提案を断るのを期待したのかもしれない。

「孫仲謀はわかりませんが、孫文台の耳にこの話が届けば娘が『否』と返事していたとしても発言を撤回させるはずです。孫文台は軍閥として勢力を拡大しておりますが、出自の卑しさ故に豪族からは侮られております。自分の娘が客将とはいえ正宗様のお側に仕えると聞けば両手を上げて送り出すと思います」 
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