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ウイングマン ウインドプラス編

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■1■ 初詣

1.
翌日。
新らしい年の始まりを祝うかのように空は見事に晴れ渡った。
「あ、美紅ちゃん」
「桃子ちゃん」
アオイの家の前で美紅と桃子が顔を合わせた。
初詣に行く前に2人はアオイの家に集合することになっていたのだ。
「明けましておめでとう」
とりあえず挨拶をしてた2人は呼び鈴を押した。
そして、すぐにアオイが玄関から出迎えた。

2人の姿を見るなりアオイは新年のあいさつよりも先に「あ、やっぱり」と呟いた。
美紅と桃子はお出かけ着ではあるものの、普通の洋服だった。
アオイの言葉が何に対して放たれた言葉なのかわからず戸惑いを見せた。
しかし、それも織り込み済みだった。
「あけましておめでと。2人とも入って入って」
アオイはほほ笑むと2人の背中を押して、家に招き入れた。
「お、おじゃまします」
美紅も桃子もアオイが何をしようとしているのかわからずに少し腰が引けていたが、とりあえず招かれるままに家に入っていった。



「どうして、アオイさんの家に集合だったんですか?」
玄関で靴を脱ぎながら、美紅は疑問を訪ねた。
そもそも集合時間が健太との約束の時間よりも2時間も早い。
3人で集合していくだけなら何もアオイの家に集合する必要などないのではないかと思っていた。
正直、知らないところでもないし、直接行けばいいのに……
「それは、2人の格好が理由よ!」
アオイは2人を指差して言い放った。
指摘された美紅と桃子はお互いの服装を見比べてみた。
特に豪華に着飾っているわけではないが、別段、変なところはない。それどころか2人は十分おしゃれをしているように見えた。
「せっかくの初詣なんだから振袖着なきゃ!」
疑問符を浮かべた顔をしている美紅と桃子に向かってアオイはそう言い切った。
しかし、問題があった。
「私、着物なんか持ってないし……」
美紅も桃子も着物など持っていなかった。
2人とも普通の中学生なのだ。着物なんて持っていなくても当然といえば当然だ。
しかし、アオイは2人の言葉にも動じる様子はなかった。
「心配ご無用!」
そう言うと、アオイは自分の部屋に案内した。

するとそこには3人分の着物が用意されていた。
「わあぁっ!?」
美紅と桃子は驚きの声を上げた。
やはり2人とも女の子だ。着物にあこがれるところもあって、部屋にかけられている着物を見て少しテンションが上がった。
その姿にアオイは満足げな顔をした。
「よかった。2人とも喜んでくれて」
そして、かけてある着物を一つ手に取った。
「これを着て、受験勉強で暗い冬休みを過ごしているケン坊を励ましてまげましょっ!」


その頃、健太はまだ布団の中だった。
前日の勉強を頑張りすぎて、疲れてまだ眠っていた。
今日の初詣にみんなと一緒に行くために今日の分までやってしまおうと深夜遅くまで机に向かっていたのだ。
しかし、夢の中でも健太は勉強していた。
読んでいた参考書がだんだんと巨大化して、覆いかぶさってきた。今にも押しつぶされそうだ。
「助けてくれぇ~」
寝言で助けを求めていた。



2.
「アオイさんは着物とか着るんですか?」
桃子は着物に着替えながら質問した。
「ハハハハ。別に着なくもないこともないっていうか……」
笑ってごまかした。
当然、アオイも着物なんて着たことはなかった。
健太の家に遊びに行ったとき、勉強を頑張っている姿を見て、何か健太を励ましてやれないかとサプライズをすることを思いついた。
そして、いろいろ考えた末に一番最後に思い浮かんだのがウイングガールズの着物姿だった。
それで着物について多少調べて、ディメンションパワーを駆使して用意したのだ。
「私も七五三のときに着た以来かもしれないわ……」
話しながら美紅も丁寧に着つけをした。
アオイが用意した着物は素人にも簡単に着ることができるタイプで、3人とも問題なく着ることができた。
「美紅ちゃん、桃子ちゃん、ちょっと並んで」
アオイに言われるがままに2人は横に並んだ。
「後ろ向いて!」
2人をくるっと背を向けさせると、アオイは2人のお尻をマジマジと見た。
「やっぱり……」
そう呟くと1人でうんうんとうなづいた。
「アオイさん、どうしたんですか?」
桃子はアオイの行動の意図がよくわからずに戸惑っていた。
そして続く言葉がさらに困惑を加速させた。
「2人ともパンティを脱いで!」
「え~っ!?」
いきなりアオイにそんなことを言われて、美紅と桃子は驚いた。
「ど、どうしてですか?」
2人ともわけがわからない状態で下着を脱がされるわけにはいかない。
しかし、アオイは得意げな顔でその質問に答えた。
「2人ともパンティのラインが浮き出るのよ。ほら」
下着の腰のラインを見てみると、アオイの指摘通り着物の上からパンツのラインが盛り上がっていた。
「着物を着るときは下着を履かない。これがマナーなのよ!」
アオイは自分のお尻のちょっと突き出してヒップラインを見せた。
着物がきれいに伸びていた。不自然なパンツのラインはまったく見えない。
アオイはすでにパンツを脱いで着物を着ていたのだった。
確かに、着物の美しさを生かしているのは理解できた。
美紅も桃子も当然、着物の着方やマナーなんて知らない。
アオイにそう断言されてしまうと、思わず納得してしまうしかなかった。
「まあ、これだけ裾が長ければめくれる心配もないかな……」
桃子は美紅と顔を見合わせた。
「そ、そうだよね……」
顔を赤らめながらも2人はパンツを脱いだ。
「なんか落ち着かないけど……」
美紅はスースーする下半身を確認しながら腰を動かしてみた。
桃子の見立て通り着物の隙間から足元が見える可能性はあるものの、さすがに裾は長いしめくれて下半身が顕になる心配はなさそうだった。
「まあ、江戸時代にはパンツなんかなかったわけだし……」
桃子も自分のヒップラインを触って確かめてみる。
「まあ、着物ってこんなものなのかもしれないね……」
2人の納得した表情を見てアオイも満足げだ。
改めて美紅と桃子の着物姿を見た。
2人ともいつもとは雰囲気は違うが、すごく似合っている。同性ながらにかわいいとアオイは思った。
「ケン坊、喜ぶぞ、きっと」
サプライズに喜ぶ健太の姿を想像し、アオイは自分のアイデアに満足した。



健太は待ち合わせの時間に1時間前になってもまだベッドの中だった。
今日はアオイたちが家まで迎えに来てくれることになっていたのだ。
約束の時間の30分前になってようやく健太は目を覚ました。
しかし、まだ頭がうまく働かない。
とりあえずまずは歯を磨くことにした。何も考えずにできる行為だからだ。
「ああああ、これから美紅ちゃんたちと……」
美紅がどんな格好で迎えに来てくれるのか健太は妄想しようと考えた。
しかし、頭の中には数式が浮かんでくる。
せっかくの楽しい1日が始まろうとしているのに、頭の中は受験のことで頭がいっぱいなのだ。
「……初詣だっていうのに、なんで数式が浮かぶんだああああ!」
頭を抱えた。
頭を働かせるとろくなことを考えない。
健太はとりあえず、何も考えることをやめた。
いつみんなが来てもいいように着替えてボーっとすることにした。



「ケン坊っ!」
呼び鈴より先にアオイの声がした。
その声に反射的に健太のスイッチが入った。
急いで健太は階段を下りた。そして玄関に向かった。
ドアを開けるとそこにはサプライズが待っていた。
「新年、明けましておめでとうございま~す」
晴れ着姿の美紅、桃子、アオイがそこに立っていた。
「うわっ!!!!?」
健太の顔がだらしなく緩んでいる。
アオイの思惑通りだ。
まさか3人が着物姿で現れるなど想像もしていなかったのだ。
感激だ。特に美紅の晴れ着には大絶賛だった。
「美紅ちゃん、いいよ!いい!」
健太の激賞に美紅は顔を真っ赤にした。
「ケン坊、私たちも晴れ着なんですけど!」
美紅のことしか絶賛しない健太に、アオイと桃子もちょっとむくれてみせた。
「も、もちろん、アオイさんもすごくいいよ! ピンクもすごく似合ってる!」
現金なものです褒められるとすぐに2人は機嫌を直した。
特に桃子は健太に褒められたことで完全に舞い上がってしまった。
「リーダーが似合ってるって褒めてくれたぁっ!!!」
ただでさえ人のファッションなんか気にしない健太が、まさか自分の格好を褒めてくれるなんて桃子からすれば予想外のサプライズだった。
「アオイさん、ありがとう」
涙目でアオイを見た。
「よかったね、桃子ちゃん」
そう言ってアオイは桃子をギュッと抱きしめた。


「ところでケン坊、勉強の方は進んでるの?」
神社に向かう途中にアオイが悪戯っぽく笑って健太に聞いた。
「あああああああああっそれは聞かないでえええええっ!」
健太は頭をかかえた。
「昨日だって夜遅くまで勉強してたんだから、今日は忘れさせてよぉ~」
目を潤ませながら健太は懇願した。
「せっかく着物美少女3人に囲まれての初詣なんだから勉強のことはひとまず忘れてもいいんじゃないですか?」
桃子は少し照れながら健太をフォローした。
いつもなら少し引っ込み思案なのだが、健太に褒められて少しばかり調子に乗っているというのもあった。
「自分で言うのはちょっと……」
同じく引っ込み思案な美紅はちょっと引き気味だった
しかし、アオイの反応はそれとは好対照だった。
「いいね。桃子ちゃん、そうそう。その通りよ!」
笑顔で桃子の肩を押した。



3.
布沢久美子はカメラを持って神社の前で待ち構えていた。
しかし、待っているのは健太たちではなかった。
人目につかないように建物の物陰に影だ隠れてスクープを待っていたのだ。
久美子は失恋をしたばかりだ。
自分の彼氏だと思っていた人間はバルドが化けていたのだと知ってしまったのだ。
確かにあれから姿を現さなくなった。
そこ完全に自分で失恋したと思い込んだのだ。
失恋を自覚した久美子は、その状態から抜け出すためにそれしかなかった。
受験間近、中学3年生のこの時期、しかも冬休み!なのに久美子はまだ新聞部に在籍し、部活に打ち込んでいた。
マスコミ志望だけあって久美子は成績的には申し分無かった。慌てて受験勉強せずとも志望校はらくらく合格ラインに達していた。
新聞部も引退の時期は特に定められていなかった。顧問の先生も成績に問題がないのだからと口出しすることもなかった。
そんなわけで、久美子は正月にもかからわずスクープを追いかけていた。
「学校が休みになるとスクープは掴みづらいんだよねぇ~」
初詣の人混みを眺めながら独り言を呟いた。
お蔭でこんな寒い中、出かける羽目になった。
久美子が考えたのは、初詣に来るカップル特集だ。
学校では内緒にしてても付き合ってる人間は結構いるらしい。
その決定的瞬間を捉えて、始業式に学校新聞で大々的に発表すれば結構話題になるのではないかと考えたのだ。
「オープンになって別れるヤツもいるかもしれないし……」
久美子はメガネをキラーンと光らせ不敵な笑みを見せた。
「ぐふふふふふ」



「何なのよっ!?  なんでこんなにカップルがいるのよ¡? もう、みんな暴いてやる!」
久美子の予想よりも校内に隠れカップルがいることがわかってしまった。
「みんなで幸せになりやがって……」
そして、その幸せな空気に水を差してやろうと最初は息巻いていたのだが、失恋して時間の経っていない人間にとってはだんだんストレスになってきた。
「なんでみんな幸せなのに、私ときたら……」
久美子の気持ちがだんだんと沈みかけた頃に、健太たちがやってきた。

「あら、広野君……」
まず目に飛び込んできたのは健太だった。
健太はよく見る普段の格好とかわらなかったが隣の美紅に驚いた。
「小川さん、振袖じゃない!? 気合入ってるわね~」
感心すると同時に、久美子は思わずシャッターを切った。
「広野君と小川さんが付き合っているのは有名な話だから面白みがないのよねえ……」
とは思いつつもとりあえず健太と美紅の写真を撮ったのは美紅の着物姿が新鮮だったからだ。
「なんかちょっとくやしいな……でも、なかなかいいじゃない」
久美子は美紅にフォーカスを絞って何枚か写真を撮った。
パチパチパチ
すると、すぐ後ろからアオイと桃子の姿も見えた。
2人とも着物だった。
「へえ、アオイさんも森本さんも着物かぁ……」
最初は素直にその恰好に驚いた久美子だったが、同時に疑問も生じた。
何かが足りない――
「て、ウイングガールズが勢揃いじゃない!?」
隠れて盗撮していた久美子は思わず健太たちの前に飛び出した。
「ちょ、ちょっとぉ!」
「あ、布沢さん、あけましておめでとう」
健太は普通に新年の挨拶をした。
「あ、明けましておめでとう……て、違うでしょ!」
そう言われても健太たちにはピンとこなかった。
4人は顔を見合わせた。
「ウイングガールズが勢ぞろいなのに、なんで私が呼ばれてないのよっ!?」
そういわれてみれば久美子も一応、ウイングガールズの一員だった。
ただ、企画したアオイは別にウイングガールズで集まろうとかそういうことは考えていなかったから頭から久美子のことは数に入っていなかったのだ。

久美子にしても、確かにヒーローアクション部に顔を出すわけでもないし、1人だけ別枠扱いされていてもしかたがないとは思っていた。
しかし、それは客観的な見方であって、主観的な話ではない。
別にウイングガールズのイベントとして企画されたわけではないのかもしれないが、この状況は自分だけ仲間はずれにされているような気がして、我慢ならなかった。
特に失恋した今は、一人の寂しさが身に染みるのだ。
「でも、布沢さん、全然ウイングガールズの活動に参加しないじゃない!」
アオイにそう言われると、ぐうの音も出なかった。
久美子はふくれっ面をしてみるが、アオイはまったく意に介していない。
「まあいいじゃん。それなら今から一緒に初詣する?」
謝罪もないし、久美子の自尊心からすると納得はできないものの、このままカップルの写真を撮っていても、今の自分にはストレスがたまるだけだということはわかっている。
やめるにはいいタイミングかもしれない。
「写真もそれなりに撮れたし、そうさせてもらおうかな……」
健太も美紅も桃子も別に久美子が一行に加わることには問題なかった。
ただ、だからと言って必要以上にかまってくれるわけでもなかった。
そんなわけで、久美子は美紅と桃子の写真を撮ることにした。
美紅は新体操部の朝練にまでギャラリーが来るほど人気があったし、桃子もヒーローアクション部の舞台などで一部の生徒から支持されていることはわかっていた。
「着物特集ってのも悪くないわよね」
2人の晴れ着姿を記事にするのは学校新聞としても悪くない企画だとも思えた。
それにこうやって撮影していれば、相手にされなくても自尊心は傷つかない。
今の久美子にとってはそれが一番だった。
 
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