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清明と狐

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4部分:第四章


第四章

「これを使え。そうしてそなたが幾人にもなれば衣は完成できる筈だ」
「まさかその為にここまで」
「いや、それは違う」
 清明は狐の今の言葉は否定した。
「そなたが邪な者であったならば成敗する為に。その為に持って来たものだ」
「左様だったのですか」
「そうだ。だがそなたがそうでないからこそ」
 紙を手渡すのであった。見れば人型に切り揃えてある。
「やろう。さあ今から編むのだ」
「有り難うございます」
 狐はその紙を受け取り清明に礼を述べる。何と言っていいかわからないが礼だけは何と述べることができた。
「有り難く。使わせて頂きます」
「これで今日で衣を完成させられる筈だ」
 見れば語る清明の顔は笑っていた。優しげに。
「ではな。子供を幸せにしろ」
「有り難き幸せ」
「人であっても狐であっても我が子を想う気持ちは同じ」
 清明は狐が紙を受け取ったのを見てからまた述べた。
「誰もがな。生あるものならば誰でもだ」
 彼は心から喜びそう述べた。そうして狐が衣を作り終えるのを見届けてから都に帰った。屋敷に戻るとそこで鶏の鳴き声が聞こえてきた。
 ことの顛末は道長の耳にも入った。道長はそれを自身の屋敷で聞きいたく満足気であった。
「ふむ、実によい話じゃ」
 彼は母の子を想う心に深く感銘していたのである。それで満足していたのだ。
「変化であっても。母は母よのう」
「はい」
 彼の言葉に家の者達が頷く。何人か彼の前に控えていた。
「全くです。ですが」
「何じゃ?」
 ここで道長はその中の一人の言葉に顔を向けた。
「またどうして安倍様は狐に情けをお与えになられたのでしょう」
「そういえばそうですな」
 それを聞いて他の者も声をあげるのであった。
「あの安倍様がどうして」
「思えば面妖なことでありますぞ」
 清明はその外見や超人的な能力のせいか常人離れした冷徹な男だと思われていたのである。彼と深く付き合いのある者は僅かだが都ではそうもっぱらの評判であったのだ。
「やはりこれは」
「そうでありましょうな」
「これっ」
 ところが道長はここで家の者達を嗜める。少し強い言葉であった。
「それ以上の言葉は止せ」
「はっ」
「申し訳ありません」
「その方等が何を言いたいのかわかる」
 清明の出生に関してである。彼は狐の子であると。この頃から言われていた。
「しかしじゃ。問題はそこではないのじゃ」
「左様ですか」
「あくまで。子を想う母の情じゃ」
 彼はそこを強調するのだった。
「それが肝心なのじゃ。狐がどうとかいうものではない」
「そうでしたか」
「申し訳ありませぬ」
「もう一度言うぞ」 
 道長は彼等に強く言い含めるのだった。
「人であろうが変化であろうが母であることには変わりがない」
「母であることは」
「その方等もそうであろう」
 家の者達を見回す。またしても咎める様子がそこにあった。そうして何処までも言い含めたいようであった。道長もそうしたことはわきまえているのであった。
「母から生まれ。家には子を持つ母がおるな」
「その通りでございます」
「ごもっともです」
 彼等もそれに頷く。やはりそれも否定できないことであった。
「そういうことじゃ。安倍殿はそれをわきまえ衣を完成させたのじゃ」
「全ては母の心を汲んで」
「うむ。しかしこれはまた」
 道長はここまで言うとまた笑顔になった。清明のことを考えてである。
「どうにもこうにもよい話じゃ。是非残さねばな」
「はい」
 家の者達も主の言葉に頷いた。一時は彼の出自についてあれこれ言った彼等だがそれでも彼の情には心打たれるものがあった。ここではそれに素直に頷いたのである。
 これは安倍清明の異伝の一つである。真実かどうかは不明だ。しかし彼の人柄を窺ううえでは実に興味深い話である。その為ここに紹介するものである。


清明と狐   完



                2007・11・17
 
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