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同士との邂逅

作者:日月
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二十四 終幕

木ノ葉の里長三代目火影は中忍試験会場の屋根の上で、元教え子であった大蛇丸と対峙していた。
火影を助太刀する者は誰もいない。なぜなら彼と大蛇丸を取り囲む結界が木ノ葉の暗部達の行く手を阻んでいたからだ。


大蛇丸の部下であろう音隠れの四人の忍び――それもまだ子どもが創った強固な結界が、二人の戦いに水を差すな、と屋根上に張り巡らされていた。
金剛不壊の結界奥は外部の者には視えない。紫の色を成す結界壁に触れれば身体が燃え上がる。
故に暗部達は結界傍で控えるのを余儀なくされていた。

結界に閉じ込められた忍びの戦いは既に終局を迎えていた。結界内を埋め尽くす樹木が生い茂る中、熾烈な戦いを繰り広げていた彼らは互いに荒い息を繰り返す。
火影の背後に視線を向け、大蛇丸は苦々しく奥歯を噛み締める。そこには異形の存在があった。


大蛇丸から何かを引き摺り出そうとしている異形の腕。火影の腹を突き破っているソレは大蛇丸の中から白い塊――魂というべきものを引き摺り出そうと引っ張っている。
術の効力と引き換えに己の魂を死神に引き渡す、命を代償とする封印術。その術を契約した者のみが視えるという死神の姿は、魂を半分ほど引き抜かれた大蛇丸の目にも見て取れた。

底無しの昏い瞳をぎょろりと動かしそれでいて白い髪を乱れさせ鬼の形相でにたりと笑うその様は……正に死神。

大蛇丸は憎悪を湛えた瞳で元師であった火影を見遣る。彼の刀にて背中を突き刺された火影もまた、大蛇丸を射抜くような眼光で見据えている。
だが大蛇丸と違い彼の瞳には、確かに不肖の弟子に対する慈愛があった。

切羽詰まっている状況だからこそ、大蛇丸は深く息を吐き呼吸を整える。落ちつきを取り戻した彼は焦燥を隠し、口元に笑みを湛えた。
「そろそろ楽になったらどうですか、先生?ご老体の貴方にこの里を守る余力など持ち合わせていないでしょう?」

嘲りを孕む労わりの言葉。それを投げつけられた火影が眉を顰める。
何も言わない彼を大蛇丸は目を細めて見つめた。

「サスケくんにしたってそうです。私はただ、忍びの卵である子どもを引き取ろうというだけですよ。老いた鳥には重荷でしょう?」
「余計なお世話じゃ!両翼でしっかり抱き抱えておる。一つも零しはせんわい」
大蛇丸の言葉遊び。その延長線上に乗った火影は言い返す。
憤る火影を気にせず、大蛇丸は飄々とした表情で猶も言い募った。

「翼をもがれた鳥は地に墜ち、蛇に呑まれるのが関の山…」
詠うように話しながら、大蛇丸は火影の背中に刀を更に突き付けた。
ググッと半身を刀で抉られ、その痛みに火影は脂汗を滴らせる。

一方の大蛇丸は、死神に魂を引き抜かれるという未知の体験に内心慄然としていた。
だがその恐怖を押し殺し、余裕綽々の風情を装って彼は笑う。
その口から紡がれる詩のような言葉が膠着状態であるその場に静かに響き渡った。



どれくらい時が経っただろうか。片や魂を腹から引き摺りだされ、片や刀を背に突き立てられ。
相対抗する両者は互いに一歩も引かず。
苦境に立たされて猶、頑なに屈しない双方の間を、ただ時だけが刻々と流れていく。
拮抗し合う純粋な力の押し合い。


だがやはり齢が齢である。徐々に圧され始めたのは火影が先だった。
その体力と相俟って、今現在扱っている【屍鬼封尽】の効力が弱化していく。
魂を引き摺りだすこの術は、術者の体力に左右される。つまり体力が不十分である場合、封印までに至らないという事態に陥る。

両者の背中を冷たい汗が滑り落ちていく。だが火影の体力の減退に逸早く気づき、大蛇丸はほくそ笑んだ。
そんな彼に対し、火影はくつりと喉を鳴らす。


「鳥と同じく、牙をもがれた蛇は地にてのた打ち回るだけじゃ」

先ほどの大蛇丸の言葉遊びに乗じ、彼はふざけた物言いで笑った。震える己の膝を内心叱咤し、残り少ない力を振り絞る。
大蛇丸の表情が一転する。微笑を浮かべていた顔から余裕の色が一切削ぎ落された。



絶叫が結界内にて轟く。


満足げな笑みを浮かべる火影の眼前では、悲痛な表情の大蛇丸が自らの両腕を見下ろしていた。
「な…何をした…!?」
印を切り様々な術を繰り出していた、蛇の如くしなやかだった腕が重い。チャクラを込めようとすれば激痛が奔る。

己の身に起きた突然の異変に、大蛇丸は笑えなかった。ただ呆然と、力なくブランと垂れさがっている自身の腕を見つめている。
もはや愉悦すら微塵にも感じられない。破綻した自らの計画を嘆く暇さえ無い。
両腕の自由を奪われた大蛇丸は、奪った本人の声で我に返った。

「貴様の両腕はもう使えぬ。両腕が使えぬ以上、印も結べぬ…」
刀による大量出血により、血の気を失っている火影が空々しく言う。その一言でカッと頭に血が上った大蛇丸は、火影の胸倉を掴もうとした。だが鉛色に変色した己の腕はピクリとも動かない。
印を結べず、腕さえ持ち上がらない彼に出来る事は、ただ吼えるしかなかった。


「この老いぼれが!私の腕を返せ!!」
「お前の野望は…ここまでじゃ」

ゆるりと火影は口許に微笑を浮かべる。彼の脳裏に走馬灯の如く浮かび上がるのは、木ノ葉の里人。
そして月色に輝く髪を持つひとりの子ども。

「…こ、このくそジジイが!私の野望は止まらぬ!!」
大蛇丸の怒号が結界内で乱れ飛ぶ。怒気を露に睨みつける彼を翳む視界で捉えていた火影の身が、ぐらりと傾いた。



ちょうどその時、大蛇丸と火影の間を一陣の烈風が吹き抜けた。


それはほんの一瞬で、風の激しさに思わず眼を瞑っていた大蛇丸は、地に伏せる火影の姿を忌々しく一瞥する。
そして結界を張っていた子ども達に合図を送り、撤退しようと跳躍した。

「待て!!」
結界から飛び出す大蛇丸の姿を認めて、木ノ葉の暗部達が一斉に動き出す。だがそれより速く大蛇丸の傍にいた子どもが印を結んだ。
「【忍法…蜘蛛縛り】!!」
大蛇丸の部下のひとりが放った術によりチャクラを流し込んだ粘着性の糸が暗部達に襲い掛かる。
足止め用のソレは確実に暗部の動きを止めようと大きく広がり……。



「邪魔だ」

突如割り込んだ金により一閃された。














(じじいの奴、【屍鬼封尽】を使ったな…無茶しやがって)
影分身が三代目火影の身を救い出すのを横目で見遣りながら、ナルト――いや月代は嘆息した。

一瞬大蛇丸と火影の間をすり抜けた風。月代が大蛇丸でさえも目に捉えられない速度で三代目火影を連れ攫ったのだ。

突然の風と腕の痛みにて生じた大蛇丸の隙をついてニ体の影分身を作った月代は、一体を火影の死体に変化させ、もう一体を結界の外に向かわせた。
即ち影分身の一体に満身創痍である火影を安全な場所まで連れて行かせたのだ。

だが【屍鬼封尽】を使った今、火影の命はもはや風前の灯。それが解っているからこそ、術を使えぬ蛇などに時間をかけていられない。
暗部総隊長である月代に変化したナルトは、己の登場により顔を青褪めた大蛇丸と彼を囲むようにして佇む四人の子ども達に視線を向けた。



ぱらぱらと空に散る糸。
蜘蛛の巣を一瞬にして蹴散らした彼は無言で大蛇丸を見据えた。
「あ、貴方は………」

木ノ葉の暗部達が狼狽する中、狐面をつけた男はただただ静かに佇んでいる。
蜘蛛の糸と雑じって彼の金糸が風に靡いた。

「まさか…『月代』!?」
大蛇丸が瞠目し、声を荒げる。驚愕の色を孕む視線を一身に受けている狐面は、大蛇丸含む音忍を見渡した。
それだけの所作で、その場の面々の背筋がゾクリ…と寒くなる。


そこにいるだけで膝をついてしまうほどの圧倒的存在感。
見上げるのも畏れ多いのではないかと自然に頭が下がってしまう威圧感。

彼の佇まいは威厳に満ち、背後には凝り固まった闇がある。
少しでも迂闊な真似をすれば一瞬でその闇に呑み込まれてしまうような。
気が狂いそうなほどの権威を彼はその身に背負っていた。


木ノ葉の暗部ですら畏縮するのだ。音忍である子ども達は皆生きた空もなく、悄然たる顔で狐面の動向を見つめていた。狐面を警戒する大蛇丸もまた、その顔は酷く歪んでいる。
おそらく【屍鬼封尽】による火傷のような激痛が彼の両腕を襲っているのだろう。あのままでは何れ皮膚がズタズタに裂けていく。
だが大蛇丸の表情には両腕の痛みよりも焦りの色のほうが濃かった。それはやはり狐面――月代が現れたことに対してであろう。

任務達成率100%の死神・禁忌とされた狐面を唯一許された者・里最強の火影を遙かに凌駕する幻の存在・ビンゴブックにすら載らぬ伝説の暗部…様々な噂が飛び交うその本人が、今、目の前にいるのだ。


その場にいる者達の顔触れを一通り見た月代が再び大蛇丸を見遣る。途端、大蛇丸は己の心臓を鷲掴みされたような感覚をその身に受けた。
異変を察して大蛇丸の許に向かってくるカブトを視界の端に捉えながら、月代は静かに言葉を紡ぐ。


「お前の野望は…ここで潰える」

面の奥にて垣間見える青い双眸。冷やかに細められたその鋭い瞳から大蛇丸は目が離せない。
身を竦ませる彼はまるで月に見込まれた蛇。猿に牙をもがれた蛇は、月下にて喘ぐしか術は無い。





大蛇丸の行く末は月代が現れた時点で、とうに終わりを告げていたのだった。
 
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