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メフィストの杖~願叶師・鈴野夜雄弥

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第一話
  I


「お早うございます!」
 店裏から女性の溌剌とした声が響く。
「お早う。」
 その声に男性が返し、少々苦笑している。
 ここは“喫茶バロック"。入ってきた女性の名は小野田恵、それに答えたのはオーナーの釘宮雅明だ。
「オーナー、今日は鈴野夜さん来てないんですか?」
「あぁ、さっきまで居たんだけどね…。」
「えぇ!帰っちゃったんですか!?」
 何とも悲痛な表情を見せ、小野田は釘宮へと言った。そんな彼女に、釘宮は眉をピクッと動かして言った。
「また来ると思うから、そう落ち込まないで…。ほら、大崎君一人でホール大変だから、君も早く行ってくれ。」
「はい…分かりました…。」

 そう言って小野田はトボトボと更衣室へと入った。
 ここはそう大きな店ではなが、そこそこ名の知れた店で客も結構入っている。
 開店当初はオーナーである釘宮が一人で回していたこともあったが、数年前に改築してからは大崎杉人というフリーターをパートとして雇用していた。そして数ヶ月前、今の小野田がアルバイトとして入ったのだ。
「しかし…あいつに一目惚れとは…。」
 釘宮は再び苦笑しつつ、事務所から出て厨房へと入った。
「あ、オーナー。」
「どうした?」
 厨房に入るなり、ホールで片付けをしていた大崎が彼を呼び止めた。どうやら困ったことがあるようだ。
「えっと…あの席のお客なんですが…。」
 そう言われた釘宮は、こっそりとホールを覗いた。大崎の指差す方には、俯く若い女性が座っていた。
「あのお客、朝イチから来て何も頼んでないっすよ?」
「うん…それは困ったねぇ。うちは休憩所じゃないしね。でもまぁ、今日は暇だし。」
「そうじゃなくて、あの席…。」
「うん…雄ちゃんの席だねぇ…。仕方無い、私が様子を見てこよう。」
 そう言うや、釘宮は珈琲を持ってカウンターから出た。そして一人でポツンと座る女性の前にその珈琲を静かに置いた。
「えっ?私…注文してません…。」
「サービスです。誰かお待ちですか?」
「……。」
 釘宮の問いに、その女性は胡散臭いと言った風に釘宮を見た。
 その女性は容姿端麗で、どこぞのご令嬢と言った感じだったが、そこから読み取れたのは不安だった。
「貴方は…誰?」
「これは失礼しました。私はこの店のオーナーで釘宮と申します。」
 釘宮がそう自己紹介すると、彼女は幾分和らいだ表情をみせてたが、直ぐに珈琲へと視線を移した。
「どうぞ、冷めないうちに召し上がって下さい。何か御座いましたらお声掛け下さい。」
 そう言って釘宮がその場から離れようとした時、不意に彼女の口が開いた。
「メフィストの杖を…ご存知でしょうか…?」
 その問いに釘宮の表情が強張った。そして彼女へ軽く微笑んで言った。
「他愛ない都市伝説ですよ。」
 そう言われた女性は携帯を取りだし、少しして釘宮へととあるネット掲示板を見せた。
「ここに書かれているお店って…ここですよね?」
 それを見た釘宮はクルリとカウンターへと振り返り、そこからこちらを見ていた大崎に視線を向けた。すると、大崎は大慌てで首を横に振った。どうやら何も知らないようだ。
 釘宮は溜め息を一つ吐き、再び女性へと向き直った。
「この店の名は結構多いんですよ。別のお店ではないのでしょうか?」
 釘宮は、とにかく女性に諦めてもらおうとそう言った時、不意に背後から声がした。
「それってさ、閉店後までいると…って話じゃなかったかな?」
 ギョッとして釘宮が振り返ると、そこには長身の青年が立っていた。
「鈴野夜…いつの間に来てたんだよ…。」
「これは失敬。さっき入ってきたんだ。それで話を聞くとは無しに聞いてたんだ。」
「お前なぁ…。」
 釘宮は半眼でその青年…鈴野夜を見たが、そんな二人を前に女性はどうしたものかと困った表情を見せたため、そんな彼女へ鈴野夜が微笑みかけて言った。
「君さ、一体何を願うつもりなの?あの都市伝説によれば、必ず対価が必要になるけど。」
「分かっています。」
「命取られちゃうかも知れないんだよ?」
「覚悟の上です。」
「ふん…。」
 鈴野夜はそう返し、まじまじと彼女を見た。彼女の目は真剣そのものだったが、その中には明らかに切羽詰まった何かが見てとれた。
「ま、暇なら閉店後まで居座ってみれば?」
「鈴野夜!」
 釘宮は鈴野夜を制した。釘宮自身は彼女に諦めてもらおうとしていたのだが、鈴野夜のお陰で台無しにされたのだ。
 だが、そんな釘宮に鈴野夜は笑って言った。
「まぁまぁ、これと言って害があるわけでなし、何にも無いって分かれば彼女も諦めるだろ?」
「……。」
ここで無理に追い返しても、彼女はまた同じことをすると思ったのだ。
「あ、オーナー。洗い場終わりました…って、鈴野夜さん来てるじゃないですか!大崎さんに洗い場やれって言われたのに…何で呼んでくれないんですかぁ?…で、あの女性は?まさか…!」
「小野田さん。一人で盛り上がってるとこ悪いけど、あの女性は初めてのお客様だよ。少し悩み事があるようでね…。それで鈴野夜が相手をしているだけだ。さ、仕事して。」
 そう言われた小野田は未だ何か言いたそうだったが、仕方無しに仕事を再開したのだった。無論、大崎も仕事をしている。サボってるとこを見つかって大目玉…なんてのは誰しも嫌なものだ。
 さて、今度は小野田がホールに入り、大崎が厨房へと回った。夕方からは客も増えるため、さすがに小野田では厨房を出来なかったのだ。
 その後、少しずつ客が入り始めた。
「いらっしゃいませ。お席へご案内致します。」
 小野田は気になる心を必死で抑え、平静を装って接客に勤しんだ。多少笑顔が引き攣ってはいたが…。
「ねぇ…大崎さん…。」
 何度目かのオーダーを取りに来た時、小野田が大崎に向かって何か言おうとした。しかし、言わんとしてることが分かっている大崎は間髪入れずに言った。
「もういい加減にしろ…。ってか仕事しろよ!あ、有り難う御座います!」
 大崎が言いかけた時、レジに客が来たために大崎が出た。
「合わせて千五百六十円になります。」
 そう笑顔で対応しつつも、背後から突き刺す様な小野田の視線に悪寒を感じずにはいられなかった大崎だった。
 忙しい時の時間は瞬く間だ。喫茶店とは言えディナーを出しているこの店は、閉店迄かなり混雑する。その中で三人は仕事に集中し、小野田も鈴野夜が気になりつつも仕事をしていると、いつの間にか鈴野夜は店内から消えていた。
「二人ともお疲れ様。もう上がって良いよ。」
「お疲れ様でした。」
 時間は十一時。全てを終え、釘宮は大崎と小野田を帰らせた。
「やれやれ…。」
 釘宮はそう呟きながら店の戸締まりを確認し、二階の住居へと向かって夕食にした。
 彼は夕食を食べながら、昼にあったことを思い返していた。
「しかし…何でネットなんかにうちの名前が?"あれ"が外に漏れるとは思えないんだがなぁ…。」
 誰に問い掛けるわけでもなくそう言って、釘宮は缶ビールの蓋を開けた。
「あいつ…彼女と何を話してたんだか…。」
 そう言ってビールを煽った時、一階から何か物音が聞こえた気がした。釘宮は不審に思い、直ぐに店へと様子を確認するために降りた。
 店の電気を点けて辺りを確認すると、これといって何もない。
「気のせいか…?」
 そう言いながらも、釘宮は一通り施錠などを確認した。万が一、何者かが侵入していたら困る。その為、釘宮は店内を一通り確認していたのだった。
「まー君、何してんの?」
 カウンターから不意に声を掛けられた釘宮は、その声にビクッとして直ぐ様振り返った。すると、そこには見慣れた人物が立っていたのだった。
「鈴野夜…お前、どっから入ってきた?」
「いつも通りだけど?」
 鈴野夜のあっけらかんとした答えに、釘宮は溜め息を吐いて言った。
「はぁ…まぁいい。さっきの音はお前か…。」
「さっき?今入って来たとこだぞ?何かあったのか?」
「いや…何か物音がした気がしただけだ。お前、飯作るんだったら、ちゃんと片付けてとけよ?」
「分かってるよ。」
 ニコニコと笑う鈴野夜に、釘宮は再び溜め息を吐いて二階へと戻ったのだった。
 釘宮が戻ったことを確認すると、鈴野夜は扉を閉じ、恰も始めから人が居ることを知っていたかの様に言った。
「出てこい。」
 すると、奥から一人の女性が彼の前へ現れた。
「貴方…鈴野夜…さん?」
 それは昼間店に来ていた女性だった。
 だが、彼女は鈴野夜と話をしていたにも関わらず、彼の姿に同様していた。目の前にいた人物が、昼間会った青年と風貌が全く違っていたからだ。
 彼女の目の前には今、金色の髪に茶色の瞳をし、シックなスーツを纏う紳士が立っていたのだ。
「私の名はミヒャエル・クリストフ・ロレ。君達は私のことをこう呼ぶだろ?“メフィストの杖"…とね。」
 その男は妖艶な笑みを見せてそう名乗るや、女性は驚きの表情を見せて問った。
「では…貴方が…?」
「君、私に願うことがあったんじゃないのかい?」
 彼にそう言って見詰められた女性は、直ぐにハッとなって願いを口にした。
「彼を助けて!」
 その一言で、彼…ロレは彼女の願いを理解した。
「君は…そのお腹の子の父を助けてほしい…そう願うんだね?」
「……!!」
「そんなことは容易く分かるよ。で、君は私に何を対価として差し出すつもりだい?」
 彼女の問い掛けを受け流し、ロレは彼女へと問い返した。すると、彼女はロレの目を見て返した。
「決めてはいないわ。貴方が決めることだと聞いているから。」
 その答えを聞いたロレは、そんな彼女へ微笑み掛けて言った。
「では…その地位を頂こう。」
 その答えに、彼女は首を傾げた。意味が分からなかったのだ。
「地位…?私にそんなもの無いわよ…?」
「いや、君は吉崎財閥の御令嬢。それは立派な"地位"だよ。」
 それを聞き、女性は直ぐ様返した。
「そんなもので良ければ…。」
「契約成立だ。」
 不敵な笑みを浮かべてそうロレが言うや、彼女…吉崎由利香の意識は、深い闇の中へと落ちていった…。



「雄弥!」
「…耳元で怒鳴るなよ…。って、今何時だ?」
 釘宮の怒鳴り声に叩き起こされた鈴野夜が、仕方無く目を開いて時計を見ると…時刻は未だ明け方の五時前だった。
「まぁ君…私はさっき寝付いたとこなんだが…。」
「なぁ、雄。あの女と契約したんじゃないだろうなぁ。」
「したよ。彼女にはあれが必要と判断したからな。」
 その答えに、釘宮の眉がピクリと跳ねた。
「お前ねぇ…この店潰す気か?」
「いいや、全ての契約者の記憶は消してある。絶対に漏れることはない。」
 そう言って欠伸をする鈴野夜に、釘宮は半眼になって言った。
「それじゃ、何であの女は知ってたんだ?それもネット掲示板て…。」
 今更ながらだが、釘宮は昨日女性が見せたネット掲示板について怒っている様だった。鈴野夜が犯人と考えたんだろう。
 だがその様子に、鈴野夜は少々イラッとして釘宮に返した。
「そんなのは知らないよ。あいつにでも聞けよ!」
 そう言うや、鈴野夜は直ぐ様布団に潜り込んだのだった。
「おい、雄!あいつにこんなことが出来るのかよ!ってか寝るな!」
 そう言って布団を剥ぎ取ろうとした時、釘宮の背後からそれを制するように声が掛けられた。
「君、そんなに彼が欲しいのかい?」
「…!?」
 驚いて振り返ると、そこには長い赤毛を靡かせ、黒い外套を纏った青年が立っていた。
「神出鬼没にも程がある!」
「まぁまぁ…何ならこの僕がお相手を…」
「いらんわ!」
 釘宮は何かバカにされていると言った風に怒っているが、赤毛の青年はさも可笑しいと言った感じに笑いを堪えていた。いや、鈴野夜も同じ様だが。
「お前らなぁ…もう少し状況を把握しろよ。」
 釘宮は眉をピクつかせながら言うと、赤毛の青年はニッコリと微笑んで返した。
「大丈夫だよ。あれは僕が造ったんだから。」
「そうそう、それなら…って、おいっ!!」
「雄ちゃん、雅くん怒ってるんだけど?」
「あぁ、あれはいつものことじゃないか。」
「って言うか…面白い。」
「それは言えるね…。」
 二人の丸聞こえこそこそ話に、釘宮は我慢の限界に達していた…。
「己らは…。」
 そう呟いた釘宮の目がギラリと光り、その拳は目の前の二人を瞬殺した。
「す…すいません…。」
「もう…しません…。」
 そうして二人は釘宮の前に正座させされ、状況を説明し始めたのだった。
「ってか…何でメフィストがネット掲示板なんぞ造ってるのかって話だ。」
「だって…一人で詰まらなかったんだもん。」
「可愛く言ってもダメ。歳いくつだっつぅの!」
「…すいません…。」
 メフィスト…釘宮にそう呼ばれたのは、あの赤毛の青年だ。
 そのメフィストは釘宮に怒られていじけている様で、両手の人差し指をツンツンと合わせている。隣では鈴野夜も同じ様子。
「大体、お前らは何がしたいんだ?日本くんだりまで来て、遣ること為すことハチャメチャじゃないか!どうせだったら店手伝えっての!」
「ごもっともです…。」
 鈴野夜とメフィストの声がハモった…。
 この二人…鈴野夜とメフィストは、この店が建てられてからずっとここにいる。所謂「居候」なのだ。
 そして、この二人が遣ってることと言ったら…。
「雄弥、お前が罪無き人を苦しみから救いたいという気持ちは分からなくはない。だが、店を事務所代わりにするんなら、きっちり代金を支払ってもらうぞ。」
「だ…代金…?」
「そうだ。俺は金持ちじゃあない。そういうことで…。」
「そういうことで?」
 鈴野夜とメフィストは生唾を飲んだ。一体どんな無理難題を言われるのか…二人は釘宮の言葉を待った。そして…。
「今日から店で働いてもらう。」
「はいぃ!?」
 鈴野夜は表情を引き攣らせて叫んだ。
そして隣に座るメフィストをチラリと見ると、彼は外方を向いて知らん顔をしていたため、鈴野夜は眉をピクリとさせながらメフィストの腿をつねったのだった。
「っ痛!雄、これはお前の問題じゃないか!悪魔の僕には関係ない!」
 つねられた腿を擦りながらメフィストは立ち上がったが、それを許す釘宮ではない。
「座れや。」
 重々しい声でそう言われたメフィストは、その顔を蒼白にして再び座った。
「悪魔だろうが天使だろうが関係ない。お前にも存分に働いてもらうからな。」
「は…はい…。」
 メフィストはそう返事をするしか出来なかった。鈴野夜もまた然り、釘宮の顔を直視は出来ようもなかったのだった。
 釘宮から立ち上る殺気は、前の二人にそれを許さなかったのだ。



 
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