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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第113話 反撃

 
前書き
 第113話を更新します。

 次回更新は、
 4月15日。『蒼き夢の果てに』第114話
 タイトルは『魔球?』です。
 

 
「セ、セーフ、セーフ!」

 濛々と上がる土煙の向こう側。但し、俺と正対する形になる位置に存在していた為に、おそらく一連のプレーを一番確認し易い位置に居たはずの審判役の男子生徒が、その両腕を開いてセーフのジェスチャーを行う。
 しかし――

「セーフ?」

 思わず、割と大きな声で問い返して仕舞う俺。これは本来ならばあり得ない行為。しかし、今回の場合は仕方がなかったであろう。
 何故ならば、そんな馬鹿な話はないはずだから。少なくとも俺が見た限りでは、最初に二塁ベース上に到達したのは俺。そして、俺のグラブが差し出された先に寸分の狂いもなく送られて来た有希からのボール。
 最後に、そのグラブに向かってすべり込んで来る九組の二番バッターの足に、俺的にはかなり余裕を持ったタッチを行ったはずなのですが……。

 確かに超高速の物体――俺自身と有希の送球が二塁に向かって動き、其処にランナーがすべり込んで来たので、かなりの土煙が発生したのは事実ですが、視界を完全に防いで仕舞うレベル。例えば粉じん爆発が起きるようなレベルの、目が開けて居られない程度の土煙が舞って居た訳ではないのですから。

「そうだ、セーフ。オマエのタッチは空タッチで、ちゃんとランナーに届いていない」

 俺の問いに対して、妙に偉そうな態度で答えを返して来る審判。ただ、その違和感のある態度や、彼の発して居る雰囲気から今の彼がウソを吐いて居る事が手に取るように分かる状態。それに、そもそも、すべり込んで来る先に有希の送球は届いて居ます。これは即ち、わざわざタッチに行かなくとも、相手が素直にグローブに向けてすべり込んで来ると言う事。
 こんな馬鹿な判定が有る訳がない。

 しかし――

「仕方がないわよ、武神くん。審判がセーフと言うのなら、それが覆る事はないわ」

 何を言うとるんじゃ、このヌケ作が。ワレの目は一体、何処についとるんじゃ、あぁ~。役に立たない目の玉なら、繰り抜いて丸めた銀紙でも詰めとけ、……と言い出す寸前。……と言うほど激高していた訳では有りませんが、それでも少し不穏な空気が流れ始めた瞬間、俺と審判の間に割って入る蒼髪の委員長。
 彼女の口調は冷静そのもの。……と言うか、

「毎度、こんな感じなのかな?」

 何となく、なのですが、どうもその冷静な中――かなり根っ子の部分に諦観にも似た感情が流れているような、そんな気がした。
 俺の問い掛けが意外に冷静だったからなのか、それともまったく別の何かなのかは判りませんが、しかし、少し驚いたような表情を俺に見せる朝倉さん。
 そして、

「大体、こんな感じよ」

 涼宮さんが嫌われているのか、それとも別の理由に因るのかは、分からないけどね。
 諦めにも似た溜め息と共に吐き出された朝倉さんの答え。確かに、ハルヒが万人に好かれているか、と問われて、ハイそうです、とは答えられないでしょう。
 ただ、今回の場合は別の理由も存在しているような気もしますが。

 そう考えてから、グラウンドを丁度一周分眺める俺。外野の両翼は無視するとして、それ以外の選手。この一年六組の主力=文芸部兼SOS団のメンバーの姿を瞳に焼き付ける。そして今度は、バッターボックスを外して相も変らぬ薄ら笑いを浮かべながらコチラを見つめているイケメンに対して視線を送る。

 つまり、げに恐ろしきは男の嫉妬と言う事ですか。この野球部=審判からして見ると、運動と頭脳に秀でた一年九組の連中はいけ好かない連中でしょう。しかし、それよりも気に食わないヤツがここに一人居ますから。
 そして、この勝負はその気に食わないヤツを賞品にした戦い。

 球けがれなく道けわし。そう言う、ある種の求道者のような人間を求める事自体、間違って居るのでしょうかねぇ。
 気分的には、『嗚呼、燕雀(えんじゃく)いずくんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らん哉』と嘆息をしたい気分なのですが、まぁ、所詮は甲子園にかなり近い位置に有りながらも、其処に進む事の出来ない弱小野球部。こいつらの野球に対する志の低さを嘆くよりは、素直にそう言う心の暗い部分を煽った相手……自称ランディくんの方を誉めるとしますか。
 少なくともソチラの方が余程、建設的な知恵も浮かびそうですし。

 何にしても、現状では絶大なる権限を持った四人の敵を同時に相手にしなくては成らなくなった可能性がある、そう言う事。これはかなり厄介な状況と言うべきですか……。
 前門の虎、後門の狼とも言うべき状況。更に場所に関しても問題有り。現在、このグラウンド自体がヤツラのフィールドと化して居る可能性が非常に高いので……。

 こちらの打つ手が常に後手に回って居る状態。これでは不利になる一方だな。

「問題があるな、この状況は――」

 取り敢えず、何時までも朝倉さんと話し込んで居る訳には行かない。グラブから取り出したボールを確認……例えば縫い目が傷付いていないか、とか、流石に音速の壁を越えたはずのボールですから、不自然に焦げた跡が残って居ないかを確認しながら、マウンド上に近付いて行く俺。
 ボールの方は問題なし。流石に有希の仕事にそんな初歩的なミスなどある訳もなく、軽く土をはらえば真新しい下ろし立ての硬式球が俺の手の中に存在していた。
 問題があるのは、一回の表から何度も何度も、俺がこうやってマウンドに登り、ハルヒにボールを手渡している状況の方。

「ねぇ」

 俺の差し出したボールを真新しいグラブの中に納めた彼女が挑むような視線で。更に、普段よりも少し強い語気で何かを問い掛けようとして来る。
 しかし――

「あぁ、問題ない。何点取られても、その分、取り返したら良いだけやから。
 せやから、オマエさんは投げたいように。やりたいようにビュンビュン飛ばして行ったら良いんや」

 その方が試合も面白くなる。
 ヤツラ……。ハルケギニア世界ではゲルマニア皇太子ヴィルヘルムと名乗り、こちらの世界ではオーストラリアからの交換留学生ランディと名乗った人外の存在が、何の意図を持って俺をこの決勝戦の賞品にしようと言い出したのか定かでは有りません。……が、しかし、これぐらいのハンデは有った方が面白いのは事実。

 少なくとも今の俺は、試合開始前よりは現状の方が楽しい、と感じて居ますから。

「――あたしがそんな小さな事に拘る訳がないじゃないの」

 それが分かったのなら、さっさと守備位置に戻りなさい!
 グズグズしていると、この場で俺の尻を蹴っ飛ばしてでも守備位置に追いやりそうな勢いでそう言うハルヒ。この感じなら未だしばらくは大丈夫でしょう。

 そう考えながら、自らの守備位置戻る俺。その時、こちらを見て居たショートの朝倉さんと視線が合う。
 何か言いたげな瞳。但し、一途に思いつめている、などと言う雰囲気ではなく、ツッコミを入れようか、それともスルーすべきか、と考えている雰囲気。
 一応、肩を竦めて見せる俺。ハルヒは相変わらずだ、……と言いたげな雰囲気を醸し出した心算……なのですが。これはツッコミ待ちの姿勢。
 もっとも、先ほどの俺とハルヒのやり取りを見て、ハルヒが相も変らぬ唯我独尊、我が道を行く人間だと見て取った人間は、観察眼を持って居ない無能と言う事になるとは思いますが。

 当然、

「意外と逆境に強かったんだ、武神くんは」

 微苦笑を浮かべながら、そう話し掛けて来る朝倉さん。緊張感はなし。この言葉と彼女の発して居る気配から推測すると、彼女自身も逆境に強いタイプなのか……。
 それとも、この程度の状況は想定の範囲内だったのか。そう考えさせるに相応しい雰囲気。少なくとも悪い兆候は一切なし。

 ただ、俺の場合は逆境に強いと言うよりは、

「単なる騒動屋かな。こう言うガチャガチャした状況と言うのは大好物なんや」

 こちらも笑いながら答えを返す俺。それに、この程度の事で折れていたら野球などやって居られないでしょう。
 野球と言うのは一試合に何度かピンチやチャンスが訪れる物。ピンチの度に心が折れて居ては話に成りませんから。

「それに、漢は地獄で歌うもの。かんらかんらと歌うもの、……と日本で一番有名な漁師さんも言っているぐらいやからな。これぐらいのピンチでいちいちへこんでも居られへんやろうが」

 まして未だ試合は始まったばかり。これから先、どう転ぶか判りませんから。それが野球の試合と言うもの。一回の表で行き成り白旗を上げて仕舞う訳には行かないでしょう。
 普段通り、軽い感じで受け流す俺。しかし――

「こら、セカンド。何をぐずぐずしているのよ。さっさと自分の守備位置に就きなさい!」

 そもそも、その言葉は日本で一番有名な漁師さんの言葉じゃなくて、最期は立ち往生するお侍さんの言葉よ!
 すっかり、普段の調子を取り戻したハルヒがマウンドの上から怒鳴り始めた。……確かに、そう言う見方も有るかも知れない。

 その、俺としては耳に慣れた声を右から左へと聞き流し、それでも朝倉さんには、最初の時と同じように肩を竦めて見せてから、自らの守備位置へと歩み行く。
 そんな俺を、こちらは相変わらずの微苦笑を浮かべて答えに変える朝倉さん。

 自分の守備位置。相手が左バッター、更に強打者のようなので少し深め。そして、やや一二塁間寄りの守備位置に就く俺。軽く二、三回ジャンプをしてから緊張をほぐし、どんな打球にも対処出来る形を取る。
 それに……。
 それに、地獄だろうと、天国だろうと、簡単に試合を諦めて仕舞う訳にも行かないでしょう。

 何故ならば、この試合の勝敗はどうも俺自身の未来に影響が出て来そうですから。

 流石に盗塁された直後。ハルヒも一球目とは違い、完全にプレートを外した形でランナーを牽制。その彼女の動きに合わせて朝倉さんもセカンドランナーの後ろを通ってベースに入る仕草を行う。
 一応、この二人は野球に関しては素人のはず。故に、出来たとしてもここが限度でしょう。それにここまで出来たのなら問題は有りませんし。まして、ウカツにランナーを刺そうとしてもっとタイトなプレーを行えば、先ほどの審判のジャッジから考えると、ボークを宣告される可能性が大。

 この場面でこれ以上、傷口を広げても良い事は有りませんから。

 セットポジションから小さく足を上げて素早い……おそらく、テレビのプロ野球中継からの見様見マネのクイックモーションでの投球。
 ――って、ヤバい!
 普段の身体全体を使った大きな投球フォームとは違う、少し歪な形から投じられた直球はそれまでのソレと比べると格段に威力が落ち、更に、普段とは違う体重の乗り切らない投球フォームによる影響からか、リリース後のフォロースルーが上手く取れない事がその悪い状況に拍車を掛けた。

 つまり何が言いたいかと言うと――

 刹那、左バッターボックスに立つ自称ランディくんの瞳が光る。これは普段の彼女が投じる気の乗ったストレートなどではなく棒球だと気付いたと言う事。その直後、乾いた金属音を響かせて高く舞い上がる打球。
 そう。俺から見てもお手本にしたいようなほとんど動く事のない上半身。無暗矢鱈と大きなテイクバックを取って、反動で遠くに飛ばそうとするようなヘタクソの動きなどではなく、そして、ステップに関しても力んで大きく踏み出して来るような無様な姿でもない。向かって来る投球に対して最短距離で出されるバット。

 そして――
 非常に素直で、更に流麗なフォームにより打ち返された白い球。

 その白球を一直線に後ろに向かって追い続けるセンターのさつき。今ならば判る。一番バッターの打球の際に何故、彼女が追い付けなかったのか。
 この場所は俺たちに取って死地。普段のさつきならば楽々と追い付いたはずのライトオーバーの当たりに追い付けず、先ほどのセカンドへのベースカバーの際に俺に掛かった異常な圧力などからもそれは明らか。

 通常の……おそらくプロ野球の俊足選手クラスの脚力を示しながら打球を追い続けるさつき。但し、抜く手も見せずに剣圧を放つ事が出来るはずの彼女からすると、どう見ても敢えて常人レベルの能力に抑えているようにしか見えない動き。
 最初に比べるとやや勢いの落ちて来た打球。そのボールに向け大きくジャンプを行う!

 しかし!
 しかし、大きなフォロースルーから生み出された打球の勢いは、そのさつきの能力を僅かに上回った!

 無情にも再び外野の頭上を越えた打球はそのまま転々と遙か彼方へ向かって転がって行き――

 先ほど打球に向け跳び込んださつきが再び立ち上がり、転がって居た打球に追い付いた時には、既にバッターランナーは三塁を回り……。
 中継に入った……と言っても、ほぼセンターの定位置辺りにまで進んだ俺のトコロにボールが戻って来た時には、バッターランナーは既に本塁を駆け抜けていた。


☆★☆★☆


「みんな、未だ試合は始まったばかり。ここから追い上げて行きましょう」

 かなり重い足取りで一塁側の急造ベンチに辿り着く俺たち。……と言っても、寒空の下、単にパイプ椅子を並べただけのベンチなのですが。せめて、ストーブとは言わないけど、暖を取る為の焚火でも用意して置いてくれたのなら有り難いのですが。

「そ、そうですよ、皆さん。未だ、たったの()()()じゃないですか。落ち込むのは早いですよ!」

 最初に声を掛けてくれたのがスタジアムジャンパーに野球帽。ボトムに関しては流石に普段通りの女教師らしいシックなタイト・スカート姿の女性。どう見ても女子高校生。贔屓目に見ると成り立ての保母さん。しかし、その実態はこの一年六組の担任だと言う甲斐綾乃。そして、彼女に続いてやや自爆気味――流石に、七点差も有る事をわざわざ確認させる必要もないだろう、とは思うのですが、それでも言った本人。無個性の学校指定のコートやジャンパーに身を包んだ女生徒たちの中で一人目立ちまくっているチアガール姿の朝比奈さん自身には一切の悪意は存在していないので――
 まして彼女自身は、先ほどの自分の言葉が選手の士気を下げた事に関しては気付いてもいないのですが。



 一番の先頭打者ホームランに始まった一年九組の攻撃は、三番・四番・五番の三者連続センターオーバーのランニングホームランを含む九安打の猛攻。結果、七点の大差を付けて終了。良かった点と言えば、フォアボールやデッドボール。それに、ショートの朝倉さん以外にエラーが記録されなかった事ぐらい。
 流石にここまで力の差を見せつけられると、落ち込むのは仕方がない。

 ……のですが。

「心配する必要はないで、朝比奈さん。この回に何点か返せば状況は変わるから」

 先頭バッターのハルヒが打席に向かうのを横目で確認しながら、そう答える俺。それに、こんなトコロで諦める訳には行かない。悲観してやる気を失っては其処から先に何も出来なくなって仕舞います。
 まして、相手の打線は練習を見ただけで、凄まじい能力を持って居る事が判っていましたから。

 ……が、しかし、

 先頭打者として右打席に入ったハルヒに視線を移す俺。

 初球。
 如何にも彼女らしい、と言うべきなのでしょうが、先頭バッターとして考えるのならば、少しはボールを見極めてくれよ、と言いたいトコロなのですが。
 相手の投手。自称リチャードくんの投じたストレート。確かに、彼の投じる速球はそれなりの球速が有るようには見えますが、所詮はそれなり。あのハルケギニアに顕われた時のヤツが示した能力としてはかなり見劣りするストレート。
 真ん中高めに入って来た速球を一閃。初回の九組のキャプテンで三番バッターの自称ランディくんのバッティングフォームに比べるとやや力強さには欠けるものの、それは男女の筋力による差。シャープ差に関して言うのならそうそん色のないフォームにより弾き返された打球が三遊間の真ん中を抜け、そのまま前進してきたレフトのグローブへと納まる。

 そう、勝てない。いや、勝てる可能性が低いと言って諦めて何もしないよりも、出来る事をひとつずつやって行くべきですから。
 練習の段階から、あの自称リチャードくんなら打ち崩す事は可能だと感じていましたし。

「やった、涼宮さんが出ましたよ、武神くん」

 両手に持ったポンポンを胸の前で合わせて、僅かに俺の方へと身体を傾けるようにしながらそう言う朝比奈さん。……と言うか、今まではあまり接点がなかった相手ですし、あまり近寄って来て欲しい相手でもないのですが……。
 転校生の分際でハルヒは未だしも朝倉さんや朝比奈さんの近くに居て、恐れ多くも気軽に話し掛けられる立場に居る事がこれ以上、多くの男子生徒に知られるのは少し……。

 小者が何を言おうと気にしないのですが、そこに嫉妬などの負の感情が混ざって居た場合、気を読む神獣としての龍の部分の俺に多少の不都合が出て来るので。
 もっとも、この場で彼女が気楽に話し掛けられるのは俺か朝倉さんの二人。有希や万結とは会話が繋がらないし、さつきは無愛想。弓月さんともイマイチ接点がない雰囲気。
 ハルヒは一塁。朝倉さんはこれから右のバッターボックスに向かうトコロですから。

「さて、俺は次のバッターやから――」

 ベンチの前に無造作に置かれているバットを手に取りながら、不自然にならない程度にごく自然な雰囲気で次打者用のネクストバッターズサークルへと向かう俺。
 そう、飽くまでも不自然にならない自然な雰囲気で。別にルール上で細かく規定されている訳ではないので、そこに絶対に居なければならない……と言う訳ではないのですが、それでもこう言う場合、逃げ込むには便利な場所。

 但し、

「朝比奈さん」

 少し芝居がかった雰囲気を纏いながら、俺が居なく成ると話し難い相手しか居なく成る朝比奈さんを振り返り、

「必ず、ハルヒは生還させるからな」

 サムズアップ。似合う、似合わないはさて置き、こう言う美味しい場面は拾って行ってナンボ。
 ゆるやかに流した栗色の髪の毛。長いまつ毛にぱっちりとした瞳。チアガール姿も似合っている……と言っても、西洋人系の長い手足にメリハリの利いた雰囲気と言う感じなどではなく、妙に幼い雰囲気を纏う彼女。

 もっとも、チアガール姿と言う薄着の状態と成ったのでかなり判り易くなったのですが、実は彼女、朝比奈みくると言う名前の少女は、表情や雰囲気などから想像が付かないのですが……。
 かなり大きい。ある程度は気付いていた心算だったけど、これは想像以上。おそらく、ハルケギニアのキュルケと同程度。見た目が明らかな大人の女性。それも西洋人のキュルケと互角って、彼女は……。

 一瞬、言葉の意味が判らなかったのかキョトンとした瞳で俺を見つめた朝比奈さん。
 しかし――

「それじゃあ、頑張って応援しますね」

 それも一瞬。花が咲いたような笑顔を浮かべ、そう答えてくれる朝比奈さん。彼女の笑顔を見る度に思うのだが……、女の子には笑い掛けて貰いたい。
 こちらも軽く笑顔で答え、そして――
 そして、朝比奈さんの方向から、今、右打席に入っている朝倉さんへと視線を向けた瞬間には戦いを前にした戦士のソレへと表情を変えた。

 ピッチャーの自称リチャードくんが一塁ランナーの動きも気にする素振りを見せる事もなく、セットポジションから――
 その瞬間、走り出すハルヒ。……って、アイツ、自分がピッチャーだって言う事を覚えて居るのか?

 何の変哲もない速球。ただ、矢張りセットポジション、そして、多少のクイックモーションからの投球の為か、自称リチャードくんの投じた球は先ほどハルヒが捉えた球よりも威力の劣る球であった事は間違いない。
 その威力の劣る速球を朝倉さんがバント。……って、送りバントなんて言うサインが有ったのか、ウチのチームに? 俺の知っている範囲内でサイン……と言うか、作戦は『行け!』以外になかったような記憶しかないのですが。

 勢いを殺された打球は、一塁の動きの良い自称ランディくんとは別の方向。確か、九組の四番に座るサードの前に転がって行く。
 これは上手い! そもそも、サードと言うのは強い打球が来るから守備の上手い人間が守って居ると思われて居るが実は違う。むしろ、少々守備に難が有っても、それを打力で補えるのならそちらを優先する事の方が多いポジション。そう言う点に於いては、ウチの弓月さんなどは例外的に守備の上手いサードと言う事になる。

 予想通り、やや緩慢な動きから前進を開始する九組のサード。そもそも、打者は女の子。更に二番バッターと言う事から考えるのなら、サードの守備位置は通常よりも前に守るのがセオリー。野球とソフトボールのサードの守備位置の違いを知って居たのならこれは当然の処置。この辺りに気付く事のない相手なら、トータル的な守備力から言うと低いとしか言いようがない。
 しかし!
 しかし、このサード、捕ってからが早い! 手首を立てた状態。投げ終わった後に手で相手のグローブ――今回の場合はベースカバーに入ったセカンドのグローブを指す形。所謂、内野手投げと言う形を取っている。

 マズイか?

 ボールと打者走者の朝倉さんの走力との勝負! 最初のサードの動きから考えると、簡単に内野安打が稼げると思ったのですが、これはキワドイ勝負!
 しかし、それも一瞬。次の瞬間――
 いや、間違いない。一瞬、朝倉さんの足の方が早い! 

 セカンドのグラブをボールが叩く音よりも僅かに早いタイミングで一塁ベースを駆け抜ける朝倉さん。無暗に滑る事もなく駆け抜ける事を選択する辺り、彼女は冷静で状況も見えている。

 しかし!

「アウト!」

 しかし、無情にも響くアウトのコール。矢張り、間違いない。あまりにも露骨な場面は避けては居るが、きわどいタイミングは全てこちらの方に不利となる判定に成って居る。
 ノーアウト・ランナー一塁・二塁と、ワンナウト二塁では大きな差があるのですが……。

「ごめんね、少し小細工が過ぎたみたい」

 ネクストバッターズサークル内に居る俺に近付きながら、そう話し掛けて来る朝倉さん。言葉からは普段通りの彼女のまま。しかし、今現在の彼女が発して居る気は明らかに強い不満。
 確かに、審判に対して言いたい事は有るのは判りますが……。

「ナイスバント。後の事は俺に任せてくれたら良いで」

 そう話し掛けながら、回収して置いた彼女の使っていたバットを差し出す俺。そして、そのバットを受け取ろうと朝倉さんが近寄って来た時に、

「甲斐先生や、その他の女生徒たちに、プレーの最中の画像を取って置いて貰えるように頼めるかな?」

 出来る事ならば動画の方が良いけど――
 一時的に周囲に音声結界を施し、彼女以外の誰にも聞こえないように頼む俺。
 そう、流石にこれ以上、能力を下げられた空間内で点差を広げられるのは危険ですから。まして、審判たちはどう考えても一般人。そう言う気配しか感じさせない相手。おそらくは単にウチのチームの足を引っ張ってやろうと言う、ちょっとした悪意からこう言う不利な判定を繰り返して居るのでしょう。
 そして、この試合はプロ野球やアマチュアの最高峰の戦いと言う訳ではありません。これはつまり、審判の判定は絶対ではない、……と言う事。
 こちらの側に明確な証拠が有れば、直ぐに判定は覆る可能性が高いと思います。

 それに、こちらの応援団の内の何人かが録画や写真を撮り出した、と言う事を審判たちが確認してくれただけでも効果が出て来る可能性も有ります。何故ならば、この妙に不利な判定はくだらない嫉妬から発生した可能性が高い。そして、その映像を記録しているのがほぼ全員女性と言う状況で今までのような一方に偏った判定を続けると、返って自分たちの評価を下げる結果となる。
 流石にそれは審判たちに取って本末転倒、となるはずですから。
 女子の団結力は、ウチのクラスの女子のほとんどがこの決勝戦の応援に駆け付けて来ている事からも証明出来ますし、彼女らのコミュニティの中を情報が走る速度と言う物も容易に想像が付きますから。

 軽く首肯き、ベンチ……綾乃さんの方へ歩み寄る朝倉さんと、
 主審に促される前に、バッターボックスへと向かう俺。別れた道はふたつ。ただ、今のふたりは同じ目的。朝倉さんの本当の願いは判りませんが、それでも、この試合に負けたいとは思って居ないのは確実。
 主審に対してヘルメットを外して挨拶を行い、そのまま左打席へと――

 しかし、

「ちょっと、あんた。このチャンスの時に何ウケを狙っているのよ!」

 わざわざセカンドベース上よりツッコミを入れて来るハルヒ。何と言うか、一々、俺のする事に文句を言わなければ気が済まないのですか、アンタは、と言うツッコミを入れたくなるタイミング。

「まぁ、そう言うなって。俺は右でも左でも関係なく打てるから」

 一応、軽い感じでそう答えて置く俺。
 もっとも今回の場合は別に深い理由が有って左打席に立った訳などではなく、ただ何となく左に立ってみようか、と言う軽い気持ちでしかないのですが。
 ただ、左打席の方が一歩分だけ一塁に近いのは事実ですし、左腕の力よりも右腕の力の方が強いので、結果、バットのスイングスピードが左打席に入った時の方が早いのも事実。

 確かに、ここまでの二人に対して自称リチャードくんは明らかに手を抜いたようなボールを投げて来ましたが、それが俺に対しても続くとは限りませんから。

「其処まで言うのなら止めないけど、もしも凡打に終わったら……判っているのでしょうね?」

 俺の軽い感じの答えに対して、かなり不穏な内容を平気で口にするハルヒ。もっとも、これは俺が煽ったような物。少しばかり自分を追い込んだ方が能力は発揮出来るし、チャンスをピンチと感じて萎縮するようなタイプでは有りませんから。
 そんな物は遙か彼方に置いて来ました。それでなければ何度、命を落としたか判らない人生でしたからね。

 僅かに笑って答えに変える俺。
 主審のコールと共に、今度もランナーを気にする素振りさえも見せずに投球動作に入る自称リチャードくん。
 球速は並み。確かに先ほどまでのストレートよりは速く成って居る。但し、俺が捉えられない球速ではない。
 しかし、回転が妙。それに、ややインコースに切れ込んで来るコースは僅かにボール。

 打者の手元で鋭く曲がりながらやや落ちる……左打者の俺の胸元に食い込んで来る球。おそらく投げた本人はスライダーだと思って投げている球でしょう。
 しかし俺からすると曲がりの小さなカーブ。そもそもスライドと言う言葉の意味を考えるのなら、高速スライダーやカットボールと呼ばれている球。あまり落ちない球を指してスライダーと呼ぶ方が良いだろう、と考えているので。

「ストライック!」

 しかし、自信を持って見逃した球に対して、主審よりストライクのコールが行われる。
 やや高い。確かにキャッチャーが捕ったトコロはストライクゾーンだったかも知れませんが、しかし、それは曲がりながら落ちて来た結果。俺のトコロを通り抜けた時はやや高めのボールゾーンに有ったと思うのですが……。

「こら、ちゃんと打ちなさいよ!」

 何をあっさりと見送っているのよ、あんなションベンカーブ!
 セカンドベース上からの叱咤。多分、本人は叱咤している心算でしょう。ただ確かに彼女が言うようにボール球だと判断して見送って仕舞ったけど、打とうと思えば手が出ない球では有りませんでした。

「良い事、次の球は何が何でも打つのよ!」

 そして続くムチャな要求。そんな事を言われても、俺はストライク・ボールの判断が正確で、ボール球に簡単に手を出すようなタイプのバッターではないのですが。
 そもそもボール球に手を出す、と言う選択肢がなかったので、ボール球だと自然に見送って仕舞うのですが……。

 ただ、

「オーケイ、ボス」

 打席を外し、大きく二、三度バットを振った後に、ハルヒに向かってそう答えを返す俺。ボールをストライクと言われるのなら、ワンバウンドだろうが、飛び上がって打たなければ届かないような球だろうが打たなければ三球で簡単に終わりと成って仕舞います。
 流石にあれだけ大口を叩いた挙句、三球で軽く斬って取られたら、ベンチに帰る事さえ出来なく成りますから。

 相変わらず、マウンドの上から苦笑に似た笑みを浮かべながらコチラを見る自称リチャードくん。その表面上に現われている表情は、苦労人風の彼に相応しい表情と万人から思われている事でしょう。
 しかし、俺自身がヤツから感じているのは虚無。空間に開いた虚ろな影。生命体から感じる気では有り得ないモノ。
 そうして……。
 かなりゆっくりとしたモーションで、大きく振り被る自称リチャードくん。但し、今度はハルヒもスタートを切る事が出来ず。

 その瞬間、世界が変わった。

 そう、釘づけに成ったのだ。身体中の細胞と言う細胞が。神経と言う神経のすべてが汚水で洗われたような悪寒。魂自体が犯され、恐怖と絶望が思考を埋め尽くす。

 全身が硬直したかのように動かず、視線は――
 マウンドの上に立つ存在以外、見えるモノはない。
 そう、あまりにも巨大なモノ。あまりにも壮絶なモノ。そして、あまりにも膨大なモノ以外には……。
 卑小な自身が完全にそのすべてを理解する事が出来ない存在。ただ見つめているだけで穢され、侵されて行く精神。
 このままでは――

 しかし、そう、しかし!

「ちゃんとしなさい。あんた、必ずあたしを生還させるって約束したのでしょうが!」

 黒々とうねる巨大な何モノかがすべてを支配したかと思われた世界の中に、雷鳴のように走る声。
 刹那、酩酊し白濁した意識に、通常の判断力が戻る!
 彼女が俺の内側にここまで影響を及ぼしている事に驚きながらも、しかし、精神すら支配され掛かっていた状況を瞬時に判断する。
 アガレスの自動起動。同時に肉体強化。これで、ヤツラ……クトゥルフの邪神が創り出す死地でも、普段の俺の何分の一に過ぎない能力だとしても発揮出来る!
 そして、神の発する威光。それも狂った神に等しい、ひれ伏して、暴れる神がただ過ぎ去るのを祈るしかない、……と考えさせられる、魂さえも穢す威光も己の精神力と、それ以外の外的な要因により完全に抑え込む。

 始動はやや遅れたが、球自体はストレート。更に、アウトロー。少し、始動を遅らせても問題ない!

 後ろに小さなテイクバック。力む事もなく、更に妙な上下動を伴った形でもない自然な形で出て来るバット。アウトローと言うコースも俺の長い腕の伸び切ったトコロでスイングに蓄えられたパワーをすべて打球に加えられると考えるのなら、こちらに有利な点としかならない。

 軽い手ごたえ。しかし、瞳は間違いなくバットの芯でボールを捉えた瞬間を映し出した!

 そして、テイクバックに比して、かなり大きなフォロースルー。バッティング練習でも見せた事のない綺麗なフォームから生み出された打球の行方は――

 
 

 
後書き
 それでは次回タイトルは『魔球?』です。

 ……本格派の野球小説ではないので、本当に魔球が出て来るかも?
 
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