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子供

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4部分:第四章


第四章

「あの人とね」
「そういや親父あのチームに対して随分ライバル意識強いよな」
「ふん」
 今度は答えはしなかった。
「あいつの我儘にどれだけ苦しんだことかな」
「甲子園で優勝したじゃない」
「わしのリードとバッティングのおかげだ」
 彼のおかげではないというのだ。
「所詮あいつは二流よ。二流の野球人よ」
「名球界に入って二硫か?」
「わしは超一流だ」
 つまりその相手よりも上だというのだ。
「そのわしから見ればな」
「つまりあれかよ」
 ここで話を全て理解した為雅だった。
「親父のライバル心でピッチャーを否定してるんだな」
「そういうことなのよ」
 お母さんが呆れた顔でまた説明する。
「わかったわね」
「下らねえ」
 また言う為雅だった。
「本当に下らねえな」
「そう思うでしょ、やっぱり」
「俺にもバッテリーはいるぜ」
 いない方がおかしい。野球は九人でするものだから。
「しかしよ。俺達はそんなふうにはならないからな」
「ほざけ」
 息子の言葉を言い捨てる父だった。
「貴様もわかることになるわ。いづれな」
「親父だけに決まってるだろ」
 そう言って父の言葉を否定した。
「そんな馬鹿な話はよ」
「とりあえず。為雅」
 お母さんは意地も張りだした息子に話してきた。
「左利きなのはお母さんの血だから安心しなさいね」
「ああ、それはな」
 何かどうでもいいことになっていたのであまり強く返さなかった。
「わかってるからさ」
「お母さんが言いたいのはそれだけよ」
「親父はいいのかよ」
「お父さんはこんな人だから」
 随分と冷めた声だった。
「別にね」
「いいのかよ」
「わかってるから」
 やはり冷めた言葉であった。
「こういう人だってね」
「まあそうだよな」
 母の言葉に納得した顔で頷く。
「これで頭脳派キャッチャーだっていうんだからわからねえよな」
「貴様もそのうちわかると言っておろうが」
 為由の言葉は意固地なまでのものだった。
「そのうちな」
「わかってたまるか」
 腕を組み顔を父から背けて言葉だけ返した。
「そんな馬鹿な話な」
 こう言ったのが彼が十六の時だった。そしてこの時から三十年後。為雅は厳しい顔をして畳の部屋に座布団を敷いてある少年と向かい合っていた。
「だからキャッチャーになんかなるな!」
「何でだよ!」
 見れば彼と同じ顔の少年であった。その少年が彼と向かい合っているのである。
「何でキャッチャーやったら駄目なんだよ!」
「あいつ等は駄目だ!」
 ムキになってその少年に叫び返す。
「わしはピッチャーだぞ!」
「それがどうしたんだよ!」
「この大投手の息子がキャッチャーなんかやるな!」
「そんなの関係ねえだろ!」
「関係ある!」
 これまた随分と理不尽な言葉だった。
「キャッチャーは上から目線なだけだ!」
「グラウンド全体を見てるんだよ!」
「ピッチャーはマウンドからグラウンド全体を見ている!」
「小山の大将なだけだろ!」
「貴様ァ!」
 彼は気付いていなかった。今の自分の姿がかつての父と同じだということに。少なくとも親子であるのは疑いようのないことであるらしい。


子供   完


                  2008・10・19
 
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