| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法使いへ到る道

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

10.進路の話をすると鬼の腹筋が攣る

 二年生になった。
 と言っても大した変化があるわけでもない。クラス替えはなかったし、授業の内容も相変わらず欠伸の出るようなものばかりで、強いて言うなら教室の位置が玄関から遠くなったくらいだ。
 とかなんとか枯れてることを考えているのは当然のように俺だけで、同学年の子たちはそわそわと浮き足立っている様子だ。進級できたことが嬉しい様子。後輩も出来たしねー。お兄さんぶったりお姉さんぶったりしたいんだろう。
 精神年齢大人の俺から見ればどっちもどっちの可愛らしいガキ共なんだけど。
 でも子供ってやっぱり成長するのが早いね。ちょっと前まではどいつもこいつも同じように遊んで騒いでいたというのに、今では外で遊ぶ子、本を読む子、男と女に分かれてちょっと衝突していたり、中々どうして情緒豊かになっている。
「なによ!私たちが先に遊んでたんじゃない!」
「うるさい!女子はあっちいけよ!」
 やれやれ、今日もまたどこかで諍いが起きる。何故人は争わずにはいられないのだろうか。とかなんとか。
 場所は学校の運動場。休み時間に遊んでいた二つのグループがいがみ合っている。というかどっちもウチのクラス。男子と女子のグループのリーダー格がにらみ合っている。
 男子リーダー、佐々木勇気。女子リーダー、アリサ・バニングス。
 二人とも性格は明るく社交的。リーダーシップを発揮して周囲を引っ張っていくタイプだ。ちなみにどっちも顔面偏差値勝ち組だったり。
 もうちょっと大きくなれば二人とも争うことなくお互いにとっていい落としどころを見つけて仲良くできるんだろうけど、生憎と今は多感な時期なのだ。こんなこともままあるだろうね。
 とは言っても黙って見ているのは性に合わないので、同じように心配して仲裁に向かいそうだったすずかに目配せしてから二人の間に割って入った。
「おいおい、お前ら。ケンカなんてしてんなよ」
「わるいのはこいつらよ!あとから来たくせに割り込んできて!」
「なんだよケンジ!女子の味方するっていうのかよ!」
 さし合わせたようにほぼ同じタイミングで噛みついてくるが、同時に窺うような視線を向けてくる。彼らの後ろに控える子たちも似たような感じだ。
 俺のクラスでの立ち位置は中立派、強いていえばバランサーだ。男子ではあるが女子のリーダー的存在であるアリサと親しく、何より男だから女だからと騒いだりしないので自然と二つの勢力の間を受け持つ役割を果たしている。
 ケンカが起こればそれを止めて悪かったことを反省させる。言ってしまえば簡単だがこれが意外と難しい。どちらか一方の肩を持つことのない公平なジャッジを要求され、そのことをしっかりと理解させる必要もある。こういったことを数回繰り返すうちにクラスの中ではある傾向がみられるようになった。
 争いが起きれば八代健児に頼る、というもの。みんな頭ではケンカはよくないとちゃんとわかっている。けれどまだ未熟な精神ゆえにどうしてもぶつかってしまう。
 何が悪くて何が良いのか。どちらが悪くてどちらが良いのか。お子様の彼らにはまだわからない。わからないからそれが判断できる俺に頼る。子供にしてはよく考えられていると言えるだろう。
「やかましいわアホ共!ケンカせずに仲よく遊べ!そして俺も混ぜろ!」
 しっかりとした大人の俺でしかできない大役といってもいい。どうだ。争っていた二人が唖然とした顔をしている。
「ケンジくんケンジくん、それはちょっと違うと思うな」
 と、後ろのすずかが苦笑気味に言ってくるが、ちょっとよくわからないです。
 すずかも俺と同じ中立派。同級生に比べてちょっと大人びている彼女は子どもじみた争いはしない。俺と違って積極的にケンカに介入したりはしないが、目の前で起こっているようなら止めに入るし手におえなければ俺を呼ぶ。そんな感じ。
「そーだよー。それにケンジ君はなのはのとっくんに付き合ってくれるって約束したの」
 くちびるを尖らせてぶーたれてるなのははまた違った意味で中立派。正確にはそもそもこいつには勢力争いという考えがない。まだ男女の垣根というものが分からないのだ。みんな仲良くがこいつの理想である。眩しい。
「何が特訓だ。あやとびの練習くらいでそんなかっこいい言葉を使うな」
「なのはにとってはそれくらい大変なことなの!修行といってもいいくらい!」
「よくない」
 体育の時間にちゃんととべなかったなのははこうして小学生にとって貴重な休み時間を消費して努力を続けているのだ。いつも一緒にいる俺とすずかとアリサがひょいひょいできたから自分だけうまくいかないのがくやしいのだろう。かわいいやつだぜ。
 頬を膨らませるなのはにほっこりしていると、その姿に毒気を抜かれたのか勇気とアリサの表情から大分険がとれている。これならこちらの言葉もすんなり受け入れられるだろうと判断し、口を開く。
「勇気よ。手に持っているボールを見るにサッカーをしようとしていたのは分かるし、それなら確かにそこそこの広さがいるのも分かる。でもお前らの人数は少ない。その分使う広さも少なくなるだろう。ここの一つしかないゴールはもう上級生が使っているんだし、できるのがボール回しくらいならなおさらだろう」
「うぐ、そ、そうだけど……」
「何より女の子に怒鳴り散らすのは男らしくない。格好悪い。ださい」
「なん……っ!」
 がっくりと項垂れる勇気。この年ごろの子どもはヒーローとかに憧れているから格好悪いことを嫌うので、こういっときゃ大体なんとかなる。
「そしてアリサ、お前もだ」
「なによ、私はひがいしゃよ」
「同じように怒鳴りあっていたから同じだ。あんな振る舞い、レディとはいえないな」
「むむ」
 アリサの家はマジで上流階級っぽいので、振る舞いとか嗜みとかレディとか乙女とかいっとけばどうにでもなる。
「ほれ、それぞれ悪かったところがわかったな。それじゃあ次にすることはなんだ?」
「……ごめんなさい」
「……こっちこそ、ごめんなさい」
「よろしい」
 これにて一件落着だ。成り行きを見ていたクラスメイトたちがぱちぱちと拍手を送る。いえーい、とピースで答えた。なんだったら上着を肌蹴たいところだ。桜なんて舞ってないけど。
「ケンカも終わったならあとは目一杯遊べよ。分かれて遊んでも混ざって遊んでも、全員でなのはの監督をしてもいい」
「やめてよっ」
 ここにいる男女合わせて十一人で輪を作り、その中心でなのはにひたすら跳ぶ練習をさせる図。最高だと思うのだが。
「そんなことになったら、なのは泣くよ!?わんわん泣く!」
「そん時は頭撫でて泣き止ましてやる」
「え、頭なでなでしてくれるの?それじゃあ、わ、わーん」
「ウソ泣きにしても下手すぎる……」
 でも顔を覆った手の間から期待するようにちらちらと俺の顔をうかがうなのはちゃんがカワイ過ぎるのでお願いを聞いてしまう。なのは、恐ろしい子ッ!


 3年生になった。
 クラス替えがあって離れてしまった友達はいるものの、そういえばクラスに関係なく仲のいい奴らは割かし多かったので大して変化があった気もしない。
 大きな変化としては携帯電話を持つことが許されたことと自分の部屋が出来たことくらいだろうか。
 保護者たちのお茶会で話し合った結果、なのはとアリサとすずかと俺は同じタイミングでケータイを購入させてもらった。小3で持つのはちょっと早くね、とは思ったものの、あいつらは年の割にはしっかりしているし、フィルタリングもちゃんとかかっているし、何より俺がしっかりと監督すれば大丈夫だろう。
 ちなみに新たに個室が与えられたのは俺となのはだけ。ほかの二人は随分前から一人部屋が与えられていたらしい。ブルジョワめ。にらんでやる。ぎろり。
「あ?何ガンつけてんのよ。やる気?」
 淑女らしくしろよおぜうさま。なんでそんなヤンキーみたいな反応をするんだよ。というか目力半端じゃない。お弁当のアスパラベーコン巻きを咀嚼しながらも俺はきゃん玉袋が竦みあがるのを感じた。あ、チーズ入ってる。
「まあ、どうせバカなこと考えてたんでしょ。そんなことよりもちゃんと考えなさいよ?将来のこと。なのはもね」
 そうなのである。さっきの授業で先生ってば面倒くさいことを言いだしたのである。
 いや、普通ならここは子どもらしく『パイロット』とか『お花屋さん』とか『宇宙飛行士』とか、そんな夢を描くべきなんだろうけれど、目の前にいる奴らときたら、
「いっぱい勉強して、パパとママの会社を継ぐ」
「工学系の専門職が良い」
ときたもんだ。
 恐ろしい!憧れを持たない、いや持てない子どもは恐ろしい!
 目標を決めるのはそりゃあ早い方がいいだろう。実力をつけるのに十分な時間があるに越したことはない。その一環として三人娘は塾に通ってめきめきと学力を伸ばしている。まだ俺の方が上だけど、いつまでそうして偉そうにしていられるだろうか。なにもしていない俺ならば、早くても中学生くらいにはこいつ等か或いは他の誰かに越されるだろう。そうなるのも癪だからちょっとは頑張ろうと思うけど。
 中高一貫だからそこまではいいとして、大学受験やだなー。もう二度とやりたくないなー。
「アホのケンジはいいとして。なのははどうするの?やっぱり喫茶翠屋の二代目?」
「うーん、それも将来のヴィジョンの一つではあるんだけど」
 話題を振られたなのはは、なんだか憂鬱そうな表情をしていた。というか俺はなのはが『ヴィジョン』とかかっこいい単語を使いこなしているのに驚いた。塾通いってすごい。
「他にやりたいことがあるようなないような、はっきりしなくて。……私、特技も取り柄もあんまりないし」
「このバカチン!」
 ぺたり、と。なのはの頬にレモンの輪切りがへばりついた。投げつけたアリサはぷんすかしながら、
「自分からそんなこと言うんじゃないの!」
「そうだよ!なのはちゃんにしか出来ないこと、きっとあるよ!」
 こればっかりはすずかも一言物申したかったようだ。なんて友達思いのいい子たちだろうか。
「大体アンタ、理数の成績はこのアタシよりもいいじゃない!それで取り柄がないとかどの口が言うのよ!」
「あ~ぅ」
 ぐにぐにと伸び縮みするなのはのほっぺ。そろそろ周囲の目が厳しくなってきたので介入しようか。
 落ちたレモンを齧りつつ、
「落ち着けよアリサ。なのはに負けているのは理数だけだろう。文系と体育ではそいつはぽんこつだ」
「そうね!理数も文系もアンタが一番だものね!」
「そうかっかするなよ。あともう放してやれ。だるんだるんになって戻らなくなるぞ」
「あ、ごめんなのは」
 ぱっと手を放すとぷるんっとした弾力性を見せて戻るほっぺ。あうあう言いながら頬をさすっているなのはに向かって、
「なのはも、あまり自分を卑下するのは感心しないぞ」
「ひげ?おひげなんてなのは生えてないよ」
 難しい言葉を使った俺が悪いが腹が立ったので一発ぶっておく。
「自分に取り柄がないなんて言うなってことだ。なのはにだっていいところはたくさんある」
「ホントに!?たとえば、なに?」
 期待するようなキラキラの瞳で見られると無駄に緊張するな。特に考えなしに喋っていた俺は少し頭を悩ませて、
「(にっこり)」
 精一杯の笑顔を浮かべた。
「なにか言ってよ!」
 涙目で騒いでいるなのはちゃんってば可愛いなぁ。
「まあ、半分くらいは冗談として」
 半分!?、と驚いたようななのはの鼻をつまんで、
「取り柄がないとか、決めつけるのにはまだ早いんじゃないの。お前はまだ9歳なんだから、まだまだ知らないことがたくさんある。時間をかけて、いろんなことをやってみて、諦めるのはそれからでもいいんじゃないのか」
「……ふぁい」
「なんだその返事は。ふざけているのか」
「にゃらその手をはにゃしてよ!ふぎゃっ、ひっふぁんにゃいで~!」
 ぴーぴー喚くなのはには、もう将来のことで思い悩んでいるよな影は見当たらなくなっていた。
「やるじゃないケンジ」
「流石ケンジくん、だね」
 なんてことはない。お昼休みに発生したこのぷち騒動は、友達を元気づけるのが目的だったのだ。
「アリサひゃんもすずきゃひゃんも、見てにゃいで助けてよー!」
 当の本人は気づいてないけどな。
 
 
 

 
後書き
日常編を書こうとするとエタる(戒め) 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧