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毒婦

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3部分:第三章


第三章

「そう名乗っております」
「その姫に近寄った男は誰でもだな」
「はい、誰一人として生きて帰った者はおりません」
 大五郎は言う。
「誰一人として」
「そして村ではもう何も出来ぬと」
「情ない話ですが」
「何、構うことはない。その為に私が来たのだ」
 源介は強い声でこう述べた。
「だからな」
「何かお考えが」
「まずは女のやり方を知りたい」
「女のですか」4
「そうだ、何か知っているか」
「とにかく男を好みます」
「男をか」
「はい。若い男や余所者を引き込み」
「ふむ」
 源介は大五郎の話に聞き込む。
「翌日には引き込まれた男は骸になっております」
「妖かしの類に近いと見受けられるが」
「それは私もです」
 また大五郎の目が光った。
「ですから今まで村では何も出来ませんでした」
「化け物だからか」
「流石に。人間ではないとなると皆怖気づいてしまいまして」
「だろうな。それは仕方がない」
 それで村人達を咎める気にはならなかった。相手が異形の者ならばどうしようもない、そう考えるのが妥当であるからだ。しかし源介は違っていた。伊達に晴信に単身ここまで遣わされたわけではないのだ。
「妖かしとなると」
「何かお考えがありますか」
「そうだな」
 その整った顎に手を当てて考えに耽る。すると実に賢く、そして頼もしい顔になる。まだ若者であるというのにその顔には優れた智謀の士としての顔が見られた。
「虎穴にはらずんば虎児を得ず」
 ふとこう呟いた。
「中に入らねばどうしようもありません」
「ですがそれは」
「何、わかっておる」
 源介は大五郎が心配するような顔になったのでそれを宥める為に笑顔で応えた。
「下手をすれば命がないというのだな」
「そうです、本当に妖かしであったならば」
「鬼だろうが魍魎だろうが恐れることはないのだ」
 彼は強い声で述べる。
「どのみち敵であることに変わりはない。そしてな」
「はい」
「かって鬼も魍魎も幾度も倒されてきておる。倒せぬ妖かしなぞおらんのだ」
「ではあの女の」
「人であっても魔物であっても切ってみせる」
「何者であってもですか」
「そうだ、だから安心しておれ」
 こうまで述べた。
「必ずや首を取って参る」
「そこまで覚悟がおありでしたら私はもう言うことはありません」
 大五郎は源介の言葉を受け取った。そしてそれを認めることにしたのだ。
「御武運を御祈りします」
「かたじけないな」
「ただ、女は女です」
「うむ」
「夜に御注意を」
「夜にだな」
「はい。それではまた」
「うむ、またな」
 二人は別れを交あわせた。それは永遠の別れではなかった。源介は魔物なぞ恐れてはいなかった。どんな魔物であろうとも倒す、そうした自信が確かにあった。そして。今女のいる屋敷に向かうのであった。
 女のいる屋敷はよいものであった。大五郎のそれが一軒家と変わらないのに対してこちらのは本当に見事な屋敷であった。壁まで白く整っていた。
「まるで殿の御側におられる方々の御屋敷のようだな」
 源介はその白い壁と立派な屋敷を見て思った。武田の重臣達はやはりそれなりの家に住んでいる。それは源介のような若輩にとっては夢の様な家であった。それを思い出したのである。
「ここまでなるのに。どれだけの金と人がいったのか」
 それを考えるだけで怪しいものがあった。屋敷からは何か得体の知れぬ気まで感じる。源介はそれを察しながら身構えてすらいた。
「おい」
 その屋敷の門に向かう彼に声がかけられてきた。
「そこの男」
「それは拙者のことか」
「そうだ、屋敷に何か用か」
 見れば門のところに一人の男が立っていた。険のある眦を持つ大男であった。服の間から毛と異様なまでに盛り上がった筋肉が見える。優に源介の三倍はあろうかという身体であった。
「あるといえばある」
 源介はその巨体に臆することなく述べた。
「私は旅人なのだが」
「旅人か」
「そうだ、宿を探している。主人はいるか」
「この屋敷に宿を借りたいというのだな」
「その通りだ」
 男を見上げて言う。
「駄目か」
「まだ駄目とは言っていない」
 男は答えた。
「見たところ卑しい男ではないな」
 男は源介をその険のある目で見回しながら述べた。
「そうじゃな」
「お待ちや」
 ここで後ろから女の声がした。
「誰と話しておるのじゃ?」
「あっ、これは」
 男はその声を受けて顔を後ろに向けた。見ればそこには緑と赤の豪奢な着物を纏った女がいた。切れ長の少し吊り上がった黒い目を持ち、細い顔を持っている。尖った印象を受ける顔でそれがどうにも狐を思わせる。だが整ってはいた。誘い込まれる様な、そんな雰囲気の女であった。髪は黒く、闇の様にそこにあった。それが着物の色に比して互いを際立たせていた。それが実に妖しい姿であった。
「実は旅の男が来まして」
「男」
 それを聞いた女の顔がピクリと動いた。源介はそれを見逃さなかった。
「若い男かえ?」
「はい、どうされますか」
「その男は何処におるのじゃ?」
「そこにおりますが」 
 そう言って源介を指差す。それを受けて源介を見ると女の顔は妖しく微笑んだのであった。まるで獲物を見つけた狐のようにである。
「ほほお」
 源介の顔を見ると同時に目が微かに動いた。彼はそれを見て咄嗟に目だけを逸らさせた。そこに何か奇怪な光を感じたからであった。
「これはよい男じゃな。美しい」
「御気に召されましたか」
「うむ。これ」
 男に応えると同時に源介に声をかけてきた。
 
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