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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十五章 忘却の夢迷宮
  プロローグ 再会は死の香りと共に

 
前書き
 第十五章始まります。
 
 士郎と凛の再会。

 普通なら感動的な場面になる筈が、何故かどうしても血なまぐさい光景しか浮かばない……。 

 
 ―――風を切り裂き空を飛ぶものがいる。
 バサリと翼が音を立てる毎にその速度は増し、今や目に捕らえる事さえ困難な程。人の数倍はあるその巨体を矢と化し空を翔けるそれは、竜と呼ばれるものであった。青い鱗を持つ風竜と呼ばれるそれの背中には、一人の騎士の姿があった。
 色の抜けた白い髪に浅黒い肌。漆黒の甲冑を身に纏い、赤い外套を靡かせるその男は、険しく顔を歪め硬く噛み締めた口元から声を漏らす。

「―――間に合う、か」

 誰ともない自問の声は、男の下から返事があった。

「きゅいきゅい! 大丈夫よっ! おねえさまは強いものっ!! きっと今頃み~んなやっつけてるねっ!!」
「……ふっ、そうだな」

 迷いのない真っ直ぐとした信頼に満ちた子供特有の明るい声に、士郎は厳しく引き締められた口端を緩めると、同意を示すように風竜―――シルフィードの首元を軽く叩く。
 士郎がシルフィードと合流したのは、ジュリオからガリアと戦争に突入し、ルイズたちがそれに参加した事を聞き戦地へと向かおうとした時であった。教会から飛び出した士郎を、たまたまタバサに置いていかれ街をぶらついていたシルフィードが見つけたのである。真っ直ぐに“虎街道”へと続く門へと走る士郎の姿を見て、何処へ向かうか悟ったシルフィードは、(タバサ)の命令どおりここに留まるか、それとも(タバサ)の命令に反し街を出て追いかけるか迷ったが、背中に抱えていた荷物(・・)の忠告に従い、何かあれば荷物(・・)に全ての責任を押し付けようと考え士郎を追いかけたのであった。そして士郎が丁度街を出た時に追いついたシルフィードは、士郎を背に乗せ一路“虎街道”へと向かうこととなったのである。

「しっかし相棒。正直なところ厳しいんじゃないか? いくら“虚無”の使い手とは言え、十中八九相手はあの“ミョズニトニルン”だ。だとすれば嬢ちゃんとの相性は最悪だぜ」
「……確かに。だが、ルイズは一人じゃない」

 カタカタと鍔が鳴る音に混じったデルフリンガー(荷物)の声に、士郎は未だ姿を見せない“虎街道”へと向ける視線を強くする。

「一人じゃないって……。聖堂騎士は頼りにならねえぜ。赤髪の嬢ちゃんも腕は悪くはねえが、流石に“ミョズニトニルン”相手じゃ分が悪すぎると思うがねぇ」
「まあ、一応俺は隊長だからな……それなりに部下は信用はしている」
「…………あ~、まさか相棒が言うのはあの坊主共のことか?」
「きゅい~……あの弱っちいのは頼りになるの?」

 士郎の腰から響くデルフリンガーの声には、明らかに戸惑いが含まれており、続くシルフィードの声も不安に満ちていた。
 それに対し、士郎は小さく肩を竦めて見せ小さく笑った。

「そういってやるな。伊達に俺とセイバーが鍛えているわけではないぞ」
「確かに、相棒たちのシゴキは半端じゃないが……」
「きゅいきゅい~。でもでもなのね。いっつも逃げたり、じっと変な格好で固まってたりしてるだけなのねっ!!」
「それはそういう鍛錬なんだが……まあ、そう心配するな。あれでも下手な貴族の十倍はマシに鍛え上げてる」

 くっくっく、と笑いながら部下たちの援護をしていると、視界の端に“虎街道”の入口の姿が見えてきた。
 緩んでいた口元が硬く引き締められ、眼光が鋭く強くなる。士郎の言葉にそれでも不安や不満があるのだろう、シルフィードとぶつぶつ何やら話し合っているデルフリンガーを黙らせるようにその柄を強く握り締めた。

「……相棒」
「―――どうやら既に終わってるようだな」
「きゅいきゅい? 見えるの?」

 シルフィードが長い首をぐるりと回し、士郎に顔を向ける。
 
「ああ。どうやら無事に撃退出来たよう―――」

 士郎の言葉に喜びの声を上げたシルフィードは、更に速度を上げ主の元へと急ぐ。士郎はそんなシルフィードの様子にふっと吐息のような笑みを漏らすと、目の強化を解き

 ―――ッ!!

 ゾクリと背筋に走った寒気に身体を強ばらせた。

「どうかしたのか相棒?」

 敏感に士郎の反応を感じたデルフリンガーが訝しげな声に、カタカタと自身の意志とは別に細く震える指先を見下ろす士郎は何も答えない。
 顔を上げた先、強化せずともハッキリとその姿を現した“虎街道”の入口を目にした士郎は、未だ震える身体を鼓舞するように小さく頭を振った。

「いや……何でも、ないさ」

 目に掛けた強化を解いた際、視界に端に映った“あかい影”が唯の気のせいだと言うように……。










 ―――気のせいではなかった。

「………………」

 衛宮士郎は固まっていた。
 目の前に立つ存在を前に、飢えた捕食者を前にした被食者のように時が止まったかのように固まっている。しかし、良く良くその身体を見てみると細く震えていた。それこそ怯える子兎か子猫かというほどに……。
 
「………………………………」
「………………………………」
「「「「………………………………」」」」

 無音であった。
 誰も何も口にしない。
 風さえも空気を読んだかのように先程から一陣も風が吹かず凪となって久しい。

 ―――っ。
 
 最初に仕掛けたのは、やはり―――。

「お久しぶりですね―――衛宮君」

 遠坂凛―――その人であった。
 どこぞの深窓の令嬢の如く楚々とした上品な笑みを口元に浮かべながら、甘く優しい声音で愛を囁くように凛は士郎の名を呼んだ。
 名ではなく―――苗字(・・)を。
 ビクリッ! と大きく身体を震わせた士郎をチラリと見る凛。怯えを露わにする士郎を無視し、周囲をぐるりと見渡した凛は、そっと頬に手を添え小首を傾げると、いかにも「困っています」と言わんばかりに小さく溜め息を吐いた。

「ごめんなさい、衛宮くん。実は私少し困っているのです」
「………………な、何がだ?」

 思わず士郎、腰を落とし重心を低く(逃げやすい体勢を)する。

「この方達と……」

 もう一度ぐるりと視線を巡らし、遠巻きにこちらに視線を向けてくるルイズたちを視界に捉えた凛は、ニッコリと絵に描いたような優雅な笑みを浮かべ士郎を見下ろした。
 そう、見下ろす。
 士郎は凛よりも頭一つ分以上に背が高い。
 しかし、確かに見下ろす、との言葉が合う目で凛は士郎を見つめている。
 慈愛に満ちた柔らかく細められた目で………………しかし、その目の奥は―――笑っていない。
 冷え切っている。
 北極など目ではない程に冷え切っている。
 まさに絶対零度。
 
「………………エミヤクンとの関係が」

 局地的なブリザードが起きた。

 ―――ひぃっ

 悲鳴さえ上げられないとばかりに、周囲から何十と息を呑む鋭い音が響き渡った。
 眼前の士郎―――息さえ出来ないでいた。

「………………お察しの通りです」

 逆らうな―――ッ!!。

 言い訳は死を意味すると、士郎はその夥しい死線から得た経験により直感する。
 
「お察しの通り? あら、何がですか?」

 口元に手を当てた凛が上品に嗤う。
 「分かっているだろ」とその場にいる全員が思った。
 だが、それを口にする者は一人としていなかった。
 ………………いるはずがない。
 いたとしてもそいつは唯の自殺願望により頭が残念になったものだろう。
 そう、それは勇気ではなく、唯の蛮勇、無謀でしかない。
 しかし、ここで何もしなければ結局の所何も変わらないのである。
 そう、ここは強気でいかなければ。
 引けば死、押せば死。
 どちらを選んでも死。
 ならば最後は男らしく堂々と。
 そして、士郎は―――

「そ、そうだな、ま、まあ、その……お、男と女の、その、か、関係、と、い、言えばいいのか……」

 ―――ヘタレた。
 
「そうですか……ですが、あちらの方は、その、随分とお小さいですが」 
「………………そ、そう、だな」
「あらあら……あら? もしかして、あちらの青い髪の子もですか?」
「―――ッ」

 息を吐くことも吸うことも出来ない。
 ぱくぱくと水槽の中の金魚のように口を動かす事しか出来ない。
 完全に呼吸困難である。
 しかし、誰も助けてくれない。

「どうなん、ですか?」

 笑顔が迫る。
 妙に陰影がある笑みが……。
 しかし、逃げられない。 

「………………あ、ああ」
「へぇ……また(・・)子供に手ぇ出したの、あんた」

 ますます笑みが深くなる。
 何時しか凛の口調が変わっている事に、しかし士郎は気付いていない。
 極度の緊張と恐怖により、思考の幅が狭まり上手く周囲の状況が掴めないでいたのだ。

「っぐ、ひ、否定は、しない」

 波が引くように、そう、それはまるで巨大な津波が起きる前兆のように、すっと、凛の顔から笑顔が消える。

「で、何か言い分は?」

 能面のような無表情を前に、数多の死線をくぐり抜け磨き上げられた士郎の“勘”が告げた。

 ―――あ、死んだわこれ。 

 人生最後であろう言葉。
 故に、士郎は声を大にして口にする。

「悔いはない―――ッ」

 士郎―――漢である。

「それが遺言かぁあああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 怒声と大地が陥没する轟音。

 ごっそりと腹が消えてしまったかのような喪失感と宙を飛ぶ浮遊感。

 視界一杯に広がる茜色に染まっていく空が、士郎が最後に見た光景であった。







 
 

 
後書き
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 ※ 士郎は生きてます。 
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