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人の心

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4部分:第四章


第四章

「あまりって言ったらやっぱり」
「言っていいぞ」
 優しい声をちよにかけます。
「何でもな。言っていいぞ」
「いいの?」
「ああ、いいさ」
 笑顔さえ見せてみせます。人の笑顔を必死に真似して優しいものにしています。
「だから言ってみろ。好きなことをな」
「やっぱり。あたしだって寂しいよ」
 やっと、といった感じで少し俯いて。小さな声での言葉でした。
「家に一人でいる時はね」
「そうか。やっぱり」
「それでも。寂しくないよ」
 けれどここで顔を上げて。こう言ったのでした。
「それでもね」
「けれど今寂しいと言ったじゃないか」
「それでもだよ」
 強い声での返事でした。それは決して強がりではありませんでした。
「だって。おっとうはいつもあたしの為に働いてくれているんだよね」
「あ、ああ」
 まさかそのおっとうに化けているとも言えずこう答えるのでした。
「それはそうだが」
「だったら寂しくないよ」
 今度は笑顔にさえなっています。
「それだけであたしはいいの」
「いいって?」
「おっとうの気持ちがわかるから」
 だからだというのでした。
「その気持ちがあれば。もう寂しくなんかないよ」
「それだけでか」
「だっておっとうはあたしの為に樵をやってるんじゃないか」
 人間はどうして働くのか。忠信はその理由を今聞きました。それは決して自分だけの為ではないのでした。他の人の為でもあったのです。
「だからさ。その気持ちでもう」
「そうか、寂しくないか」
「だから。心配しなくていいよ」
 また笑顔で忠信が化けている忠信に答えるのでした。
「それでね。大丈夫だから」
「そうか」
「そうだよ。あとさ」
「んっ!?」
「柿あるんだけれど」
 不意に柿の話を出してきました。
「お隣の爺ちゃんから貰ったんだ」
「柿をか」
「おっとう好きだよね」
「その通りじゃ」
 柿と聞いて化けるのとは別に笑顔になっていました。実は忠信は柿が大好物なのです。柿と聞いて思わず涎が出る程でした。
「そうか、柿か」
「一緒に食べよ」
 こう彼に言ってきます。
「二人でね。どうかな」
「うむ、食べよう食べよう」
 明るい声でちよに述べます。
「柿をな。二人で」
「じゃあ。ほら」
 後ろからその柿を出してきました。大きくて少し固そうで。見るからにとても美味しそうな柿です。その柿を見て忠信はまた涎が出そうになりました。
「これはまた実に」
「どう、美味しそうでしょ」
「ああ」 
 ちよの問いもよそに答えます。
「これ程の柿は。山にもそうそう」
「ないんだ」
「ないない」
 首を横に振って述べます。
「さあ、食べるのがはじめてじゃ」
「じゃああたしも一個ね」
「二個じゃから半分じゃな」
「そうだね。じゃあ半分と半分で」
「うむ」
「食べよう」
「半分こか」
 忠信は早速その柿を受け取りむしゃぶりつきます。その中でちよの今の言葉を心の中に反芻するのでした。口の中に柿の甘さとほのかな渋さがあります。
「そうやって食べているんじゃな」
「うちじゃいつもそうじゃない」
 呟くと早速ちよに突っ込まれました。
「半分半分で」
「そうじゃったか」
「そうじゃったかっておとう」
 苦笑いになって彼に言ってきます。
「おとうが決めたじゃない、これって」
「おお、忘れておったわ」
 慌ててこう芝居をしました。
「済まん済まん」
「しっかりしてよ。本当に今日おかしいよ」
「だからそれは気のせいじゃて」
「だったらいいけれど」
「しかしのう」
 柿を食べながら目を細めさせて述べるのでした。
「親と子供で半分か」
「うん、そうじゃない」
「我ながらじゃ」
 何とか上手く芝居ができました。
「いいことを思いついたわい」
「そうなの」
「ちよは幸せじゃの」
 その細めさせたままの目でちよに述べたのでした。
 
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