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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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瑞雲 イリデセント クラウド
脚本奏者
  第25話 夜明け

 
前書き
ちょいエロ注意 

 
 ………朝が来た。


「ん―――」

 瞼を透過する明かりに目が覚めた。
 薄ら瞼を開けると見慣れた和風の木目の天井、そして視線を巡らせると障子の囲碁盤状の枠を透かして朝日が差し込んでいた。

 ―――順番に視線を巡らすうちに、自分のよく知る篁の江戸藩邸ではない事に気付く。

(あれ、私……)

 此処は何処だっけ?っと寝ぼけ頭で思考を巡らす内に枕が違う事に気付く。
 固い様な柔らかい様な、不可思議な感触―――というより枕にしてはやや細い上に弾力がある。

 まるで―――

「―――まるで人の腕のよう……な!?」

 反対側へと顔を回した時、視界に飛び込んできた光景に言葉を失う、息をのむ、目を剥く。
 そのまま完全完璧に石像の如く硬直する唯依。

 彼女の眼前には一人の青年の顔が間近に。
 顔の右側を大きく裂く傷痕、程ほどに高い鼻、若干茶の混じった短く刈られた黒髪、顎は細いながら全体的には細すぎずごつ過ぎもしない数字の0のような輪郭の顔。

 普段の鋭い目つきは眠っているためなりを潜め、寧ろ垂れ気味の眉が寝顔をどこか可愛いとさえ思えてしまう―――忠亮の寝顔が真正面に存在していた。

「――ん、起きたのか……?」

 その(まなこ)が薄ら開かれ、薄茶色の瞳に唯依の顔が映る。

「すみません…起こしちゃって。」

 取りあえず半ば呆然としつつ口だけはちゃんと動いてくれて謝罪を口に出来た唯依。――――が、その次の瞬間だった。
 忠亮の顔が動いたかと思うと唇にくすぐったいような感触、そっと軽く触れ合う口づけ、唯依は唇を奪われていた。

「おはよう、俺はもう少し寝る……」

 ゆっくりと唇を離しそれだけ言うともう一度忠亮は瞼を閉じ、寝息を立て始める。どうやら、朝には弱いらしい。

 そんな愚にもつかない事を脳裏の隅っこで思案しながら、布団の下の感触から自分が素っ裸である事に気付く……というか、体全身に伸し掛かる疲労感に付け加え下半身に巣食う違和感。

 更に掛布団の隙間から見える右半分に大きな十字裂傷の縫合痕の走る忠亮の胸板――――昨夜、何があったのか完全に思い出す。


「……そうか、私。」

 しちゃったんだ―――この(ひと)

「あう……。」

 昨夜の情事を鮮明に思い出し顔から火が出そうなほど赤面する。
 初めてだったのに痛みを感じたのは最初だけで、あとは情欲に溺れていた。しかも情事のあとの何気ない疑問から始まったやり取りで、熱烈な告白を受けた。

 其のあとはもう、熱に浮かされたままに嵐のような彼の情愛を受け止め続けた。
 受け止めたと云えば語弊があるかもしれない……自分自身も求めていたから。


「――ほんとに、殺し文句でした。」

 愛するとはどういう事だろう……きっと、それは誰かに無窮の幸福を願う事だ。
 だから、今こそ知った……幸せを願われるという事こそ幸福なのだと。

「………ふふ」

 どうしよう、嬉しい。どうようしようもない程に。こんなにも切なくて暖かい気持ちが溢れて止まらない。
 今迄よりもずっと素直に、彼が見える。

「――ああ、そっか。」

 不意に気付いた。今まで、彼の意思を無視しているという負い目と彼の本心が見えないが故の不安からその感情を認めたくないだけだった。
 篁唯依は――――


「私、いつの間にか好きになってたんだ。」

 彼に何かしてやれる事は無いだろうか。
 そんな思いで忠亮を見つめている内に、惹かれていたという事に気付く。
 まさか、こんな状況になるまで自分が惚れていたという事に気付かないとは結構間抜けな話だと可笑しくなる。

 両想いだったのだ、自分たちは―――遠回りのようで、一番収まるべき形に収まったと思う。


(……大好きです。)

 彼の寝息に合わせ上下する胸元に身を預けそのまままったりと流れる時間を噛みしめる。
 運命の相手なんてシンデレラストーリーに憧れることが赦されるような出自じゃない。
 その中で自分に対し協同感を依代とした伴侶ではなく純粋な愛情を以て接してくれる人と出逢えて、一緒に成れる確率はどれくらいだろう。

 天文学的、奇跡といっていいだろう。
 この人の命が軽い世の中だ―――何方かが死んでいてもおかしくない。確率的には其方のほうが圧倒的に高いだろう。

 同時に、この幸福は何処までも脆い砂上の楼閣に過ぎないと気づかされる。

(ほんとうに……大好きです。何処にも行って欲しくない。)

 彼の体が完治すれば彼は戦場へ、完治しなくては何れと遠くはない未来にBETAによって。

 万に一つの生存の可能性を得る為ならば彼が完治するのが望ましい。だが、それは逆に彼の死への確立を高めてしまうのも皮肉だ。
 だけど、忠亮はその死地の中を突き進むのだろう―――まるでジェット機が瑞雲の尾を引いて空を駈けるように。


(――それでもあなたは戦い続けるんですよね。きっと……誰よりも前へ、誰よりも最後まで。斯衛の矜持、そのままに
 ………まるで孤独な戦士のように。)


 斯衛は常に攻める際には先陣を、退く際には殿を務。
 誰よりもその身を危険に晒し、死の中の生の臭いを敏感に嗅ぎ取りそれをつかみ取ってきた。

 ―――以前、彼が顔の傷を含め、全身の傷を消さないのか理由を聞いたことが有る。
 彼は指揮をするものとして多くの人間を死地へと誘った。だからこそ其の責任のけじめとして誰よりも強く、戦い抜いて見せなくては成らないと言った。

 そして、その為に負った傷はけじめの証明であり、無暗に消していい物ではないとも。

 彼は他人にも厳しいが、それ以上に自分の生き方に厳しい。
 誰よりも強く、誰よりも危険に、誰よりも果敢に戦い抜き、そして生き残る。

 強さへの渇望、自らを強者足らんとする気概。その輝きを信奉し、胸焦がれる自分がいる。


 彼を――失いたくない。離れたくない。
 この安らぎと貴さを手放したくない。

 自分が彼にしてやれる事は何だろう……誰かの装飾品の様に、ただ傍に在り彼の生き様を見届けるだけか?
 やがて訪れる不可避の大きな戦い。今のようなコップになみなみと注がれ、表面張力でどうにか零れないだけ水面(みなも)のような危うい均衡は何時の日か絶対に崩れる。
 そうなれば、あの本土上陸の悪夢の再来だ―――しかも今度は日本全土が危うい。辛うじて残っても北海道と樺太程度。
 その一連の地獄の何処かで、彼が命果てる確率は非常に高い。

(駄目だ―――そんなのは赦せない。ただ、見ているだけなんて出来るはずが無い…!)

 彼が生き残るために何が必要か―――それは最強の鎧と剣、そして騎馬。
 そして、敵の牙城を崩す槍。

(……まて、其れなら手に入れる手段が………ある!)

 唯依の脳裏に、先日巌谷から受けた命が浮かび上がるのだった。








「おはようございます。」

 目を覚ますと腕枕のまま布団に横なってこちらの顔を見つめていた唯依の顔が目に入った。

「ああ、おはよう。……なんだ起きていたのか。」
「起きていたか、じゃないですよ。目を覚ますなり人の唇奪って其の儘また寝ちゃうんですから。」

「……すまん」

 拗ねたように唇を尖らせる唯依にバツが悪くなり謝る。すると“くすり”と唯依が野花が風に揺れるように小さく笑いを零す

「なんで謝るんですか。―――忠亮さんは私に何時だってしてもいいんですよ。だって……その、め、夫婦(めおと)になるんですから」
「……確かに、そうかもしれんな。」

 少し気恥ずかしげながらも微笑む唯依につられて表情が緩む。そして其の儘、唯依に向け徐々に互いの顔の距離を縮めていく。
 唯依もまたそれを察し瞳を閉じた―――二人の唇が重なる。

 そして数瞬の後、唇が互いに名残惜しくも離れる。

「えへへ……なんだか嬉しいです。」
「そうだな。」

 嬉し恥ずかしと言った様子で唯依が笑う。この笑顔をずっと見ていたい、飽き果てる事なんぞ在りはしない。

 尚、その後の朝食で女中の山口に赤飯を出された唯依が赤面してどうにもならなかったのは更なる余談。







「―――閣下、彼奴の機体を初め零式4機がメーカーより納品されました。其れと長刀ですが、幾つかの仕様変更を行った改良型の迫撃刀と追撃刀の納品も一緒です。」

 紅の軍服を纏う美丈夫、真壁助六郎が主たる蒼を纏う若き将へと報告する。
 英雄の為の剣、救国の英雄に相応しき甲冑にして騎馬

 其れが、仕上がったのだと彼は言っていた。


「また欧州とも中隊支援砲のライセンス生産の契約を取り付けと、例の技術と施術の為の段取りが整ったようです。
 中隊支援砲の方は戦車・戦艦の砲身製造拠点を転用すれば比較的速やかに製造に移れるでしょう。」
「うむ、良きに計らえ。」

 不敵な笑みを浮かべて、それに頷く今や日本武家の中枢に食い込んだ五摂家が一、斑鳩家当主、斑鳩崇継。
 そんな主に真壁助六郎はやや不安げな顔色を表す。

「ですが―――よいのでしょうか、この仕儀は国防省と行政が欧州との関係強化のために行った外交。
 云わば成果を横取りするわけですから官僚どもは元より、帝国軍も政治家共も良い顔はしないでしょう。」
「気にするな、単なるついでの使いに過ぎないというのに目くじらを立てているのなら寧ろ笑ってやるといいさ―――何をそんなに怯えているのだ?とね。
 それに我々は曲りなりにも次期主力機開発を担っている。ならば次の戦場に対するシミュレーションは必要不可欠だ。我々がアレを手にするのに何ら問題はあるまい。」

「――分かりました、次期主力機開発の一環という事で話を通します。尤も、緊縮原理主義者の葛栄司郎とその取り巻きである樹下保志共の反発が予想されますが。」
「ならば、君らが前線に立って兵の代わりに喰われてくれるのかと嫌味でも言ってやれ――しかし、そろそろ第五計画派も目障りに成って来たな。」

 一抹の憂いのような表情を見せる斑鳩。今日本の財務を取り仕切る財務省はアメリカよりだ。そして、彼らの主張は第五計画派の言葉そのままだ。
 曰く、G弾によりBETAを殲滅し、既存兵器のみでその残存掃討を行い、新型機は全く不要―――そういう主張だ。
 今回の新型機開発計画の為の予算も三分の一程度にまで削減された始末。

 しかし、彼らのアメリカとのパイプは今の日本には必要なものだ。実際、政策提案能力に関しては小学生以下だが、組織統治能力“だけ”ならば右に出る者はいない。

「彼奴等を野放しにしておけば、榊退陣後を握るであろう野党政権は間違いなく財務省の犬でしょう。その直前に幾らかの道化芝居はあるでしょうが。
 有力野党の能田議員は財務省出身、他にも主力と成り得る議員は二人ほど居ますが、どちらも金持ちなだけ、勝手に自滅していく。其のあとは専門知識も何の意味のない汚職とその誤魔化しの為の連立政権とその集離が繰り返され続ける事となります。」
「やれやれ、国民には薄暗い話題ばかりとなるだろうな。」

「間違いなく、経済政策無しの増税ラッシュですよ。今の経済破綻しかかったこの国でそれをやれば10年以内には国家が債務不履行(デフォルト)となります―――。
 基本的に財務省の役人には公僕という認識は皆無、自分たちが影の指導者であり如何に増税や地方分権を邪魔して自由に動かせる金を作るか……つまり、どれだけ金で動かせる人脈を作るかに始終します。
 国の存亡なんて二の次どころか三の次です。」


 更に付け加えるのなら財務省の殆どは法学部出身、その為わざわざアメリカに留学して経済学を学ぶも事実上アメリカの犬か、新自由主義というもう一つの左翼になってくる始末。
 財務という国の心臓にアメリカの息が掛かっている為、日本は事実上従属国のままであると云える。



倫理崩壊(モラルハザード)甚だしいな。彼らには困ったものだよ……私が雅な世界に耽溺できるのはまだまだ遠い話となりそうだな。
 斯のままでは国の行く先を憂いて夜も眠れそうにない。」


 不敵な苦笑い等という何とも奇妙な表情でつぶやく斑鳩。
 其れに対し、真壁助六郎は眉を寄せた。


「閣下、このような時にそのような戯言を仰られては困ります。今や日本は亡国の瀬戸際に立っているのです―――貴方のような人間にこそ、立って頂かなくては。」
「しかし、民は其れを望んでいない―――真壁、人々は絶望の中でしか英雄を必要とはしない。
 未だ足りない、日本国民全員の目が覚めるような劇的な転機が無くては―――そしてその時になってから、既に手遅れでした……では遅い。」

 すぅっと、苦笑いから開かれた斑鳩崇継の瞳に鋭利かつ冷徹な色が宿る。
 口元は微笑みを崩してはいないが、目は笑っていない。


「……承知しました、ではその延命の為の段取りをつけておきます。」
「些事は任せた―――責任は全て俺が取る。」

「ははっ!!」

 真壁が主に向かい拝命を承った。
 その時だ―――こんこんと固いが軽い木をたたく音、扉をノックする音が響く。

「入れ。」

 真壁の短い掛け声と共に戸が開かれ、一人の山吹を纏う女性士官が姿を現した―――藤原大尉である。

「閣下、例の横浜の件で内閣から出頭するとのように通達が。」
「来たか、さて手持ちの札で何処まで行けるか―――私の勝負運が試されるな。」

 藤原女史の言葉にどこかギャンブラーのような言葉を零す斑鳩崇継。
 其れに困った表情を浮かべるしかない藤原大尉。

「閣下……」
「戯言だ気にしないでくれ―――それより、例の計画はどうなっている?」

 女誑しの顔で藤原大尉に笑いかける斑鳩が次に問うた。

「はっ、情報省のテコ入れで多少の沈静化は見せてはいますが着実と進みつつあります―――回避できる可能性はほぼ皆無かと」

 難しい表情のまま答える藤原大尉、その事案自体は彼女にとって不本意な事である事を物語っていた。
 そして、其れについて口を開いたのは紅の侍兵だった。

「しかし、奴らには今までそうと知りつつも亡国政策を推し進めてきた責任がある。その無責任の代価、彼らの流血でまとめて支払って貰おう。」
「やれやれ、此処でも難儀だな……民意を見逃すな。流れが決まるのは一瞬だぞ。」

「「ははっ!!」」

 皮肉の裏に敵意を隠さない真壁に肩を竦める蒼き将、そして彼の行く先に日本の未来があると信じる斯衛の山吹と紅蓮を纏いし二人の侍は彼に傅く。


「諸君らの忠誠に感謝する―――では物語を、物語を始めよう。出鱈目を入れて語りを遮りながらゆっくりと一つ一つ風変りな出来事を打ち出して。」

 まるで、自分の書いた小説が演劇となるのを見る作家のような目で斑鳩崇継はその手元に無造作に置かれた資料に重ねられた、傍らに黄昏色の軍服を纏った娘を寄り添わせる蒼を纏った傷だらけの青年―――自らの義弟である斑鳩忠亮を見る。


「―――英雄(ヒーロー)はお前だ、斑鳩忠亮。そして救世主(セイヴァー)は……さて、誰となるのかな……アドリブも重要だな。」


 望遠深慮の将、斑鳩崇継は不敵にほくそ笑みながらその席を立つのだった。
 
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