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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第四章 誓約の水精霊
  第五話 燻る炎

 
前書き
士郎    「ぐっ……ま、マチルダ……! 謀ったなっ!」
ロングビル 「あなたが悪いのよシロウ」
士郎    「お、俺のな、何が悪い……っ!」
ロングビル 「……あなたのそんなところよ」
士郎    「? 何を言っている? っ……目が、霞む……」
ロングビル 「……ふぅ……シロウ、聞こえているなら、あなたのその鈍感さを呪うといいわ」
士郎    「何? 鈍感?」
ロングビル 「そうよ」
士郎    「ま、マチルダ、お前はっ!」
ロングビル 「あなたはいい男だけど……あんたの鈍感さがいけないよ……フフフフ……ハハハハハハ!!」
士郎    「マチルダッ! 謀ったな! マチルダアアアアアア!!」

 二人っきりの食事会に出されたワインには、一体何が入っていたのか? 苦しむ士郎! 笑うロングビル!
 叫ぶ士郎の慟哭と共に、ロングビルの哄笑が響き渡る!!!
 己の業を打ち破り! 立ち上がれ士郎! 
 
 


 本編始まります。 

 
 窓から差し込む、微かに月明かりが、明かり一つない部屋を薄ぼんやりと照らし出している。ねっとりとした粘りつくような独特な臭気に満ちた空気を掻き分けるように、ベッドから物音一つ立てることなく、一人の男が立ち上がった。浅黒い肌に、無数の傷が刻まれる身体を隠すことなく、男……士郎は窓に近づき、細めた目で月を一度見上げた後、ゆっくりとした動作で窓を開けた。

「ふぅ……」

 外から吹き込んでくる澄んだ冷たい風が、未だ身体に残る火照りを冷まし、思わず息を漏れる。息と共に、ごくりと唾を飲み込むと、ゆっくりと身体を回す。振り返った先には、ベッドで眠る三人の女。何一つ身に纏うことなく、力なく横たわるその姿に、フラッシュバックのように昨夜の情事が脳裏に読みがえる。ふっ、と意識が遠くなり、折れそうになる首を支えるように、右手で顔を覆うも、結局ガクリと首を垂れた。
 


 キングサイズのベッドには、白い裸身を露わに眠りこける三人の女。
 その姿は、何も知らない者が見れば、思わず顔を顰めてしまう様な光景が広がっていた。ベッドの上では、何も身に纏うことなく白い肌を露わにした女の肌と、白いシーツには、所々に赤い染みと、生乾きのべっとりとした白いもので汚れている。あたかもそれは、何人もの男達の慰みものになったかのような有様で、酷く胸が悪くなる光景であったが、眠りこける女達の顔には、何故か満たされたような笑みが浮かんでいた。
 女達が満足そうな笑顔に、垂れた顔に思わず苦笑を浮かぶ。右手で覆った手の指の隙間から、溜め息のような声が漏れる。

「やってしまった……」

 後悔とも懺悔ともつかない言葉を、顔を覆った手の隙間から零した士郎は、床に落ちている自分の服を掴みとり、素早くそれを着込むと、足音をたてることなくドアに向かう。物音一つたてることなくドアに辿り着くと、ドアノブに手を伸し――背後で小さくルイズが呟く。

「……シロ……ウ……」

 どこか苦しそうな声色に、肩越しに首を回す。ベッドの上では、ルイズがシエスタとロングビルの豊かな胸に顔を、身体を挟まれており、助けを求めるように、苦し気に天井に向け、手を伸ばしていた。
 初めはピンッ、と伸ばされていた手は、次第にぷるぷると小刻みに震え出すと、さらに手の指が忙しなく動き出し……ぷにょん、と胸肉の海に落ち、次第に沈んでいく。

 肉の海に沈んでいくルイズの様子に、静かに目を閉じ、冥福を祈るように数秒黙祷した後、ドアを開け外に出ていった。 










「……ん……ぁ……」

 肌を撫でるひんやりとした風の感触に、シエスタの意識がゆっくりと浮上していく。覚醒が近づくにつれ、様々な感覚も共に目覚めていった。
 冷えた風に混じる、生臭い独特の臭いに眉根を寄せ、眉間に皺が寄る。その臭いから逃げるかのように、胸に感じる柔らかく暖かなものに、顔を押し付けた。

「む~……ん? んふふふふ……ん?」

 最初はその柔らかいものからも、青臭い臭いがして唸り声を上げたが、次第に甘い香りが匂ってきたことから、機嫌のいい声に変わっていった。しかし、ぐいぐいと顔を押し付けていると、柔らかな肌触りの奥に感じる、硬いゴリゴリとした感触が不快で、意識は急激に戻っていく。

「ふ、ぁ……あ、……あぇ?」

 片手で、大きな欠伸をする口を塞ぎながら、身体を起こすと、未だ半開きの目で周囲を見渡す。身体を柔らかく受け止めるベッドの感触と綺麗に整えられた広い部屋、そして身体の節々に感じる疲労と痛み、下腹部の鈍痛と異物感等、いつもと余りにも違う周囲と感覚。何故自分がここにいるか分からず、ボーっ、と周囲を見渡していたシエスタだったが、片手で何かを抱えていることに気付き、視線を下にやると、ビクビクと痙攣しているルイズがいた。

「ふぅ……へっ?!」
「ぎゅふっ……」

 思わず手を放すと、ルイズはくぐもった奇妙な声を上げてベッドに仰向けに倒れ込んだ。恐る恐るとルイズの様子を見守っていると、すぐに整った寝息が響き始める。

「はあ、よかっ――え? ええっ――え?」

 その様子にホッと胸を撫で下ろしたシエスタは、しっとりと汗ばむ肌の感触を掌に感じ、初めて自分が裸であることに気付き、悲鳴が上がりそうになった。しかし、裸であるのが自分だけでなく、ベッドに突っ伏しているルイズも、そして、学園長の秘書であるロングビルも裸であることに気付き、悲鳴は口から放たれることなく飲み込まれた。
 
「ど、どうしっ――あ……そう、でした」

 混乱が頂点に達する直前、自分がここにいる理由を思い出し、右手で未だに鈍痛と異物感を感じる下腹部を撫でた。

「そっか……昨日……」

 抑えきれないとばかりに、顔に浮かぶ笑みは、羞恥、喜び、幸せ、様々な感情が入り混じった複雑なものであった。暫らくの間、下腹部を撫でていたが、窓から見える空が白み始めていることに気付き、仕事に行くため、ベッドから降りようとベッドの端に手をつくと、ドアが開くと共に、士郎が部屋に入って来た。

「ん? 起きたのか? おはようシエ……スタ」
「へ? あ……お、お早うございま……す」

 士郎はベッドから降りようとするシエスタに気付くと、優しく笑いかけたが、不意にその笑みがビシリと固まる。シロウの挨拶に、シエスタもベッドに四つん這いになった姿で、戸惑いながらも挨拶を返そうとしたが、ハッと自分の今の格好を思い出し、口を開けた姿のまま固まってしまう。
 士郎の視線の先には、肌も露わに四つん這い姿のシエスタの全身が、一瞬で真っ赤になる様子がハッキリと見えた。
 慌てて身体を隠すものを探し始めるも、丁度いいものは見つからず。しぶしぶとベッドのシーツを引き上げ、シエスタはその赤く染まった肢体を隠した。

「そ、その……シロウ、さん……あの……」
「ん……。まあ、その、大丈夫か?」
「えっ、あ、あちこち痛いですけど……その、大丈夫、です」
「そう、か」

 顔を伏せながら、ぽつりぽつりと呟くように話し掛けてくるシエスタに、士郎は顎を撫でながら斜め上を見上げながら、それに応えたが、すぐに互いに何を言えばいいのか分からず、黙り込んでしまう。暫らく沈黙が続いたが、士郎は気分を入れ替えるように首を振ると、背後から大きな甁を取り出した。
 
「? それは?」

 シエスタの腰まである高さの甁には、たっぷりと水が入っていた。シエスタは、小首を傾げながらシーツを胸元で押させている手とは別の手で、水の入った甁を指差す。

「ん? ああ。手ぬぐいをここに置いておくから、この水で濡らして身体を拭いてくれ」
「あっ……ありがとうございます」

 ベッドの近くにある机に手ぬぐいを置いた士郎は、シエスタに背中を向けるとドアに向かって歩き出した。士郎が背中を向けると、シエスタはシーツから手を放しベッドから降りようとしたが、ベッドの端についていた手が外れ、ベッドから落ちそうになる。

「きゃっ!」
「よっ、と。大丈夫か?」 
「あ……すみません、シロウさひゃいっ!」
「? さひゃい?」
 
 床に倒れそうになったシエスタを支えた士郎は、腕の中でシエスタが奇妙な声を上げた事から、困惑の表情を見せる。視線の先では、シエスタが真っ赤な顔をしてブルブルと震えていた。

「どうかしたか?」
「へゃ? あ、あへ? わ、わはりはへん? な、なんへんすか?」
「本当にどうしたんだシエスタ?」

 シロウの腕の中では、全く舌が回っていない状態のシエスタが、何が起こっているか分からず、目を白黒させている。士郎はシエスタを落ち着かせようと、一旦ベッドに戻すため、シエスタの身体をしっかりと掴むと、

「ひっ! ……っぁ……あ」

 唐突に士郎の腕の中で、シエスタの身体が跳ねるように痙攣し始めた。

「シエスタ……これは、まさか……」
「ひ、ぁ……ぁ……は」

 急いでベッドの上にシエスタを寝かせる。快楽の色が濃く映る目を見開き、息も絶え絶えなシエスタの様子に、嫌な予感を感じながら士郎は、机の上にあるワインに目をやる。

「……まだ、効果が残っている、のか?」

 顔を引き攣らせながら呟いた士郎は、恐る恐るとベッドに上にいる三人の女に目をやる。そこには、ルイズを抱きしめ眠るロングビルと、そのロングビルの豊かな谷間に顔を挟まれぐったりとしているルイズ、そして、仰向けに倒れ込み、息を荒げているシエスタの姿。
 腕を組み、顔を俯かせ暫らくじっとしていた士郎だが、ベッドの下に落ちている毛布を、シエスタの身体に掛けると、ベッドに背を向け、無言で部屋の外へと出て行った。

 

 パタリと小さな音を立てて背後でドアが締まると、ドアに背を預け薄暗い天井を見上げる。

「……どうする……」

 その苦渋に満ち充ちた声は、誰の耳に届くことなく消えていった。












「しかし、どうするか……」 
 
 朝靄が煙り、視界が殆ど効かない中、士郎は眉間に皺を寄せ歩いていた。
 シエスタの様子から、未だ薬……媚薬の効果が残っていることが分かった。今までの経験から、媚薬の効果は長くとも半日程度であるが、欲望を発散させれば、もっと短くなることを知っていた。だから、昨夜はかなり攻めてみたんだが……。

「ロングビルも解毒剤を持っていないというし」

 昨夜の情事の最中に、息も絶え絶えのロングビルを責め……否、質問してみたが、薬の解毒剤を持っていないと。しかも、薬を造ったロングビル自身、媚薬の詳しい効果を全て把握しているわけでもないときた。薬の効果が二、三日で消えればいいが、もし、永続的な効果を持つものだったとしたら……。

「……厄介どころの騒ぎじゃないな」

 立ち止まり、頭をガシガシと掻き毟っていた士郎だったが、ハッと顔を上げると、睨みつけるように視線を鋭く細めた。暫らくそのままでいると、朝靄の向こうから、少女の悲鳴が聞こえてきた。少女の悲鳴が耳に届くと同時に、士郎はすぐにも駆け出そうと足に力を入れる。
 悲鳴が自分に向かってくることから、その場で踏みとどまり、どんなことにもすぐに対応出来るよう干将、莫耶を投影すると共に腰を落とし構えた。
 
「ん? ……この声……もし――」
「――ああああああああああっ! キャアアアアアッ!!」

 響く悲鳴に、どこか聞き覚えがある気がして、士郎が唸り声を上げた瞬間、白い靄から、金髪ロールの少女が飛び出してきた。それは、ルイズのクラスメイトの少女、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシであった。
 いつも綺麗に巻き上げられていた金髪ロールは、見るも無残にボサボサで、辛うじて丸まっているように見えるだけだ。鮮やかな青い瞳は、滝のように流れる涙でぼやけている。脇目もふらず走っていくモンモランシーは、士郎に気付くことなく、士郎の脇を通り過ぎて行く。

「いやっ、ちょ――」

 慌てて振り返って声を掛けようとすると、モンモランシーの後を追いかけるように、男が白い靄の中から飛び出してきた。

「ももももっ! もんもっ!! モンモッ!! モンッモランシッ――――ッ!!!」

 全身から水を滴らせ、明らかに正気じゃない目を爛々と輝かせながら、奇声を上げている男に、士郎は見覚えがあった。ヤバイ薬をキメたかのようなテンションで、逃げるモンモランシーを追いかけていくのは、これもまたルイズの同級生である。

「ぎ、ギーシュか?」
 
 それは男の生徒では、最も親しいと言える男、ギーシュ・ド・グラモンであった。
 モンモランシーを追って靄の中に飛び込んでいったギーシュを、呆然と眺めていた士郎だったが、ギーシュの姿が見えなくなると、すぐに我に帰り、干将、莫耶を消してギーシュ達の後を追いかけ始めた。
 


 

 
 
「ぎゃあああああっ! 誰か誰かあぁ! たすうけてえええぇえっ!!」
「もんもっ! もんもッ! モンモンっ!!」
「っぎゃあああ――っだあ」


 女の子が上げる悲鳴じゃないなと思いながらも、ギーシュ達の後を追いかけていると、モンモランシーのくぐもった声と同時に何かが倒れる音が響く。
 靄の外に出ると、士郎の視線の先には、地面に座り込み、後ずさるモンモランシーと、両手を広げ、指をわきわきと蠢かせながらモンモランシーに躙り寄るギーシュがいた。

「ぎ、ぎぎぎぎ、ぎーしゅ……お、おおおおお、落ち着きなさいっ、い、今のあんたはしょ、正気じゃ――」
「モモッ! モンモッランシーッ!!!」
「っぎゃああああ!!!」

 頭の上で両手を合わせ飛びかかる……いわゆるル○ンジャンプでモンモランシーに飛び掛るギーシュを、士郎は空中で掴み取った。襟を掴まれ、宙にぶらりと浮いているギーシュは、それでもモンモランシーに近づこうと両手を伸ばす。まるで餌に飛び掛る飢えた獣のようなギーシュを、士郎は空いた手で首の頚動脈を押さえることで意識を飛ばした。 
 意識が無くなったギーシュを、そっと地面に下ろした士郎は、呆然と見上げてくるモンモランシーに目をやる。

「み、ミスタ・シロウ?」
「大丈夫か?」
「え、ええ。ありがとうございます」
「そうか……しかし」

 いつも以上にだらしない笑みを浮かべ、気絶しているギーシュを一別すると、呆れたような表情でモンモランシーに問いかけた。

「ギーシュは一体どうしたんだ?」
「っ! ……さ、さあ、ど、どうしたんですかね?」
「……」
「なっ……何ですか、ミスタ・シロウ」

 明らかに様子のおかしいモンモランシーの姿に、士郎の視線はジトリとした、疑わしい目つきになる。士郎の視線の変化に気付いたモンモランシーは、ゆっくりと士郎の視線から逃げるように顔を横にずらした。士郎から顔を背けるモンモランシーの前に移動した士郎は、膝を曲げ視線を合わせ、目に力を込めモンモランシーを見つめる。

「で? 原因は何だ?」
「っ! げ、げげ原因? な、ななな、何もし、知らないわよ」
「……はぁ……分かった。それなら俺は帰るからな。また襲われないよう、ギーシュが起きる前にここから離れた方がいいぞ」

 軽く溜息を吐いた士郎は、顔を俯かせているモンモランシーに、声を掛け立ち上がると、そのまま立ち去ろうとしたが、

「ま、待ってっ!! ちょっと待ってミスタ・シロウッ!!」
「ん? 何だ?」

 焦ったようモンモランシーの声に足を止めると、士郎は朗らかな笑みを浮かべながら振り返る。モンモランシーは、胸元に手を置くと、縋るような視線で士郎を見上げている。見上げてくるだけで、何も言わず、ただ口をもごもごとさせている様子に、朗らかな笑みを浮かべた表情のまま、士郎は再度問いかけた。

「で、原因は何だ?」
「そ、その……実は……」










「惚れ薬、か」
 
 長いこと躊躇していたモンモランシーが、肩を落としながら白状したのは、予想していた内の一つであったことから、驚きは少なかった。しかし、士郎は顔を俯かせ、小さくなっているモンモランシーに対し、責めるような強い口調で話しかけた。

「何故、ギーシュにそんなものを飲ませたんだ」
「あ……、そ、その……え、と……」
「いくらギーシュが浮気者だったとしても、こんなものを飲ませるのは、やり過ぎだぞ」
「っ……で、でも、だって」
「それにギーシュは、最初から君のことが好きだと言っていただろう、それなのに、なんでまた」
「う……うう」
「……で? こんなになったギーシュは、ちゃんと元に戻るのか?」
「…………あ」
「……おい」

 士郎が話しかけるごとに、モンモランシーの背中が丸まっていき、最後の方になると、膝を抱えて丸まって小さくなっていく。朝露で濡れた地面の上に、丸くなって座り込む姿が哀れに思ったのか、頭を押さえ嘆息した士郎は、若干弱めた口調でギーシュが元に戻るかどうかについて問いただす。すると、モンモランシーは、あ、と今気づいたとばかりに声を上げた。膝を抱え丸まった姿で、呆然と口を開けた顔を向けてくるモンモランシーに、痛みを堪えるように、眉間に皺を寄せた顔で、士郎は突っ込む。

「で、でも大丈夫よっ! そ、その内効果も切れるはずだしっ!」
「で? 具体的にはどのくらいかかる?」
「え、え~と、個人差があるけど、一ヶ月か、い、ち、年、後……か……」
「その間、あの状態のギーシュから逃げ続けるのか?」
「うっ! う~う~」

 惚れ薬の効果が切れるまでの時間を思い出し、どんどんと顔色が悪くなっていくモンモランシー。その様子に、顎で倒れ込むギーシュを指しながら、薬の効果が切れるまでの間、どうするのか尋ねると、両手で頭を挟み地面に突っ伏した。
 大きく溜め息を一つ吐くと、今にものたうち回り始めそうなモンモランシーの肩に手を置く。

「はぁ~……。で?」
「う~……え?」
「解除薬はないのか?」
「そ、それは……」
「ないのか?」
「ざ、材料費が」
「高いのか」
「……そうなのよ」
「……はぁ」

 俯き力なく頭を垂れ、地面に両手を着くモンモランシーの姿に、常に金欠の師の姿が重なる。今日何度目かの溜め息を吐きながら、白み始めた空を見上げながら、くしゃくしゃの金髪に手を置いた。

「?」
「いくらだ?」
「え?」
「いくら掛かる?」
「え……」
「はぁ……」

 士郎の言っていることが分からないと言うように首を傾げるモンモランシーに、アンリエッタから渡された金貨が入った袋を渡す。ずっしりとした重さと、ジャラジャラとした金属が擦れる音に、まさかと言う顔をしながら袋を開け、目を見開くモンモランシーは、錆び付いた機械のようにゆっくりと顔を上げ、士郎を見上げた。

「こ、これ」
「それで足りるか?」
「え、ええ。じゅ、十分に足りるわ」
「そうか」
「こ、これ、一体どうしたのよ?」
「それで解除薬を作るといい」

 モンモランシーの疑問に応えるとこなく、乱暴に頭を撫で繰り回し背を向けた士郎は、倒れ伏すギーシュを肩に担ぐと、職員用の宿舎に向かって歩き出す。ギーシュを抱えながらも、変わらない足取りで歩き去る士郎の背中に、モンモランシーは戸惑った様子で声を投げかける。

「あ……その、ギーシュは」
「解除薬が出来るのに、どれくらい掛かる?」
「え……あ、その、材料が揃えばすぐだから、大体一日ちょっとぐらい」
「そうか、それまで拘束して部屋に放り込んでおく。だから、出来るだけ早く完成させてくれ」
「えっ、あ、はい……」

 振り向くことなく、モンモランシーの御礼に、士郎は片手をひらひらと振るだけで応えた。朝霧の中に消えていくそんな士郎の背中を、モンモランシーは濡れた大地から立ち上がることなく、ただじっと見つめていた。










「しかし……どうするか」

 抑えようにも抑えきれない苦悩が浮かぶ顔を隠すように、顔を俯かせてベンチに座り込んでいるのは、赤い外套と黒い鎧姿の士郎である。悩みの種は、今も苦しい思いをしているルイズ達のことだ。モンモランシーの前から去った後、士郎がロングビルの部屋に戻ってみると、ルイズ達全員が目を覚ましていた。扉を開けると、まだ生まれたままの姿のルイズ達から攻撃を食らったりしたが、そこは重要じゃない……。

「やはり……効果はまだ続いている……か」

 シエスタだけでなく、やはりルイズ達も媚薬の効果が残っていた。そしてあれから一日以上たった今も、彼女達は、身体の奥に燃える官能の炎に耐えて仕事や授業を受けている。
 服を着るだけでも、漏れ出る嬌声を口を噛み締め耐えなければなかった三人の姿を思い出し、顔に浮かぶ、苦悩による皺がますます深くなっていく。

「どうする」

 媚薬の作り方が書かれた本を確認してみたが、解除薬のことはどこにも書かれていなかった代わりに、本の末尾に、効果が半永続的であるという、最悪なことが書かれていた。そのことを知ったルイズ達が、血の気の引いた顔で驚愕の表情を浮かべるのを見て、俺に任せろと言ってみてはみたものの。

「……どうすれば」
「どうしたのよ?」
「なっ!」
「わっ!」
 
 突然隣から声を掛けられ、反射的にベンチから飛び離れると共に、一瞬にして投影した干将、莫耶をベンチに向けると、視線の先には、ベンチから転げ落ちそうになっているモンモランシーがいた。モンモランシーはベンチから落ちないよう、必死にしがみついている。士郎は慌てて投影を解除すると、モンモランシーをベンチの上に引き上げた。士郎は息を荒げながら、ベンチに身体を預けるモンモランシーの前に立って見下ろす。

「驚いたな。何でここに? ミス・モンモ――」
「……モンモランシーでいいわよ」
「そうか。それで、俺に何かようかモンモランシー?」
「あなた本当に貴族に物怖じしないのね。……まあ、いいけど」

 モンモランシーが名前で呼ぶように言うと、戸惑うことなく即座に名前を呼び、さらには自然にモンモランシーの隣に腰掛けた士郎に、呆れるような表情を見せるモンモランシー。

「ギーシュのことなんだけどね」
「ああ、そう言えば解除薬はまだ出来ていないのか? そろそろ何とかしないと、流石に明日も休むとなると、教師から怪しまれるからな」
「うっ……ま、まあ、そうなんだけど」
「どうした?」

 尻すぼみに消えていくモンモランシーの言葉に、訝しげな顔を向け問いかけると、モンモランシーは顔を俯かせぼそぼそと喋り始めた。

「その……売り切れだったの」
「売り切れ? ……まさか」

 この話の流れからして、売り切れといえば、解除薬のことしかないが、それでもまさかと言う顔で顔を俯かせるモンモランシーに向けると、モンモランシーは顔を士郎から逸らしながら小さく頷く。

「そうなのよ、解除薬のための秘薬が」
「……今度はいつ入荷するんだ?」
「その……それが入荷は絶望的だって」
「絶望的?」

 難しいではなく、未定でもなく、絶望的という言葉で応えたモンモランシーに、唸り声のような声を喉から上げると、モンモランシーは昨日の朝とは違い整えられた金髪ドリルの髪を、両手で掻き回すようにしながらも、士郎の言葉に頷いた。

「ぅぅう……そうなのよ。その秘薬って言うのが、ガリアとの国境にあるラグドリアン湖に住んでいる、水の精霊の涙のことなんだけど……」
「なんだけど?」
「それが最近、その精霊達との連絡が取れなくなっちゃったらしいの」
「つまり?」
「つまり、秘薬が手に入らないから解除薬が造れないの」
「そう……か」

 垂れた髪の隙間から、モンモランシーの縋るような目を向けられた士郎は、眉間に寄る皺を、右手の親指と人差し指で揉みほぐすと、ポツリと呟く。

「行くしかないか……」
「え?」
「俺がそこに行ってこよう。連絡が取れないと言うなら、こちらから行くしかないだろう」
「そ、そんなっ! し、シロウさんには関係ないはずでしょ?」
「確か惚れ薬は禁制品だ。モンモランシーには学校もあるだろうし、俺以外に誰か頼める人がいるのか?」
「それは……でもっ」
「その代わり、一つ頼みがあるんだが」
「え?」

 士郎の提案に、戸惑いの表情を浮かべ士郎に向け身体を乗り出してきたモンモランシーを、士郎は右手で制する。
 自分の瞳を怖いくらいの真剣な目で覗き込んでくる士郎の様子に、モンモランシーの頬がゆっくりと赤く染まっていく。
 一体何を要求するのだろうと、次第に高鳴る心臓の音を抑えるように、モンモランシーは胸に手を当て士郎を見上げている。
 そして、ゴクリとモンモランシーが喉を鳴らすのに合わせるかのように、士郎は突き出した右手の人差し指だけを立てると、ゆっくりと口を開く。
 





「媚薬の解除薬をつくってくれないか」






「…………は?」




 頬を赤く染め、真剣な目で士郎を見つめる姿のまま、モンモランシーの口から間の抜けた声が漏れた。



    
 

 
後書き
士郎    「っ……まだだマチルダ……!!」
ロングビル 「な! まだ意識があるというの!」
士郎    「俺にだって、男としての意地がある……っ!!! 好きにヤられるわけにはいかんっ!!」
ロングビル 「なっ!? まさかっ!!??」
士郎    「マチルダアアアああぁぁぁ!!」
ロングビル 「ああんっ♡ たすけてぇん♡」



 次回予告 

  戦いに終わりはない。士郎はヤられる前にとロングビルに特攻を掛ける。
  士郎のビッグキャノンが、ロングビルに向けられる。その震える砲門がロングビルを……!!
  次回「士郎、事後」 君は生き延びることができるか!!
 
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