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戦闘城塞エヴァンゲリオン

作者:三十六路
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第3話Aパート『あなたが守った街で』

ネルフ本部の地上入り口まで入ったものの、ヒデオは知人の車に乗って帰ってしまったので。
用がなくなったミサトが執務室に引き返してみれば。

扉を開けると同時にガシっと数人がかりで取り押さえられる。何事かと、驚きつつも数人を返り討ちにするが、相手は多く。しかしよく見ると作戦部の、全員が部下だった。
取り押さえられた状態で見上げると、眼鏡を光らせながら見下ろす一人の青年。日向マコト二尉。葛城ミサトの直属の部下である。

「葛城一尉。…あなたには失望しました」
「ええと、信頼も期待も、していなかったくせに?…ナニコレ?」
「もちろん、逃亡を阻止するためです」
上司を何だと思っているのかと。

「いやほら。パイロットのケアって最優先じゃない?」
「それはあなたの職務ではありません。もっと適任はいくらでもいます」
用意していた言い訳も即否定されて。

「いや、いないっしょー。不足を補うのも管理職の責任ってヤツじゃない?人手不足って、やーねー。」
「仕事の、割り振りは。副司令が作成されています」
バンッとホワイトボードに張り出された業務計画概要(アジェンダ)を、指し棒で叩く。

「えーと、ほら。オカシくない?このへんの私の予定とか、今日中の各休憩が15分とかなんだけど」
仮眠も食事もとるな。と?

「…予定変更(リスケ)なら、副司令に上申してください。…副司令も、記載どおり職務を(まっと)うされておられます」
働き者過ぎる上司って、ホントに困ったものよね。部下が休ませろって言えないじゃない。


泣きながら、デスクに向かいハイペースに書類に押印していく。「ちゃんとチェックしてくださいっ」「してるわよー」というやり取りをしながら。監視する暇はあるの?という文句は黙殺された。



それから数時間。ミサトは溜まっていた書類を処理し終えていた。驚くべき速度だったが、実は彼女にしかできない部分だけをやり遂げた形だ。
執務内に詰めてミサトの監視をしつつ自分の仕事もこなしていた日向マコト。彼を振り返りミサトは、にへらっと笑う。

「あとの処理は。おねがいできるわよね?」
確かに、承認印は押されており、後の処理は彼の仕事で。何でこんなに的確にミサトでないと処理できない部分だけピンポイントで終わらせられるのか彼には本気で理解不能だった。

「部屋と机は、引き続き使ってもらっていーからねー?」




欠伸をかみころしながら、ミサトは自動車を発進させた。

さて、今度こそ帰るのである。帰ったら、布団にくるまって明日の昼まで寝てやるんだっ。
いやまてよ。その前に晩酌だろうか。
ビールはたしか切らしてたっけ。コンビニでも寄るかと考えたところで、そういえば行きつけの酒屋に前々から頼んでいたワインが入荷したという連絡が数日前にあった。
取り置きしてもらっていたそれを買って帰って、独り祝杯をあげようか。
寂しくなんかないもん。他の職員は仕事している、その時に呑める贅沢に比べれば。


  ◇  ◇  1  ◇  ◇


アパートの入り口、やや古めかしい木戸をヒデオは押し開く。
ちょうど庭の落ち葉をほうきで掃き集めていた女性が二人に気付き。
大家だというその女性に、センタービルで入居手続きの際に渡された部屋の鍵と書類を示し、挨拶を交わした。

「ヒデオさんとウィル子さん、ですニャ(・・)。このアパートの大家のミッシェルといいますニャ(・・)。これからよろしくですニャー(・・・)
独特の語尾。普通であれば、ちょっと痛いキャラ付けにも思えるが。実は彼女には合っていた。
なにしろ、赤毛の頭には、ふたつのネコミミがぴょこりと突き出し。タイトめのスカートの間から伸びるふわふわ毛並みの尻尾。
いずれもぴこぴこ、くるりくねりと本人の意思で動かしているらしく、作り物では有り得ないから普通の人間ではない。何と呼ぶべきか分からないが、あなたの種族は?ともなかなか訊きにくい。

ひとまず、不確定名:猫耳大家。と、脳内で名付けておく。
上からエプロンを着けているが、ワイシャツとブレザーに腕章、タイトスカートの格好は、開会セレモニーで見た霧島レナという司会者と同じもので。訊くと聖魔杯のジャッジの制服だという。大会運営本部が用意した住居なのだから、そのアパートの大家が大会関係者というのも道理か。

「部屋はこっちですニャ」
竹ぼうきを玄関脇にたてかけて。部屋まで案内してくれるらしい。

二階建てで各階六つの部屋があるようだった。一階のもっとも手前が大家さんの部屋だという。
玄関脇には四畳半ほどの空間。ソファとテーブルに背の低い本棚、壁にはテレビもあり、共有スペースのようだが、今は誰の姿もない。

一階の奥まった部屋がヒデオの部屋で。
木製のドアを開くと、左手はキッチンスペースで、右にはユニットバス。正面の引き戸を開けば六畳間だった。
ウィル子が目に付く扉を端から開いていき、ほうほう。と何やら頷きながら覗き込んでいる。

家具はキッチンスペースに小さめの冷蔵庫と二口のガスコンロ、六畳間に四角い座卓。
流し台の下に、やかんと片手鍋がひとつずつ。フライパンや包丁といった調理用具は他に一切無いので買って来る必要があるだろう。
ユニットバスの裏、六畳間側から開くふすまの奥は二段の押し入れで、布団などの寝具一式が2組と座布団が4枚。これらは新品だという。
空の衣類ケースが押し入れの下段にあった。

「私の部屋の横の共有スペースのテレビ、電話。あと毎朝の新聞が設置されてますのニャ。入居者同士で譲り合って使ってくださいニャ。
それから、困ったことがあったら気軽に声をかけてくださいニャ。」
そう言って大家さんは掃除に戻って行った。


ひとまず、バッグからわずかな衣類を取り出し、押し入れの衣類ケースに収めた。座布団を2枚敷き、ノートパソコンを座卓の上に置く。
ウィル子は窓と雨戸を開けて、多少澱んでいた空気の入れ替えをしている。埃っぽいとパソコンによくないからだろう。

そういえば、外では自分の足で歩いていたが、アパートに入ってからはふわふわ浮いている。大家さんがあきらかに人間以外の種族だったからか、人間を装う必要もないと安心していられるようだ。

座布団に座って。お茶の一杯も煎れたいところだが。やかんはあれど茶葉も急須も無い。頭の中で買い出しリストに追加する。
炊飯器は必需品として、電気ポットもできれば欲しいところ。電子レンジは贅沢だろうか?


ふと、思い出して、
「先程言っていた“神になる”とは」
窓から吹き込む風にふわふわ揺れていたウィル子に、訊いてみると。

「ウィル子は、電子世界の神になるのですよー。
真っ先に、アンチウイルスソフトを作っている全部の会社を、潰してやるのです。」
満面の笑みでそんなことをのたまう。ウイルスにとっては不倶戴天の敵だろうが、彼らにも生活がある訳で。

「で、世界中を光回線で繋げて快適に侵入できるようにするのです。
あらゆるデータを食べ放題。ついでに、世界中のスパコンをウィル子の別荘にしてやるのですよー」
まさに傍若無人。まあ、そういうモノを神と呼ぶのかもしれないが。

世界を律する権利を持つ聖魔王。それになれば、電子ウイルスの精霊は、電子世界の神に。なれるのだろうか。


  ◇  ◇  2  ◇  ◇


さてそろそろ買い出しに出かけようと。出不精症候群の発作を一時克服したヒデオが立ち上がったところで。
来客を告げる、チャイムが鳴った。
新聞の勧誘かセールスの類か。宗教の勧誘とかだったらイヤだな。

「ヒデオさーん」という声は、大家さんのもので。
少し安心してドアチェーンをはずしてドアを開けると、大家さんともう一人、女性の姿。

「大会本部から、小大会の賞金が届きましたのニャ」
封筒をふたつ渡される。宛名書きはそれぞれ、ヒデオ殿、ウィル子殿となっており。
小大会参加の賞金、10万チケットがそれぞれ入っているらしい。買い出しの予算が増えて素直にうれしい。

「“使徒”を撃退したとか、評判になってますニャ。すごい参加者さんに入居してもらって、私も光栄ですニャ」
ぴこぴこと耳を動かし、目を輝かせていた。そういう見られ方は少々苦手なのだが。

「あと、さっきお隣さんが越してきたのですニャ。ご挨拶したいらしいニャ」
女性を示す。なるほど、挨拶まわりというやつか。まっとうな社会人なら当然すべきことに今までまったく気付いていなかった、ことに今気付いた。

「はじめまして。隣に越してきました、北大路美奈子と申します。」
ヒデオの見た目に、腰が引けてしまっていながらも、丁寧に挨拶する。
ショートボブというのだろうか、そういう髪型で。紺色の制服に、縞柄のネクタイ。――警官の制服だった。
警官。歩いているだけで職務質問という暴力を加えてくる警官。自分のような男が警察の職務質問を受けている、そんな光景を見た周囲の人間がどう思うのか。考えもしない警官。
それが無ければ、自分も出不精症候群など発症せずもう少し外出する気も起きたかもしれない。

いや、彼女に罪はなく、おかしな先入観を持つべきではない。
ともかくその、北大路という…北大路?ウィル子に調べさせた情報で、警察庁の職員で聖魔杯参加者がいるとか。そう何人もいる苗字でもないだろうから、その本人だろう。
なんとなく、後ろめたい気持ちになった。

「川村、ヒデオです。よろしく」
できるだけにこやかに挨拶を交わした。つもりだ。
奥の部屋からウィル子も顔を出し、たしかに彼女も挨拶しておくべきだろう。が。

「し…、少女監禁の現行犯で逮捕!!」
手錠を取り出したのを見て、とっさにドアを閉じた。

「一体、何のことでしょう」
突然何事かと。

「そんな荒んだ目つきで、中学生ぐらいの少女と、部屋で何をしていたのですか!?
しかもっ、そんな趣味的な服を着せてっ。少女を解放して、素直に投降なさいっ」
鍵のかかったアパートの一室。20代男性と、コスプレした中学生女子…。

…。
言い逃れが、できそうも無い。

「ウィル子さんは、ヒデオさんのパートナーの精霊ですニャ?」
「え?…そうなんですか?」
大家さんから助け舟がだされる。

「あなたの。早とちりです」
「…、でもっ、人間じゃなくても、年頃の女の子と同居だなんてっ。不健全です!!」
簡単には決着させられない議論になりそうではある。

「ウィル子はそーゆーことに興味はないのですよー」
もちろん、ヒデオも。中学生を相手にする趣味は、ない。


「同じアパートに住む同士、仲良くして欲しいですニャ?敵が多い大会ですから、せめてもですニャ」
「あ、あー。ごめんなさい」
大家さんの言葉に、慌てて謝る婦警の声。ヒデオも、扉を開け、彼女に謝る。


「親睦会を開きますニャ」
え?、と全員が疑問に思うと。

「私が開いて、皆さんを招待しますニャ。一食分のご馳走代がタダですニャ。経費で落とすから心配ないですニャ」
「それはおいしいのですよっ、マスター!!ウィル子はともかく、節約はできるだけした方がいいのですよーっ」
たしかにヒデオらの予算は限られており、出費はできるだけ抑えたいところ。
そして、このように誰かに何かのイベントに誘われるという機会自体、ヒデオにはこの二年、無かったこと。
ヒキコモリ癖がついた自分には。こういう機会を逃すべきでは、ないのだろう。

「お言葉に、甘えて」
「…犯罪行為に走らないよう監視する意味も込めて、…参加させてもらいます」
二人の返答に、大家さんは満足そうにうんうんと頷いた。


  ◇  ◇  3  ◇  ◇


そんなわけで、大家さんが運転する軽自動車で買い出しに出かけることになった。
助手席に美奈子、後ろの席にヒデオとウィル子。

「一番近いスーパーはここですニャ」
アパートを出て5分もしないところで、店を指し示す。がそこの駐車場には入らず。
「少し先のデパートに行きますニャ。生活必需品もついでに買ってくるといいですニャ」
たしかに抱えられるサイズの家電でも、徒歩で持ち帰るのはきついだろう。車のトランクに入れさせて貰えれば大分楽になる。

目的地に到着して、車を駐車場に入れる。『物産店マルホランド』、変わった店名だが四階建てほどのよくある百貨店である。
店内に入ったところでいったん、それぞれ必要なものを買い込みに散開した。

ひととおり必需品を購入して、チケットで支払いを済ませる。市内で広く利用されているという事前情報どおり、現金となんら変わらず。お釣りもチケットで返ってきた。
事前に落ち合うと決めていた場所に戻ると、大家さんは食材の買い込みを済ませていて、既に待っていた。
20歳ぐらい、ネコミミの女性が立っている訳で、結構周囲の注目を集めていたが気にした風も無く。

人通りの多いところでみると実は他にも、結構変わった格好をした者がちらほら。どうやら聖魔杯参加者と、聖魔杯関係者であるらしかった。
街中で全身甲冑が歩いていて職務質問とかされないのだろうか?そういえばこの街に来てから、ヒデオも職務質問はまだ受けていない。

少し遅れて美奈子が合流して。


「少し、寄るところがあるニャ」
そう言って車が向かったのは街の高台にある店だった。個人商店らしいがそれなりの大きさの酒屋。
日よけの布の奥、どうやら日本酒らしきビンが並んでいる。

「呑みたい銘柄とかあったら言ってくださいニャ。大抵手に入るはずですニャ」
いえ、飲酒経験が無いので。と返す。美奈子も同様のようで。

「じゃ、おススメのを見繕ってきますニャ」
慣れた様子で店内に入っていく大家さん。

もう夕暮れ時で、高台から見下ろした茜色に染まる街並みは、
工事中の防音防塵シートに包まれたビルがちらほら見られる、いまだ再開発中の都市。
センタービルのような高層ビルの数は少なく、大都市らしからぬ閑散とした風景に見えた。


一台の車がやって来て、店の前に停車する。おや。とヒデオが思ったのは、見たことのある車だったから。名前は知らないが、他ではあまり見られない外車らしき車で。
やはり、運転席を降りたのは、葛城ミサトだった。彼女も店に入ろうとして。こちらに気付く。

「あれー?ヒデオ君じゃない。どうしたのっ…て、この店に来た以外ないか」
まあ、他に店の類も無い住宅地と山林の合間のような場所だ。

「酒好きにとっては、知る人ぞ知るっていうような店なのよ、ここ。」
そう言うからには彼女もその酒好きの一員ということになるが。

「で、女の子二人も連れて、どーゆー関係?」
ウィル子と美奈子のことだろう。同じアパートの住人だと答える。ウィル子は同じアパートどころか同室なのだが、そこは誤魔化す。嘘は言っていない。
大家さんの厚意で買い出しに車を出してもらい、今は大家さんの買い物待ちであることもあわせて答える。

ミサトのことを、ネルフの職員で上司にあたる人物であると、美奈子とウィル子に一応紹介する。ウィル子はミサトの事を知っているが、ミサトの前に姿を現したことは無い。
女性同士であるということもあり和やかな雰囲気で挨拶を交わす。

ちょうど、買い物を終えた大家さんが戻ってきて。

「おおっ!?」
ミサトが驚きの声を上げるので、大家さんのネコミミに注目しているのかと思えば、視線は彼女の抱える日本酒と焼酎のビンに注がれている。結構いいお酒であるらしい。

大家さんにも彼女を紹介すると同様に挨拶をかわすと、結構な量を買い込んでいることを質問するミサト。視線は酒ビンを追ったまま。
これからヒデオらと親睦会を開くと大家さんが答えると、軽くショックを受けたように。ヒデオに向き直る。

「…きれいな女の子たちと一つ屋根の下とかっ。一緒に親睦会とかっ。めったに手に入らない数量限定純米大吟醸酒とかっ。
何っ?何なのっ?リア充なのっ?」
みるからに、羨ましそうに。漫画だったら血の涙を流し黒いオーラを纏って描写されそうな。
ところで、どうだろうか。リアルが充実しているとか。まったく無縁なのだが。

「参加しますかニャ?」
「えっ!?マジで!?いーの?」
音速で大家さんに聞き返すミサトさんに若干、汗&苦笑いで。

「食材は多めに買い込んでますニャ。それに私も、アパートの住人じゃない友達を誘ってますしニャ」
おお女神様。とでも言うように大仰に平伏すミサト。

目に見えて浮き足立つミサト。思っていた以上に、愉快な性格の人物であるらしかった。



と、その時、街にサイレンが響いた。何事かとヒデオが思うが、意外にもミサトと大家さんは驚いていない様子で。

サイレンの鳴った方角を見ると、都市のあちこちで道路や建物にかかっていた防御隔壁が開くところだった。
開いた隔壁から、次々とビルがその姿を現す。ビル群を丸ごと地下に格納し、戦闘の被害を免れていたのだ、
やがて、ビルが生え揃い、大都市の姿を取り戻した。

「すごいっ!!ビルが生えていきますよ!?」
美奈子が驚きの声を上げる。

「これが、“使徒”迎撃用戦闘城塞都市、第三新東京市。私たちの街よ」
広がる光景に、ミサトが続ける。

「そして、ヒデオ君。あなたが守った街よ…」

夕日が沈む。




[続く]

 
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