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ソードアート・オンライン ≪黒死病の叙事詩≫

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≪アインクラッド篇≫
第三十三層 ゼンマイを孕んだ魔女
  アスナの憂鬱 その壱

 
前書き
今回、アンケートのようなものを実施します。お話の展開上、どの選択肢でも大きな変化が起きません。後書きでまた会いましょう。 

 
 アスナは団長が送ってきたメールの内容を確認した時、簡単で分かりやすい文法の筈なのに、内容を読み砕くのには随分と時間を要した。迷宮区を攻略をするためにギルドのメンバーを募る直前に来たメールだった為、アスナにとって別段断る理由もないのだが、どうにもアスナは乗り気には成れなかった。

 メールの内容は、「風の墓塔クエストを攻略するから腕利きが欲しい。現在のメンバーはヒースクリフ、スバル、インディゴ、魔法使いのNPC。ここまでは確定している。攻略のために重要なクエストになると思うので是非参加して欲しい」という意味合いのものだった。

「うーん。うーーーーーーん!!」

 ≪狂戦士(バーサーカー)≫と呼ばれているとは思えない抜けた声でアスカは唸る。墓塔のクエスト(現状攻略不可とされている難関クエ)を攻略する、という文ですら喉元に引っ掛かるのに、その後のメンバー欄にあるスバルというプレイヤーネームが(とど)めとなり、解決できない悩みの種になっていた。

 アスナはスバルのことが良く分からない。知らないのではなく、分からないのだ。スバルという一個人の印象を確定させる材料は揃っているはずなのにそれを料理できない。そんな輪郭さえも掴めない不定形な印象に対してアスナは理性的な嫌悪感を抱いているのだった。

 アスナは自室の扉の前で唸りウィンドウを睨めつけながら、今日の予定のターニングポイントを解体しにかかる。

 アスナの認識でのスバルは、パーティープレイで真価を発揮するプレイヤーだ。司令塔という表現が適切かもしれない。アスナの所属する血盟騎士団の長であるヒースクリフ団長も周囲を引っ張る魅力は持ってはいるが、それは沈黙と実力から成る≪カリスマ≫であり、知恵と機転から成るスバルの≪リーダーシップ≫とは異なる。どちらも優れた資質だとは思うが、アスナはリーダーシップはこの世界に合わないものだと思っている。これは現在のアスナの立ち位置にも関わる問題でもある。

 団長の持つ≪無敵さ≫はチュートリアル終了後からずっとアスナが欲しいものだった。このゲームをクリアするために己を強化し、他者に追従を許さない程のあの実力に憧れ、そしてある日勧誘を受けて団長の(もと)に就いた。今のアスナ自身でさえ自覚できるほどに、当時のアスナが欲しがっていたのは≪個の力≫だったと言える。個を磨き他者の利を取り強くなる。アスナはMMOに詳しくないとはいえ、この世界に囚われ学んだことによりMMOが競争だということは既に知っている。SAOならば生存競争とまで言ってもまったく差し支えない。

 そんな競争の中に集団行動を重んじる人物が居たら? 居た。スバルという一人が。

 アスナとて理解できないわけではないし、攻略にもレイド戦がある以上、集団戦闘の大切さは分かっている。だがアスナにはスバルの根本的な姿勢や性格というのが分からなかった。

 集団戦において司令塔をこなし、誰が見ても分かるほどの利を周囲に与え、信頼を獲得しているにも関わらず、何処にも属さずにギルドも作らない。

 ならば彼はお人よし、または八方美人なのか? 違う。ありえない。

 スバルは時に無情となる。二十五層で軍が失態した時だって、徹底的に執拗に責任を追及し攻略組からの撤退を強制させた。どちらにせよ軍が攻略から手を引く筈だ、とインディゴがスバルを落ち着かせようとしてもスバルは退かずに責任の追及を繰り返していた。怒りからではない。まるでそれがさも当然かのように、悠然と解体を命令したのである。当時、最大規模の勢力の一つでもあった軍は抵抗したが、結局はメンバーの大部分がゲーム的な結束でしかないギルドだったのであっさりと敗北した。軍は現在も二十五層の負債を抱えている。全盛期の半分程度の勢力になってしまった現在でも未だ人材が減り続けているらしい。ここまで容赦の無い彼が八方美人なら≪狂戦士≫アスナだって八方美人だ。

 ならば彼は真面目なのか? 攻略に関して真剣に取り組んでいるのか? 違う。ほど遠い。
 
 アスナはレイド戦の作戦を組んでいる時、常に彼の武器に疑問を持つ。あまりにも非効率的で長所の少ない型。癖が強く作戦段階ですら扱いきれない難解な剣。それをまるで我が子のように愛するスバルを異常に思えない日はなかった。ソロ向きともパーティー向きともいえない半端なビルドでいて、しかし与えられた役割は司令塔であろうと戦闘員であろうと十全にこなす。

 ならば彼はいったい何なのだろうか? 閉鎖的? 狂人? しかしこれでもまだ足りない。

 閉鎖的、もしくは狂人にしては信頼され、周囲への貢献も行っている。得た情報を格安で流すこともあれば窮地のプレイヤーを助ける行動も起こす。無益な人助けもしたという噂話も聞くほどだ。

 それからもアスナはしばらく分析を続けたが、結局アスナは思考での段階ではまったくスバルの分析を出来なかった。むしろ謎は深まるばかりだ。もしかしたら彼はミステリアスであることがアイデンティティなのだろうか。いや、それもないだろう。ギルドにも属さずに有能さという理屈だけで団長を始めとする攻略組トップと並べられるなど、とても信じられない。

 攻略組の中でも屈指の実力者と評されるアスナでさえ団長にはまるで敵わないと思っている。実力主義者であるアスナですら自分の上に団長を置き、その上下関係を認めている。そしてスバルとヒースクリフが同格であるということもまた、否定しきれないほどに心の隅で思っていることだった。それはやや遠回しではあるがアスナにとってスバルも格上の存在だという意味にも成りえる。

「……いっそ実力を測る程度の気持ちでいったほうがいいかも。今後の攻略でも彼の実力が分かっていれば、作戦も組み立てやすいだろうし……。うん、よしっ!」

 アスナは決心した。待ちぼうけの扉が開いたのはメールが送られて十分も経ったあとのことであった。



 風側の地にあり最も墓塔に近い拠点であるエニジミという村の酒場の隅で、四人の男女の冒険者が固まって話していた。落ち着いた風体の真紅のローブを包んだ男、長身で高官の軍服のような服を纏った男、ブルーのロングコートを着た藍色の髪の女、髪から靴まで金色の少女。どれもかれも個性的が過ぎていて、逆にその場に馴染んでいるように思えた。

 アスナが酒場の扉を開け、その光景を見た時にはやや頭が痛む感じがした。さきほどのメールでメンバーの確認をしたし、承知の上でこの場に来たのは間違いないのだが、いざ対面すると各々の存在の濃さに酔ってしまいそうになる。

「……団長、ただいま参上しました」
「ああ、到着したようだね」

 団長がアスナを確認すると、「好きな席に座り給え」と一言だけ言い、軍服の男、スバルと話し出した。このテーブルの一角に座るのを躊躇ったアスナは立ち尽くしたまま、その話を聞いた。

「スバルくん、このようにメンバーはおおよそ五人ほど揃ったわけだが、あと一人のメンバーはどうするつもりだい?」
「そうだな、壁役自体はヒースクリフとインディゴの二人で十分だから、ここで欲しいのはダメージディーラーだな。塔という狭い空間なので攻撃が範囲技のメントレにはサポートに回ってもらい、俺はアサシンをする。アスナにも安定した火力を出してもらうが一人だとやや薄いからね。やはりもう一人ぐらい欲しい」
「成る程、それで候補は居るのかね?」
「……ベストな片手剣プレイヤーは居たが、少々訳ありで連絡が付かない。だが他にも候補はいる」
「ふむ、ならば君に任せよう」
「まぁそっちのメンバーを立たせたい気持ちは分かるが―――― ん? えっマジ?」
「ああ、任せよう」

 アスナは団長の全任主義というのを良く分かっていたので、その言葉に然程(さほど)驚かなかった。団長はギルド活動にしろ攻略にしろアスナや団員に提案をすることがあっても命令だけはしたことがない。それが団長の美徳なのか主義なのかは些かアスナには判別し難いが、そういう指針なのだということで納得している。

 だが、それはあくまで≪団長≫の話であって≪アスナ≫は別である。

「団長、私がこの場にいるのにそうすぐに決めて貰ったら困ります」

 アスナがそう言うとスバルは、そりゃそうですよね、とでも言いたげな苦々しげな表情をしながら、背もたれに体重を預けインディゴの方をちらりと見た。メントレとトランプをしていた。スバルがアスナに向きなおる。

「そっちからメンバーを立たせたいのは理解できるが、今回受注するクエストの難易度は相当高い。ヒースクリフからそちらのメンバーの名前を確認させて貰ったが、無名とは決して言わないけれども、みんなスタンドプレー向きではなかった。今回に限るが俺はソロプレイヤーの方が良いと思う」
「そうは言いますが、難易度が高いならソロプレイヤーよりもギルドメンバーのほうが協調性もカバー力も信頼性も上です。個々の技術力だけで選抜すると必ず失敗する筈です」
「俺なら、できる」

 それはアスナにとって予想外の反応であった。アスナの中でスバル像に≪自信家≫の項目を加えなくてはいけないのかもしれない。自信家は言葉を続けた。

「元々攻略組における現在の俺の役割はソロプレイヤーの≪統括≫と≪教育≫だ。ソロという協調性のないスタイルを行っている彼らをレイド戦に参戦できるように昇華するのには慣れたものでね」
「タイムリミットが、ありますよね?」
「……そうだな。彼女のクエスト有効期間は明日の夜までだ」
「それでも可能な範囲ですか?」
「……こちらで用意したメンバーなら、不可能ではない……だろう」

 だんだんと曖昧になるスバルの証言に、アスナは疑問を持った。スバルとて曖昧な主張を好んで武器にすることは無い筈だ。不利を承知で議論に入る人物だとは思えなかったのだが。

 この時、アスナには分からなかったが、スバルが懸念していたのは≪ソロとギルドの割合≫がギルドに傾くことであった。スバルはあくまで≪ソロ側≫に属するプレイヤーなので何かしらの前例を作りたくなかったのだ。スバルとて今回のパーティーメンバーの割合だけでスバルの立ち位置が変わるとは微塵も思っていない。だがしかし現在のアインクラッドでの≪ソロ≫というものはスバルの尽力もあり、多くのプレイヤーの転身先の有力な選択肢に入っている。スバルはそのバランスを崩したくはない。だから念には念を入れているのだった。

 アスナは返答せずに沈黙したが、現在議論の場を制しているのはアスナだった。アスナは考える必要もなくただ一言、話にならない、とでも言えばそれで終わりだったのだが、優秀なアスナは深読みをしてしまい即断することに抵抗を感じた。感じながらも言葉を続けようと口がつい動く。

「それは―――

 コトン、と団長はコップを置いた。その音はやけに主張をし、露骨だったため、アスナは言葉を()めてしまった。その一瞬の隙に、団長が落ち着いた口調で一言だけ言う。

決闘(デュエル)をすればいい」

 アスナは聞き返した。何故ですか? と自然に反射のように。

「仮にスバルくんが勝てば、実力がアスナくんより上ということになる。血盟騎士団のナンバー2であるアスナくんが敗北すれば、(すなわ)ち、それ以下のメンバーが今回のクエストに不適任だという理論が立証される。逆もまた、然りだ」

 アスナは言葉に詰まった。その間にスバルが同意する。いいだろう、と。アスナは釣られるように承諾してしまった。その時、不意に声がした。女の声だった。

「なんなら私が闘ってもいいわよ? コール」

 席の一角にいたインディゴが手札を眺めながら手を挙げた。インディゴの言葉に対戦相手であるメントレが呼応するように声を荒げた。

「いいでしょう! 勝負です! 喰らえィ! キングのフルハウスゥァ!!」
「ストレートフラッシュ」

 ドシャンとテーブルに倒れ伏すメントレを尻目に、インディゴが無地のウィンドウを開く。視線でアスナを誘ってくる。横でスバルがあっけからんと言う。

「まぁ、俺としてはどちらでもいいんだけどな。アスナをナンバー2だって言うならインディゴだってナンバー2だ、という理屈を俺は否定できないね。本音を言えば違うと言って置きたいが、傍から見れば似たようなものだしな」
「彼もこう言っているわけだ。アスナくん、君が決めるといい。勝率を取るか情報を取るか利益を取るか安全を取るか、君の判断力に任せよう」

 アスナは悩み、考えた。勝率、情報、利益、安全、取るべきものを考えてアスナはついに結論を出した。

「私は――
 
 

 
後書き
今回のアンケートですが、アスナの対戦相手を決めたいと思います。スバルくんか、インディゴさんか。この二択ですね。少し彼らのスタイルを書いておきましょう。

≪スバル≫
アサシン型。一撃の火力に頼り切った、非デスゲーム的ビルド。攻略法が組み立てにくいが地力の差で圧倒しやすい型ではある。謎が多い。決闘でも死の危険がある。
≪インディゴ≫
タンク型。防御力とカウンターで敵を削る型。防具が布装備なのでやや攻撃寄り。盾が厄介。攻略法は確立されているが相性の差でアスナが不利になりやすい型でもある。

どうでしょう? これぐらいならネタばれにならない筈です。感想またはメッセージで送ってくだされば票数で決めます。0票の場合、私が気分で決めます。

PS:一番くじでアスナのフィギュアが当たりました。引っ越し先に飾りたいと思います。 
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