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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十四章 水都市の聖女
  第九話 巨人殺し

 
前書き

 三月は忙しくて……異動やら何やらで……投稿遅れてすみませんでしたm(__)m。

 タイトルの読みは、日本語ではなく『ジャイアント・キリング』で願います 

 

「…………おかしい」

 黒色火薬の匂いが漂う中、女の疑念に満ちた声が響く。
 “虎街道”に唯一存在する宿場町。戦争が始まり無人となったそこに、十体の巨大なゴーレム―――“ヨルムンガンド”が円陣を組むようにして立っていた。その中の一体の肩の上に立つシェフィールドは、目にはめた薄い青色をした“モノクル”を苛立たしげに弄っている。シェフィールドが目にはめているモノクルは、唯のモノクロ等ではなく魔道具であった。それも、彼女が従える十体のヨルムンガンドの視界が映し出される重要なものだ。ヨルムンガンドのコントローラーと言っても良いだろう。そんな大切なものを今にも壊しかねない様子で握り締めながら、シェフィールドは後ろを振り仰いだ。 

「何故、来ない?」

 シェフィールドが降下してから一時間が経過していた。その間シェフィールドは少なくない戦闘を行っていた。十体のヨルムンガンドに勝てるような相手は存在せず、一方的に蹂躙しただけに終わったが、それでも装備は戦闘を経る毎に消費する。基本的にヨルムンガンドの装備は二つ。“剣”と“大砲”だ。剣だけで敵を全滅させることは容易いが、どうしてもその間に少なくない攻撃を受けてしまう。ヨルムンガンドは全身に先住魔法の“反射”が掛けられてはいるため、大抵の攻撃を受けてもビクともしない、が、無敵でもない。ダメージが蓄積すれば、“反射”が切れ何時か破壊されてしまう。そのため、攻撃を受ける前に効率的に敵を殲滅する必要があり、その手段として剣よりも大砲の方に軍配が上がったのは必然であった。
 既に十体のヨルムンガンドが装備していた大砲の弾は切れている。飛ばす弾がなければ大砲は唯のデカイ筒でしかない。
 砲弾が切れた場合は補給の船が降下し補給を行う事になっていたのだが、先程からどれだけ待てども一隻の船も降りてこない。遠くから砲撃の音が聞こえてきたことから、ロマリアの艦隊との戦闘が始まったのだろうが、ヨルムンガンドへの補給は最優先命令である。一隻の船も降りてこないというのは流石におかしい。上はともかく下は今回の戦争について疑問や拒否を示す者たちが多いのは分かっている。しかし、そうであっても両用艦隊はロマリア艦隊の三倍の数だ。一隻の船が抜け出せない筈がない。

「問題は弾よりも“風石”ね」

 シェフィールドは焦っていた。だが、焦っているのは弾の補給の目処が付かないからではない。それ以上に逼迫した理由があるからだ。
 それが“風石”である。
 何故ならばその“風石”こそがエルフと共に作り上げた驚異の魔導兵器“ヨルムンガンド”がその頑強さの元である甲冑を身につけながら身軽に動くための燃料であるからだ。それが切れれば身動き一つ取れなくなってしまう。いくら頑丈であっても動けなければ唯の的である。まだ後二、三戦は問題ないが、それ以降はどうなるか分からない。戦争が始まってからまだ半日も経ってはいないが、かなりの損害をロマリアに与えている。
 しかし、今回の目的は相手の弱体化等ではなく、文字通りの“全滅”だ。
 主の望みを叶えるため、シェフィールドは万全の準備をした。いけ好かないエルフと手を組んでまで強力に仕上げた“ヨルムンガンド”を用いて、ロマリアを灰と化すために。

「……何とか“風石”だけでも補給しなければ」

 シェフィールドが首を回し周囲を伺う。近くに敵船でも来れば、ヨルムンガンドで引きずり落として風石を奪い取る事は可能だ。だが、それも見つかればの話である。周囲をいくら見渡しても一隻の船の姿も見えない。船は全て国境での戦闘に集中しているのだろう。
 戻って味方の船から補給を受けるか、それとも前に進み敵の船を見つけ風石を奪い取るか……。
 シェフィールドがフードの下で迷っていたその時。

「「「「おほ~~~い」」」」

 ロマリアに繋がる宿場街の出入り口から声が聞こえてきた。

「―――あ゛゛゛んっ?」

 その声は人に呼び止める為と言うよりも、明らかに人を揶揄うための馬鹿にするような声であった。
 計画通りに進まず苛立っていた所にそんな声を掛けられたのだ。火薬庫の前で火遊びをするようなものである。
 シェフィールドの口から出た声は、誰もが分かる程に苛立っていた。
 文字通り“あ”に濁点が三つ程付いてるほどには。
 
「はぁん?」

 声を上げた主へと顔を向けたシェフィールドが、一瞬気の抜けた間の抜けた声を上げた。
 何故ならそこには、

「……変、態?」

 ……四人の少年が丸出しにした尻を向けていたのだ。
 シェフィールドが悲鳴を上げるべきか、それともこのまま無言でヨルムンガンドで蹴り飛ばすか真剣に悩んでいると、尻をこちらに向けたまま四人の少年の馬鹿にしたような声が上がった。

「「「「いい歳して人形遊びかよっ」」」」

 ぺちぺちと尻を叩きながらの合唱だ。
 奇妙に間の抜けた沈黙が辺りに満ち―――。

「あ゛?」

 明らかに声質が違う。
 悪い方向に違う。
 女性が出してはいけない類の声が出ていた。

「「「「いっつもフードを被ってるのは皺をかくすた「あ゛あ゛んっ!?」ひいっ?!」」」」 

 地獄の底から吹き出してくるマグマのように煮詰まった怒声に、丸出しになった尻に鳥肌が立つ。慌てたようにむき出しの尻にズボンを履かせると、四人の少年は一斉に走り出した。
 
「逃げるんじゃないよっ!! 吐いた唾は飲み込めないよッ!! 足先から丁寧に磨り潰して殺してやるっ!?」
「「「「ひっ、ひいぃぃ~~~っ!!?」」」」

 自分でも最近気になりだしている皺について突かれたシェフィールドは、冷静さなど既に大気圏の彼方へと放り投げて逃げ出す四人を追いかけていた。四人の少年は慌ててズボンを履いたせいか、段々とずり落ちていった結果半脱ぎ状態で走っている。宿場街とシェフィールドがいた位置まで数百メートル程度。ヨルムンガンドの足ならば、一分も経たず捕まえられる距離だ。しかし、それも少年たちがただ走っているならば、だが。
 
「―――ッ!?」

 シェフィールドの顔が悔しげに歪む。
 眼前、後数秒もあれば捉えられた位置にいた少年たちが宙を飛んだのだ。

「メイジっ!」

 シェフィールドが僅かに冷静さを取り戻し掛けたが、

「「「「へっへー、捕まえられるものなら捕まえてみな―――お・ば・さ―――ッぃ!?」」」」

「―――コロス」

 怒髪天を通り越して絶対零度まで冷え込んだ怒りに、取り戻しかけた冷静な思考が瞬間冷却されて破壊されてしまった。
 地響きを立て十体のヨルムンガンドが短距離の陸上選手のように腕を振りながら走ってくる。現実感の感じられないその光景は、恐ろしさを感じる前に笑いを誘う光景である。巨体に見合わぬ軽快な動きとは裏腹に、その凄まじい音と振動は周囲に響き渡り、局地的な大地震が発生せるほどだ。
 完全に冷静さを無くしたシェフィールドは、逃げる四つの尻を目を血散らせながら追いかける。人とは比べ物にならない巨人が走る速度は、例え空を飛んだとしても直ぐにでも追いつかれるだろう速さだ。しかし、命が掛かっているからだろうか、四人の少年の空を飛ぶ速度は尋常ではない。あともう少しの位置にまで迫っていた距離が、じりじりと引き離されていく。捕まえられそうで捕まえられない。シェフィールドは完全に視野狭窄を起こし目の前の獲物(怨敵)しか目に入っていなかった。
 追いつきそうになるかと思えば、一気に離され、逃げられたかと思えば追いつきかける。
 何時もの冷静なシェフィールドならば何かおかしいと気付く程のあからさまな行動であったが、今のシェフィールドはそんな疑問は全く思い浮かぶことはなかった。ただでさえ最近溜まる一方のストレスの中、任務の遅延が重なり、そこへそろそろ結婚適齢期を過ぎる己を省みては焦りが募るばかりの今日この頃にこの仕打ちだ。
 もはや血をみるまで収まるまい。
 子供が見れば悲鳴を上げる前にショック死する程のシェフィールドの悪鬼の形相。それに追いかけられるギーシュたちの心情はまさに猫、否、獅子に追いかけられる鼠であった。力を振り絞り、自己の限界を越えた速度で飛翔するギーシュたちであったが、時折騎士人形から放たれる大砲―――葡萄弾と呼ばれる一発で広範囲に小さな弾をバラまく散弾の一種を全て避ける事は不可能であった。騎士人形が大砲を放つ度に、彼らの身体には浅くない傷が刻まれていく。肉を抉り穿つ痛みに耐えながら、血を振りまき飛び続ける少年たちは、それでも追いかけてくる騎士人形の肩に乗るシェフィールドに向かって罵声を浴びせながらも、未だ姿を見せない遥か遠くにある“虎街道”の出口に向かっていた。

「ッ―――見えたっ!?」

 出口に向かって飛ぶ四人の最後尾。殿を務めるギーシュの口から歓喜の声が上がる。閉じられた峡谷の向こうに光が見えたのだ。その声に押されるように、皆の速度がグンっと上がる。
 あと少し。
 もう少し。
 少しでも速くと伸ばされる手。
 誰の目にも峡谷の入り口がハッキリと目に見え、自然と口元に笑みが浮かび―――

 ―――ッドォオッ!!

「「「「―――ッ!!?」」」」

 ―――同時に隙も生まれた。
 細かい榴弾が、空を飛ぶ四人の後方の空間を薙ぎ払う。
 葡萄弾の名の通り葡萄の様な鉄の粒一つ一つが高速で空間を引き裂き、発生した衝撃が空を飛ぶ四人の背中を強打する。不意の衝撃に四人は地面へと引きずり落とされた。しかし、地面に叩き付けられる直前―――文字通り血の滲むような鍛錬により反射的にレイナールたちは受身を取る。ゴロゴロとコンクリート並に硬く乾いた地面を土埃を立てながら転がっていき。

「―――ギーシュッ!?」
 
 レイナールの悲鳴染みた声が響く。
 爆発は四人の後方。その間近で発生した。そして殿を務めていたのはギーシュだった。火薬と土煙に混じって微かに混じる血の匂い。レイナールは血の気の引いた青ざめた顔で振り返った。

「っ、ぶ、無事だっ!! それよりも足を止めるなっ、このままじゃ追いつかれる」

 よろよろと立ち上がるギーシュの身体は血と埃で汚れている。榴弾に肉を食い破られながらも受身は取ったのだろう。弾に貫かれ身体に空いた穴から血は流れているが、墜落による怪我はないようだ。しかし、それでも重症に当たる怪我を負っている。それでもギーシュの目は力を失っていない。重症を負いながらも欠片も戦う意志を無くさないギーシュの姿に、レイナールは頼もしげに頬を緩め―――

「―――ギムリィッッ!!!」

 ―――ギーシュの背後に迫る騎士人形の一体が大砲を向ける姿を目にしギムリの名を叫ぶ。

「―――雄々羅あああああぁぁぁッ!!」
 
 レイナールの叫び―――その叫びに込められた意図を察し、猛々しい咆哮にも似た応答と共にギムリが硬く握り締めた拳を地面に叩きつけた。
 紙一重で砲撃の音よりも先に大地が盛り上がる音が響く。幅五十センチを超える石壁が水精霊騎士隊を覆うように囲み、石壁がギーシュたちの姿を完全に覆い隠す。榴弾が石壁にめり込み―――一瞬の間を置き砕けた。
 騎士人形の肩の上。シェフィールドの口元に笑みが浮かぶ。が、それは直ぐに憎々しい歪みへと変わる。 
 砕けた石壁の向こうには何もなかったからだ。

「―――っチィ」

 鋭い舌打ちが響く。殺ったとの思いが先行し、騎士人形の足を緩めてしまっていたのだ。気づいた時に既に遅く、視線を虎街道の出口へと向かう四つの影が見えた。その速度は格段に落ちてはいたが、離された距離は出口までに追いつくことは不可能であった。





「―――来た」

 目を閉じたままルイズがポツリと呟く。
 足裏に感じていた振動は、今や身体全体を揺らす程に大きくなっている。地面を砕く音に混じって風を切る音が微かに混じっていた。
 うっすらと開いた瞳に映るのは小さな点。
 それが次第に大きくなる。
 背後には巨大な騎士人形が後を追いかけていた。
 地響きが次第に大きくなる。
 騎士人形の数は十。
 じわりと疲労に似た焦りが胸から湧き出す。
 それを押し殺すように不敵な笑みを口元に浮かべた。
 杖を握った右手をゆっくりと掲げる。
 既に“虚無”の詠唱は終了している。

「一発で―――決めるッ!!」

 ルイズの腕が振り下ろせれ、“虎街道”の出入口に迫るヨルムンガンドたちへ向かって、完成した虚無魔法が発動する。白い小さな光がヨルムンガンドの集団の中央に発生し、次第に大きくなっていく。一気に膨れ上がった光は十体のヨルムンガンドを全て覆い尽くす。
 “虚無魔法”の光がヨルムンガンドを包み込む光景を目にし、ルイズの拳に思わず力が入る。

「……まず、一手」

 眩い程の輝きを見せていた光が溶けるように消えた後には、虎街道の出口に立つ無傷のヨルムンガンドの姿。
 険しい顔でヨルムンガンドを睨み付けるルイズ。すると、視線に誘われるように一体のヨルムンガンドが前に進み出る。

『お久しぶり、と言っておきましょうかトリステインの“虚無”。随分と下品なエスコートで招かれたと思ったらとんだ歓迎ね』

 ヨルムンガンドから向けられる女の声に、杖で肩を叩きながらルイズは不敵な笑みを返す。

「あら? お気に召さなかったかしら」
『残念なことにね。で、歓迎の挨拶はこれだけ? なら、そろそろお礼をしないとね』

 シェフィールドを肩に乗せたヨルムンガンドが前に進み出る。
 反射的にルイズが杖を前に構える。

「無駄よ。このヨルムンガンドが前と同じと思わないことね。装甲はエルフの技術で“カウンター”を“焼き入れ”を施しているし、その更に下にも装甲がある。だから例え表面の“カウンター”を破る手段を手にしたとしても、その下にまで攻撃は届かないわ」
「そう、“カウンター”が掛けられているのは一番上の装甲だけ―――なら」
「何……笑ってるのかしら?」

 シェフィールドの言葉の通りルイズの口元には笑みが浮かんでいた。
 それは追い詰められた者が浮かべるような自嘲の笑みや、破れかぶれの笑み等ではなく―――勝利を目前にした者が浮かべるような、会心の笑みであった。
 訝しげな声に―――ルイズは応えた。

「あんたの馬鹿さ加減に笑ってるのよ―――ッ!!」

 ルイズの左手が大きく掲げられる。
 大げさな程に勢い良く上げられる左手。まるで何かに合図(・・)を送るかのように。

「―――ッ?!」

 背筋に電流が走る。
 肌が粟立ちゾクリと背筋が寒くなる。
 嫌な予感。
 同時に―――違和感。
 
 ―――おかしい?
 何故、誰もいない(・・・・・)
 護衛(・・)がいない?
 あの餓鬼どもが護衛の全て?
 いや、そんな筈は―――隠れて、いる?
 しかし、何故?
 ……―――ッ!!?
 
 根拠も何もないただの勘。咄嗟に顔を上げた先。ヨルムンガンドを挟み込む崖の上。
 そこに―――人影が。
  
「しま―――」

 ―――ッドドドッゴンッ―――ッ!!!

 ルイズたちの意図に気付いた瞬間、暴力的なまでの爆発が起きた。
 意識が一瞬吹き飛ぶ程の爆発音。視界が闇に染まり―――元に戻るとそこには。

「―――うそ」

 視界を塞ぐ黒。それは天を覆わんばかりに広がる巨大な岩や土―――石に砂。
 数十―――いや、数百トンはあるだろう莫大量の土砂。
 それが一瞬の停滞の後。

「―――小ォォオオ娘ェエエッ!!!」

 怒り、恐怖、憎悪―――様々な感情が入り混じった悲鳴のような怒声。
 般若の如く怒りに歪んだシェフィールドの視界が最後に捉えたのは、一本だけ立てた親指を地面に向け不敵な笑みを浮かべるルイズの姿だった。

 ―――やられたッ!!? でも、土砂程度でこのヨルムンガンドが―――ッ?!!

 直ぐに重力に従って落下してくる大量の土砂に視線が遮られる直前、シェフィールドは見た。ヨルムンガンドでも一抱えはあるだろう巨大な岩が、一体のヨルムンガンドの頭に落下し、そのまま上半身を砕いた様子を。“カウンター”が焼き入れされてある第一装甲ならば、多少の損傷は得るだろう耐え切れた筈である。なのに、それがまるで粘土細工のように抉れてしまった。
 それが意味するところは―――

「まさか、さっきの虚無魔法(・・・・)は―――」

 脳裏に蘇る白い光。ヨルムンガンド十体を包み込んだ光。最初は爆発の虚無魔法―――“エクスプローション”だと思っていた。
 しかし、それは間違いであった。
 そう、先程ルイズが使ったのは“エクスプローション(爆発)”―――ではなく、“ディスペル(解除)”の魔法。
 ヨルムンガンドの第一装甲にして最強の装甲―――エルフの“反射”の先住魔法を焼入れした装甲。最強たる所以はエルフの魔法である“反射”。つまり、それが無くなれば、ヨルムンガンドの防御力は格段に落ちる。
 大量の落石やら土砂には、耐えられない。
 
「これで、二手」

 大きく抉れた虎街道を挟む崖の上。そこに立つ褐色の肌を持つ赤髪の少女が紅を差した口元を歪めて笑うと、歌うように呟いた。
 大量の土砂がヨルムンガンドを押し潰し、辺りにもうもうと土煙が漂う。虎街道から数十メートルは上にある崖の上にまでも土煙は上がっていた。赤髪の少女―――キュルケがいる崖とは逆の崖の上に立つタバサが、身の丈はある大きな節くれだった杖をひと振りする。
 風が一陣。土煙を吹き飛ばす。
 吹き散らされた土煙の先には、虎街道の出口を塞ぐように小高い丘が生まれていた。

「…………」

 虎街道を形作る峡谷の上に隠れていた兵士たちからどっと歓声が沸く中、崩落により作り上げた丘を見下ろしていたタバサが、不意に杖を握る手に力を込めた。
 タバサの口から呪文が紡がれ、頭上に巨大な氷の槍が作られていく。巨大な氷の槍(ジャベリン)を作りながら、タバサは唐突に呪文を唱え始めたタバサに戸惑う様子を見せる聖堂騎士たちに目で合図する。聖堂騎士の面々が戸惑いながらも、事前に決められていた魔法を使うため一斉に呪文を唱え出す。
 一人一人の呪文が複雑に絡み合い歌の調べとなる。
 賛美歌詠唱―――そう呼ばれる魔法であった。
 聖堂騎士たちが握る聖杖の先から伸びた炎の竜巻が絡み合い、一本の巨大な炎の竜巻となり―――最終的に巨大な竜となった。
 ガラリと、丘の頂上から石が転がり落ち―――土砂が吹き飛んだ。
 飛び出す二体の巨大な影。
 向かう先に虎街道の出口―――そこに一人立つルイズの姿。
 土煙の中に浮かび上がる駆ける二つの人影に向かって、タバサは杖を振り下ろす。
 それを合図に崖の上から様々な魔法が乱れ飛ぶ。
 氷の槍が、炎の竜が、その他にも様々な魔法が崖下の騎士人形へと襲いかかる。魔法による重点爆撃を受けるヨルムンガンド。
 常時であれば無傷とはいかなくとも十分に耐えられただろうその攻撃を、しかし“反射”を解除されたヨルムンガンドは耐え切れない。
 魔力切れを考えない魔法の乱れ打ち。
 土砂に押しつぶされずに生き残ったヨルムンガンドも、命運を切らし。

「―――チェック」

 崩れ落ちた。
 ゆっくりと杖を下ろすタバサ。
 視線は崖下。
 崩れた丘と、砕けた二体のヨルムンガンドの残骸。
 薄霧のように漂っていた土煙が薄く消えていき、動きのない様子に安堵の息をタバサが吐いた―――瞬間。

「―――ッ!?」
  
 両足が砕け倒れ伏していたヨルムンガンドが、残った両腕を使い這ってルイズに向かっていく。幼児が這うような姿でありながら、その速度は異様な程に速い。蟲のように這いずるその姿は、中途半端に人の姿を保っているためか、見るものに異様な程に嫌悪感と恐怖を与える。ルイズに迫るヨルムンガンドへ向かって魔法が飛ぶ。しかし、先の攻撃に精神力を使い切ったため、放たれる魔法の密度は先程の攻撃とは比べ物にならないほどに薄い。

「ルイズッ!?」

 切羽詰ったキュルケの悲鳴が響く。
 もはやヨルムンガンドとルイズとの距離は百メートルもない。
 ヨルムンガンドがあと腕を数回動かせば攻撃の間合いに入る。
 誰もが間に合わないと思った―――その時。

 っズ―――ドンッ!!

 二本の巨大な剣が、ヨルムンガンドの両腕の付け根に突き刺さった。肩と腕の繋ぎ目である細い線に正確に突き刺さる身の丈はある青銅製の巨大な剣。二つの内一つは見事にヨルムンガンドの腕を肩から切り離すが、しかしもう一方の腕は未だ肩と繋がったままであった。
 残った最後の腕をルイズへと伸ばすヨルムンガンド。
 指先がルイズに触れ―――

「キャオラッ!!」

 鋭い奇声と共に跳ね上げられる。
 ルイズの背後から走り込んできた炎を纏った人影が指先を蹴り上げたのだ。紅蓮に燃え上がる炎と共に蹴り上げられた人の腕ほどある指は、根元から反り返り―――鈍い音を立てて千切飛んだ。しかし相手は痛覚のない騎士人形。己の指を破壊したレイナールを気にせず腕を伸ばしルイズを捕らえようとする。サイクロプスのような隻眼が勝利を確信したかのように鈍く光り―――歪んだ。
 
「ヅ雄々羅亜アアァァッ!!!」

 ルイズの背後。ルイズの頭上を超えて現れた人影は、独楽のように回転し宙を飛ぶ。両腕を大きく広げ、重く頑強な身体を軽やかとも言える動きで回転しながら、ルイズに伸ばされた腕に沿ってくるくると飛び―――ヨルムンガンドの鼻先にその分厚い掌を叩きつけた。

 ―――バキャッ!!

 鈍く重い破壊音が響く。
 ヨルムンガンドの頑丈な顔が縦に大きく抉られた。
 自分の身体に対するダメージを無視した勢いで振り下ろされたギムリの腕は、頑強なヨルムンガンドの頭部の破壊に成功した。ヨルムンガンドの顔面の破片と共に周囲に広がる衝撃。強風にあおられるようにルイズの身体が吹き飛ばされた。押しつぶされ抉られ焦点が合わないかのように明滅を繰り返すヨルムンガンドの目。ミシミシと音を立て破片を零しながらも、視線がルイズの後を追う。
 その視線が―――止まる。
 歪み、乱れる視界の中―――ソレ(・・)が目に止まったからだ。
 何よりも優先するべきルイズ(獲物)ではないモノから、目が離せない。
 何故―――?
 それは、理性とは別のモノが訴えかけたからだ。
 それは、本能。
 己を破壊(殺す)モノを本能が悟り、理性を制したからだ。
 ソレは、周囲が歪む程の殺意と魔力を放っていた。
 ソレは、丸かった。
 ソレは、少年だった。
 ソレは、マリコルヌ・ド・グランドプレと呼ばれる少年だった。

「一つ―――忠告するぜ」

 刀で切り裂いたかのように鋭く口角を釣り上げマリコルヌは嗤う。
 僅かに開かれた口元からは、血のような朱が見える。
 酷く興奮しているのか、薬物を使用したかのようにこめかみに太く血管が浮き上がり、ピクピクと蠢いている。
 狂的な笑み。
 
「俺は“風上”のマリコルヌ」

 腰を落とし、拳を前へ。
 丸っこい体型は一見すれば贅肉がついた身体に見えるが、破れた服から覗く伸ばされた腕には弛んだ様子は全く見られず、鋼鉄の棒のように太く硬い腕には蚯蚓腫れのような血管が無数に浮かんでいた。全身に力が込められ、張り裂けんばかりに分厚い皮下脂肪の下に隠れていた更に分厚い筋肉が隆起する。倍近くに膨れ上がった身体が、服を内側から張り裂かんとばかりに押し広げ、今にも破けそうだ。

「気を付けな。風下(・・)には―――」

 マリコルヌは杖を潰しかねない強さで握り締め―――吠えた。

「物騒なもんが飛んでくるからなッ!!!」
 
 咆哮と共に地面を蹴る。
 地中で爆発が起きたかのように土砂が舞い上がった。轟音に混じりマリコルヌの身体が砲弾のように一直線にヨルムンガンドへと迫る。一歩で二十メートルの距離を文字通り踏み越えたマリコルヌ。計算しつくされたかのようにヨルムンガンドの潰れた顔面の前に降り立ち。

「噴―――ッ!!」

 マリコルヌの足が地面に触れた瞬間―――大地が震えた。
 極地的な地震を起こす程の震脚から生み出された力は、足先から膝、腰、背骨、肩、腕と螺旋を描きながら膨れ上がる。肉体の限界を遥かに越えた力が流れた結果、耐え切れず肉が裂け、血管が千切れ、骨が砕けた。
 狂い死ぬ程の痛みがコンマ秒毎に脳に突き刺さる。
 足先からミンチにされるかのような痛みに耐えんと噛み締めた歯は既に砕け散っている。
 それでも耐える。
 一欠片も取りこぼしがないように力を終点へと纏め上げ。
 砕け歪みながらも、それでも動く人外の化物(ヨルムンガンド)を打ち倒さんために、限界を越えた力を発揮し血走った目で睨み付ける。
 悲鳴ではなく雄叫びを上げ、マリコルヌは拳を突き出し―――爆発が起きた。
 マリコルヌの拳がギムリにより歪んだヨルムンガンドの頭部に打ち込まれた瞬間、莫大量の空気を吹き込まれた風船の如くヨルムンガンドの身体が破裂したのだ。
 上空に吹き飛んだヨルムンガンドの砕けた身体が、細かな破片となって周囲へと降り注ぐ。
 限界以上の力を行使した結果、反動により壊れた肉体は、全身が血まみれとなったその姿は、誰がどう見ても死体のように見える。崖の上に立つタバサたちが水魔法の使い手を連れマリコルヌの下へ急いで向かう。
 全身を自らの血で濡らしながら、地面に膝を着き項垂れるマリコルヌ。降り注ぐ自らが下した相手の残骸をその身に降り積もらせる。
 ピクリとも動かないマリコルヌだったが、微かに身体を震わせるとゆっくりと顔を上げた。
 辛うじて人の姿の名残りを見せるヨルムンガンドの残骸を見下ろしたマリコルヌが、ゆっくりと口を動かし。

「な―――物騒だったろ」

 ニヤリと笑った。



 
 

 
後書き
 感想ご指摘お待ちしています。
 
 あと二話で第十四章は終了予定です。 
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