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特殊陸戦部隊長の平凡な日々

作者:hyuki
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第13話:新体制の幕開け-1

 
前書き
ずいぶんお待たせしました。m(_ _ )m 

 

新暦79年4月1日。
特殊陸戦部隊の新体制が始まる日である。
とはいえゲオルグ自身はそれとは関係なく普段通りの時間に起床し、
普段通りに家族全員分の朝食を作り、妻と子供たちに見送られて家を出た。

普段よりも少し車の多いクラナガンの外周を回る幹線道路を走り、
ゲオルグは隊舎へとたどり着いた。

部隊長室の自席について端末を開いたとき、来客を告げるブザーが鳴り
ゲオルグは扉を開けた。
するとその向こうから現れたのはチンクだった。

チンクはゲオルグの前まで歩いて来ると姿勢を正してゲオルグに向かって敬礼する。
ゲオルグはそれに答礼すると、微笑を浮かべて話しかける。

「おはよう、チンク。 どうしたんだ、こんな早くに?」

「本日付で配属されてきた者たちの着任確認を頼む」

「おっ、そうか。 了解了解、呼んできてくれ」

ゲオルグの言葉に頷いたチンクは、通路に顔だけ出すと10人ほどを引き連れて
ゲオルグの前に戻ってくる。

「ティアナ・ランスター執務官、特殊陸戦部隊に着任いたしました」

「エリーゼ・シュミット3等陸尉、同じく着任いたしました」

士官の2人に続いて下士官以下の10人が次々に自分の名前と簡単な挨拶の辞を
述べていく。
そして全員の挨拶が終わると脇に控えていたチンクが一歩前に出る。

「以上12名、予定通り着任しました」

そう言ってゲオルグに向かって敬礼するチンクにあわせて、異動者たちも敬礼する。
ゲオルグは立ち上がって姿勢を正すと、居並ぶ13人に対して答礼した。

「部隊長のゲオルグ・シュミットい・・・2佐だ。君たちの着任を歓迎する。
 諸君らの力を思う存分発揮して次元世界の守護者としての役割を
 果たしてもらいたい。午後には全部隊員を集めての集会をやるので
 諸君も出席するように。以上だ」

正式な辞令に若干先走って"1佐"といいかけたゲオルグは少し口の端をゆがめて
苦笑しながらそこから先の話を続けた。
ゲオルグの短い歓迎の挨拶が終わるとチンクの号令にあわせて着任者たちが
もう一度一斉に敬礼し、ゲオルグがそれに答礼することで着任の儀式は終わった。

チンクに率いられて下士官以下の10人が出て行く中、ティアナとエリーゼは
ゲオルグの前にじっと立ったまま動こうとしなかった。
そして部屋に3人だけとなり扉が閉まるとゲオルグはにっこり笑って
2人に話しかける。

「ティアナも姉ちゃんもよく来てくれた。 今日からはよろしく頼むな」

「はい。 こちらこそよろしくお願いします!」

「もっちろんよ。 任せときなさい!」

ティアナとエリーゼがそれぞれにゲオルグに返事をかえし、ゲオルグは
自分のデスク越しに2人と順番に握手を交わした。
そしてゲオルグが2人に向かって声を掛けよう口を開きかけたとき、
ゲオルグの前に通信画面が開いた。

「部隊長、そろそろ本局へお出かけになる時間です。
 玄関前に出迎えの車も到着しておりますので」

通信画面の向こうで神妙な表情を浮かべてゲオルグに声を掛けてきたのは
指揮所にいるフォッケであった。

「判った、玄関で落ち合おうか」

「了解です」

通信画面の中のフォッケが敬礼しながらそう答えると、ゲオルグの前から
通信画面は消えた。
そしてゲオルグは眉間にしわをよせ、眼前に立つ2人に向かって苦笑した。

「悪いけど、もう出なきゃいけないみたいだ。続きは午後にだな」

「はい。 私も分隊のみんなと顔合わせをしておかないといけませんしね」

そう言ってティアナは微笑む。

「あんたねぇ、自分の予定くらい自分自身で把握しときなさいよ」

一方、エリーゼは呆れたように肩をすくめて首を横に振った。

「はいはい。 じゃあ、またあとでな」

ゲオルグは姉の言葉に軽く手を振って応じると2人に別れを告げて
椅子の背に掛けてあった制服のジャケットを着込む。
そして部屋を出ると隊舎の玄関へと向かって歩き出した。

通路を行くゲオルグに向かってすれ違う部隊員たちが敬礼するのに対して
ゲオルグは少し崩した形で答礼しながら数分かけて玄関へとたどり着いた。
隊舎の内と外を隔てる扉の内側には、しきりに左腕の時計を気にするフォッケが
ぽつんと独りで立っていた。

「すまん、待たせた」

ゲオルグが声を掛けると、フォッケは顔を上げてゲオルグの方に歩み寄ってくる。

「いえ」

フォッケの短い答えに頷くと、ゲオルグは扉越しの外の景色に目を向ける。
5段ほどの短い階段を降りた先に黒塗りの公用車が止まっており、
その脇にはきっちりと茶色の制服を着込んだ若い局員が直立不動で待っていた。

「それじゃあ、行こうか」

「はい」

そして二人は扉を開けて隊舎の外に出る。
春の生温かい陽気に包まれつつ、二人は5段の階段を降りて車の脇に立つ
若い局員の前で立ち止まった。

「待たせてすまない」

「いえ、どうぞ」

そう言って若い局員は車の後部座席のドアを開けた。
先にゲオルグ、続いてフォッケが乗り込むと静かにドアが閉められた。
ドアを閉めた局員が車の後方をぐるっと回って運転席に座ると、
車は僅かな音を立てて静かに走り出した。

港湾地区の広い道路を5分ほど走ると、車はクラナガンを放射状に走る
高速道路のうちの1本にのっていた。
通勤時間帯を過ぎた都心に向かう道路には少ないとは言えないまでも
渋滞するほどの交通量はなく、ゲオルグたちを乗せた車は快調なペースで
都心に向かって滑るように走っていく。

ゲオルグの目は窓の向こうを流れていく景色に向けられていた。
ちょうど車は普段ゲオルグが隊舎への通勤に使っているクラナガン外周を走る
環状道路との交差点を通過していくところだった。
それを境に建物の密集度と高さが徐々に上昇し、流れる景色が郊外のものから
都会的なものへと変わっていく。

やがてビルの頂上が窓の上端よりも上に隠れるようになったころ、
車は高速を降りて一般道に出た。
いくつかの交差点で右左折を何度か繰り返したのち、敷地を高い壁に囲まれた
どこか威圧感を感じさせる白いビルが車の横に現れる。

ゲオルグたちを乗せた車は壁に沿うように走り、脇に詰所のある頑丈そうな
ゲートの前で止まった。
運転手を務める若い局員が窓を開けて詰所に居た女性局員と二言三言言葉を交わすと
ややあってゲートは重々しい音を立てながらゆっくりと開いていった。

ゲートを抜けると車はビルと壁の間にある道を通って、
数人の局員が直立不動の姿勢で立っている裏側の車寄せに止まった。

「シュミット2佐、お待ちしておりました。 ご案内いたします」

車寄せのそばに立っていた局員のうちひとりが車の後部座席のドアを開け
ゲオルグに向かって声をかける。
ゲオルグは黙って頷くと、車を降り案内役の若い局員の後に続いて
ビルの中に入っていった。
当然ながら、ゲオルグの副官たるフォッケもそれに続く。

3人は正面にあるものよりもこぢんまりとした受付を通ると、
エレベータホールに向けて通路を歩いていく。

やがて、通路が突き当たったところにあるエレベータホールに入ったところで
一行の足は止まった。

そのエレベータホールは広さこそゲオルグたちが普段使っているところの
半分程度でエレベータの数も2基と半分にも満たないが、内装は比べ物に
ならないほど豪華なものだった。

床には白い大理石が敷き詰められ、エレベータの扉には豪奢な装飾が施されており、
2つの扉の間には凝った彫刻の施された木製の台の上に花が飾られている。
また、目線を上に向ければこれまた豪華なシャンデリアが3人に向かって
やわらかな光を落としていた。

実はこのホール、管理局の最高幹部たちの部屋が並ぶ上層階に行くための
専用エレベータが発着する場所なのである。
装飾が豪華なのも当然である。

そんなハイソな空間の中で、まだまだ管理局全体からすれば決して上層部とは
言えない立場の3人がやや居心地悪そうに待っていた。

しばらくしてエレベータが到着すると、エレベータから降りてくる5人ほどの幹部と
入れ換わりに3人はエレベータに乗り込んだ。

ドアが閉まるとほんのわずかな衝撃とともに、一行を乗せたエレベータは
ビルの上層階に向けて加速し始める。
すぐに階数表示が飛びはじめてエレベータは最高速に達し、3人は下に向かって
僅かに抑えつけられるような感覚から解放される。

「速いですね、さすがに・・・」

「まあ、そのための上層階専用だしな・・・」

ゲオルグとフォッケが階数表示を見つめながら小声でそんな会話を交わす間にも
ぐんぐん階数表示は変わっていき、やがて3人は体重が軽くなったような浮揚感を
感じ始める。
そして階数表示が変わるスピードがみるみる落ちていき、目的とするフロアで
ピタリと止まるとドアが開き、これまた下の一般フロアとは違って
淡いブラウンの絨毯が敷かれた通路に出る。

案内役の後に続いて歩いていくと、重厚な木製の扉の前で彼は足を止めて
扉をノックする。
それに続いて中から"どうぞ"と女性の声で返答があってから、彼は扉を開けた。

「お久しぶりね、シュミット2佐。 特殊陸戦部隊の立ち上げのとき以来かしら?」

「はい。 ご無沙汰しております、クローベル議長」

彼らを出迎えたのは時空管理局の最高幹部の一人である
ミゼット・クローベル統幕議長その人であった。
案内役の局員が丁寧にお辞儀をして部屋から下がると、ゲオルグとフォッケは
ミゼットに勧められるままにソファに腰を下ろした。

「今日は悪かったわね、私のわがままでわざわざここまで上がってきてもらって。
 今や私よりもあなたの方がはるかに忙しいでしょうに」

「いえ。議長にお会いできるのならばいつでも喜んで参上しますよ」

「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない。でもあなた、可愛い奥さんが
 いたんじゃないかしら? こんなおばさんに浮気してちゃだめよ」

ニコッと歯を見せて笑ったゲオルグの言葉に対して、ミゼットが人差し指を立てた
右手を振りながら茶目っ気たっぷりに応じると、ゲオルグは苦笑を浮かべた。

「ところで、こちらの青年は? 紹介してくれないのかしら?」

続いてミゼットはゲオルグの隣で居心地悪そうに座るフォッケの方に顔を向ける。

「ああ、議長はお会いになったことがなかったですっけ?
 彼はフォッケ3尉です。私の副官なんですが、主に部隊の事務関係を
 取り仕切ってもらってるんです」

ミゼットの言葉にゲオルグが頭をかきながら応じ、続いてフォッケに
挨拶をするよう促すと、フォッケは緊張した面持ちで勢いよく立ち上がった。

「じ、自分はフォッケ3尉であります。 こ、高名な議長閣下にお会いでき
 光栄でありみゃひゅ!」

緊張でガチガチになったフォッケが挙手の礼をとりながらミゼットに向かって
挨拶の言葉を述べ、その最後で噛んだのを余すところなく見ていたミゼットと
ゲオルグは、最初揃って目を丸くしてフォッケを見ていたが、やがて2人とも
肩を小刻みに震わせて笑いだした。

「ふふっ・・・、とりあえず座ったらどう、フォッケ3尉?」

「は、はい。 失礼します!」

ずっと直立不動の姿勢で立っていたフォッケに座るように促したミゼットであるが
その対面ではゲオルグが口を押さえて未だに肩を震わせていた。
その様子を見たフォッケは、自分が挨拶の言葉を噛んだことを笑われているのかと
思って赤面する。

「いいかげん笑うのをやめなさいな、シュミット2佐。
 さすがにフォッケ3尉がかわいそうよ」

「そうですね。 悪かったな、フォッケ」

「いえ、そんな・・・」

ミゼットの言葉でようやく笑うのをやめたゲオルグが、フォッケの肩を叩きながら
声をかけるものの、相変わらずフォッケは落ち込んだ様子であった。

「ところで・・・」

そんなゲオルグとフォッケの様子を見て微笑んでいたミゼットだが、
ふいに笑顔を消して真剣な表情を浮かべる。
彼女の口調が変わったことに気がついたゲオルグとフォッケも、それまでの
冗談めかした雰囲気を脱ぎすてて、部屋の中の空気がピリッとしたものに変わる。

「テロ対策の体制を今の形まで整えてずいぶん経つけれど、
 運用上の不都合なんかはないかしら?」

「そうですね・・・」

ミゼットの問いかけに対して、ゲオルグは腕組みしながらしばし考え込む。
俯き加減になっていた顔をあげてミゼットの方に目を向けると
ゲオルグはおもむろに口を開いた。

「何一つ問題がない、なんてことは当然ですけどありませんよ。
 対策室からの指示はしばしば我々の能力を超えた要求をしてきますし、
 情報部から上がってくる情報は作戦遂行に肝心なものがかけてることもあります。
 捜査部は捜査部で度々現場に介入して混乱を招くこともありますしね」

ゲオルグがつらつらと普段不満に思っていることを言葉にしていくと、
いつもそのあたりの愚痴を聞かされているフォッケは、ミゼットが気分を
害しはしないかと不安げな表情でゲオルグの方をちらちらと横目で見る。

「ですが彼らとの協力があったからこそ、これまで成果を上げ続けてこられたのは
 間違いのない事実ですし、シンクレアやはやても1つずつ課題を解決しようと
 努力してくれてますからね。
 それに今回の人員増強で戦力不足という従来からの懸念はひとつ
 解決したわけですから、いますぐに抜本的な改革が必要な不都合は
 ないと考えています」

「そう。 それはよかったわ」

だが、そんなフォッケの心配をよそにゲオルグは平然と話を続け、
ミゼットに向けた微笑とともに話を締めくくる。
対するミゼットもにっこり笑ってそれに応え、ゲオルグの愚痴でミゼットが
気分を害するのではと心配していたフォッケは密かに安堵の吐息をもらした。

「では、今日の本題を片付けてしまいましょうか。
 私はともかくあなたたちは忙しいでしょうからね」

「いやいや、議長だってお忙しいでしょうに」

「そんなことはないわよ。 統幕議長なんて大層な肩書は頂いているけどね、
 実際には半分引退しているようなものだもの」

「またそんな・・・」

ミゼットがソファから立ち上がって自分のデスクに向かうと、
その背を追いかけるようにゲオルグも立ち上がる。
そして2人はデスクを挟んで向かいあう。
一瞬ゲオルグに笑って見せたミゼットはデスクから1枚の厚手な紙を取り上げた。
その様子を見ていたゲオルグはビシッと背を伸ばして直立不動の姿勢をとる。

「シュミット2等陸佐。 貴官を1等陸佐に昇進させ、引き続き特殊陸戦部隊の
 部隊長に任じます。 従前にも勝る活躍を期待します」

「はっ、議長閣下の御期待にお応えできるよう精進いたします」

殊更固い口調でそう言うと、ゲオルグは深めに頭を垂れて
ミゼットが差し出している紙を受け取った。
そしてそこに書かれている文字にサラっと目を通すと、顔をあげて
ミゼットの方に目を向ける。

「頼むわね。頼りにしているのだから」

「お任せ下さい、閣下」

ゲオルグとミゼットはお互いの顔を見合わせると揃って不敵な笑みを浮かべた。





特殊陸戦部隊分の辞令交付が終わってからミゼットの部屋を辞去した
ゲオルグとフォッケは、再び車に乗って今度は隊舎に向かって移動していた。
2人とも無言で外の景色を見ていたが、道のりの半分ほどが過ぎたところで
ふとゲオルグがフォッケの肩を叩いた。

「なんですか?」

「階級章、これに付け替えとけ」

「はい?」

ゲオルグの言葉の意味を掴みかねて首を傾げるフォッケであったが、
ゲオルグが差し出している階級章を受け取り、その姿をしばらくじっと見つめてから
ふいに目を見開いてゲオルグの方に顔を寄せた。

「これ、2尉の階級章じゃないですか!? まさか、僕も昇進ですか??」

「そうだよ。まあ、仕事はほとんど変わらないけどな、フォッケ2尉」

「いや、でも、僕が2尉だなんて・・・。分隊長の皆さんより
 上位になっちゃうじゃないですか。それはさすがに・・・問題ありませんか?」

「なんでだよ? お前と実戦部隊の分隊長たちじゃ仕事が全然違うんだから
 何も問題ないよ」

「しかし、僕はまだまだ経験も足りませんし・・・」

「んなことは判ってるよ。 でもお前、今日で士官学校を出て丸2年だろ。
 士官学校卒の人間は1尉になるまで2年に1回の定期昇進ってのが
 管理局のルールなんだから仕方ないだろうが」

「あっ・・・確かに・・・」

ゲオルグの言葉に頷いて少し考え込んだフォッケは、1分ほどの時間をおいて
再び顔をあげた。

「あの・・・定期昇進のときって、通常は異動になるんじゃなかったですっけ?」

些か控え目な口調でフォッケが尋ねると、ゲオルグの表情がバツの悪そうなものに
変わった。

「そうなんだけどな、今フォッケに抜けられるとウチの部隊の運営が
 ままならなくなるからって頼みこんで、特例を認めてもらったんだよ」

「はぁ・・・そうなんですか」

「そうなんだよ! だから頼りにしてるぞ、副官!!」

ゲオルグはそう言ってフォッケの肩を勢いよく叩いて、
窓の外を流れる景色に目を向けた。
ちょうど車は港湾地区に差しかかっていた。

(まあ、代償の支払いはきっちり約束させられたけど・・・な)

そしてゲオルグは心の中だけでため息をつくと、そっと目を閉じた。





隊舎に戻ったフォッケは自室へと戻るゲオルグを見送り、自分は玄関を入って
すぐのところにあるホールに残った。

「さて、と・・・」

がらんとしたホールを見まわしてふぅと息を吐いたフォッケは、
制服のポケットから携帯端末を取り出して通信画面を開いた。

「はい。あ、フォッケ3尉。戻られたんですか?」

「うん、たった今ね」

フォッケは通信画面に現れた通信オペレータの女性隊員に向かって頷き、
一度咳払いをしてから本題を切り出した。

「で、午後から集会の予定になってるのは判ってるよね?
 その準備をしたいから、手すきの指揮所要員はホールに集合」

「了解しました。 手すきの指揮所要員だけでいいんですか?」

「別にそんなに大がかりな準備はいらないから、最低限でいいよ」

「はい、わかりました」

通信が切れると、フォッケはホールをぐるっと見まわしてからホールの隅にある
倉庫に入って行った。
数分後、倉庫から両手にマイクとマイクスタンドを握ったフォッケが出てくる。
ちょうどそこに、指揮所から到着した5人ほどの隊員が到着し、フォッケの方に
近づいてきた。

「すいません、お待たせしちゃいましたか? フォッケ3尉・・・って、あれ?」

やってきた5人の中で一番上位にあたる女性オペレータはフォッケに話しかけると
彼の制服につけられている階級章を食い入るように見つめてから
再びフォッケの顔に目線を戻した。

「昇進されたんですか?」

「あ、うん。一応ね」

「そうなんですか。おめでとうございます、フォッケ2尉!」

「ありがとう。 まあ、士官学校出なら誰でもこの時期に昇進できるんだけどね」

「それでもおめでとうですよ。 あれ? でもなんでもう階級章が
 変わってるんですか? 昇進の伝達って午後の集会でやるんですよね?」

「なんかね、帰りの車の中で部隊長に渡されたんだよ」

苦笑したフォッケがそう言うと、オペレータの女性は少し考えるそぶりを見せてから
フォッケ同じように苦笑する。

「ああ、部隊長ならやりそうですね。 めんどくさいとか言って」

「だよね」

2人はしばし声をあげて笑い合う。
そして笑い声が収まるとフォッケはパンと手を鳴らして5人を順繰りに見まわした。

「さあ、さっさと準備をしてしまおう! 手分けしてお立ち台と演台を倉庫から
 出してこのへんにセットしてね」

フォッケのあげた掛け声に応じて5人は倉庫へと歩いていった。





そして、昼食時を過ぎた午後。
特殊陸戦部隊の隊舎玄関ホールには緊急対応に必要な最低限の人員を除く
ほぼ全部隊員が集合していた。

午前中にフォッケたちが準備したお立ち台とその上には演台があり、
お立ち台の両脇には部隊長のゲオルグ以下の士官全員が並んで立っていた。

そして彼らと向かい合うようにして下士官以下の部隊員たちが
セクションごとに列を作ってずらりと並んでいた。

「全員集合したぞ」

全セクションの点呼結果を確認していたチンクが必要最小限の言葉で
ゲオルグにその結果を報告すると、ゲオルグは黙ったまま小さく頷き
お立ち台を挟んで反対側に立っているフォッケに目を向けた。

今度はその視線に気がついたフォッケがゲオルグに向かって頷き、
次いで手に持っていたマイクに向かってしゃべり始めた。

「それでは年度初頭にあたっての集会を行います。
 はじめに部隊長からの訓示と辞令の伝達をお願いします」

フォッケのアナウンスに続いて、ゲオルグはお立ち台に上り演台の前に立った。
彼がスッと背筋を伸ばすと、彼の眼下で行列をなす部隊員たちが一斉に腕を上げて
彼に向かって敬礼をしてくる。
ゲオルグは固い表情を崩さずに右手を額にあてて、自らに目を向けてくる
部隊員たちに答礼した。
たっぷり3秒の時間が経過したあと、ゲオルグは額にあてていた
右手を下ろした。
次いで部隊員たちが一斉に右手を下ろしたのを確認し、ゲオルグは半歩前に出て
演台の上のマイクに向かって話し始めた。

「特殊陸戦部隊の諸君、参集感謝する。
 年度の初頭にあたって一言申し述べておきたい。
 まずは、昨年一年間の君たちの働きに感謝を伝えたい。
 君たちの努力のおかげで様々な困難な状況を排しつつ、
 着実に成果をあげることができた。改めて感謝する。
 皆も知っての通り、今日から我々特殊陸戦部隊の体制が変更となる。
 今回の戦力増強によって我々に求められる役割はさらに大きくなることになる。
 君らにはこれまで以上に苦労をかけることになるかもしれないが、よろしく頼む」
 
ゲオルグはさして長くもない訓示を締めくくって、辞令の伝達にうつった。
チンク以下の昇進者たちとエリーゼやティアナ以下の異動者たちひとりひとりに
辞令を手渡してから、ゲオルグは壇を降りて元の場所に立った。

それを確認したフォッケは自分の手の中にあるマイクに向かって
異動してきた新任部隊員たちを紹介し始めた。

最初にティアナ。
次にエリーゼ。
2人が順番に演壇に登って短い挨拶をしたあと、フォッケの言に従って
異動してきた下士官以下の部隊員たちが前に出て並ぶ。
そしてフォッケが一人一人の名を呼んでいくのに合わせて
彼らが一言ずつ挨拶の言葉を発していった。

「では、これで集会を終わります。解散」

最後にフォッケが閉会の辞を述べて15分ほどに及んだ集会は終了した。
部隊員たちがわらわらと仕事に戻っていくなか、演壇に向かって左側に
ずらっと並んでいた士官たちは全員が同じ方向に向かって歩き出した。
だが、一番演壇に近いところに立っていたゲオルグだけは彼らとは
逆方向に歩き出し、指揮所スタッフに囲まれつつあったフォッケに
近寄っていった。

「フォッケ。このあと・・・」

「はい、わかっています。 後片付けの指示を出したらすぐ行きます」

フォッケはゲオルグが言いかけた言葉を遮るように応えると、
指揮所スタッフたちの輪の中に戻って、集会の後片付けの指示を出しはじめた。
その背中を見て満足げに微笑むと、ゲオルグは士官たちの列に向かって
駈けていった。
 
 

 
後書き
うーん、どうにも難産でした。
やはりもう少し細かいところまでプロット時点で
ビシッとしておかないとダメかなぁ・・・

でも、単語の選択で悩んでかきあぐねてた気がするから違うか・・・

これからもお読みいただければ幸いです。 
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