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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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真空波の魔女

 
前書き
オリキャラ登場回 

 
~~Side of ザジ(幼少期)~~

旅って聞いたら何を思い浮かべる? うちは冒険小説みたいなアドベンチャーをワクワクドキドキしながら想像したりするんだけど、実際にやってみると地味な部分が意外と大変だったりする。
例えば着替え。うちは事情があって着の身着のまま旅に出たから、当然同じ服を着っぱなしだ。魔女の癖に贅沢言うなって思うけど、年頃の乙女としてはやっぱりどうしても汗でベタベタしたりニオイが気になってくる。そこら辺は流石に男子のサバタには分からないだろうなぁ。
次に水分補給。川とかの水は暗黒物質に汚染されている場合があるから、そこから補給する訳にはいかない。この前訪れた神秘の森の泉から水筒に水分を補給しているからもうしばらくは持つけど、ずっとという訳では無い。水や食料は出来るだけ尽きる前に、ちゃんと補給しなければならないのだ。
そして……人間の身体の仕組み上、摂取したら当然、“出す”ワケで……って、もう! 乙女になんちゅう事説明させようとするの!? と、とにかくそういうコト!!

とまぁ、こんな感じで愚痴ってしまうのは、歩いても歩いても線路の果てが全然見えないことでストレスが溜まってるからなんだよね……。普段はありがたいはずの太陽の光も、じわじわと降り注がれるとどうしても鬱陶しく感じるのは贅沢な文句だろうか。

「あぁ~……そろそろ水浴びしたいわぁ~……」

「なら水筒の水でも頭にぶちまけるか? 代わりに飲み水が無くなるが、一時的に気分爽快になるぞ」

「そこまで自棄にはなってない! でも女の子としては身だしなみも気にしたいの!」

「それぐらいはわかってるさ。それに……線路上は影が全然なくて俺も痛い……」

「? あ、そっか。足とか豆出来てヤバいの?」

「そうじゃないんだが……まあいいか。しかしこの現状は少々考えものだな……」

「うん、一応サバタが結構しっかりしてるとはいえ、10歳の子供が二人だけで旅に出るのはかなり危険だと今更理解したよ」

「一応とは何だ、一応とは。……だが、実際おまえの言う通りだ……」

確かに、このままだとうちらの空気にも亀裂が入りそう。何か良い打開策でも無いかなぁ……“星読み”も欲しい情報を的確にくれるって訳じゃないから、別に得策とは言えないし……。しかも……、

「えぇ~……この先坂道になってるよぉ」

前方の上下に高低差が激しい道のりを見て、つい辟易と嘆いてしまう。でも旅慣れてないのに何時間も歩き続けて、その上アップダウンの激しい坂道を進まなければならなかったら、誰だってうちと同じようにぼやきたくなると思う。
今は平坦だけど、上り坂になったらうちの足やアキレス腱が持つか不安だ。せめて肉離れとかはしないで欲しい。

これからの苦労を想像して嘆息していると、先行して何かを見つけたサバタが少し嬉しそうに言う。

「“星読み”、どうやら俺達にツキが巡ってきたかもしれない」

「ツキって、何か見つけたの?」

「ああ、あれを見ろ」

前方を指し示すサバタの指先に従って、目を凝らして見てみると……これまで何度か通り過ぎてきた無人の駅のホームに、黒塗りの巨大な物体が線路上に止まっているのが見えた。

「何なの、あれって?」

「恐らく、使われなくなった廃列車……だろうな」

「列車……電車!? じゃあアレに乗れれば歩かんで済むってコト!? やったぁ!!」

「おい、まだ動くと決まった訳じゃ……! というかさっきまで疲れ切ってたくせに突然走るんじゃない!」

休めるとわかった途端、まるで重りが着いてたみたいな足が一気に軽くなって、つい走り出してしまった。自分でも思ってた以上に早く休みたかったのだろう。おかげで同じくらい疲れてるサバタも凄く大変そうに追いかけてきた。

「はぁ……はぁ……なるほど、客席のついた列車か。そろそろ日も暮れてるし、少し早いが今日はここで休もう」

「水浴びは出来ないけど、久々に屋根のある場所で寝れる~!」

野宿ってのも最初はワイルドな感じがして面白かったけど、何夜も続くと身体に疲れが残るのが実感できる。なにせ日が昇るとまぶしくて目覚めちゃうし、夜もアンデッドに襲われないかと思って怖いんだもの。サバタは気配でわかるそうだし、うちが寝付くまで見張っててくれるから安心して眠っていられる。そしていつもうちより先に起きてるから、ホント旅慣れてる人間には敵わないなぁと思う。

とりあえず安全のために内部を調べると、列車の中は当然の如く無人で、アンデッドの姿も見当たらなかった。スケルトンなどもおらず、比較的安全な場所である事がわかった。

クッション付きの客席の一つに腰かけると、一気にどっと疲れが圧し掛かってきて、もうここから動きたくない気持ちになった。

「ん~~~~っ! ぷはぁ~~」

つい横になって身体を伸ばすと、歩き続けて張っていた足の筋肉が伸びて緊張がほぐれる感じがした。先に休ませてもらったうちの代わりに一通り調べてきたサバタも正面の座席に座り、疲れを吐き出すようにため息をつく。

「素人なりに調べてみたが、車輪や動力機関自体は意外と保存状態が良かった」

「じゃあ動かせるの?」

「使われていない期間を考えると少々不安は残るものの、何とかなるかもしれない。が……」

「が?」

「俺にも休息をくれ……いくら何でも体力が持たん」

「あ……なんか、ごめん」

うちと同じぐらい彼も疲れてる事に、うっかりど忘れして気付けなかったわ……。反省しないと。

ゆっくり正面の座席に横たわったサバタは、目を閉じるとうちも驚くほどあっという間に眠りに入った。もしかして……毎回見張り番をしてくれてたから睡眠不足だったのかも。……今度からうちも寝ずの番を少しは代わりにやろう、じゃないと彼がいつか疲労で倒れちゃうかもしれない。

「……そういえば、サバタって何者なんだろう……?」

考えてみれば、うちはサバタの事を何にも知らない。いつも助けてもらって、守られてばっかりで、何にも恩を返せてる気がしない。そんな彼について、うちは何もわからない。でも……、

「悪い人じゃないのは確かなんだよね……」

いつか……サバタが話してくれるようになるまで、うちは待ち続けよう。それに、正直な所、彼が何者でも構わない。ただ、彼の隣に……うちが立てるようになりたいから……。





翌日。運転席でサバタが試しに列車を走らせてみたら、最初は金属が擦れる音があまりにも凄まじく響いて耳が痛くなった。しかし錆びた部分が剥がれて快調に動くようになると、列車は周期的な心地よい振動音を発生させながら進みだしてくれた。

ガタンゴトン……ガタンゴトン……。

「うわぁー……景色が早く流れていくね! さっきの場所があっという間に通り過ぎちゃってもう見えないよ!」

「非常電源が残っていたおかげで列車が動いてくれたのは僥倖だな。この道をもしずっと徒歩で進んでいたらと思うと、相当大変だったに違いない」

そんな会話をしながら、徐に客席の車窓を開けると涼しい風がうちの頬を撫でる。しばらく外を眺めてみたら、殺風景な景色ばかりでちょっと悲しくなってきた。アースガルズを離れてよくわかったのだが、太陽樹さまの側から離れれば離れる程、大地の自然が減っていくのだ。それだけダークマターの影響が大きいのだと心から理解した。

だけど……神秘の森のように闇に負けじと生命力あふれる場所も存在していた。そして自然の中でもとりわけ偉大なもの、“海”をうちは初めて見た事で感嘆の声を上げた。

「あれが海……湖なんかより断然大きい……すっごいなぁ~! 圧倒されたよ!」

「巨大なのは見てわかったが、ここにいると光と潮風がとにかく目に染みて辛い」

サバタってやっぱりどこか冷めてるなぁ。もっとこう、男の子らしくはっちゃけたりできないのかな? ……想像できへんけど。

キラキラと日の光を反射して輝く海岸線を並行して列車は進行していく。目的地らしき街が見えてくると、サバタは列車の速度をゆっくりと落としていって、丁度良い駅のある場所で停車させた。

「ふう……どうやらキリ良く、非常電源の動力が無くなったようだ」

「この列車はもう使えないってこと? あ~あ、せっかく長距離移動の良い脚になるかと思ったんだけどな~」

「それは次の目的地次第だな」

ともあれ、今は北にある遺跡に行く準備を整えるためにあの街に向かう事にしよう。






「なんだろう、これ」

『あつがなついぜ! 虹の降る都ビフレスト! いろはおえ~!』

街の入り口にはこんな個性的な看板が立っていた。理由は無いがなんとな~く、裏側を見てみる。

『みぃ~たぁ~なぁ~……?』

「なんでホラー風味なの!? というかこういう場合は『なんと! うらがわだった!』 的なメッセージがあるものでしょ、普通!?」

「おまえは何を言ってるんだ? 置いてくぞ」

「あ、ちょ、置いてかないで! 待ってよぉ~!」

うちがつい調べた事に呆れた視線を向けてくるサバタ。ところで故郷で過ごした経験から、うちが魔女である事は絶対に口外しないように心掛けておく。サバタもそれは分かっているようで「街中では魔女の力を使うな」と念を押してくれた。
さて、ビフレストは面白い事に水路が街中に張り巡らされていて、まるで海の上に浮かんでる石の土地みたいに見えた。水の流れる音には精神を鎮静化させる作用があるようで、歩き回っているだけで気分が良くなっていくみたいだ。

「でもなんだか……街全体が暗い雰囲気だよね。あんまり活気づいてないし、まるで何かに怯えてるみたい……」

「恐らく……原因はあれだろうな」

サバタが指し示した方向を見てみると、人間業ではあり得ない巨大な力で薙ぎ倒されて倒壊した建物が複数散乱していた。まるで何かに襲われたみたいな光景……。

「んぅ? なんか最近似たような何かがあったような……?」

「あ~間違いない、これは変異体の仕業だ。この街に張られた結界はどうやら俺達が来る少し前、そいつに破られたらしい」

「そうだそうだ、変異体だ! もしかして神秘の森の時と同じように、探し物を手に入れるには変異体を倒していかなきゃいけなかったりするのかなぁ?」

「俺達は勇者様御一行じゃない。やり過ごせるなら可能な限りそうするつもりだ」

「でも……皆困ってるし、犠牲が出て悲しんでいる人もいるよ?」

「この街の人間が変異体を討伐したいなら勝手にさせておくさ。少なくとも部外者の俺達がやらなければならない理由は無い」

「サバタならこの前のように変異体が相手でも倒せるでしょ? せっかく力があるのに助けてあげないの?」

「……なら逆に訊くが、力を持っていれば使わなければいけないのか? 赤の他人のためにその身を削らなければならないのか? それにもし助けたとしてもだ、その後はどうなる? 感謝? 尊敬? 称賛? ああ、確かに少しだけもらえるかもな。だが反対に今の脅威以上に恐怖されることだってある。そうなれば今後動きが取り辛くなるに決まってる。だいたい人間の二面性を、おまえは故郷で既に十分味わってきただろうが」

サバタの指摘に、うちは口どもって何も言い返せなかった。そう、うちは魔女の力で最初は人助けをした。でもそれがきっかけでうちは恐れられ、終いには……。

「…………これ以上自分の立場を悪くしたくないのなら、時には切り捨てることも覚えろ。見えるもの全てを救おうだなんて、そんな事が出来るのは神だけだ。そして人間は神には絶対なれない。……わかったか?」

「……………うん。ごめん……うちが甘かったわ」

「どうしても全てを救いたいのなら、自分の命を差し出す覚悟を示してからにするんだ。半端な覚悟だとかえって救えなくなるどころか、余計な犬死が増える可能性が出る。異端の者ならなおさら意識しなければならない」

サバタは行く先々でうちが魔女だ、化け物だ、とヒトから後ろ指を指されて傷つかないように、あえて厳しく言っているのだとわかっている。世間知らずはうちの方だから、彼の言う事は至極尤もなのだろう。

「……でも、見てるだけで何も出来ないのは……やっぱり辛いや」

「そうか。なら面倒だが変異体を倒すとしよう」

「………………? あれ? さ、サバタさんや……あなたさっきまで否定的だったはずだよね? なんで……」

「はぁ……確かに“可能な限りやり過ごす”とは言った。しかし“無視する”とは言ってないだろうが」

「じゃあ!」

「もちろん向こうが出て来ないなら放置するが、襲って来たら返り討ちにしてやる。だが俺にも都合があるのでな、張り込んでまで倒す気は無いぞ」

「それでもいいよ! よし、そうと決まったら早速北の遺跡に向かおっか!」

「補給もしないで行くつもりか、バカ」

「またバカって言ったぁ~!! もうっ」

ホント、この男は素直じゃないなぁ。だけど一緒にいて彼の性格が段々わかってきた。口は悪いし、性格もひねくれてるけど……根は本当に良い奴だ。実際、うちの恩人でもあるし。

「しかし変異体の仕業にしては…………妙な部分があるな」

「どうしたの、そんなに考え込んで……何か気になる事でもあった?」

「……変異体の性質はいわゆる餓鬼と表せる。そんな奴が侵攻した街を完全に壊滅させずに済ました時点で何かおかしい」

「食べ過ぎて満腹になったとかじゃないの?」

「違う。本来、変異体には満足や満腹といった満たされる感情や状態はあり得ない。どれだけ大きな都市だろうと、襲われれば決まって全滅しているものだ。なのにここは北半分の場所だけが壊滅している。南半分がほぼ無傷で残るほど被害が軽微なんだ」

「街半分が壊滅してるのに軽微だなんて……変異体の脅威ってそこまで酷いんだ……」

神秘の森にいた変異体はサバタがアッサリ倒してたけど、実はうちが想像してたよりはるかに危険な存在だったみたい。

とにかく敵がそれだけ強力なら、こっちも万全に準備しないといけない。街の店から食料とかを色々買い込んで、いざって時に空腹で力が出せない、なんてことが無いようにしておく。
買い物の間にうちが魔女だってバレないか不安だったけど、その辺はサバタが上手くフォローし、ついでに情報集めもしてくれた。

「…………とりあえず支度は済んだ。行くぞ」

「りょ~か~い」

用事を済ませるとビフレストを出て、うちらは北の遺跡へ向けて歩き出した。変異体が出て来たとしても今のうちが戦力になるかと言われると微妙だが、今回の言いだしっぺは自分だし、やるだけやろう。





『アルフォズル遺跡』。ビフレストの人間によるとそこは旧世界の施設で、“遺跡”という名前から石とかで出来てそうなイメージが湧くが、実際は風に当たって錆びた壁やコンクリートで舗装された地面、金属で出来ている道具が散乱していたりする。旧世界の高い文明ぶりがよくわかるが、今の時代だとほとんど無用の長物だ。

「む……ごく最近ヒトが入った痕跡がある」

「うちらの他に誰か来てるの?」

「さあな。とっくに帰った後かもしれないし、変異体の腹の中に収まってるかもしれない」

「は、腹の中……うぅ、ちょっと想像しちゃった……」

「とにかくここに探し物……フロスト属性が強いから、『水竜の尾』を見つけるのが目的だ。変異体を倒すのは、あくまでついでだという事を忘れるな」

サバタはそう言うが、どちらかと言うとうちは変異体の方に意識が傾いていた。彼の探し物は見てもわからないから、“星読み”を使わないうちは捜索じゃ役に立たない。代わりに目に見えて異質なモンスターである変異体を早期発見できるように努めた方が、役割分担もできて効率が良いと考えている。

「閉所だからか闇の気配が強い。アンデッドに見つからないよう細心の注意を払え」

「太陽の力が使えないとアンデッドは倒せないんだよね、気を付けないと……」

倉庫にも工場にも見える内部を、ゆっくりした歩行速度で徘徊しているグールに見つからない様に慎重に進み、うちらは遺跡の半ばにある部屋にたどり着いた。そこの床に地下へ降りる巨大なエレベーターがあったが、無人のはずなのにどういう訳か電力が来ていて降りる事が出来そうだった。

「この遺跡に漂うフロスト属性はこの下から発生している。前回の経験から『水竜の尾』はエナジーの濃い場所にあるようだから、地下に行ってみるぞ」

「それは良いんだけど、なんで動力が……?」

「さっきの痕跡の主が動かしたのかもしれないな。ま、行けばわかる」

スイッチをサバタが動かすとガコンっと鈍い音を響かせて、うちらを乗せたエレベーターが下降していく。しばらくすると周りが金属質から段々と石質になっていき、潮の香りが漂ってきた。

「海底洞窟に繋がっていたのか……崩れたら大変だな」

「もう! せっかく気付いても黙ってたのに! これから行こうって時に怖いこと言わないで!」

「う……すまない」

珍しくサバタを言い負かせて謝らせる事が出来たけど、さっき言った事が本当になったらどうしようかと不安でしょうがない。

エレベーターが終点に着いた先にあった、ぽっかり空いた洞窟がうちらの目に映る。そして覚束ない足取りで入っていこうとする一人の少女の姿があった。

「君、ちょっと待って!」

うちの呼びかけに反応して、うちらと同年代らしい彼女は静かにふり向いた。身軽に動けそうなワンピース、ポニーテールにしたコバルトブルーの髪に深い悲しみに満ちたターコイズブルーの瞳、幼さが残っていて笑うときっと可愛いはずの顔は悲壮感に染まっている。その絶望感は、まるであの時のうちと同じ……。

「なるほど……おまえが“真空波のエレン”か」

「私を知ってる……という事は、ビフレストで聞いた?」

「ああ……結果だけ(・・・・)な」

サバタは何か知ってるみたいで、彼女……エレンと少ない言葉で意思疎通を行っていた。街で得た情報を聞いてなかったから、置いていかれた気がしてサバタに尋ねる。

「あのさ、この子は何者なの? “真空波のエレン”って?」

「彼女は……“星読み”、おまえと同じ“魔女”だ」

「うちと同じ……魔女?」

「そうだ。“真空波のエレン”……真空を自在に操る、攻撃性の高い力を持っている人間だ」

「そして……私こそが街を半分破壊してしまった原因……」

「え……街を、破壊? どういうこと? あれは変異体の仕業じゃなかったの?」

おかしい。うちらは街を半分壊した変異体を倒しに……『水竜の尾』を探しに来たはず。実際、街の北側の被害は相当酷かった。だから変異体を探していたのに、それがどうして彼女が破壊したという事に繋がるの?

「俺もビフレストの生き残りから結果だけ聞いただけだ。詳しい経緯を教えてもらえないか、“真空波”?」

「……いいわ、これは私の負うべき責だもの。でもその前に少年が今言った事を確認したい。……あなたも“魔女”?」

「うん、うちは“星読みのザジ”。自分以外の魔女と会うのは初めてだよ」

「それは私も同じ……それならそっちの少年は?」

「俺はサバタ、ある物を探して旅をしている身分だ。“魔女”に対しては特に偏見も畏怖もしていない」

「そう……“魔女”と一緒に旅をしているし、本当のようね。こんなご時世に珍しい関係……羨ましいわ」

一瞬、顔に影を見せるエレン。彼女も魔女である以上、いわれなき暴言を受けた事があるのかもしれない。その辛さは身を以って理解している。

「私も少年みたいに魔女を受け入れてくれる人はいたわ。今はもういないけど……」

「どういうこと? そもそもあの街でいったい何があったの?」

「……二人は前のビフレストを知ってる? 吸血変異やヴァンパイア、アンデッドによって世界が大変だって時でも、あの街はのどかで、いい港町だった。吸血変異の影響が少ない海の恩恵のおかげで、ビフレストは食料に困窮するような事は無かった。街の皆も、私が持っていた魔女の力を何人かは受け入れてくれていた。そんなビフレストがあの夜……結界を打ち破ってきた巨大なモンスターに突然襲われた。モンスターの攻撃はぶつかった家が倒壊するほどで、そのあまりに凶悪な威力を前に街の自警団も全然歯が立たなかった。私も……幼馴染みで親友のミズキも、襲われた北区から一緒に逃げていた。でも私をかばってミズキがモンスターに捕まって、私はこの魔女の力……“真空波”を使って彼女を助けようとした。全然戦い方も知らないのにね……でも、親友を見捨てる事は出来なかった。魔女の力を使えばなんとかなると思った……いや……そうしろって誰かがささやいた気がした。そうしろって……。けど、結局なんともならなかった。ミズキは……」

「モンスターに殺されたのか?」

「……エレン?」

「……………そう。ミズキは私の目の前でモンスターに絞め殺されて、モンスターの中に引きずり込まれた。その瞬間、私は目の前が真っ白になって…………それから後のことはよく覚えていない。力が暴走したって、誰かが教えてくれた。気が付いた時には、街も両親も友達も……」

なるほど……街の半分を吹っ飛ばしたのは、親友を失って感情が制御できなくなったのが原因だったらしい。うちには親友と言える存在がいないから、少しわかりにくいけど……両親を失う辛さに近いものは共感できる。

「……そうだ、そうだよ。モンスターさえ……ヤツさえ来なければ、街を襲わなければ、私は戦う事も無かった。街の皆を巻き込むことも、家族を失うことも、ミズキを死なせることだってなかった。そう、全てヤツのせいよ! 私は悪くない! 悪いのはヤツよ、ヤツさえやって来なければ、こんな事には……! ヤツさえ! ヤツさえ!! ヤツさえ!!!」

話してる途中で蹲り、悔しさと悲しさ、怒りで床を叩くエレン。確かに話を聞くからに、彼女に落ち度はない様に思える。ただ……同じ魔女としてどこか納得のいかない気持ちもある。

「いい加減にしろッ!」

「サバタ!?」

「さっきから聞いてれば、モンスターに責任を擦り付けて、自分には何の責任も無いって言い方じゃないか! 最初自責していたおまえは何処に行った!?」

「私に責任なんて……!」

「ある! 確かにミズキの事は気の毒だ、しかしその時おまえは一人で解決しようとしたんじゃないのか!? 自分には魔女の力がある、自分は特別だから助けられると驕ったんだろう! 違うかッ!!」

「そ、そんなつもりは……!!」

「ならどうして協力を求めなかった!? 力が無くとも周りには自警団、救出に協力してくれる人間がいたんだろう!? 魔女でありながら何の努力もせずにヒトが協力してくれる恵まれた境遇にいて、何故その発想を抱かなかった!!」

「わ、私は……私は……!」

「だいたい戦い方も知らないくせに、変異体に立ち向かおうだなんて無謀なんだよ! 魔女だろうと出来ない事はあるのだから、出来るように力を借りれば良かったんだ! そうすればミズキだって助かっていた可能性だってある! なのに英雄願望に憑りつかれて自分だけで解決しようとして結局出来なかったら、その責任はモンスターに全部押し付けるのか? 自分の過信が過ちを生んだ事を自覚しないで、被害者面するな!! それは卑怯者の考えだッ!!」

「ああ、そうかもね。そう、私は卑怯者よ。それぐらい最初からわかってるわ。自分の力量も知らないで、原因を外に押し付けて、泣き言を漏らすだけの情けない女だよ……。だけど……あの時、何故か無性に血が騒いだんだ。騒いで抑えられなかったんだ! 自分ではどうしようも無かった……」

「さ、サバタ? ちょっと言い過ぎじゃ……。それにエレンだって、自分のミスはちゃんと……」

「ザジ、あなたにはわかる? 気が付けば周りは瓦礫と死体の山。何が起こったのか、自分は何をしたのか、全く覚えていない! なのにこの手には……体にははっきりと残っている! 叫びが、悲鳴が、慟哭が、血の臭いが、骨が砕ける音が、私を呪う声が、時間も空間も超越して伝わって来る!!」

「ッ……!」

「見てよ! この手! あなた達にこの感触がわかる!? 声が聞こえる!? 自分の手で故郷を破壊した私の気持ちが……遺された人達を前にして何にもしてやれなかった私の心が! 私は自分の手で帰るところを失わせたんだ……もう誰も私の事なんか……! 必死だったんだ……あの時は仕方なかったんだよ……! う……うぅ……うわぁぁぁぁんっ!!」

街を出てからずっと溜め込んでいた感情を吐露して、エレンは子供のように泣き出した。うちらも含めて実際子供だけど、それでもエレンの味わった辛酸は我が身のように伝わって来る。
魔女の力……普通のヒトには無い特別な力。それをどう思い、使っていくのかはどこまでいっても自己責任だ。才能とも言える魔女の力の大きさに胡坐をかいた結果、過ちを犯してしまったらその被害は相当なものになってしまう。エレンは力を持つ者の責任を軽視し過ぎていた……それはかつて力を迂闊に見せびらかしたうちと同じ過ちだった。

「…………この先に変異体がいるのか?」

「ぐすっ、ヒック…………そう、だよ……」

「そうか……行くぞ、“星読み”」

「え?」

「どうした、変異体と戦うつもりだったんじゃないのか?」

「それはそうなんだけど……彼女は?」

再び歩き出そうとするサバタに、エレンをこのままにするつもりか尋ねると、視線で彼は「わかっている」と示してきた。

「……“真空波”、おまえはせめてもの罪滅ぼしとして、変異体と戦いに来た。無謀な戦いに負けて死ぬのは自己責任、それが一人でここに来た理由だろう」

「その通り……そして私だけじゃ変異体にはきっと勝てないわ。でもミズキを殺したアイツにはせめて一矢報いたい。そのためなら私の命、どうなっても構わない」

まるで自殺志願者のような精神をしているエレン。このままだと彼女は変異体と戦い、力及ばず殺されるだろう。せっかく出会えたうち以外の魔女、みすみす見捨てたくない。

「どうなっても……か。わざわざ自分から犬死しようとする人間が、変異体に一矢報いることなど到底かなわないと思うがな」

「なら……それならどうすればいい? 私にはこの方法しかないのに……」

「さっき言われたよね……一人でやろうとするなって。サバタはもう一度、エレンが同じミスをしない様に注意してるんだよ、きっと」

「ザジ……」

「いつまでそこで落ち込むつもりだ、仇を討つんだろう?」

「サバタ……」

叱咤されてエレンは涙をぬぐい、力強く立ち上がった。今の彼女の目には、先程のように死を望んでいた意思は感じられず、償いきるまで生きて戦う決意が秘められていた。

「お願い……力を貸して。ミズキの仇を討たせて……!」

「…………フッ」

「良かった……エレンも一緒に来てくれるんだね」

エレンがうちらの仲間になった。彼女とは同じ魔女という事で長く付き合えそうな友達になれそうだ。無論、お互いにちゃんと生き残ったらだけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・

~~Side of サバタ(一時休憩)~~

「なのはやはやて達が持っている魔法の才能。それを特別と思うのは自由だが、それに甘んじてはいけない。“真空波”のように才能が強いからこそ起きる悲劇もあり得るのだからな」

一旦話を区切って各自の様子を見ると、ザジの時のように号泣はしなかったものの、空気が重たい。

「親友を救おうとして失敗し、より大きな被害を出してしまったのがエレンさんって訳なんやね。本人には悪いけど、良い教訓になるわ」

「……………」

「どうしたんだ、なのは? 一人ボーッとしてさ、なんか考えてんのか?」

「もしやサバタがこの話をした理由って……なのはが魔法の力に依存しかかっているから警鐘の意味で伝えている、と考えているんじゃないかしら?」

「それだけじゃない。なのはだけでなく主が魔法に関わっていく道を選んだとしても、道を誤らない様に気を遣ってくれているのだ」

「魔法が安全と言われているのは非殺傷設定の存在があってこそだもんね。それが無くなれば魔法は一瞬で凶器となる事を、管理局や次元世界の人間はあまり理解していない。それをサバタさんは警戒しているんだろうね……」

「うむ、魔法はあくまで武器、決してその力に飲み込まれてはいけない。戦う者として自分の力の性質を把握するのは当然の責務だ……」

「行動をして起こる結果の予測を、力を振るう者として怠ってはいけない。兄様も……それを十分過ぎる程わかっている」

「それにしてもエレンさんの……親友を助けようとしたのに何も出来なかった悔しさは私もよくわかるわ。私も治癒魔法の使い手、命の重みは誰よりわかっていると自負しているつもりよ」

上からはやて、なのは、ヴィータ、アリサ、シグナム、すずか、ザフィーラ、ネロ、シャマルの順で違った反応をしているが、概ね意図は理解してくれたようだ。魔法の力はあまりに強大で有用だ、だがその力に甘んじて大切な事を見失ってはいけない。それがこの話の教訓だ。

「しかし……エレンさんのように一度で全てを失うのと、ザジさんのように時間をかけて追い詰められていくのとでは、どっちの方が精神的なダメージになるのかしら……」

「シャマル……彼女達本人じゃない私らが言えるのは、どっちも滅茶苦茶辛いって事だけや。気の毒やけどな……」

「……魔法が使える才能、今日まで私はそれを良い意味でしかとらえた事が無かった。実際、次元世界から見れば強力なリンカーコアの才能は得難いものだから。ジュエルシードを求めてフェイトちゃんと戦った時も、この力があったからこそ彼女と意思をぶつけ合えた。でも……世界が違えば、この才能は私の心に牙をむいていた可能性があったんだね……魔女として、人々から忌み嫌われるようになって……」

「なのはちゃん……」

次元世界と世紀末世界、魔導師と魔女、正義と異端、受け入れられた者と受け入れられなかった者……同じ人間同士なのに、こうまで違いが多いのも人間の本質なのだろうか。

「力の暴走か……つい最近まで我が身も同じだったから胸が痛むよ……」

防衛プログラムの事をネロが思い出し、悲しそうに呟く。そっちは俺が何とかしたから既に解決している。もう彼女が思い悩む必要は無い。

さて……一息入れた所で、続きを話そう。

 
 

 
後書き
エレン:名前はDS版より引用。とあるキーキャラクター。 
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