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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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八十四 追う者 追われる者

「里抜け!?サスケが!?」
驚愕に満ちた第一声。唐突に聞かされた思わぬ話にシカマルは声を荒げた。

「ああ。行き先は―――音の里だ」
「…音って……まさか、」
「そのまさかだよ」

つい先日火影に就いたばかりだというのに、その身から発せられるそれ相応の威厳。
里長たる彼女から早朝呼び出しを受け、何事かと身構えていたシカマルは予想外の内容に耳を疑った。口許を覆うように手を組み、苦々しげに「大蛇丸だ」と答える綱手をまじまじと見やる。

綱手の言葉ひとつひとつに驚く反面、彼は己の頭脳を目まぐるしく働かせた。
(……サスケには悪いが、うちは一族最後の一人が里を抜けたってのは、木ノ葉にとっちゃ大損害に他ならない。けどその割には……)
同期の中で唯一中忍に昇格したシカマル。年齢にそぐわぬ一考を即座に叩き出した彼は綱手を注視しつつ、世間一般的における抜け忍の定義を思い返す。

抜け忍とは云わば里の汚点だ。何故ならば抜け忍とは主に犯罪者の行き着く先である。
勿論例外もあるが、総じて罪を犯した者の末路が多い。例を挙げるならば現在話題に上っている大蛇丸だ。罰せられるのを避ける為に抜けた彼らは、結果として故郷に不名誉な評判を与える。
つまりは里の恥だ。酷い言い回しだが、悲しむべき事に世間ではそれが真実である。

以上から、抜け忍を出すという事は里の名誉を傷つけると同義。
加えて、ただでさえうちは一族の生き残りとして有名なサスケだ。そんな彼が抜けたとすれば、普通はもっと気を揉んでも良さそうなのに、目の前の火影は意外にも平然としている。それが腑に落ちない。その上、火影室に誰も近寄らせないという徹底振りからも現在自分が聞かされている話が極秘内容だという事が窺える。


「これから中忍としての初任務をやってもらう」
「…サスケを連れ戻すだけッスか?」
「表向きはな」

怪訝な顔をあえて隠さず、シカマルは疑わしげに綱手を見た。彼女の言動の端々から真意を探ろうとする。
その思惑にすぐさま気づいて、組んだ手の内で綱手は秘かに苦笑を漏らした。
表情に出ていたか、と己を恥じる。と同時に、シカマルの頭の回転の速さに彼女は内心舌を巻いていた。

「今回お前を呼んだのは唯一中忍になったからではなく、その頭脳を買ったからだ」
「……………」
だしぬけな発言に、シカマルの眉間の皺が益々深まる。いよいよ訝しげな視線を投げ掛けてくるシカマルの前で、綱手はわざとらしく手を組みかえてみせた。

「大蛇丸の手の者がサスケを手引きしている。数は五人。内二名は中忍試験に参加していた多由也と君麻呂。お前も知っている通り、この二人は試験中も手の内を明かしていない為、術の対策等は出来ない。……どちらにせよ五人全員、並み大抵の忍びでは歯が立たないだろう」
「……その情報源…、いや、続けてください」
一度口を挟みかけたものの、すぐに思い直して話を催促する。シカマルの視線に促され、綱手は言葉を続けた。

「……本来ならば上忍と中忍の四人小隊が受け持つ内容だが、この任務は失敗を前提とする。故に下忍のみの人員構成とする」
そこで一端、綱手は口を閉ざした。不意に朝の訪れを告げる鳥の囀りが聞こえ、ちらりと窓外へ眼をやる。

視界の端に捉えたのは、麗らかな陽射しに溢れる木ノ葉の里。重苦しい空気に満ちた室内に反して、外の世界は実に穏やかだ。
それが羨ましく思うと同時に、この平和の均衡を崩してはならぬと里長たる彼女は改めて顔を引き締めた。

「この任務は急を要する上、厄介な事になるだろう。何故ならお前はサスケを追うと共に、サスケを見逃すからだ」
里抜けを黙認すると暗に告げる火影を、シカマルはじっと見据えた。聡明な彼は言葉の数々から綱手の意向を論理的に推し量る。

まず、サスケが木ノ葉を抜けた事実を事前に知っている点。
次に、サスケと接触した大蛇丸の部下の正確な人数、果ては名前まで分かっている点。
そして、里抜けという大罪を犯すサスケを受け入れている点。

以上より、サスケは火影の命令にてわざと木ノ葉を抜けた可能性が高い。実際はサスケ本人の強い意志によるものだが、そこまでは流石のシカマルでも察知出来なかった。
しかしながら僅かな時間で、サスケは任務故里を抜けたのだと事情をすっかり把握したところはやはり見事だろう。

だからこそ話の矛盾に、「…だったら、」とシカマルは指摘した。
「最初から追う必要なんて無いんじゃないんスか」
「――それはできない」
実に的確な発言。だがシカマルの意見は、顔を顰めた綱手によって即却下される。
口を開きかけたシカマルを手で制し、綱手はやにわに「志村ダンゾウを憶えているだろう」と重々しく語り始めた。

「火影の座を巡って私と争った。……奴は木ノ葉暗部養成部門『根』の創始者だ。ダンゾウの耳に今回の件が入れば、まず間違いなくサスケは殺される」
「……それはまた…物騒ッスね」
頬を引き攣らせるシカマルの前で、冗談じゃないのだ、と綱手は首を振った。

「奴は『忍びの闇』と呼ばれている。里を想う気持ちは確かだが、そのやり口が私は気に入らなくてね。大蛇丸の手に渡るくらいなら殺すくらいやってのける―――そういう男だ」
「……要は、遅かれ早かれサスケは追われる立場となる。だからその『根』より先に…」
「そうだ。幅広い情報網を持つ奴の事。サスケの件などあっという間に聞きつけるだろう。その際、火影の権限を要いてなんとか言い包めるが、だからこそ、追手を差し向けておかないと不自然になる」
「けどそれは、建前上。本来の目的はサスケを無事に里抜けさせる事…ですか―――木ノ葉のスパイとして」


綱手がサスケの諜報活動を認めた理由のひとつには、自身の弟子であったアマルの安否が含まれる。彼女の無事を知るには、大蛇丸の許で誰かがが潜入捜査する他ない。
その為、今回のサスケの提案はお誂え向きだ。

だからこそサスケの諜報活動をダンゾウに知られるのは危険だと綱手は判断した。何故ならば、ダンゾウ自身が大蛇丸と繋がっている可能性があるからだ。場合によっては大蛇丸との取り引き材料としてサスケが密告されるかもしれない。そうなれば、サスケとアマルの身に危険が及ぶだろう。
故にいくら木ノ葉の為とは言え、裏で何をしているか判らぬ人間に真実を伝えるわけにはいかない。

そこで『根』が動く前に手を打つ。火影である綱手によって追っ手が派遣されているのであれば、流石のダンゾウも行動を慎むだろう。そう考える綱手だが、彼女はまだまだ甘かった。

現にサスケは中忍本試験真っ最中に一度『根』に殺されかけている。陰で動いていたナルトによって事無きを得たが、サスケの暗殺計画が実行に移されたのは確かなのだ。
しかしながらそのような過去があったとは露知らぬ綱手は、結論を自力で導き出したシカマルに対し「相変わらず、切れる頭脳だねぇ」と感嘆を通り越して呆れたような口調で苦笑った。

ややあって、一先ず咳払いした彼女は「とっくに気づいているだろうが今回のサスケの行動は任務の範囲内だ。だがお前はその事実を決して口外してはならない」と聊か凄みのある声音で告げる。
敷かれた緘口令に、シカマルは緊張した面持ちで了承を返した。


「――それでは、これより三十分以内にお前が優秀だと思う下忍を少なくとも五人以上集め、里を出ろ」
「優秀な、下忍ッスか」
「言っただろう。並み大抵の忍びでは歯が立たないと。それなりの実力は備わっていないと敵と鉢合わせた時―――――死ぬぞ」

綱手の云わんとする事を察して、シカマルは踵を返した。火影室から出る直前、足を止める。
「……サスケは俺にとっちゃあ深いダチってわけでも、仲が良かったわけでもねぇ」
己に課せられた任務内容を全否定するような言葉に、綱手は眼を瞬かせる。

「けど、何かにつけてスゲェ奴だと一目置いてた。だからまぁ…なるようになるッスよ」
肩越しに振り返って、シカマルは口許に弧を描く。同時に金髪少女の姿を脳裏に浮かべ、(めんどくせーけど、アイツの同班だけにほっとけねぇしな)と眼を細める。

火影の意を酌んだ上での発言。サスケが里抜けする理由とそれを見逃す訳を正確に理解したシカマルに、綱手は一瞬顔を伏せた。
「……ひとつ、いいかい?」
子どもに頼る己を自嘲しつつ、前々から気にかけていた事柄を口にする。

表向きはサスケを追うものの、その裏は里抜けを見逃すというこの任務は、正義感溢れる人間ならば即否定するような内容である。
だからこそ、綱手は今一度念を押した。

「任務本来の目的、波風ナルには決して悟られるな」
















薄暗い森の中。

ぎゃあぎゃあと不気味な鳥の声が響き渡る木立の間を、六人の子どもが駆けてゆく。
不意に一人が立ち止まったので、サスケは訝しげに眉を顰めた。
「どうした」

頭上を覆う枝葉。その僅かな隙間から注がれる陽光がサスケの身を包み込む。
反面、サスケを囲むようにして佇む五人の音忍達は暗がりで顔が全く窺えない。
「…このあたりでいいか」

誰かが独り言のように呟く。その発言に疑問を抱いたサスケが口を開いた瞬間、背後から冷たい声がした。
「うちはサスケ、お前は…―――」
君麻呂に囁かれた言葉をサスケは最後まで聞いていられなかった。ガクリと膝をつき、地に伏せる。


気を失った彼の身体を五人の少年少女は見下ろした。サスケの身体に落とされた五つの影がまるで嗤っているかのように揺れ動く。君麻呂の言葉を引き継いだ多由也が「胸糞悪いが、」と舌打ちした。
「てめぇは計画の大事な大事な要だからな」

鬱蒼と生い茂る木々の中、『音の五人衆』たる彼らの表情には深い翳りとそして、一抹の喜悦の色が確かにあった。

「―――さっさと追い駆けてこい。木ノ葉の忍び共」
















淡紅色の桜吹雪。
ちらほらと降る花嵐の中を突き進みながら、シカマルは気遣うような視線を後方に投げた。

木ノ葉の里を背に走る。今しがた里を出たばかりの彼らは、サスケを追い駆ける為に選抜されたメンバーだ。
隊長である奈良シカマル・犬塚キバ・日向ネジ・山中いの…―――そして波風ナルの五名。

当初シカマルが思い描いていた人員とは異なる構成である。というのも、一番連携しやすいチョウジは偶々、別任務で不在。同期の中で優秀だと思われるシノも偶然、特別任務にて不参加。

その為、チョウジと同じく長年チームを組んできた山中いのを選んだところ、彼女がナルに連絡を取ってしまい、今に至る。
いのが春野サクラを呼ばなかったのは恋のライバルとしてのプライドもあったからだろうが、実際中忍試験にて目を見張る活躍を見せたナルのほうが戦力になると考えたからだろう。


桜並木を抜ける。里より立派な桜の木はこんな状況でなければ、花見でもしたいところだ。現実逃避しそうになる思考を慌てて振り払ったシカマルは、先頭からの声に益々頭を抱えた。

「ちょうどいいじゃねぇか。ついでに大蛇丸の所まで案内してもらおうぜ。そうすりゃ、サスケと一緒にアマル…だっけ?そいつも連れ戻せる。一石二鳥ってヤツだ!な、ナル!!」
「……っ、おい、キバ!」
早朝の散歩に出ていた彼と偶然会い、そのままなし崩しのようにサスケ追跡班に加わったキバ。
ナルに同意を求める言葉にシカマルは思わず非難の声を上げた。

「んだよ」
「…俺達の目的はあくまでサスケを連れ戻す事だ。大蛇丸の許に行っちまったら意味ねぇんだよ、メンドくせー」
スパイとして里を抜けたというサスケの事実は伏せている為、迂闊なことは言えない。勿論ナルにも本当のことは伝えていないので、シカマルは心苦しかった。

正直なところシカマルは、波風ナルをこの任務に参加させたくなかった。何故ならばつい先日、相談を受けたばかりだからだ。
大蛇丸の許へ行ってしまったアマルの件で。

仲良くなった友達が大蛇丸の許へ向かった…――こんな最悪の結末を迎え、たたでさえ心を痛めているのに、その上サスケを追わせるなど、なんて酷な事か。
だからと言って、何も言わないまま今回の任務に赴けば、途中で気づいたナルが単独で追い駆けてくる可能性がある。それを考慮すれば、最初からチームとして動いたほうがまだ安心だろう。


「おい」
先鋒を切っていたキバがだしぬけに後方へ呼び掛けた。
一列縦隊で行動している為、キバのすぐ後ろを走っていたシカマルはすぐさま全員に立ち止まるように命じる。同じ木の枝上に停止した彼らの傍らで、蜘蛛の巣が微かに揺れた。
「近いぞ」

くん、と鼻をうごめかすキバに倣って、ネジが『白眼』を発動させた。視線の先に捉えた敵の姿に、「つかまえた」と小さく笑う。

直後、他のメンバーに敵の位置や方角を伝えるネジ。彼は気づかなかった。
ネジ達がいる方向をその敵がじっと見つめている事を。




罠を張って待ち構える蜘蛛。芸術の如く紡がれた糸に絡まる蝶。
どちらがどちらの立場なのか。つかまったのは誰なのか。
今の段階ではまだ―――わからない。
 
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