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さとり

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2部分:第二章


第二章

「わしはそんなことはせん。人なぞ食わんぞ」
「また言うか」
「人なぞ食ったこともないし食おうとも思わん」
 これがさとりの今度の言葉だった。
「何度も言うが肉は好かん。果物や山菜の方がずっと美味いわ」
「だからか」
「あと茸もよい」
 山にはつきもののだ。それもいいというのだ。
「それとも何かわしが人を食う様に見えるか」
(見えるな)
 吉兵衛はさとりの言葉を受けてまた内心でこう思った。
(そんな外見ではな。熊よりもでかいししかも妖怪ではないか)
「ふむy。熊か」
 さとりは吉兵衛の考えをそのまま述べた。
「妖怪は人を食うか」
「食わぬのか?」
「大抵の妖怪は食わぬ」
 そうだというのだ。
「それに熊にしてもじゃ」
「熊もか」
「人は食わんぞ。狩られて返り討ちにすることはあってもな」
 それもないというのだ。
「少なくともこの辺りの熊はそうじゃ。他の熊は知らんがな」
「熊は人を食わんか」
「鬼熊という奴は別かも知れんが」
 この妖怪の名前も出た。
「あれはな」
(鬼熊とは何じゃ?)
「熊が長生きして妖怪になったものじゃ」
 それだというのだ。
「里に下りて馬とかを攫って食う。力もかなり強いし妖術も持っておる」
「そうした妖怪もいるのか」
「この辺りにはおらんがな」
 また話すさとりだった。
「まあこの辺りにおるのは天狗と他は大したことのない妖怪達だけじゃ」
「そんなにおらんのか」
「少なくとも暴れ者はおらん」
 そうだというのだ。
「御主達にとっては幸いなことにじゃ」
「ならいいのじゃがな」
(だがこの者)
 再び考えた吉兵衛だった。
(何故わしのことがわかる)
「おお、そのことを考えたか」
 何かにつけだ。言うさとりだった。
「わしが何故御主の考えていることを言うのかだな」
「それじゃ。どうしてじゃ」
「わしはさとりじゃ」
 その己の名前を言ってきたのであった。
「さとりじゃ。つまりじゃ」
「さとるのか」
「左様、わしは人の心が読める」
 そうだというのだ。
「例えばわしを見つけだそうと来た者の心が読める」
「ではそういう相手にはか」
「姿を見せぬ。わしはそういう者じゃ」
「そうだったのか」
「その通り。それでわしは危険を逃れることもできる」
「便利じゃな」
「便利と思うか」
「違うのか?」
 吉兵衛は兎の肉を食べながらさとりに尋ねた。
「人の心がわかる。では何でもできるではないか」
「だがそうでもない」
 さとりはここでいささか困った顔を見せた。
「人の心がわかるとじゃ」
「だからいいことではないか。何でもできるな」
「違う。人の心はよいものもあれば悪いものもある」
 このことを話すのだった。
「その悪いものが厄介なのじゃ」
「悪いものが?」
「うむ。例えば御主は」
 その吉兵衛を見ての言葉だ。彼のその顔をだ。
 
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