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エターナルトラベラー

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エイプリルフール番外編 【シャナ編】 その2

わたし事リオ・ウェズリーはただいまとある世界で高校生をしております。

え?高校生くらいなるだろう?

まぁ、わたしもミッドチルダでの高校生であるのなら、とある世界とは言いません。

発端はそう、小型の次元転移装置で管理外97世界『地球』へと移動し様とした時。

丁度わたしの番と言うときに限って小規模ながらも次元震が起こり、転移途中だったわたしはそれに巻き込まれる形で次元の狭間へと落下。どことも言えない世界へと放り出された。

眩む頭を振り払い気をしっかり持つと辺りを見渡す。

「ここ…は?」

見渡せば一軒家、そのリビングで突っ伏すように倒れていたらしい。

「理緒どうしたの?そんな所で寝ると風邪を引くわよ?」

「誰?」

「誰って、お母さんじゃないの。寝ぼけているの?」

「おかあさん…?」

違う、わたしのお母さんではない。

…でも、わたしに重なる誰かの記憶が彼女をおかあさんであると肯定している。

「あ、うん…そうだったね。ごめん、寝ぼけていた」

「変なリオ。高校生活も始まったばかりで疲れでもたまったのかしら?」

「う、うん…ちょっとね」

冷静に自分に起きた事象を分析する。

あの時、次元震に飲まれての転移事故。転移途中であったために肉体は次元に再び現れた時に誰かの存在と混同してしまった、とか?

体の調子を確かめると容姿はわたし自身。それはおそらくこの記憶の存在とは違うもの。

そのはずだが、相手はわたしを実の娘と認識している。

「ちょっと、出てくるね」

「遅くならないうちに帰るのよ」

「う、うん…」

わたしは少し罪悪感を感じつつもそれに返した。

外に出て周りを探索する。

文字の感じから見て地球、それも日本に系する世界。

念話からの返答が無いために平行世界、またはまったくの別世界であると仮定して調査する。

「地球…日本…だけど、地名がソルのデータと一致しない所が少なくない。…やっぱり平行世界」

あとはまだ分からない。

理解は追いつかないが現状はどうにか理解した。

後はどうやってこの事態を収拾し、元の世界に帰るかだ。

帰還に必要な術式はアオお兄ちゃんから教えられている。以前にもフロニャルドへと転移してしまっているわたし達としては必要な事とアオお兄ちゃんはわたし達へと伝授した時空間移動の法。

だが、次元震の影響がどれほどの物か分からないし、その為に帰還期間も見当が付かない。

心苦しくはあるが、このまましばらくは理緒として居場所を借りよう。

もう一つ、本物の彼女はわたしが現れてどうなったのか。それも調べなければならない。


深い緑の制服に身を包みカバンに教科書を積めると母親が用意した弁当を持ち玄関を出る。

「…いって…きます」

知らない誰かに掛ける声。

「いってらっしゃい。理緒」

御崎高校1年2組。それがリオが通う事になった高校の名前だった。


この世界は異常だ。

普通の人間に紛れ、オーラの塊で出来た人間が人間の振りをして生活している。

しかもその存在が力を使いきって消失すると周りの人間は何も無かったかのように生活をつづけている。

そう、人間の消失などなく、最初から居なかったかのように。

昨日まで有った学級の机が翌日には一つ減っていたとしても周りは誰も気にしない。

わたしはそれがとても気持ち悪く映る。

また昨日まで人だったものが次の日にはオーラの塊に変じている事もある。

平井ゆかりと坂井悠二。この二人は昨日までは確かに人間だった。

しかし今はただのオーラの塊にすぎない。

数日後、平井ゆかりが別のだれかに変わったとしても他の誰も気にしないようだった。

いや、わたしと坂井悠二を除いて。

平井ゆかりの存在の痕跡に自身を割り込ませる。そうすれば周りからは彼女が平井ゆかり本人として感じられる。たとえ姿や形、声や性格がどれほど変わっていようと周りは受け入れる。

それは同様の事がわたし自身にも起こっていると言う事。

つまりオーラで出来た人間の変わりにその存在に割り込んだ?

正解を引き当てた事でさらにわたしを苛ませるだけだった。

つまりわたしの存在の外郭たる『東條理緒(とうじょうりお)』は世界から忘れられるはずの存在だった、と。

ため息が出る。

ホームルームが終わると重い足取りで教室を出る。

瞬間世界から色が失われる。同時に切り離された因果に人も物も動きを止めた。

…これは?

次いで強大な存在が気配を現せた。

写輪眼で遠目に眺めたそれは白いスーツを着込み手にはドールを抱え愛でていた。

うぇ…

そんな存在の登場に迎え撃つのは平井ゆかり。振るう武器は大太刀。

しかし、強大な存在も目的はなんなのか、直ぐに去っていく。

破壊された教室、また破壊された人間。それを修復し終えたのか結界が解除された。

非現実の戦闘をおこなった彼女に接触するべきか、せざるべきか。

君子危うきに近づかず。

様子見かな。

何が起こっているか分かれば何かが出来たかもしれない。

後になって知りえたからの後悔。この時聞いておけば、それにより救えなかった命がある。しかし、それも流されるわたし自身の業。

何度か大きな力の発露を感じながらも首を突っ込まず、穏やかな時間がすぎる。

しかし、そんな時間を壊すかのように巨大な結界が張られ、わたしはそれに取り込まれてしまった。

「これは…結界」

人も物もエネルギーさえ止まっている。

「え?」

どうしたものかと思案する。

遠目からでも何が起こっているか確認するか。

そう思い学校を出ると商店街へ。

すると突如巨大な蔦が地面から現れる。

「…あっ」

蔦が人間に撒きつくと目の前でオーラを食われその存在が消失する。

これかっ

とわたしは理解した。

今までのオーラで出来た人間の模造品。それはオーラを搾取された人間の成れの果て。

そして後悔する。知らずに居た事に。

しかし、それは目の前で何の抵抗も許されず霞と消えてしまった。

「誰が…」

怒りを懸命に押さえ込み気配を探る。

探るまでもなく人間のオーラを吸収した巨大な花が見て取れた。

『スタンバイ・レディ』

ソルがバリアジャケットを展開、手に持った刀でその花を両断する。しかし…

「これじゃない…これが元凶じゃない」

こんなもの幾つつぶしても嫌がらせ以上の効果は無いだろう。

実際少しあいたところに同質の存在を感じる。

高いビルの上に飛び上がると周囲を見渡す。

大きな気配が集まる場所は二箇所。

一つは真南川に掛かる御崎大橋。

そこに大きな虎のような怪物が居た。

怪物は何かに手を伸ばしていた。

あれは…坂井悠二…?

あれ?何かピンチっぽいよ?

仕方ない…助けるか。

大きな虎が坂井悠二に気を取られている隙に近づいた運動エネルギーも加味しての一撃。

「はっ!」

「なにぃっ!」

殴った衝撃で切り離された訳じゃないはずだが、右手首が消失していた。、ついでにと坂井悠二を回収。

消失した大虎の手先はどう言う理屈か坂井悠二に吸収されるように消えて行った。

「無事?」

「なっ!?東條さんっ!?」

「それだけしゃべれれば大丈夫みたいだね」

そう言うとあたしは坂井くんを地面に投げ捨てる。

「ちょ、もうちょっと丁寧に…」

坂井悠二の反論はすべてを聞いている暇は無かった。

無くなった腕を何事も無かったかのように再生させた大きな虎が襲い掛かってきたからだ。

「その眼…その眼だ。俺を恥辱の底に叩き落したあいつと同じっ」

「ス、…スサノオっ!」

振るわれる巨大なコブシにあたしはとっさにスサノオの肋骨を現してガードする。

「う、うわああああああっ」

両腕を突き出して身を守るように絶叫する坂井悠二。

坂井悠二を後ろに庇い、虎のコブシを肋骨で軌道を変えながらいなす。

すれ違いざまに反撃を入れたいが坂井悠二が邪魔だった。

「悠二っ!」

そこに現れるのは炎のような紅い髪をなびかせ、背中に炎で出来た翼をはためかせて飛んでた平井ゆかりだ。

手には大太刀を握っている。

「シャナっ!」

しかし、平井ゆかりを追うようにさらに二人現れた。

どうやらそっちはそっちで戦闘中のようだ。

「東條理緒?」

「千変、シュドナイだとっ!?」

何処から発せられたのか、第三者の低い声が響く。

「炎髪灼眼っ!」

シュドナイと呼ばれた大虎もその声に反応し、どうやら既知であるようだ。

現れた二人と手前のシュドナイを見比べればどちらが手強いかは一目瞭然。

「とりあえず、成り行きで戦闘しちゃってるけど、そいつ等が人を食った化け物って事でOK?」

「は?何を当たり前の事を。あなたもフレイムヘイズでしょ?」

「シャナよ、もしかしたらあやつはフレイムヘイズでは無いのかも知れんぞ?契約した王の気配を感じない」

「そんな馬鹿なっ」

「まずは現実をみよ。理解はそれからでよい」

低い声の誰かにたしなめられる平井ゆかり。

「愛染兄弟、しばらく炎髪灼眼の相手をしていろよ。こっちはこっちでちと忙しい」

シュドナイがあたしを睨み付ける。

平井ゆかりと紅い瞳が交錯すると互いにやるべき事を悟った。

守りながらでは戦い難い。まずは相手をこの役立たずの前から引き離す。

互いに目標に向けて駆ける。

「やっ!」

「ふんっ」

コブシとコブシがぶつかり合う。

結構オーラを込めたんだけど、相手もさるもの。

一瞬距離を空けると印を組み上げ息を吸い込んだ。

「火遁・豪火球の術」

口から吐かれる大火球。

「かっ!」

しかし、シュドナイもその口から紫色の炎の火球を吐き出した。

その威力は互いに譲らず。視界を炎で染めていく。

しまっ…

気づいた時には塞がれた視界の外から迫るシュドナイの鉤爪。

急ぎドクロの腕を顕現させその手を受ける。

右手を左手で受け止めると相手の左手が迫り、それをスサノオの右手を現せて受け止める。

互いにがっちりと組み合う形だ。その間もドクロは肉付いていく。

互いの口から再びの炎弾。

だが、シュドナイはそれだけではすまなかった。

尻尾の先にアギトが現れるとそこから放たれる炎弾。

やばっ…

爆音が響き、爆炎から飛び出る形で落ちるように真南川へと落ちていく。

バシャっと水を切る音と共に川の上に着地する。

すかさず上空から身をひねっての踵落としを繰り出すシュドナイ。

ギリギリのところで水を蹴ってかわすと水面が盛大に爆ぜた。

スサノオはシャレコウベが現れ出た所だ。

しかし、好機っ!

わたしは急ぎ印を組み上げると両手に雷を纏わせる。

「千鳥流し」

着いた水面から電撃が水中を伝いシュドナイを襲う。

「があああっ!」

堪らずと水上へとシュドナイは飛び上がった。

しかし、ダメージから若干の猶予が生まれる。

今の内に…

紋章発動っ!輝力合成っ!さらに紋章を強化っ!

剣十字に巴模様の曼荼羅が浮かび上がり大量の輝力が身を包む。

一気にスサノオが肉付き鎧を着込んだ。

「黒い…炎だと…貴様っ!」

スサノオの右手に持った炎球。それは天照の塊なので当然黒色。しかしシュドナイにはそれが気に入らないらしい。

「我が主を愚弄するきかっ!」

何がシュドナイの逆鱗に触れたのか。リオには分からない。

スサノオの右手を振り上げると八坂ノ勾玉に天照を纏わせて投げつけた。

「おおおおおっ!」

シュドナイは飛来する勾玉をかわしつつ迫る。

しかし、あたしはもう取っ組み合いをする気はないよっ!

ゼロレンジに至る瞬間、炎球と雷球を形態変化させ巨大な剣を現した。

振り上げる二振りの刀。

「なにぃっ!?」

それがカウンター気味にシュドナイを切り裂く。

一度きりのトリックスター。だが必殺の攻撃は一度で良い。

切り裂いた傷口をタケミカヅチが焼く。天照が燃やす。

特に天照は消えない黒い炎。オーラの塊だろうと燃やし尽くすまで消える事は無い。

「やぁっ!」

止めとばかりに振り上げた刀を振り下ろせばシュドナイは霞となって燃え尽きた。

「……逃がした」

しかし、一瞬。天照が燃え移るより一瞬速くシュドナイの尻尾が切り離され水中へと消えていた。

まさか逃げられるとは…



炎髪灼眼の討ち手、最近名乗るようになった名前で言うところのシャナは愛染兄弟と戦う傍らシュドナイと戦うリオをその目におさめていた。

吐き出す炎弾、たくましい顕身の自在法とそれを繰る技術。

「すごい…」

「こら、目の前の敵に集中せぬか」

「ご、ごめん。アラストール」

そう言い聞かせる彼女の契約者、天壌の劫火・アラストールもリオの戦いを気にしていた。

(千変を破るか…列強のフレイムヘイズとて討伐は敵わない神の眷属を…ただの人間が)

フレイムヘイズではない。

紅世の王と契約を交わしたフレイムヘイズはどんな攻撃であれ契約した紅世の王の色を受ける。

特に顕著なのは炎弾の自在法や封絶の火線だろうか。

それを考えればリオの攻撃にそう言う特色を見出すのは困難だった。

いや、一概にはそうは言えない。リオ本人もオーラの色、魔力光に特色を持っている。ただそれがフレイムヘイズほど今の戦いでは表面に出て来ていないだけだ。

(いや、あれほどの力を持つ者をただの人間と捉えてよいものかどうか…)

アラストールは心の中で嘆息する。

(後で話し合ってみる必要が有ろう。…それと今は)

さらに心の中でアラストールの危惧が深まる。

(目の前にあれほど強大な存在が居て、影響を受けるなと言う方が無理な話か)

今も愛染兄弟と戦う傍らシャナの関心はリオに向いていた。

(彼女のあり方を歪めない物であれば良いが…)

そう嘆息してアラストールはリオの戦いぶりを観察していた。



新しく現れた二人を平井ゆかりさんが討ち滅ぼし、シュドナイを取り逃がした事で当面の脅威は去った。

そこに現れたのは巨大な青いクマだ。

マージョリー・ドーと名乗った妙齢の女性はクマのきぐるみを纏ったような容姿で空を飛んで現れたのだ。

平井ゆかりさんとは知り合いのようなので敵と言う訳ではなさそうだが。

「で、東條理緒。あなた何もの?フレイムヘイズではないようだけど」

「フレイムヘイズ?」

当然の質問。

「私は天壌の劫火、アラストールのフレイムヘイズ。炎髪灼眼の討ち手、シャナ」

「シャナ?」

ゆかりさんでしょ?

「あ、えっと…それはね」

割って入ったのは坂井悠二くんだ。

長いようで短い説明が入る。

この世界には人食いに魔物が居るらしい。それを討滅するのがフレイムヘイズの役目なんだって。

聞けば紅世の徒もフレイムヘイズと契約した存在も現れようは違うが同じ存在らしい。

で、契約まで名前が無かった彼女に名前を与えたのが坂井悠二くん。

ついでに平井ゆかりはその存在に自分を紛れ込ませたために周りが認識している名前らしい。

東條理緒の存在と混同している今のあたしのようだ。

この世ならざる力を使えるものを討滅するために討滅する者と同じ存在の力を借りている。

それはすごく歪なように感じられた。

「なんであなたはフレイムヘイズでもないのに存在の力を扱えるの?」

とシャナ。

「うーん」

あたしは少し考え込んでから答える。

「だって、あなた達の説明ではその紅世の徒は人間の持つ存在の力を変換して使っているんでしょ?」

「ああ」

とシャナちゃんの胸元から彼女の契約した王、アラストールの声が聞こえる。

「根源は人の力。人が持っている力。だったらどうして人間が使えないなんて思うの?」

「なっ!?」

普通の人間は自身の存在の力を使えない。それ故に紅世の王と契約する。

「シャーマンって居るじゃない?彼らはその存在の力を操る人だったんじゃないの?」

だが、言われてみれば確かにおかしな話で、納得できる話だったのだろう。

「人間は潜在的には存在の力?あたしはオーラって言ってるけど、それを扱う事ができる資質を持っている。じゃないと紅世の王と契約したからと言って存在の力を使えるようになるのはおかしいでしょ?」

「言われてみれば…」

「納得の出来る答えね」

とシャナちゃんとマージョリーさん。

「確かに、存在の力を操る事が出来る人間は少ないが過去にも存在した。…だが、誰もそなたのような量の存在の力を行使出来る存在ではなかった」

故にフレイムヘイズとして契約する、と。

まぁ、話はこんなものでしょう。

これ以上と言われてもあたしは何も答えない。



坂井悠二は特別な存在らしい。

その本質は紅世の王の食い残しであるトーチと言う代替物。

街に幾人も居るアレだ。

時間と共に消失するはずの存在だが、彼には特別な宝具が蔵されているらしい。

零時になるとその存在の力を前の日の零時に保持していた量まで回復する宝具。

『零時迷子』と言う宝具のおかげで存在の力が回復する坂井悠二は存在の力をも操る可能性を秘めたトーチらしかった。

とは言え今の所ぜんぜんへっぽこらしいが。

シャナちゃんとの修行も効果が薄い。

「で、あたしにコツを聞きに来たと」

「そうなんだ。東條さんなら人間だし、何か参考になるかと思って」

放課後の屋上に呼び出された用件がそれってどうなの?乙女心が分かってないよ。

まぁあたしは別に坂井くんの事は好きというわけじゃないけど。一歩引いたところからみれば好意を寄せる女性が二人。

それらに気がつかずと言うのが彼らしい。

「はぁ…まぁ良いけれど、為になるかは知らないよ?」

あたしは人間、だけど坂井くんはトーチだから。

「うん、それでも良いんだ」

あ、そう。

「存在の力の感知は出来るんだっけ?」

「あ、うん」

聞いた話だとかなり鋭敏らしい。

「まず、存在の力の漏れを抑え、循環させる」

「漏れを抑える?」

「坂井くんも無為に存在の力を消費している。まずそれを留めるの」

言ってやってみせる。

「留める…」

「これが基本。これが出来ないとお話にならないかな」

「そうなんだ…」

まぁこのアドバイスが彼の役にたつかは分らないが、そろそろ殺気のような嫉妬に気付いて欲しい所だよ。

「気配出しすぎ、隠れてる意味ないよー」

「え?なに?」

あたしが大声で扉の方へ声をかけると気配が遠ざかる。

「何でもないかな」


数日後、再びの屋上。

「悠二に何を教えたの?ここ数日で悠二の技術が進歩している。私がいくら教えても上達しなかったのに」

とシャナちゃん。

「まず何をどうすれば良いか教えただけだけど?」

「何を教えたの?」

「存在の力の漏れを抑えるって言っただけ」

あ、実際に見せもしたか。

「…あなた、突然変異では無かったの?」

シャナちゃんが何かに気がついたようだ。

「ふむ。自身で研鑽した事は他者には教え辛い。と、なれば…」

と、アラストール。

「そう。あたしは教えてもらっただけ。だから教え方も知っている」

「なるほど、そうであったか」

そして何かを思案するアラストールさん。

「であれば我らも拝聴させてもらえないだろうか」

「アラストールっ!?」

「シャナ、そなたはまだ研鑽の身。学ぶ事を疎んでは何れ大きな障害に立ち向かう時の手札が足りず困窮する事になろう」

「…くっ…わかったわ」

しぶしぶと納得するシャナちゃん。

「私にも教えて」

でも相手を立てる事は苦手なようだ…そんな態度じゃ誰も言う事を聞かないよ?

「すまんな。我からも頼む」

実際には声だけなのだがアラストールの声には真摯な響きがあった為に彼の頼みを聞く形でシャナちゃんに向かい合う。

さて…

「ソル、お願い」

「なっ!?封絶」

「これは封絶では無い」

シャナちゃんとアラストールさんの声を尻目に空間を切り取る。

「これは封時結界。時の流れをずらした場所。現実空間にはなんの影響も与えない」

「なっ!?」

「これほどの事を…いとも容易く…」

さて、どこまで教えた物か…とりあえずは…

「纏くらい出来る?」

「…あの悠二がやっている存在の力を薄く纏うやつ?」

「うん」

あたしが答えるとシャナちゃんはすぐにやって見せた。

「出来てるね」

「これも普通のフレイムヘイズはやらないのだがな」

とアラストールさんが補足する。

「それが出来たら瞬間的に増幅させる『錬』」

あたしの纏っていたオーラが力強さを増した。

「…はっ!」

気合を入れると存在の力が迸り、シャナちゃんの存在感が増す。

「そ。で、次が逆に外にまったく洩らさない『絶』」

途端に気配も薄くなる。

「くっ…」

あ、シャナちゃん『絶』で躓いてる。まぁ結構難しいしね。

「で、最後は力の発露。『発』これは個人の資質が大きく出るところで、シャナちゃんだと炎の翼とか炎の剣とかだね」

まだまだ漏れているが一応絶もこなしているようだ。

「基本はこんなもの。まぁ、基本が出来た所で戦えるのかと言ったら別だけどね」

「どう言うことよ」

と、シャナちゃん。

「実際に戦ってみて感じたんだけど、徒との戦いは存在の力の削りあいでしょ?」

「ああ」

そう低い声が答える。

「基本が出来たとしても相手の攻撃が必殺の威力なら意味ないでしょ?相手の攻撃を必殺の威力にしないためには存在の力の攻防力の移動は必須」

こんな風にね、と右手にオーラを集めてみる。

「とは言え、こんな事はあの徒も自然とやっていたよ?」

「そうだな。強大な王や王を宿すフレイムヘイズなどは何となくでも使えているものが多いな」

そうアラストールさんが答えた。

ま、そうだよね。

「と言う事は、これを使えないシャナちゃんでは真に強大な王を倒す事は難しいって事だ」

「くっ…」

悔しそうに表情を歪めるシャナちゃん。

「実戦の内でと考えていた事。今回このような機会があった事に感謝しよう」

「戦いの中で死んじゃ意味無いと思う」




それからいろいろな事が有って…

坂井くんが行方不明になった。

心配するのは彼を覚えている面々。

トーチが燃え尽きた…と言うのはおかしい。

再び現れた坂井悠二。

彼は他の何者かになっていた。

徒の団体、「仮装舞踏会(バルマスケ)」その盟主に。

詳しい事は説明されたがそれは分らなくても良い事。

彼がどうしてその道を行ったのか。そしてどうしてシャナを浚っていくのか。

遅れて戦場に現れたあたしに放たれる言葉。

「東條さん。ごめん、僕は君を殺したくないのだけれど、将軍がどうしてもって言うからね。ベルペオルも禍根は残すべきでは無いと言う。将軍をどうにか出来てしまう存在を野放しには出来ない。だから…ごめん。あなたはここで死んでくれ」

気絶したシャナを抱え飛びのくと、その手前に千変シュドナイと逆理の栽者ベルペオルが遮った。

マージョリー・ドーは今は使い物にならないくらい打ちのめされた。

シュドナイは以前は持っていなかった矛を持っている。

「ま、そう言う訳なんでな」

「あなたも運が無いわね。シュドナイに見込まれるなんて」

「そう言うな。あいつはあの悪夢(ナイトメア)以上に厄介な敵かもしれない」

「ほう。将軍シュドナイを持ってまでそう言わしめるのかね」

「シュドナイさん、ベルペオルさん。油断しないように。彼女は強いよ」

そして坂井くんの声が変わり何ものかの声でつむがれる。

「だから宝具、神鉄如意とタルタロスの使用も許可してある。速やかに対処せよ」

感情のあまりこもらない声だった。

「くっ…」

シュドナイと、シュドナイほどの化け物がもう一体…まずいか…

幸い距離はまだある。

あたしの背後に紋章が現れる。

「させるかっ!」

シュドナイが振るった矛…神鉄如意が突如大きさを変えてあたしを襲う。

ギリギリのタイミング。

刹那の間でスサノオの両腕を顕現。ギリギリでタケミカヅチと天照の形態変化が間に合い、クロスさせて神鉄如意を受けきった。

「ここは任せる」

そう言うと坂井くんはシャナちゃんを連れて去った。

受けた刀から黒炎とイカヅチが迸る。

しかし、一瞬速くシュドナイは神鉄如意を退けたようだ。

「あらあら…こいつは確かにあの悪夢だわ。数百年前を思い出すねぇ」

三つ目の貴婦人からもいつの間にか殺気があふれる。

何を言っているのか。

「不本意だが大命のためだ。ベルペオル、タルタロスでの援護をたのんだ」

「はいはい」

腕に絡みついた鎖。それが解けるように伸びると幾重にも分裂しあたしに襲い掛かる。

急ぎスサノオを顕現させ、刀で打ち払う。

しかし、縦横無尽のその動きのすべてを払い落とすこと敵わない。

「っ…」

八坂ノ勾玉を飛ばしけん制するが、鎖をたくみに操って弾かれてしまった。

ならばと天照を発動。

視点発火でまずあの三つ目の女性を…

視線からピントが合った瞬間天照が燃え上がるが、ベルペオル自身を守るタルタロスに弾かれ、燃え広がりすらせずに鎮火する。

なにっ!?無効化能力っ!

必殺の天照が無効化されたことに多少の動揺を受けたあたし。

ほんのわずかばかり隙が出来る。

「ぬぁっ!」

「しまっ…」

横っ腹へ神鉄如意が振りぬかれた。

「くっ…」

虹色の膜、聖王の鎧で物理ダメージの殆どをカット。ダメージは無いがその衝撃までは消せない為に盛大に空中を投げ飛ばされる。

ついでとばかりにシュドナイの口から炎弾が飛ばされる。

着弾し紫炎を迸らせながら地面に激突。粉塵を巻き上げた。

「おいおいまさかな…」

「あらあら、まさか神鉄如意を叩きつけられて無傷とは…恐れいるねぇ」

噴煙が晴れるとそこには無傷で立ち上がるあたしの姿。

「けどまぁ、此処までさね」

ベルペオルが言い放つと同時に噴煙にまぎれていたタルタロスが引き絞られ、スサノオに絡みつく。

それだけならまだ対処のしようがあったのだが、タルタロスが巻かれたスサノオが消失して行った。

「そんな…まさかっ」

驚愕の声の上げるあたしの先でタルタロスが絞られ、消え去ったスサノオから逃がすまいとあたしの体を拘束する。

「しまった…っ!」

体から一切の力が抜けていく。ゼロエフェクトのおかげで完全中和とまでは行っていないがこのままでは…

「最後はつまらない終わりだなっ」

「くぅ…」

シュドナイの振るった神鉄如意。

それは巨大化し、その刃先があたしを貫いたのだった。







ボコリと地面が隆起する。

そこから生えてくるのは腕だ。

「ぷはっ…」

アオお兄ちゃんの無茶な修行で無呼吸でも問題ないほどの鍛錬は積んでいたが、それでも呼吸は精神を安定させた。

「あー…よかった…生きてる…」

まったく…相性が最悪だったよ。

強力無双と変幻自在の無力化能力。

あの組み合わせはちょっと荷が重い。二人一片はかなり難しい。

「切り札であるはずのスサノオすら無効化されちゃうし…」

地面に激突した瞬間、影分身で身代わりを立て、本体は土の中へ。

その後、神鉄如意のインパクトの衝撃で揺さぶられ、必死に堅で押しつぶされまいとガード。

何とか衝撃をやり過ごした後そのまま息を潜めていたのだった。

戦いには相性と言う物がある。

炎弾を飛ばしたり、質量を伴わない自在式での攻撃をメインとする徒には負ける気はしない。

何故ならゼロエフェクトがすべてを遮断してくれるから。

だが、そうではない巨大な物理攻撃や、こちらの攻撃を無力化する能力持ちには苦戦を強いられる。

その二つが揃っていたのだもの、そりゃ勝てないか。

と、ひとりごちる。

でも…次は負けない。あたしもまだ全力を出していない。次は絶対に勝ってみせる。…出来れば戦いたくないけど。

連れ去られたシャナちゃんを放っておく訳にもいかないし…ね。


シャナちゃん救出作戦の戦力を整える事は困難を極めたらしい。

らしいと言うのは主導したのはシャナちゃんの育ての親のカルメルさんで、今の情勢でフレイムヘイズ一個人を救い出すために敵の本拠地へと乗り込む愚を冒せないと言うことらしい。

各地で人食いたる徒が徒党を組んでフレイムヘイズを襲撃。それの対応に追われている。

この事件の中心はおそらく「仮想舞踏会」そして祭礼の蛇を名乗る坂井悠二だろう。

あたしとしては人とフレイムヘイズの情勢には関心は無いけど…シャナちゃんをほうって置けないしね。

それにどうにもあたしも当事者だ。

生きていると分れば狙われるのは必須。となれば、渦中に飛び込んでみるのもアリかな?

いざとなったら奥の手を使ってこの世界のどこへでも逃げてみせる。

数日を要して集まった戦力はわずかだ。

『偽装の駆り手』カムシン・ネブハーウ、『輝爍の撒き手』レベッカ、リードそして『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルの三人とあたしの計四人。

「なんでぇなんでぇ、ただの人間なんかをオレたちの闘争に巻き込んじまってよ、気は確かか?ヴィルヘルミナ」

「実力、戦力ともに彼女なら問題ないのであります」

「はぁ?だが、ただの人間なんだろ?やめとけやめとけ、オレらについてきたら死んじまうぞ?」

一瞬、彼女の腕についていたネックレス形の神器クルワッハの目が開いたかと思うとあたしの目の前で小爆発。

威力は調整していたために衝撃程度の物のようだったが、残念、あたしのゼロエフェクトによって分解されて消えそよ風も起こらない。

「む?」

いぶかしんだレベッカが自在法を連続起動。しかし、距離が近い分何も起こらない。

「存在の力を分解する能力者か?」

「いえ、真に恐ろしきは彼女の自在法であります」

「へぇ、おもしれぇ。何が出来るんだ?」

「ああ、それは作戦を立てる上でとても重要です」

と、レベッカの言葉を肯定し後押しする少年の姿をしたフレイムヘイズ、カムシンだ。

「炎弾、雷撃、後は…これですか」

「ん?」

レベッカの手を握り存在の力を吸収する。

あたしのオーラの色が桃色へと変化。

右手を上空へと突き上げると自在法を起動する。

ドゴンッ

桃色の自在式が発動し、閃光、爆発。

「おいおい…こいつは…」

「君の得意技だね」

「ああ、固有自在法のコピーですか」

考察するのはレベッカの契約主、糜砕(びさい)裂眥(れっせい)バラルとカムシン。

「あなた達が言うところのあたしの本質に添った力。インスタントヒーロー(3分間の復体)。相手の存在の力を吸収、自身の存在の力を変質させる事でその存在の得意とする自在法を真似できる」

「へぇ、つーことは、単純にオレが二人に増えたって事か?」

「ああ、それはちょっと問題ですね」

「おい、ジジイ。そいつはどう言う意味だよっ」

「レベッカ、それは置いておいて。これほどの力だ、なにかデメリットはあるのかい?」

「自分よりも強力な存在の技を模倣出来るんです。当然あります」

一つ目は制限時間。

名前の通り3分間しか使えない。

二つ目はクールタイム。

同存在の連続使用には30分のクールタイムが必要だった。

まぁ後はそのような強力な力を持った敵のオーラを吸収する隙が無い事と、見ていない技は使えないと言う事。

「…結構制限あるのな」

「基本味方の助けをもって味方になりきる念能力(じざいほう)です」

「ま、それだけ使えるならフレイムヘイズでなかろうと問題は無いな」

とレベッカ。あまりこだわらない性格らしい。


「ラピュタは本当にあったんだ…」

「は?何を言ってやがる」

「あ、いえ…あたしも何を言っているのでしょうね?」

突如何か電波をキャッチしたみたいで、口が勝手に…

とは言え、目の前に空飛ぶ巨大要塞が現れれば驚きも…いや、しないな。別に。うん。

天道宮と言われるこの宝具はどうやら敵の本拠地に続いている道が隠されているらしい。

敵の本拠地、本来隠蔽されていてその姿を感知できない星黎殿とこの天道宮は本来1セットの宝具であるとか。

その為、互いの距離が近くなると行き来する通路が通るらしい。

と言うわけで、相手の本拠地に当たりをつけて天道宮を飛ばし、あとは出来るであろう通路を使って乗り込みシャナちゃんを確保。後に脱出と言う手はずだ。

正直言って勝算は低い。

でも、友達のためだからね。奥の手もあるし、臆さず行こう。

陽動はカムシンさんとレベッカさん。

隠密はあたしとヴィルヘルミナさんだ。

円を広げれば手っ取り早いが…そんな事をしたら隠密潜入の意味がない。

「しょうがない…」

あたしは小さな小刀を取り出すと思い切り手のひらをえぐりこむように突き刺した。

「何をしているのです?」

「リアクテッド・ケーニッヒ」

現れるのはリボルバー付きの小太刀が二本。

「大技は使えませんからね…今回はこっちです」

写輪眼とディバイダー。これだけを武器に星黎殿を駆ける。

出くわした紅世の徒を一刀にて切り伏せ進む。

「紅世の徒が一刀ですか…どうやら存在の力を分解する力を持った宝具のようですね」

「反則升」

ヴィルヘルミナの言葉に彼女の契約した王、夢幻の冠帯ティアマトーが意味不明の言葉で追随した。

「紅世の徒は存在の力の結合体だからね。ある意味これは彼らに対して必殺の武器だね」

結合を分解すればその存在を保てなくなって消滅する。彼らにしてみればこれほどに相性の悪い武器も無い。

とは言え、戦闘経験の大きい紅世の徒に通じるかと言えば別の問題だが。

特にあのシュドナイとか言う人は…こちらの刀を通してくれそうにないし…

とは言え、現状出くわす有象無象にはこれを凌ぐ手段は皆無だった。

十字路でヴィルヘルミナさんとは別れ捜索する。

陽動のカムシンさんとレベッカさん。

隠密のあたしとヴィルヘルミナさん。だが気配を絶つヴィルヘルミナさんと対象的にあたしは最低限の『円』を広げている。

あたしがフェイク。本命はヴィルヘルミナさんだからだ。

あたしの円に何かが触れた。

翻る煌き。

直感を頼りにケーニッヒを向ける。次の瞬間…

ギィンと鈍い音が響いた。

「なにっ!?」

現れたのは鎧武者。それも気配は途轍もなく薄い。

運がよかった。円を広げていなかったら確実に今のでやられていた。

手に持つ大太刀には見覚えがある。

シャナちゃんの持つ愛刀、贄殿遮那(にえとののしゃな)だ。

「つわもの…わがあるじ…」

鍔迫り合いをいなし、互いに距離を取る。

「刀を向けるって事はあたしの敵って事でいいんだよねっ?」

あれが何であるかの考察は後でしよう。今はそれを思考の端へと追いやる。

倒さねばやられるのはあたしっ!

相手は幽鬼のように薄い存在だ。その為に意思も希薄。

…だけど、その武技にくもりは無い。

贄殿遮那を上段に構える何者か。

忍術は…ケーニッヒを手放す隙をくれないか。

となると剣術でのガチンコ勝負。

「ぬぅんっ!」

速いっ!

写輪眼で視ているために余裕で追えるが、肉体の限界に囚われない動きだ。

袈裟切りに振り下ろしてきたそれをケーニッヒをクロスさせて受ける。

重い…でもっ!

堅で両腕を強化すると一気に押しやった。

そのまま地面を蹴って追撃する。

御神流・虎乱

二連撃を打ち込む。相手は徒のような存在の力の塊。切り裂ければ分解して消えるはず。

しかし敵もさる者。跳ね上げられた両腕を強引に引き戻し、水平に薙ぐ。

激突する贄殿遮那とケーニッヒ。

「なっ!?きゃあっ!」

まさかの力負けで背後に吹き飛ばされ、廊下を突き破る。

「ぐっ…く…」

コロコロと転がりながら起き上がり辺りを警戒。

「なっ!あなたはっ!?」

警戒の声を上げるのは苦労してそうな痩身の中年男性の姿に悪魔のようなパーツがくっついた紅世の徒。

おっと、紅世の徒。それも王クラス…

突如現れた霧の様な自在法。

霧じゃない…!

圧倒的な質量を伴ってあたしに襲い掛かる臙脂色の粒子。

戦いには相性と言う物がある。

確固とした質量での攻撃は振るわれる技術が匠になればなるほどあたしは苦戦を強いられる。

シュドナイやベルペオルがそうだった。

だが、今回のこれは質量を持っているようだがそれは存在の力の変容。この攻撃ではあたしのディバイダーを抜けない。となれば…

視界は霧に包まれるが、勘のようなものだろうか。

鎧武者はまだあたしをあきらめていないっ!

紅世の王に駆け、思い切りケーニッヒを振りぬいた。

「なにぃっ!?」

霧はあたしの肌に触れる前に存在の力に還元される。この攻撃であたしを止められない。

ケーニッヒは容易く紅世の王を切り裂いて…

キィン

贄殿遮那と激突した。

「くっ…」

あわててあたしは臙脂色の存在の力を吸収する。

インスタントヒーロー発動。

瞬間、臙脂の霧が立ちこめ、あたしと鎧武者の視界を塞ぐ。

しかしおそらくこれはお互いに視界を塞ぐ以上の効果はない…

その一瞬でケーニッヒを手放すと印を組み上げる。

仕込みはいつものあの忍術。

再び印を組み上げて両手を電気が覆った。

雷遁・千鳥

チッチッチと放電する音が響く。

鎧武者は臙脂の霧をものともせずに突き進み、一刀。

「はっ!」

両手両足から千鳥を放電させ、蹴り上げた右足で鎧武者の腕を横から蹴りつけ、放電。

うそっ…千鳥が効いてないっ!無効化能力っ!?

とは言え、衝撃までは無効化できず、吹き飛ばすことには成功している。

だが、これじゃ万華鏡写輪眼も効果ないか…

有効打は手放したケーニッヒだけ…しまったな…格闘戦で身軽さと蹴り技を手に入れた代わりに有効打を手放すとは…

しかし、それでか。この臙脂の粒子をものともしないのは。

再びせまる鎧武者の凶刃。

しかし、見切れるっ!

唐竹割りに振り下ろされる贄殿遮那を両手の平で挟み込むように受け止め威力を殺して押し込める。

「いまっ!」

あたしの掛け声と共に背後の臙脂の粒子の中から人影が躍り出て一閃。

「やぁっ!」

あたし事貫いたそれはケーニッヒを持ったもう一人のあたしだ。

ケーニッヒに貫かれたあたしと鎧武者は存在の力の結合が保てずに霞と消えた。

そう、あの時千鳥を使う一瞬前に影分身で本体をあの臙脂の自在法の中に隠しておいたのだ。

ガシャンガシャンと大太刀が地面に転がる。

「拾わない訳にもいかないか…」

転がった大太刀、贄殿遮那を拾い上げる。

右手に贄殿遮那、左手にケーニッヒを持ちシャナちゃんを探して再び駆ける。

「うーん…」

見える徒を贄殿遮那で切り伏せ進む。

折れず、曲がらず、切れ味抜群、自在法の干渉を受け付けず切り裂くが自己に掛ける強化も受け付けない。

贄殿遮那とケーニッヒを打ち合えば、最終的に破壊されるのはケーニッヒだ。

だが、それ以外と考えれば強化可能なケーニッヒに軍配が上がる。

タッタッタ

タタタタ

足音が長い廊下を響く。あたしのじゃない。

「どこにあるのっ!贄殿遮那ぁぁぁぁぁあああああああっ!」

吠える声。

「あらら…せっかく助けに来たのに武器が御所望とはねぇ」

「え?」

立ち止まって吠えたシャナちゃんがあたしの声にあっけにとられた。

「東條理緒?」

「うんっ」

「何しにきたのよ」

「何しにって…助けに?」

「贄殿遮那っ!」

あれ?あたしよりそっち?

まぁ良いけど。

「はい」

贄殿遮那の柄を押し上げ空中へと投げ放つとクルクルとまわりながらシャナちゃんへ投げ渡す。

スっとシャナちゃんは右手を挙げ、その手に巻かれた鎖を贄殿遮那の刃先で断ち切った。

刃先が地面に突き刺さる。

何かの封印が解かれたのか、今まであの力強い存在の力が感じられなかったのだが、その反動か一気に力が膨れ上がり紅蓮の炎が迸る。

目は赤く、髪は紅い。

天壌の劫火、アラストールのフレイムヘイズ、炎髪灼眼の討ち手。その再臨。

「さて、再会間もない所を邪魔をするお邪魔虫さんはどなたでしょう?」

虚空に響くあたしの声。

「これはこれは、ただの人間…と言う訳ではありませんな」

現れたのはラクダのような形をした人型の徒。

チャキッとケーニッヒの柄に力を込める。

「私にやらせて」

とシャナちゃん。

「こいつに勝てないようでは悠二に届かない」

「あー…うん」

何か告白を聞いているようで気恥ずかしいね。

一歩下がって二人の戦いを見る。

敵が操るのは分身、埴輪の中に込められている蜂のような自在法。

視れる範囲に本体は居ない。本体のようなアレすら分身。

写輪眼では見て取れるが…さて、シャナちゃんは…

戦う中で強くなってる…

アオお兄ちゃんが言ってた。時々こう言う理不尽な存在が居るって…

一気にポテンシャルの限界まで駆け上がる天才。

たしか主人公体質って言ってたかな?

まぁいいか。

巨大な腕が現れる『真紅』

巨大な剣戟を飛ばす『飛焔』

自在法の本質を見抜く『審判』

すべてを断ち切る炎『断罪』

と、シャナちゃんは新しい自在法を編み上げた。

だけど…なんか写輪眼やスサノオに似てるのは気のせい?

断罪が天井を突き破り瓦礫が舞う。

「けほっ…けほっ…」

まったく、バカ威力…

しかも開いた天井から飛び出たかと思うとあたしの事忘れてるし。

何か頭上にある転移門に突っ込んで行っちゃったよ。

カムシンさん、ヴィルヘルミナさん、レベッカさんと後に続き…

「どうしようかなぁ…」

アレが何で今どう言う状況なのかさっぱり分らない。

とりあえず何かやばい物が中から出てくるらしい事はシャナちゃんの言葉から分ったのだけれど。

仕方ない、あたしは退路の確保かなぁ…

天道宮は既に遠ざけてある。

あたり一面敵の気配。あたり一面フレイムヘイズの気配。

どうやら総攻防の最中。

どうしたものかねぇ…

なんて考えていたら脳幹を揺るがす衝撃。

「な、なにっ!?」

ぐらつく体をどうにか抑える。

数秒か、数分かの時間がすぎ、揺れは収まる。

一体何が…

と考察した時、天井に黒く輝く転移門に向けて走る稲妻。

「いけないっ!」

誰がアレを破壊しようとしたのか、破壊しなければならないのか。

だが、アレの破壊はシャナちゃん達の永久の放浪。

とっさの事だった、だからほぼ反射的にタケミカヅチを使っていた。

イカヅチはイナヅマに横撃し、進路をわずかばかり変える事に成功、結果転移門の破壊は免れた。

それから時を置いて現れたのは大きな黒い蛇だった。

「…神…?」

アオお兄ちゃんがいつか聞いて聞かせてくれた存在。

この世界には神が居る世界がある。

牛にまとわり着く小バエのような何かが転移門を抜け出て現れる。

シャナちゃん?

さらに脳に響く誰かの声。

あの神のものか。

どうやら彼はこの世界の写しを世界の狭間に作りる事が目的らしい。

グルグルバシっと布があたしの体に絡みつく。

「ヴィルヘルミナさん?」

そのまま引かれるように空中へ。

蓑虫のように釣られてフレイムヘイズ陣営に到着する。

フレイムヘイズの本丸。司令官たるゾフィー・サバリッシュが向かいいれる。

話を聞けばどうやら撤退するようだ。

撤退援護の関を防波堤に本陣は撤退。

「あんたはこっちっ!」

「え?」

ぐいっとシャナちゃんに引っ張られ撤退本陣に混ざらずに防波堤の関へ連れて行かれるあたし。

「私は天壌の劫火、アラストールのフレイムヘイズ、炎髪灼眼の討ち手。シャナ」

「同じく、夢幻の冠帯、ティアマトーのフレイムヘイズ、万条の仕手、ヴィルヘルミナ・カルメルであります」

颯爽と登場するシャナちゃんとヴィルヘルミナさん。

「あ、えっと…普通の人間。東條理緒…です」

紅世の徒を屠り士気を上げる事に貢献するシャナちゃんとヴィルヘルミナさん。

っていうか、どうしてあたしはここに居るかなぁ…

敵の大砲による一斉射。

これをとりでにフレイムヘイズが各々の存在の力を込め、束ね、強化する。

どうにか敵の一斉射は凌ぎきる事に成功。

「あー…」

せっかく関があり、城壁があるというのに対軍兵器が無い。

対軍攻撃が出来るフレイムヘイズもここには居ない。

そこに二度目の誰かの声。

どうやら創造される世界にこの世界の徒にとっては理想郷であり、徒を連れてこの世界を去るなのだから戦う意味は無いだろう、と。

使命や復讐に生きていたフレイムヘイズの根底を否定されてこちらのフレイムヘイズ達は意気消沈、さらには混乱しすでに軍として機能しない。

機能しないままに殺されていくフレイムヘイズ。

「東條理緒っあなたも撤退をっ」

「でも、これ誰かが止めないと全滅するよ」

「もう今ここで私達に出来る事はないわ」

「うん、でもあたしならあの徒達を封殺する事が出来るから」

「え?」

あたしは一つのカートリッジを取り出す。それには桜色で模様が彫ってあった。

「ロードカートリッジ…完全再現(パーフェクト・アバター)」

次の瞬間、あたしの体を桜色の竜鎧が包み込む。

手に持つデバイスは槍型のアームド。

「紋章発動…紋章強化」

背後に現れる紋章。

「え?」

驚くシャナちゃんを尻目にピンクの粒子に陰で存在を不可視にさせてばら撒いていく。

壊れた関に腰掛けて敵軍を見つめる。

「あ、そこから先に行かない方が良いよ?」

「何をしてるの…」

シャナちゃんが『審判』を発動させ灼眼を煌かせた。

次々に押しつぶされていく徒達。

弱い徒などは押しつぶされてすでに存在できずに塵と消えた。

「重力付加?しかもフィールドじゃない…個人個人への…?」

(おうち)色の炎が輝き徒達を強化したようだが、どこまで持つかね。

現れた巨大な蛇を守るように鎖が展開されている。

あれはいつかのあの眼帯の人の宝具…さすがにあの神様までとは行かないか。

「対軍攻撃だと…だがいくら存在の力を使えようが人間にこれほどの事は…」

とアラストールさん。

「そうだね。これは借り物だけど、でも神から簒奪した権能」

「バカなっ!」

大砲はつぶされ空を飛ぶ徒は地に落ちる。

「権能?それってアラストールが持つ『断罪』みたいなもの?」

「本質的には同じじゃないかな?」

完全再現の効果は劇的だ。

オーラを取り込み、再現するのは同じだが、時間的制限が一切無い。

その代わり、解いた後に使った時間の60倍の時間強制絶になるデメリットがあるため安易には使えない。

限界を迎えた徒達は次々と炎となって燃え尽きた。

「そんな、こんなに易々と」

といつの間にか現れたヴィルヘルミナさんが言う。

「ほら、フレイムヘイズの皆さんは徒と言う個を討つのに特化しているから、こう言った対軍攻撃は基本的に持ち得ないみたいですね」

「そうでありますな」

例外は多々居る。この関を築いたフレイムヘイズやあのカムシンさんが来る瓦礫の巨人などだ。

しかし、個を討つ都合上、大多数のフレイムヘイズはまず小規模高威力の自在法を習得し、また好む。

だから今回のような集団戦闘には向かない能力ばかり集まるのだ。

確かにこの規模で展開するグラビティフィールドを通常戦闘に使えといっても中々目的は達せられないだろう。

だからやはりこう言った自在法を目覚めさせるフレイムヘイズは稀だった。

「進行も後退も不可能…恐ろしい自在法でありますな」

「だよねぇ」

「あんたの自在法でしょっ!」

とシャナちゃん。

「ちがうちがう、これは借り物。流石にあたしはこんな事できないなぁ」

「借り物って…誰から?」

「あたしの師匠に当たる人。神を殺した神殺しの魔王」

で、彼らのオーラを弾丸に貯蔵してもらい、それを吸収しあたしのオーラの質を変化させオーラに込められた匂いからその能力を真似、再現する能力。

それが完全再現でありインスタントヒーローはそのデメリットを最小に抑えた劣化能力なのだ。

とは言え、権能クラスはランクが下がるけどね。

「ここは良いからさがって」

「でも」

「あたし一人ならどうとでも逃げられる」

「シャナ、ここは理緒の言う事を聞くとしよう」

と、アラストールさん。

「絶対に死なないで…」

「大丈夫。絶対大丈夫だから」

そうしてシャナちゃんとヴィルヘルミナさんは恐慌に陥っている同胞の捜索と介抱にむかった。


敵軍の7割が壊滅した頃、飛んでくる巨大な矛。

「くっ!」

関をぶち抜き瓦礫が舞う。

「よう、やはりあんたか。殺したにしちゃおかしな感触だと思っていだが」

「千変シュドナイ」

「ふむ、やはりここは他ほど重みを感じないか」

シュドナイの体には所々鎖が巻かれている。自在法遮断の宝具か…

「悪いが遊んでられないのでな」

そう言うとシュドナイの体が膨張し、複数の獣が混ざった姿へと変貌した。

始まる戦い。

「お前らも大命を聞いただろ?どうして抗う。特にそこの人間。お前は復讐者であるフレイムヘイズとは違うのだろう?」

「確かにあたしには明確にあなた達と敵対する理由は無いかもしれない」

「ならば」

「でもっ」

と声を張り上げる。

「気持ち悪いじゃないですかっ!」

「気持ち悪い?」

「あなた達の暴挙を止めなければ自分が誰かのコピーかもしれないと言う恐怖が付きまとうんですよ?そんなの…」

とても気持ち悪いじゃないか。

「それに、世界創造がなんの影響も与えないなんて事はありえないっ」

時空の狭間にあれほどの大事を成すのだ。その余波はこの世界と紅世の間に留まらないはずだ。

となれば他世界や平行宇宙、平行世界へと伝播する。

もしかしたらその余波があたしをここに飛ばした原因かもしれない…けど…

グラビティフィールドの行使は止めていた。

カンピオーネでは無いあたしには広域権能の行使と実戦闘、二つをこなす余力は無い。

だから現状打てる手の中で一番効果的なものを選択する。

「カートリッジ、ロードっ!」

ガシュンとロードされた弾奏から蒼銀のオーラがあたしに吸収され再びあたしのオーラが変質する。

桃色の竜鎧は銀色へ。槍型アームドは刀型のアームドデバイスへと。

「これを使ったからには負けれないっ!絶対に負けないっ!」

「姿が変わった程度でっ!」

変わったのは姿だけじゃなくて本質。

過程を飛ばして距離を詰めシュドナイに斬りかかる。

「瞬間移動如き捌けぬと思ったかっ!」

たしかにシュドナイの技量ではいきなり目の前に現れたとしても防げるのかもしれない。

だけど、これを防げるかは別。

シルバーアーム・ザ・リッパー

「ああああああっ!」

銀の輝く腕。すべてを切り裂く神の権能。

それは神鉄如意を両断しシュドナイを切り裂く。

「なにぃっバカなっ…」

そのまま八つ裂きにされて散っていく。

しかし決着の確認を得る前に大量の炎弾があたしを襲う。

潰された大砲を再建し、あたしにぶつけたのだ。

ドドドドドーン

爆発で粉塵が舞い上がる。

だが、甘い。

ヤタノカガミで炎弾を防ぎ、さらに輝力を込めてスサノオを顕在化させる。

その間も印を組み上げる。

「木遁秘術・花樹界降誕」

地面を裂き現れる根、また飛ばされる花粉。

近い徒は根のうねりにやられ、遠い徒も花粉の効果で倒れこむ。

ドドンドドンと撃ち出される炎弾。

「スサノオ…」

手に持った瓢箪から刀身を抜刀する。

巨大な神剣は大地を切り裂き徒の軍勢を一刀で葬り去った。

「っ…つあ…はぁ…」

最強の顕身…だが消費もバカにならない。

「時間が無いかな…でも」

今の状態なら何でも出来る。何でもやれる。一瞬で星黎殿との距離がゼロになる。

星黎殿を囲む鎖の輝きが増した。

だけど…

「ここに誓う。あたしはあたしに断ち切れぬ物を許しはしないっ!」

振り上げた刀に銀色の水銀のような物、シルバーアーム・ザ・リッパーがまとわり付きすべてを断ち切る権能を与える。

すべてを切り裂く大太刀。

「あああああああっ!」

蛇神を倒すのはスサノオの役目。

振り下ろした大太刀は鎖の結界を容易く切断し…

カッとその大きな口から放たれる黒い炎をも断ち切り両断。

「わあああああああああっ!」

そのまま巨蛇を真っ二つに裂き星黎殿を割った。



「ヴィルヘルミナっ、あれっ!」

シャナの言葉にビルヘルミナは視線を向けると言葉を失った。

「っ…あれは…」

「まさか…あれを視るのは弔いの鐘との闘争以来だわ」

「弔いの鐘の?」

とゾフィーの言葉にシャナは振り向く。

「でもそれは変よっ」

「変とは?」

「だってあれは東條理緒の自在法。普通の人間が数世紀を生きる事は無理でしょう?」

『審判』の効果で理緒の姿を見て取ったようだ。

「でもその戦いでシュドナイを屠ったのは確かにあの益荒男でしたよ」

巨人はその巨体で飛び上がると一瞬で星黎殿へと取り付き祭礼の蛇を切り捨てた。

「なっ…馬鹿なっ!あれでもあやつは神の1柱なのだぞっ」

と焦った声をあげたのはアラストールだ。

アラストールと同格の神にしてその討滅はアラストールの顕現でした止められないと思っていたのだ。

だが、それを一刀で東條理緒は斬って捨てた。

「真に化け物たるは神では無かったと言う事でしょうか」

とゾフィー。

一撃で祭礼の蛇を屠った何ものかはそこで力尽きたのか霞となって消えていった。

そこに一筋の極光が流れていったのを見送ってまだ敗走途中の彼らは撤退を再開した。


おいおいマジかよ…

「アオさんっ!あれって…」

「スサノオ…それもあれは…俺のだぞ?」

どう言うことだと極光の鏃に乗っていたアオがいぶかしむ。

撤退の援護をと駆けつけてみれば完成体スサノオが猛威を振るっていた。

「誰だか知らんが絶好の実証機会だ」

そう言うとアオは何やら自在式を立ち上げ廻す。

巨大な術式は起動し始めスサノオが祭礼の蛇を討滅する直前には効果を上げた。

「間に合ったか?」

祭礼の蛇は黒炎を振りまきながらスサノオを使った誰かに集まっていきスサノオの維持が出来なくなった誰かは空中に踊りだされるように落下し始めた。。

「キアラっ」

「はいっ!」

極光の鏃を敵の本拠地に向けて最速で駆け抜けた。


「くっ…何…これは…」

祭礼の蛇の黒い炎があたしの中に入ってくる…

「て、転移を…」

しかし、グラビティフォール、花樹界降誕、完全なるスサノオにシルバーアム・ザ・リッパー。完全に輝力の使いすぎだった。

それでも転移の分は残していたはずなのに…どうして?

輝力を完全に使い切り強制的に『絶』へ。

そこにあたしに入ってくる何か。

すべての術がキャンセルされ、空中へと投げ出される。

イタイイタイイタイ…ヤメテ…

中に入った何かがあたしを作り変えるような感覚。

あっ…

そこで完全にあたしは意識を失った。

最後に見たのは空を駆ける一条の極光だった。







「ここは?」

再び意識が覚醒するとどこかのホテルのベッドの上。

「あ、起きた?」

「誰?」

あたしに声を掛けたのはオサゲのさきに二つの鏃を下げた少女だ。

「私は『破暁(はぎょう)先駆(せんく)』ウートレンニャヤと『夕暮(せきぼ)後塵(こうじん)』ヴェチェールニャヤのフレイムヘイズ。極光の射手、キアラ・トスカナ」

「あ、ご丁寧に。あたしは…」

答えようとして以前の不明瞭の感覚が消えている事に気がついた。

それは東條理緒の皮が剥がれ落ちたと言う事。

「リオ・ウェズリーです。人間です」

「あ、その事なんですけどね…」

キアラさんがしどろもどろになりながら言葉を続け様とした時、部屋のドアが開かれた。

「おー、リオ。起きたか?」

えっと…

何となく感じ入る物はあるんだけど…

「あー、分らないかな?」

絶の状態では相手のオーラの色を見ることすら適わない。

でもなんか分るような、分らないような…

「強制絶の状態じゃ分れと言ってもしょうがないか」

え?今のあたしの状態を知っている?

あれ?もしかして…でも、まさか?

「アオ…さん、ですか?」

「おお。良く分かったな」

でもでもあたしが知っているアオさんとは別人です。オーラはまだ感じられないけれど纏う雰囲気が違うような気がする。

「フレイムヘイズ?」

ただのあてずっぽう。

「一応な。今の俺は本体の分身が生を受けた状態。リオの知っているオリジナルでは無いよ」

ええっ!?

それから少しの間アオさんに起こった事に説明が入り、遅れてあたしの事を話す。

「転移事故か…ふむ…」

「まぁ時間は掛かっていますが帰れないとは思っていません。あっちのアオさん達も探してくれているはずですし」

「そうだな。彼らなら確かにリオを見つけるだろう」

うん、多分ね。

「で、それとは別に今のリオの現状だけど…」

言い難そうなアオさん。

「悪い、カンピオーネになっちゃった」

「は?」

その時のあたしの顔は酷く間抜けだったに違いない。

「いや、実はね…ちょっと神を殺す予定があって、でも最悪その権能だけでも奪えればと思ってね」

「アオさんなら簡単じゃないですか?」

偸盗(タレントイーター)の権能を持っているアオさんなら容易なはず。

だが、アオさんは首を横に振った。

「今の俺に権能は使えない…まぁ魔法も使えないんだけどね?」

「ええっ!?」

「使えるのは写輪眼くらいかなー」

えええっ!?

驚きの新事実。

「あくまで俺は本体の劣化コピーと言う事さ」

「あ、あの…アオ…さん?」

その言葉にあたし以上に同様したのはキアラさん。

「そう言えばキアラには言ってなかったっけ…まぁリオが現れなければ言う必要性も無かったのだけれど」

「それはどう言う…」

「最盛期の武技を失っている…それだけだよ。今の俺は今の俺さ。本体とは別人」

「そう、なのですか?」

キアラさんの納得まではまだ時間が掛かるだろう。アオさんは説明は終わりと話題を戻す。

「で、権能の奪取の参考にしたのが『簒奪の円環』カンピオーネを誕生させる秘法。…で、祭礼の蛇を討ち破った時に薄利した権能をリオの体に留める。結果、存在が書き換わっちゃったかな。神殺しとして」

「どうしてそんな事を?殺したはずですよ?」

「ただでさえ神と言うのは理不尽だし、蛇は再生の象徴。あれが死んだという保証は無い。だけど、その身に宿す権能の奪取は最重要だったんだ。俺にはね」

「アオさんには…ですか?」

「ちょっと俺にも込み入った事情が有ってね。ある神の権能を封じたいんだ」

「そうなんですか」

ニュアンス的には祭礼の蛇とは別の神の物らしい。

「その実験だったんだけど、まさかリオがいたとは…ごめん」

「あ、いえ…それは良いのですが」

「いや、違うんだ。フレイムヘイズだと思ったんだよ…だからためらいが無かった」

うん?

「神威招来の応用であるフレイムヘイズの契約も参考にしてるから…今のリオには寿命がない…本当にごめん」

「あ、そんなに誤らないで下さい…逆にラッキー?かな。今なら向こうのアオさん達と一緒に歩けるって事ですよね?」

「だがそれは同時にヴィヴィオ達を見送る事になる」

「それは…」

と考え込んだが答えは出ない。

「まだ…わかりません」

沈黙が支配する。それに耐え切れずに声を出した。

「そう言えばシャナちゃん達は?」

「星黎殿が再び浮上したからね。大慌てさ。祭礼の蛇の代行体は生きていたみたいだよ」

「代行体…坂井くん…」

「どうやら無何有鏡(ザナドゥ)作成はまだ可能なようだ。その対応に追われている」

そっか…

「そう言えば、どうしてリオさんは祭礼の蛇を斬ったの?徒を行かせてしまえば平和だと思わなかったんですか?」

とキアラさん。

「だって怖いじゃないですか」

「怖い?」

「自分が誰かのコピーかも知れ無いと言う事実がです…っあ!」

そう言ってアオさんを見た。

「ん、大丈夫。俺は気にしていない」

その言葉を聞いて言葉を続ける。

「世界丸ごとのコピー。そこにある命もすべて。でもそれはそこにある人たちの過去が空っぽだと言う事。自分で歩んできた道が空想に過ぎないかも知れないと言う恐怖。あれを実現させてしまったら…出来ると言う事実を見てしまったら、自分自身の否定に繋がりそうで」

「そう…ですね」

すべてを言葉に出来た訳じゃない。でもキアラさんは何となく分ってくれたようだった。

幾つかの話し合いの後甲高い声が掛かる。

「東條理緒、入るわよ」

中に入ってくるのはシャナちゃんとレベッカさん。

「あ、あたしもう東條理緒じゃないから」

「は?」

「あたしの本当の名前。リオ・ウェズリーって言うの」

「リオ・ウェズリー?」

「それがあたしの本当の名前」

「じゃあ東條理緒は?」

「それはシャナちゃんみたいにその存在に間借りしていただけ」

「おう、おめぇも無事だったみたいだな」

と遅れて声を掛けてきたレベッカさん。

「おかげさまで」

「なんだぁ?この間の力強さをまったく感じねぇが」

「強力な術の反動でしばらくこのままですよ」

現状を見られては嘘を言ってもしょうがない。

「てー事はてめーを戦力に考えるのは無理か」

「えっと…」

「まだ戦争は継続中って事だ」

なるほど。

あたしのがんばりでフレイムヘイズの人たちの大多数は逃げられたが、戦意の回復までは不可能だった。

いきなり復讐する必要が無くなると言われればねぇ…

フレイムヘイズの大多数は復讐者である。その存在理由を揺さぶられればブレもする。

あれ?そう言えばアオお兄ちゃんは…そう言えば神を殺すって言ってたか。

何かしらの理由があるのだろう。

シャナちゃん達戦う意思のあるフレイムヘイズは今は大慌てだ。

フレイムヘイズの陣営は壊滅的。まぁ仮装舞踏会の戦力も大幅に減らしてある…と思いたいのだけれど、時間はフレイムヘイズに味方しない。

ザナドゥ製作までのタイムリミットは少ない。

あたしに出来る事は時が過ぎるのを願うばかりだ。今のままでは全くこれっぽっちも役に立たないのだから。

襲撃があったのは強力な討ち手が少しの間あたしの周りを離れた時。

その時を見計らうかのように襲撃され、抵抗できないあたしは仮装舞踏会に連れ去られたのだった、








「くそっ!まさかリオを狙うとはなっ」

「アオさん」

苛立つアオをキアラがそっと支える。

「だけどどうしてリオを狙ったの?」

とシャナ。

「言ってなかったが、リオの中には今、祭礼の蛇から簒奪した権能があるからな」

「何っ!?権能を簒奪しただと!?」

と天罰神アラストールが驚愕の声を上げる。

「神を殺した存在なんだ。それくらいのメリットは有って然るべきだろう」

とは言え、とアオ。

「代行体は始末しそびれたらしいから祭礼の蛇の意識までは討伐できなかったのだろうな。リオに自身の権能が封じられた事を感じ取ったか…」

それが基でリオが浚われたとみて間違いないだろう。

「やる事は変わらない。ザナドゥ製作を止める。たとえリオを殺す事になっても」

「それをすれば俺は坂井悠二を躊躇いも無く殺すぞ」

「なっ!?」

とシャナの言葉に釘を刺すアオ。

「権能と意思総体が別なんだ、どちらかの破壊で済むのなら坂井悠二を殺す。リオを殺させるわけには行かない」

「それは…」

「坂井悠二を殺す以外に止める方法が出来たからと、リオを殺すようなら君の言葉に賛同しない。君はここで退場してもらう事になる」

「この人数のフレイムヘイズを前に出来ると思っているのか?」

とアラストール。

「それでも炎髪灼眼を退場させる事は出来そうだ」

強気のアオ。

「わかった、安易な事に転ばない。ちゃんと考える」

そうシャナが言い退出していく。

「せめて全盛期の俺の力があればな…」

「アオさんが不安がるなんて珍しいですね」

とキアラ。

「まぁな…知り合いが浚われたからか…少し落ち込んでいたみたいだ」

「そう言えば。リオさんに関する話、後で詳しく聞かせてくださいね?」

「面白い話でもないぞ?」

「それでも知りたいです。でも、リオさんを助けた後で良いですよ?」

「…そうか…いや、ありがとう。キアラ」

「はい」

元気付けてくれたキアラに照れながら礼を言う。その顔には少し朱が入っていた。








「ここは…」

周りを見ると薄暗い中に輝く卵型の自在法の中に閉じ込められていた。

右手を見るとシャナちゃんの力を封じていたそれが巻かれている。胸元を見るとソルは居ない。砕かれちゃったりしていたら絶対に許さない。

「目が覚めたかい?」

と声を掛けてきたのは黒い鎧に身を包んだ坂井くんだ。

「気分はどう?」

「おかげさまで…」

良いとは言えません。

「祭礼の蛇の本体が倒された時はどうしようかと思ったけれど…不幸中の幸いと言うのはこう言うことを言うのかな?権能は君の中に有るみたいだね」

「ふーん」

「ふーんて…それ以外の感想は無いの?」

「権能程度を手に入れたから何だって言うの?」

「世界を変革する力だよ?」

「そんなの使い方しだいじゃない?別の使われ方だって有ると思う」

「なぜ、君はそんなに冷静なんだ」

「まだ生きていると言う事はあたしを殺すとあたしの中の権能がどうなるか分らないって事でしょう?だったらあなた達はあたしを殺せない。差し迫った危機ではないからね」

殺されないなら脱出の為に情報収集が先決だよね。

「だが、それも今だけだ。神威招来の時には君の体が保つ保障は無いんだよ?」

ふーん。

「あんまり時間がないんだ」

「僕を怨むかい?」

「死んだら怨む事にする。それまでは…分らないよ」

「君はザナドゥ創造がもたらす新世界を肯定するかい、それとも否定するか?」

前半は坂井くん。後半は坂井くんに憑いている他の誰かの声だ。

「肯定か否定かなら、あたしは否定する」

「なぜだい?」

「だって、気持ち悪いもの」

誰かにも言った。

「気持ち悪い?」

「自分が誰かのコピーである恐怖。あなたなら分ると思っていたのだけれど?あなたの葛藤を大多数に押し付けようというの?」

「知らせなければ分らぬ」

と誰かの声。

「でもきっと誰かは気付くよ。世界のコピー。それはきっととてもいびつな事だから」

「そう…だね。君はいつも…僕の理解を超える…」

『そう』とはどの『そう』なのか。歪への肯定か、それとも葛藤への肯定なのか。

坂井くんの眼光が鋭さを増す。しかし、一瞬後にはいつもの気弱な表情へと戻った。

「出して上げる事は出来ないのは心苦しいのだけれど、そこが一番安全だ。我が本体、それにシュドナイをやられて皆殺気立っているからね。普段冷静なベルペオルすら激昂のあまり我の言う事を聞かせるのに時間が掛かった」

取り合えず、と気が来るまではここが一番安全と。ここは敵の本拠地。周りは徒だらけ。

大命成就の前に私怨では動かない、と。

つまり時間との勝負、と言う事かな。

大命が成就するのが先か、それとも…








日本の御崎市。

リオがこの世界に紛れ込んだ時に落ちた場所に、今大量の徒達が集まっていた。

大命の成就を待ち新世界ザナドゥへと旅立つために。

「いっぱいいますね」

と気配を消しながらビルの屋上から徒達の行進を眺めているキアラ。

「封絶…」

だが今回はこれを書き換える事に余力は割けない。

それに大命の宣布により人食いを禁じられているし、どうやらこの封絶の中では人は食えないようだ。

「俺達の役目は潜入だ。フレイムヘイズ達が陽動している間にリオを助ける」

「はいっ」

キアラはアオの声に元気に声を上げた。

「本当はキアラも陽動の方が向いてそうなんだが?」

「え?嫌ですよ。アオさんに付いて行きます。それにあちらは大地の四神が付いているんですよ?」

「あー…そうだったな」

古参のフレイムヘイズの中でも化け物揃いの大地の四神。

彼らがザナドゥ創造に対してようやく重い腰を上げたのだ。

天壌からは雨が、星が落ち、大地は水と亡者にあふれかえっていた。

「一対他の戦いを心得ている彼らは本当に力強い」

並の徒など有象無象だ。

仮装舞踏会の勢力の殆どはリオが潰したし、仮装舞踏会も苦戦を強いられるだろう。

塔のように変形した星黎殿へと取り付く。

壁の薄そうなところを『硬』でぶん殴り穴を開けた。

「それじゃ、行こうか。ここからは全力戦闘だよ」

「はいっ!」

星黎殿の最上段付近。そこに怪しい自在法がある。

おそらくそこにリオも居るはず。

「待っててね。リオちゃん」

星黎殿の中は奇妙な迎撃装置の雨アラレ。

「アオー、これって」

とソエル。

「ダンダリオンが好きそうだなぁ、こう言うの」

と言うと二連カムイで飛び出てきたスプリングを斬って捨てる。

「外は外で大変そうですしね」

巨大なロボットが登場し、戦況をひっくり返しているのが見えた。

突如ジャリっと金属が擦れる音とともに鎖が襲い掛かってきた。

「これはっ?」

「あ、アオさんっ!」

キィン、キィン。

俺は二連カムイで、キアラは鏃に極光を刀のように纏わせて鎖を打ち払った。

「ここから先は通せないねぇ」

三眼の魔女が道を塞いだ。

「はっ!」

キアラは問答すらおこなわず、鎖を打ち払った鏃を合わせ弓を現せると極光の矢を番え撃ち出した。

うん、自分で教えておいてなんだけど、生死を賭けた戦いに関して容赦は無いなぁ。

極光の矢が踊る。

ベルペオルの鎖、宝具タルタロスも縦横を駆けその矢を撃ち落した。

「おやおや、言葉を交わす暇も無いのかい?」

無いし、必要も無い。

会話、問答は相手を理解する一つのアプローチ。だが理解する必要も無いくらいに互いの陣営は相容れない。

俺もけん制のような炎弾を飛ばす。

「この程度では私は倒せないよ」

だろうね。だから、必殺の一撃は見合った瞬間に用意した。

「キアラっ!」

「はいっ!」

キアラがベルペオルを縫い付けるように嵐のように矢を降らせる。

「効かないねぇ」

「効かなくて良いんだ」

なぜなら気を引く事が重要で、そこに縫い付ける事が出来ればそれで事足りたのだ。

「え?」

突如ベルペオルの腹部を貫く巨大な刀が現れる。

「……くっ…だが、これくらいでっ!」

確かに刀で貫かれた位では死なない徒も多いだろう。

だが…

「永遠に醒めぬ夢を」

「なっ!?」

刀がベルペオルの存在の力を吸い上げ酔夢の世界へと封印する。

「ばかなっ…わがあ…」

末期の言葉すら飲み込んでベルペオルを封印、吸収する。

「………さすがにそれは酷いですよ?」

とキアラ。

「必殺の一撃は序盤で使うんだよ。なんせ必殺なんだから」

陰で隠したスサノオの腕。地面に染み込ませたそれをベルペオルの動きをキアラが縫い付けたところで一気に顕在化、奇襲し封印したのだ。

ジャラっとタルタロスが地面に落ちる音が響いた。

「キアラ、拾っておいて。中々に便利な宝具みたいだから」

「あ、はい」

タルタロスを回収して上階へ駆ける。

リオまでもう直ぐと言う時、あの感覚が再び感じられた。

あの『喚起』と『伝播』の権能の気配を…

「なに!?これはっ!」

突如脳内に響く声。

自然と口角が上がる。

この日、このタイミングとは中々因果な物だ。

「キアラ、悪いけれどリオの事頼めるかな?」

「いいですけど、アオさんは?」

「この日を待っていた。今この時を無くせば今度はいつになる事か」

「そうか、これは覚のショウ吟シャヘルの…」

そう言う事。

「だからお願い…リオを頼むよ」

キアラは少し考えてから力強く頷いてくれた。

「分りました。アオさんなら心配はしませんが…ご無事で」

「そっちもな。キアラなら大丈夫だとは思うけれど、ね」

「はい」

キアラは星黎殿を駆け上がり、それを見送りながら俺は自在法を行使する。

紅世真性の神の神威の招来、それに横槍を入れるために…










あたしの中の権能が坂井くんの中にいる祭礼の蛇と同調し、勝手に起動していく。

水色の髪をした徒を犠牲にその神威を招来させていた。

「あっ…くぅ…」

分解されそうになる自分を気力だけでどうにか繋ぎ止める。

繋ぎ止めるのがやっとで権能の制御までは回らない。

権能の引っ張り合い。だが、今の所あたしは手も足も出ていない。

まだなの…時間は…

今のあたしは大きな術式の一つの歯車のようだ。

「リオーっ!」

「邪魔をしないでくれっ!シャナっ」

空中でシャナちゃんと坂井くんが戦っているのをただ呆然と眺めている事しかできない今のあたし。

刻々と新世界は形作られてい行く。

「うっ…あっ…」

時間は…後どのくらいっ!?

はらりと右手の鎖が離れて落ちた。

次いで『絶』が解除される。

よしっ!

小康状態で落ち着いていたエクリプスウィルスも絶が解かれた事により活動を再開させる。

さらにリンカーコアが廻りだす。辺りの魔力素を暴食の如く吸い一時的に魔力素濃度が下がるほどだ。

「何っ!?」

権能が再び掌握不可になった事で坂井くんが焦り振り向く。

「悠二っ!」


「だが、もう遅い。すでにそうなっている。後はただ成るのみ」

あ、そう。

でもね、あたしがここに居るって言うのが最大のイレギュラー。

そして最大に運が無かったのはあたしの強制絶が事の成就の前に解けた事。そして偶然か必然かタルタロスが解除された事。

ピっと掌に傷を付け流血させると印を組み上げると掌にソルが現れる。どうやら壊されてはいなかったらしい。

「おかえり、ソル」

ピコピコと宝石が光った。

「じゃぁ、行こうか」

アレを壊すのに3分は掛かるまい。

「ロードカートリッジ」

蒼銀のオーラが身を包む。

「紋章、発動」

剣十字に三つ巴の紋章が発動し輝力が合成される。

インスタントヒーロー。三分間の英雄。

「スサノオ…」

巨大な骸骨が現れる。

「リオちゃん、助けにっ…て…必要ないかな?」

駆けつけてきたキアラさんは呆れている風。

「アオさんからの伝言です。全盛期の俺ならきっとアレを壊せただろうって」

「ああ、はい。あたしもそう思います」

そこで一気に輝力を込めた。

スサノオが大きな修験者のようなローブに身を包むと中から巨大な益荒男が現れる。

山をも越えるその巨体。

スサノオ完成体だった。

その巨体は変形した星黎殿に比肩する大きさだった。

「シルバーアーム・ザ・リッパーっ!」

気合を入れるとスサノオの右腕が水銀のような物がまとわり付き輝いた。

「それが…あなたの本気…アオさんの失ったもの…神の権能」

つぶやくキアラさんの声を尻目にスサノオの背後から巨大な翼が現れ、ばさりと空を掴む。

フワリと飛び上がるスサノオは手に持つ霊刀の柄に手を当てた。

「まさか、今ここでそれをするのかっ!?祭礼の蛇の本体を屠ったそれをっ!世界の卵を斬ると言うのかっ!シャナが人を食えぬ世界に書き換えたと言うのにかっ!」

「それはシャナちゃんの都合。あたしはあたしのエゴでこの世界を壊す。世界の創造自体を認めない」

「何っ!?」

「この一刀であたしは世界を断つっ」

「させぬっ!」

その身を呈して世界の卵の前に割り込むが、今の彼程度何の障害にもなりはしない。

「悠二っ!」

止まった坂井くんにシャナちゃんが巨大な炎の腕を伸ばし、坂井くんを刀の軌道から押しやった。

宣言は言霊となって呪力を高め、スサノオの手に持った霊刀が抜刀され世界の卵を両断する。

「ばかなっ!ばかなぁああああっ!」

坂井くんの絶叫。

ついでとばかりに星黎殿も破壊する。

「これでは救いが…フレイムヘイズに救いが無いじゃないか…シャナを救う事が出来ないじゃないかっ!」

「悠二、私の生き方は私が決めた物。あなたに哀れんでもらう必要はないっ」

「っだけど!」

悪いけど夫婦喧嘩はよそでやってよ。







シャヘルの神威招来に横入れをして、白い女神はようやく俺の目の前に現れた。

たゆたうだけの存在が明確な存在の形を得たのだ。

「あんたがシャヘルか」

「なっ!これは…どういう…」

「何、フレイムヘイズは復讐者。その為に日夜技術を磨いている。ただたゆたうだけの自分が怨まれるとは思ってもみなかったのか?」

「わたしが何かしましたか?」

「しただろう。俺から封絶なんて言う劣化スキルを盗み出し伝播した。結果人は何も抗う事もできず食われ続けた」

「それが?」

「造ったのは俺だ。だが俺は知らしめる事は考えなかった。それを勝手に伝播した存在を俺が怨んだとしておかしい事か?」

「それは…」

「だから、まぁ、これはただのやつ当たりだ。自分自身の業に対するね」

だから…

「死んでくれ」

とスサノオの刀を向ける。

「っておいいいいいいっ!」

「っ」

両者頭上を振り仰ぐ。そこには天井しか無いのだが。

巨大な何かが頭上から振り下ろされるのを感じ俺は星黎殿の壁を壊して脱出を計る。

「ソエル」

「はいはい」

捕縛自在法(バインド)

幾重にも行使したバインドがシャヘルをその場に縫いとめ、そして俺の目の前を巨大な刀が通り過ぎ、シャヘルを両断していた。

「これは…リオのやつだな…」

「ようやく復讐相手が現れたと思ったらこれとは…アオってついてないね」

「お前が勝手に俺の中に居る位にはついてないな…」

「むぅ…」

あと多分ダンダリオンも潰したんじゃないか?今の一刀。








「っ…」

「リオちゃんっ!?何がっ」

キアラさんが心配そうな声を上げた。

何かがあたしの中に入ってくる…白い何かが…

これは…権能?…でも、何故?

でも取り合えず、理解は後っ!有るものは有るとして掌握するっ!

『喚起』と『伝播』?

「止まってない、止まってないよっ!リオさんっ。ザナドゥ創造がっ」

振り仰ぐと何事も無かったかのごとく再び輝きだす世界の卵。

時間は丁度深夜零時。

「ふははははっ!この程度で大命が止まる物かっ」

暗い声で坂井君が嗤う。

「くっ…でも、これは…」

人間を食えずと言う理が組まれている?

でも、その法則の確定まで出来ているのなら…

あたしはまだ繋がりが消えていない世界の卵。それへと触覚を延ばす。

「あははははっ!なにぃっ!」

高笑いする坂井くんが驚愕の声を上げた。

「ザナドゥが落ちるだとっ!?何をした、東條理緒ぉぉおおっ!」

「『造化』と『確定』の権能で造られたザナドゥに『喚起』と『伝播』を混ぜただけ」

「なんだとっ!?それではっ」

「たぶん、この世界であなたがやりたかった事が起こる。この世界に新しい法則が『喚起』され、この御崎市から『伝播』され『確定』し『造化』される」

「そんなっ…そんな事がっ!?」

「もう徒は人を食えない。ついでに式も改変してる。この世界にある限り徒は歳をとり、そして死ぬ。放埓を求めてやってくるには相応のリスクを」

「なにぃっ!そんな事、誰が望んだと言うのだ」

「あたしが望み、あたしが叶えた」

実際は下地があったからこそ出来たもの。一から創れたかといえば、無理だろう。あたしがした事は手にした権能でほんの少し外側を弄っただけ。

「なんと傲慢な…」

「世界を作ろうとしたあなたほどじゃない」

次いで坂井くんの声が聞こえた。

「フレイムヘイズは…」

「さあ?」

「さあ?って、ちょっとっ!」

「だって、どう改変されるかまでは分らないもの」

「無責任なっ!」

「そうかもね。そう言えば、これは神威招来の術式も使ってるから…」

対極図のような白と黒の陰陽の帳が降ろされると御崎市を包み込み内にある徒の存在の力を吸い取っていく。

「なにっ!?」

「あちゃー…」

「り、リオさん説明をっ!」

とキアラさん。

「いや、あたしも憶測だよ?…多分さすがに世界そのものの変質には大量の存在の力が要るから、それを補おうとああやって徒から吸い取っているんじゃないかな。幸い生贄に必要な紅世の徒はいっぱいいるのだし」

「我が同胞を贄とするか」

と誰かの声。

「この世界の力を使って新しい世界を作ろうとした人が言う台詞じゃないね。自分達じゃなければ躊躇無く使うのに、自分自身となると躊躇うの?因果応報だよ」

「因果応報、か…」

神聖な儀式のはずが一変、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

「君は…こんな…ひどい…」

と坂井くん。

「必要なのは存在の力なんだから存在の力を置いて紅世に帰れば消滅しないんじゃない?」

「あっ…」

「そうか…シャナっ」

「うんっ悠二も行く」

「え、ええ?」

ずるずるとシャナちゃんに引っ張っていかれる坂井くん。

アラストールの同意の声でシャナが空を飛び徒達に喧伝していく。曰く紅世に帰れと。それが唯一帳から逃げる手段である、と。

徒達が紅世に帰り、置いていった存在の力で世界を書き換える。動き出しているそれを止める手段を持つ者はあたしだけ。あたしは止める気は無いので、だれもそれを止められ無い。

地表に激突した世界の卵は突風を伴い世界を駆け巡る。

御崎市から全世界へと新しい理が世界を駆けた。

「リオさん、それってっ!」

「へ?」

あたしの足元に現れた魔法陣。

「え?このタイミングで?」

「一体何が?」

「呼ばれたんだ。向こうの、俺たちにな」

「アオさん?」

背後からの声に振り返るキアラさん。

タイミングよく現れたのはアオお兄ちゃんだった。

「さよならだ、リオ」

「あの…アオお兄ちゃんは…」

「俺はこのままここに残るさ。既に本体とは別人だしね」

「…そうですか」

「それより、リオはこれからが大変じゃないか?権能なんて物を手に入れたんだ…いまさらか?」

「はい、いまさらです」

「そうか」

「あ、あの、お元気で」

状況は分らないが別離を悟ったキアラさんが別れの言葉を送ってくれた。

「はい、キアラさんも。…アオお兄ちゃんってモテますからね、しっかりと捕まえておくか…シェア出来るほどの心のゆとりを持つ事が大事です」

「それは…はい、分ってます」

「シェアって酷いな」

「ソエルが居るじゃないですかっ」

「む、わたしか?」

とアオお兄ちゃんの胸元から声が出た。

「…向こうの世界で何人自分にお嫁さんが居るか分っているんですか?」

「それを言われると…」

「アオさん、それってどう言うことですか?詳しくお聞きしたいんですけど」

とキアラの目が据わる。

「なんか面白そうな話だな」

とソエルさんの声。

「まてまて、それは今の俺とは関係ない話じゃないのか?」

「いいえ、関係有ります」

「おい、リオ。最後になんて爆弾を置いていくんだっ!」

「ふふふ…良いじゃないですか、向こうのお兄ちゃんはきっとこれからもっと大変な事になりますよ?」

「それって…」

何かを察したキアラだが最後までは言わず。

あたしの体が透けていく。

「お別れです。シャナちゃんによろしく言って置いてください」

「ああ、それでは、因果の交差路でまた会おう、リオ」

「はい、また」

その言葉を最後にあたしの体はこの世界から消えて行った。


目の前に広がるのは懐かしい人たち。

土産話はいっぱいあるが、取り合えず…

「ただいま戻りました」




「あれ?リオは」

と戻ってきたシャナが言う。

「帰った」

「…どこに?」

「自分の居るべき世界に。彼女は彼女で異邦人だったからね」

「それってどう言う事?」

「世界はこの世と紅世だけではないって事だ」

「そんな事が…?」

「秘密だよ」

いつかは知るかもしれないが、未だその時ではない。

「しかし、リオもタイミング良く帰ったものだな」

「どう言うことですか?」

とキアラ。

「これだけの事をやった首謀者が居ないんだ。それでいて俺達には彼女の世界に行く事が出来ない。…どこにあるかも分らないしね」

「ああっ!」

「責任も取らずに帰ったのかっ!」

と坂井悠二が吠える。

「良いじゃないか、おかげで全ての責を彼女に押し付けられるしな。…もっともそれで不利益を得る事も彼女にはもう無いのだからこちらとしても好都合」

「彼女の名は紅世、フレイムヘイズ双方にとって重大なものとなろう。権能を持ちし紅世真性の神を二柱も誅殺し、またその簒奪した権能において世界を変革し、紅世の徒の多くを屠った存在として語り継ぐ」

と、アラストール。

「そのような存在には別の名が必要だな」

「カンピオーネ。過去に神を簒奪した存在が周りから言われた称号」

「カンピオーネ?イタリア語ですか?」

とキアラ。

「達意の言を繰るに『勝者』か。確かに神を討ち滅ぼした人間には相応しい」

「久しぶりだね、リャナンシー」

後ろから声を掛けられて皆が振り向くとそこには初老の男性がいる。

「あなた…どうして」

と、シャナ。

「この身はトーチの物を借りている。それゆえわずかばかりあの帳の感知外へと隠れられたようだ」

なるほど納得する。

「何の用?」

と問えば響く声で答えがあった。

「何、結果は大きく違えども、私の目的に叶う物だったからね。これを渡しておこうかと」

と言って坂井悠二に投げられた何かの結晶。

「これは…そうか、ありがとう。螺旋の風琴」

「何、物のついでだ」

そう言うと彼はいずこかへ消えていく。

「ふむ…」

アオはじぃっと桜守姫でその結晶を視る。

「何が見えますか?」

こそりとキアラが問いかけてきた。

「再生…いや復元の自在式かな。なるほど…」

リャナンシーがいつかはと大量に集めていた存在の力。それを動かすためだったのか。

ここには今大量の存在の力があふれている。それを掠め取れれば確かに目的は達したのだろう。

で、それを坂井悠二に渡すと言う事は…

「何をするつもり?」

とシャナが問う。

「御崎市の復元を」

「悠二は自分自身を復元するつもりなの?」

「そうじゃない、そうじゃないんだ、シャナっ!」

そう言い置くと瞬間移動で坂井悠二はどこかに飛んでいった。

「悠二っ!」

追いかけるシャナ。

「いいんですか?」

「良いんじゃない?別に。御崎市の復元くらいさせてやれば」

大量の存在の力が必要なためにそんな大それた事今この時でしか叶うまい。

盛大な痴話喧嘩の後、坂井悠二が盛大にシャナにぶっ飛ばされて何かを悟った様子だったが、アオ達にはどうでもいい事か。

さて、俺らは俺らで状況の収集を計らないとかな。

取り合えずいつまでもこの星黎殿をこのままにしておけまい。

「紋章発動」

「何をするんですか?」

「これ、もう誰も必要ないだろう?だったら貰っちゃおうかと思ってね」

リオのスサノオが倒壊させた星黎殿。その時間を巻き戻し、宮殿の形へと。そしてゴテゴテとした内装も時間の巻き戻しと共に失われ、最初期の星黎殿となった頃に巻き戻しを終える。

「あー…つかれた…」

「お疲れ様でした」

ゆっくりと浮上する星黎殿に仰向けに寝転がると盛大に脱力。

「…綺麗…だな」

「はい」

人工の星空。だが、その輝きは天壌に散らばる輝ける宝石のようであった。

「あ、わたし、あれも欲しい。天道宮」

「どうして?」

とソエルに聞き返すと彼女らしい答えが返ってくる。

「だってあそこでお昼ねしたら気持ちよさそうでしょ」

「なるほど…」

天道宮ってどこにあったっけ?ドサクサにまぎれて奪取しようか…

「ダメですよ?」

とキアラに釘を刺された。

「あはは、大丈夫、頼んでみるだけさ」

と。

取り合えず世界の変革の収束を待ち、御崎市での戦い…いや、紅世の徒との戦いも終わりを迎える事になる。

世界の理は書き換えられ、紅世との道は一方通行。

この世で顕現した彼らはこの世界の存在として定義され、劣化の宿命を背負う。

放埓にはそれなりのデメリットが必要になったのだ。とは言え、それを知らずに渡り来る徒達は阿鼻叫喚。

知らせに戻る徒が居ないのだからしょうがない。

まぁ、召喚され続けているフレイムヘイズの契約主は何とか紅世に帰れるらしいので、生き飽いたフレイムヘイズの契約主が紅世に戻り伝えるが、それが実感を伴うのに何年掛かるか。

結果、今日もフレイムヘイズは徒を狩っている。

しかし、それもこの先だんだん薄れていくだろう。

世は今日も事もなし。
 
 

 
後書き
リオの念能力は…強い憧れからの能力…にしては強すぎますね。そして今回のこれはアオの一人旅と言う風体の話ですね。まぁ番外編と言う事で。 
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