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野原で

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4部分:第四章


第四章

「わしはな」
「浜崎様はですか」
「あちらに行けないのですか」
「供養されておらんからな」
 こう述べるのであった。
「それでな。ずっとここにおったのじゃ」
「そうだったんですか」
「それでこの世界に」
「そういうことじゃ。最近はずっと起きておったがな」
 語るその言葉の色はここでも寂しげなものだった。
「しかし。かなり辛そうじゃの」
「はい、それはそうです」
「その通りです」
 今は飢饉だ。それもかつてない程の。苦しく辛い筈がない。だからそのことを包み隠さず信義に対して話したのであった。
「食べるものも碌になくて」
「生きていくのがやっとです」
「そこまでか」
 信義はそれを聞いてしみじみとした声になった。
「米はないのか」
「そんなものはとても」
「稗や粟さえ」
「そこまでか」
 それまでないというのだった。この時代農民は米は滅多に食べることはできなかった。稗や粟といった雑穀が主食であったのである。特に東北ではそうであった。
「また随分と酷いのじゃな」
「幸い村は漁村ですので」
「魚はありますが」
 二人はそれも言った。
「それでも。やはり」
「食べるものさえも」
「わしの時代より厳しいようじゃな」
 信義はまたしみじみとした声になった。
「それはまた」
「左様ですか」
「戦の世よりも」
「わしはな」
 信義はまた二人に言ってきた。
「生きておる間こう思っておった」
「どのようなことをですか?」
「わしは戦は好きになれんかった」
 こう言うのだった。
「どうしてもな」
「そうだったのですか」
「武将ではあっても好きではなかった」
 こうも二人に告げた。
「それよりもじゃ」
「それよりも?」
「政が好きじゃった」
 どうやら彼はそちらの方が好きであったらしい。つまり武将であるよりも政治家でありたいと思っていたのであった。そういうことだった。
「そちらの方がな」
「左様でしたか」
「そちらが」
「戦がなければよいと思っていた」
 また言う信義だった。
「はっきり言ってな」
「そうですか。戦がなければですか」
「それでは今は」
「戦のない世が一番いいと思っておった」
 彼はまた言った。
「しかし。違うようじゃな」
「はい、そうです」
「今は。とても」
「戦がなくても辛いものがあるか」
 信義にとってはそれが思わぬことだった。言葉にそれがはっきりと出ていた。
「そういうものか」
「はい、今は」
「隣の国では飢え死にもあるそうなので」
「わし等の時もそれはあったがのう」
 とりわけ東北はそうであった。飢饉といえば東北であり何かあれば多くの犠牲者を出してきているのだ。それが現実だったのだ。
「それでも。まだわし等の時よりも酷いな」
「そうなのですか」
「うむ。御主等の顔を見てもな」
 二人の顔も見ての言葉であった。
「あまりにも。痩せ衰え過ぎておる」
「何しろ食べるものがありませんので」
「それで」
 そういうことだった。そのことを隠しようもない今の二人の顔だったのである。
「戦がなくとも困ることはあるか」
 信義はそれを聞いてまた考える声を出してきた。
「難儀な話じゃ」
「はあ」
「そう思いますだ」
「これについてはわしもとかく言うことはできぬ」
 信義の言葉は達観したものになってきていた。
 
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